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思い出のマーニー×種田陽平展

2014-08-31 16:03:26 | 徒然なるままに
8月29日、両国の江戸東京博物館で開催中の「思い出のマーニー×種田陽平展」に行って来ました。
昼間、引率で行ったのですが、19:00から種田陽平氏によるギャラリートークがあり、入場券の半券があれば再入場できると言うことで、夜、もう一度会場に行って来ました!

種田氏がおっしゃる主人公の杏奈の目線で構成された展示と言うことと、この展覧会は、キャラクターは説明には必要だけど、背景美術や、主として「湿っ地屋敷」を体感するというコンセプトでは、必見の展覧会でした。

映画の舞台美術家でもある種田氏の視点で描かれるマーニーの世界は、同じ建物や空間でも、季節や時間帯や天候によって、色遣いやコントラストが違うことや、細部に渡るでティールのこだわりなど、映画の中でもため息が出るほどでした。
その原画をじっくりと見入り、その空間を実際の空間として再現し、その中に入り込んでその空気感を体感できるなんて!
以前アリエッティ展でも、自分がアリエッティと同じ小人の大きさになって、アリエッティの世界を体感する展覧会に行きましたが、今度の展覧会も工夫がたくさんありました。

会場にいらっしゃったジブリのスタッフの方にも言いましたが、会場に展示してある背景画は額装して一枚の絵として展示してあり、そこにその絵を描いた背景マンの名前が記載されていたことに感動しました。

私も美大卒業後、アニメーションの背景マンとして何作かのアニメ作品の背景画を描いていました。
当時は、背景画の上にセル画を載せて撮影をした後は、何度も使う背景画以外はほとんど焼却処分されていました。
細部にこだわって描いた絵も、何時間もかかって描きあげた絵も、ベタ塗りのキャラクターのアップの背景として、TVに映るのは本の一瞬。
描きあげた瞬間、それは私の作品ではなく背景スタジオの商品として納品され、撮影後は焼却され、消して手元に戻ることはない。
当時、自分が描いた背景画を自分のカメラで撮っていると、先輩が、
「描いた絵は手元には残らないが、腕には書き上げた分、経験と実力が貯金できる。いっぱい腕に貯金をして、美術監督を目指せ。」
と言われました。

その後何年かして、私はアニメ制作の世界からは遠のいてしまいましたが、TVや映画で素晴らしい背景画を見るたびに、職業病のように、ストーリーやキャラクターよりも背景画ばかり観ているところがあります。

今回の展覧会を観て知ったのは、種田氏は、背景ボードを書くだけでなく、実際にその建物の模型屋設計図を描いて、監督の米田氏はそれを元にして絵コンテを描いたということです。

これは、通常のアニメの背景画制作ではあまりないことです。
種田氏は、この場所では登場人物は、どんな演技をするのか、どんなアングルだととのシーンや登場人物の心情に合っているのかを考えながら制作したとのこと。
これは、米田氏が絵コンテを描く上でも、原画、動画、彩色、背景マンにとっても、非常にわかりやすく、創作意欲が掻き立てられたことでしょう。

サイン会で、種田氏に、背景画に製作者の名前があったことと、杏奈のキャラクターではなく杏奈が書いたメモだけで背景画だけの部屋があったこと、壁紙に至るまで、映画の世界を忠実に3次元空間として再現されたことについて感動したことをお伝えしたところ、
「背景画を描いた人たちの名前を記載することは、今回特にこだわりました。」
とおっしゃっていました。

今まで、ただの場所や時間帯の説明用のBCだった背景画が、背景画も主人公の心情を語り映す重要な存在であるといことが見る人に伝わり、魅了する芸術であることを証明してくれました。

種田氏とは、奇しくも同じ母校武蔵美で同期生。面識はありませんでしたが、今回お話し出来、彼の真摯な創作意欲とその作品に直接触れることで、とても刺激を受け励まされました。

