1960年代後半、阪急ブレーブスでプレーしたダリル・スペンサーが亡くなった。ここではフィクションの中のスペンサーを振り返りながら、彼を偲んでみたい。
ジャイアンツ、カージナルス、ドジャース、レッズを経て64年に阪急入りしたスペンサーは、アグレッシブなプレーとは裏腹に、投手の癖を盗む名人であり、プレーと理論の両面で、後の阪急黄金時代に多大な影響を与えたという。
現役の姿は巨人との日本シリーズで見た程度だが、漫画『巨人の星』で描かれた68年の日本シリーズで、“秘密兵器”として星飛雄馬の大リーグボール1号と対決するシーンが強い印象を残した。何よりスペンサーという名前がいかにも強そうで、子供心にはカッコよく感じられたのだ。 だが、スペンサーの現役時代はちょうどV9巨人の前半に当たり、阪急が日本一になることはついになかった。
久しぶりにスペンサーと“再会”したのは、89年に発売された『新宣言 全日本パ・リーグ党』という本の中に収められた磯イサオの「俺たちに明後日はない 私立探偵スペンサー」という実に楽しいショートショートでだった。
ロバート・B・パーカーの「私立探偵スペンサー」のパロディである本作では、スペンサーはニューヨークで私立探偵をしているという設定。同じく阪急OBで、キューバ出身ながら関西なまりの怪しい英語を話すロベルト・バルボンが助手を務めている。
ある日、元南海ホークスのエースで探偵仲間のジョー・スタンカから連絡が入る。スタンカが「言いたくない」としながらも、無理矢理スペンサーに言わされる合言葉は、「円城寺、あれがボールか、秋の空」。
これは、61年の巨人対南海の日本シリーズ第4戦の9回裏ツーアウト、エンディ宮本敏雄に投じたウィニングショットを球審円城寺にボールと判定された挙句、逆転打を打たれたスタンカの怒りと無念をうたった句だ。
そのスタンカによれば、ある間男を捕まえて女の亭主に引き渡すという仕事らしい。そして、張り込みを開始したスペンサーとバルボンの前に一人の黒人が現れる。
何とその男は元西武ライオンズのテリー・ウィットフィールドだった…。テリーといえば、83年、対巨人の日本シリーズ第7戦の7回裏、西本聖から優勝を決める逆転タイムリー二塁打を放った男だ。
だからスペンサーは「あいつは、俺がどうしてもできなかったことをやってくれたんだ。あのヨミウリを叩きのめしてくれたのよ」と言ってテリーを見逃してやる。
やがてスペンサーの助手となったテリーは、事務所に恵まれない子供たちを招待する「テリーズ・ボックス」を作って…。(実際にテリーは西武球場で同じことをした)という見事な落ちまで付く。
このシリーズは他に、91年の『決定版パ・リーグの本』に「紳士はブロンドがお好き」が収められている。
こちらは阪急の身売りを嘆くスペンサーの前に、阪急の二塁手の後輩であるロベルト・マルカーノのゴーストが現れて…というストーリー。
スペンサーの最後のセリフは「俺はストレートには滅法強かったんだ。ブロンド女には弱いがな」だった。