『ゆきてかへらぬ』(2025.1.9.キノフィルムズ試写室)
大正時代の京都。20歳の新進女優・長谷川泰子(広瀬すず)は、17歳の学生・中原中也(木戸大聖)と出会い、一緒に暮らし始める。やがて東京に出た2人の家を、評論家の小林秀雄(岡田将生)が訪れる。
小林は詩人としての中原の才能を誰よりも認めており、中原も批評の達人である小林に一目置かれることを誇りに思っていた。中原と小林の仲むつまじい様子を目の当たりにした泰子は、嫉妬と寂しさを感じる。やがて小林も泰子の魅力に気づき、3人の間で複雑でいびつな関係が始まる。
大正時代の京都と東京を舞台に、実在した女優の長谷川泰子と詩人の中原中也、文芸評論家の小林秀雄の愛と青春を描く。『ツィイネルワイゼン』(80)などが有名な田中陽造の脚本を基に、『ヴィヨンの妻 ~桜桃とタンポポ~』(09)以来、16年ぶりの長編映画となる根岸吉太郎監督が映画化。
雨の中、窓を開けて長屋の屋根瓦の上にある柿を取る泰子。そして狭い路地を歩いてくる中原の赤い傘を屋根瓦の上から俯瞰で捉えたショットに続いてタイトルが映る。何だか往年の文芸映画をほうふつとさせるようなオープニングに目を奪われる。
そして登場する長屋のセット、部屋の中の雰囲気、それを照らす暗めの照明、小物(傘、ローラースケート、柱時計…)、衣装など、そのどれも素晴らしい。
根岸監督は「大正から昭和初期の建物がなかなかなくてセットを組んだけど、今はこの程度のセットでも驚かれる」と苦笑していたが、遊園地を造り、電車や自動車を走らせ、建物の外観や室内の造りにまでこだわった感じがし、CGでは表せない説得力を生み出している。
広瀬すずが生々しい大人の女の役を演じることに時の流れを感じたし、岡田と木戸も好演を見せる。3人の何とも説明しがたい不思議な関係を見ながら、久しぶりに純文学の香りがする映画を見たと思った。