種田氏の益々のご活躍を期待しつつ、私も頑張ろうと思いました。

カサブランカ・ダンディー

2014-06-15 10:28:12 | 徒然なるままに


「カサブランカ」という映画を観ました。

昔、ジュリーの「カサブランカ・ダンディー」を聴いた時、
「ボーギー、ボーギー、あんたの時代は良かった
男がピカピカのキザでいられた」
と言う歌詞が気になっていました。

「キザ」
今や死語になってしまった感がある言葉です。
「男の美学」
「男気」
「男が男に惚れる」

「カサブランカ」は、恋愛映画ではあるけれど、観終わった後、私にはそれだけではない感動が残りました。

主人公リックのキザなところやクールなところと、女々しいまでに失恋の傷を引きずるところや、情熱的に恋するところ、なのにやせ我慢をして愛する人を突き放し、命懸けで逃避行させるところ、友情や正義感あふれる情に厚いところ…。

一人の男の弱さも強さも純粋さも表現し切っているハンフリー・ボガードは、さすがアカデミー賞の男優さんです。

イングリット・バーグマンは、「理想のアメリカ人」と言われる女優さんだけあって、オーラがありましたね。
美しく知的で情熱的なイルザを演じていました。
でも、バーグマンがアップのシーンの照明がハレーションを起こしているように見えるぐらい強過ぎるのでは?と思いました。
せっかく綺麗な人で、メイクだってバッチリ決めているだろうに、輪郭をあんなにぼやかす必要はないんじゃないかと思いました。

でも、ラストのラブシーンは、リックの目線で涙でぼやけて見えているのかなぁと思いました。


有名な「君の瞳に乾杯」と言うセリフがあるけれど、バーグマンの目をぼやかさずに撮ってもいいんじゃないかな?
きっと、もっとドキドキするくらい綺麗な瞳だと思うんだけどな。


リックもカッコ良かったけど、ルノー署長やイルザの夫のラズロもカッコ良かったです💖

まさに「男気」!
カッコいいとはまさにこういう言動がとれる人のことを言うのですね。

白黒映画なので色はないけれど、それだけに明暗や影の付け方は細部に渡って配慮されている映像でした。

そしてこの映画を盛り立てているのが音楽です。
挿入歌の「As Time Goes By」(時の過ぎ行くままに)と、劇中で歌われ、ラストシーンで流れるフランス国歌「ラ・マルセイエーズ」
アメリカが第二次世界大戦に参戦した1942年に製作され、公開されたと言う時代背景。

それだけに、「As Time Goes By」は、国境を越え、時代を越え、世界中に愛されている名曲なんだと思いました。

最後に。
こういう昔の映画は子どもの頃は、おじさんおばさんが見る映画だと思っていました。
でも、自分の年齢がボギーやバーグマンが演じた年齢をはるかに越えた今、じっくり観ると、この年齢まで生きて来たからこそ分かるところがあります。
十代や二十代ではピンとこない、三十代、四十代ではでも無理だったかな…
名台詞がたくさんあります。
今だからこそ、監督が表現したかったことが分かるような年齢になったのだと思います。
歳を重ねるってステキなことだなあ~と、素直に思える映画でした。



ブッダ2 ~終わりなき旅~

2014-02-11 23:10:15 | 徒然なるままに
ブッダ2を観た。
シッタールダ王子が出家し、菩提樹の木の下で悟りを開くまでのエピソードだ。
でも、私的には、「?」がたくさんある映画だった。
①「手塚治虫の」とわざわざ書かなくても、原作/手塚治虫で良かったのではないか。
②なぜ、出家したブッダは螺髪ではなく、肉髻(にくけい)もないのは?
③悟りを開いたブッダの額に白毫がないのはなぜ?
④アッシジが死なねばならない理由は、ただの食物連鎖だけではなかったのでは?
⑤シッタールダにミルク粥を食べさせてくれた少女の名前は?

他にも?がいっぱいあったけど、そういう予備知識がなくても楽しめて感動できる内容ではあった。
ぜひ、この作品を見て、ちょっとでも興味を持った人は、ぜひ、手塚治虫氏の原作を読んで見て欲しい。

シッタールダが苦行の果てにたどり着いた悟りの境地とは?が比較的分かりやすく描かれていたと思う。

本当の苦しみとは?

自分だけが苦しくて不幸だという考えに囚われていると、本当の幸せに気付くことはできない。

では、本当の幸せとは?

こんな自分でも、生まれてきた意味がある。
誰にでも、人として生まれてきた以上、果たさなくてはならない役割がある。

たくさんの命の犠牲の上にある命のつながり。

たとえ弱肉強食の世界でも、生きるために命を頂いて生きている。
無益な殺生をしているのは人間だけ。

限りある命を、
命のバトンの自分の番を、
精一杯生き抜く。

死は誰にでも訪れる。
だから、自分の寿命を全うするためにも、今を精一杯生き抜く。
大きな力に生かされている今を。


ブッダ3は、悟りを開いたシッタールダがブッダとなって、説法しながらたくさんの弟子達と出逢い、入滅するまでの80年間の生涯の完結編だ。

手塚治虫氏は、「ブッダ」の中で、シッタールダをとても人間臭く描いている。
どの様な「ブッダ3」になるのか、楽しみに待つことにしよう。

「考える時間」~マザー・テレサの名言集より~

2014-02-11 06:47:33 | 徒然なるままに
久々の更新です。

年度末に向けて、だんだん心がささくれ、逆剥けて来る季節。
まして、受験シーズンだというのに、この大雪で、交通もスケジュールも大混乱。
イライラから自分の都合ばかりが優先され、周りが見えなくなります。

「忙しい」とは心を亡くすと書きます。

「慌ただしい」とは心が荒れると書きます。

「慎重」とは、真心を重んじると書きます。

車の運転も、試験の解答も、成績付けも、インフルエンザの診断も、忙しく慌ただしい時こそ、慎重に心を込めて取り組まなくてはならないと思います。

そのためのキーポイントは、「時間」。
時間の使い方か上手い人は、先のことを見通して、気持ちにも余裕があり、失敗が少ない。人に対しての思いやりもあります。
そういう人は笑顔も素敵で、一緒にいてほっこりします。

一度しかない人生。
折り返しの人生を、心豊かに一日一日を大切に過ごして行き体と思います。

今朝の千葉は、またまた朝から雪が降り、予定していたスケジュールがキャンセルになってしまいました。
そんな時に、素敵な言葉に出逢ったので、ご紹介します。

マザー・テレサの言葉です。

「考える時間」

考える時間を持ちなさい
祈る時間を持ちなさい
笑う時間を持ちなさい

それは力の源
それは地球でもっとも偉大な力
それは魂の音楽

遊ぶ時間を持ちなさい
愛し、愛される時間を持ちなさい
与える時間を持ちなさい

それは永遠につづく生命の秘密
それは神が与えてくれた特権
自分勝手になるには、一日は短すぎる

読書する時間を持ちなさい
親しくなるための時間を持ちなさい
働く時間を持ちなさい

それは知識のわき出る泉
それは幸福へつづく道
それは成功の価値

貧しさを思いやる時間を持ちなさい
それは天国へと導く鍵

[カルカッタの「孤児の家」の壁にある看板より]



今日は、一日、「考える時間」を意識して過ごそうと思います。




THE BAWDIES 1-2-3 TOUR 2013@横浜アリーナ

2013-06-24 20:05:45 | 徒然なるままに


THE BAWDIES史上最大規模となる1-2-3 TOUR 2013@横浜アリーナに行ってきた。

久しぶりに、ノリノリのロックンロールの生バンド演奏を聴いた。
会場は、終始総立ちで、みんな、こぶしを振り上げたり、腰を振ったり、その場でピョンピョンとび跳ねながら、一糸乱れぬ大合唱状態だった。まるで、体育祭のハイライトシーンの色別対抗リレーの応援合戦のような熱気だった。


サウンドとしては、私ぐらいの世代には懐かしい60年代ロックの雰囲気がある。
アリーナいっぱいの最大音量でも聴き心地がいいのは、電子音ではなく、アコースティックな生バンドの音だからだろうか?
ギターもベースもいいが、ドラムがカッコ良かった!
ボーカルのROY君は、いったい何を食べてあんなに元気がいいのだろう?
バンド仲間は、みんな幼なじみだと聞く。すごく仲が良くてチームワークがいい感じ。
ソニックスに影響を受けて、このサウンドを自分たちが引き継いで、今の若者に伝えて行こう!という使命感に燃えたトークは、まさにストレートなロックンローラーだ。元気をいっぱいもらった。

ハードな曲もいいが、メロディアスな曲や、バラード系もなかなか良かった。
今後の活躍を大いに期待している。

http://thebawdies.com/

再起動!負けねで、がんばる!

2013-06-23 17:10:04 | 徒然なるままに
半年ぶりの更新です。

この半年、まさに人生の転換期というような毎日を送っています。
かなり、プライベートだったり、デリケートな問題もあるので、詳細は書けませんが、なんとか日々を暮らしています。

その中で、一番の転換は、2月の引っ越しと、5月1日から旧姓に戻ったことです。
4月から職場もかわり、今年は中学校で700名近くの生徒に美術を教えています。

昨日、車も買い替えました。
まだ片付かない前の家の荷物を整理するために、軽のワンボックスカーです。
H14年式なので、ナビはついていないけれど、MDが聴けます!
引っ越しで壊れたMDデッキを捨ててしまって、MDも捨てるしかないかと思っていたので、ラッキーでした!

そうそう、携帯もスマホに変えました。
マンションに引っ越す時に、J:comのスマホバリューというのに入るために。
ようやく最近、使い方がわかって来て、なかなか便利に使っています。
車のナビ代わりにもなってくれるし、文字や画像を拡大して見れるし。
そうそう、Facebookも始めたのでした!

PCも、4月以来、変なウィルスが入って起動どころかシャットダウンもできない状態でいたのを、遠隔サポートで起動できるように治してもらいました!そのお陰で、いろんなことを教えてもらえたし。ブログも更新できるし。


4月の最初の授業で、生徒達に、
「『吐く』と言う言葉から「-」を無くして「+」だけに変えていくと、『叶う』と言う字になる。弱音を吐かずに、マイナス思考をプラス思考に換えて、夢を叶えよう!」
と呼びかけました。

この半年で、失ったものも多いけれど、新しく得たものや取り戻したものは、それをはるかに凌駕するものがあります。
それでも『断・捨・離』に徹することは、私の性格上、非常に難しく、全てが片付き一段落するには、年内いっぱいかかると思われますが・・・。

まず、目の前のやるべきこと、自分の足元をしっかり固めること。
一歩一歩、前進あるのみ!
一年後、五年後、十年後に、なりたい自分になるために!
過去と他人は変えられないけれど、未来と自分は変えられる。
宿命は変えられなくても、運命は変えることができるはず!

因果応報、自業自得。
でも、それは、新しい成長した自分になるために、失敗することも経験のうちだと考えて。
人のせいや環境のせいにはしない。
失敗から学んでこそ、他人の痛みも分かる、挫折からの立ち直り方の分かる、器の大きい人間になれる。

幸せは、自分が決める。
自分を好きになる。
吾唯足知。
自分自身を生きる。
感謝の気持ちを忘れずに生きる。
残り少ない52歳を、充実させて生きる。

今年のテーマは『脱皮』。
虫や蛇は、古い皮を脱ぎ捨てたばかりの身体は弱弱しいけれど、『世間』という冷たい風に晒されないと、自分の色は出てこないのだと言う。
50歳を過ぎての再出発は、かなりハイリスクだけど、伊達に苦労はしていない。
挫折ばかりの人生だったけど、ここから巻き返す。
潮は満ちた。今が潮時だ。


6月に、石巻で高校の同期会に参加してきました。
私の苦労や苦しみなんて、故郷の皆の苦労や苦しみに比べれば、物の数にも入らない。
本当に「生きてっと、いろいろあるよね…」
にもかかわらず、みんな、明るく、優しく、たくましかったです。
まさに、校歌にある様な『甲斐ある人』として、家庭で、職場で、地域で一生懸命生きている同志たちです。
心から尊敬し、同窓生であることを誇りに思います。

私も再起動で、「負げねで、がんばる!」

新年に向けて

2013-01-09 00:52:32 | 徒然なるままに
新年おめでとうございます。

今年の私のテーマは『脱皮』

古い物を脱ぎ捨て、常に再生しながら、成長する不完全変態。

人生の転換期にぴったりのテーマだと思う。

去年は公私共に、今までで一番過酷な1年間だったかもしれない。

何より、怪我をしてしまったのは、全てにおいてマイナスだった。

でも、だからこそ見えてきたものもある。

怪我をしてしまったのは、身体だけでなく、精神的にも追い込まれていった。

でも、これもまた、だからこそ得ることができた出会いもあった。

その渦中にいる時は、八方ふさがりで、前も、周りも先も見えずに、いたずらに不安と自己嫌悪にさいなまれていた。自己肯定感の欠片もない、失意の日々だった。そういう時は、考え方もマイナス思考となり、やることなすこと全部裏目に出て、ますます自己嫌悪に陥って、自信を失くして行くという、負のスパイラルから抜け出せなくなっていった。怪我以上のストレスからくる体の痛みは、心まで塞がせ、笑わない、笑えない日々が続いていた。

でも、そんな自分を支え、励まし、時には叱責し、寄り添って、一緒に悩み、怒り、泣き、考えてくれたのは、家族であり、友人たち、同僚、そして、教え子たちだった。

12月は、毎日がつらい、自分との戦いだったところに、年末に寝耳に水のような災難が訪れ、どん底に突き落とされた。

でも、落ち着いてそのピンチを乗り越えられたのも、ずっと支えてくれてきた友人たちと、医療機関、相談機関、上司の配慮のおかげだった。本当に感謝している。

正月に、帰る予定ではなかったのに、帰省することになったり、いろいろな予定が急きょ変わって行ったのだが、結果的には、それがどんどんプラスに転化して行くのを実感できた帰省となった。

私はけして一人ではないこと、故郷が立ち直ろうとする姿に大いに励まされ、刺激され、元気と勇気をもらうことができた。

そこに久々に集合した家族や、困難の中、笑って必死に生きている同級生達からも。

今は、まだその渦の中からねけ出せているわけではないが、ようやく怪我も治り、公私ともに、来年度に向けての方向性も決まり、気持も立ち直ってきた。

今年の努力目標は、気力、体力、笑顔だ。


1月3日、弟が車で津波の後の被災地に連れて行ってくれた。瓦礫が撤去され、更地となったところ、そこにまた新たに家や店を立てて頑張っているところ、逆に、誰も住まなくなったところ、あの震災、津波のまま撤去を待っているところ、様々な1年10カ月後の姿だった。

その中で、印象に残り、涙が出るほど勇気をもらったのが、石巻市雄勝町の荒浜海水浴場にあった、漫画家井上雄彦氏の壁画だった。

注意一秒、怪我一生

2012-10-13 15:35:38 | 徒然なるままに
10月13日(土)

怪我をした。頸椎捻挫。いわゆるムチ打ちだ。
初期の対応が、私の判断ミスのために遅れ、症状が悪化した。

幸い、最悪の事態は免れたが、周囲に多大な心配と迷惑をかけてしまった。

この怪我で学んだことは、忘れずに今後に生かしたい。
痛くて高い授業料となった。

顎下からの衝撃でも、その衝撃度が強ければ、脳しんとうを起こす。
その場合は、安静にし、けして頭を下に寝かせてはならない。
頭に血が上ると、血管が拡張し、頭に激痛が走る。特にこめかみ。

頭痛がする場合は、頭を冷やす。
首が痛む場合は、ムチ打ちになっている場合があるので、早めに整形外科に行って、レントゲンを撮ってもらう。
打ったその時に、痛みがなくても、後になるほど痛みが出てくる。
ムチ打ちの場合は、まず、首、肩、肩甲骨、背中、腰、骨盤、臀部と、痛みが日が経つにつれて下にさがってくる。
首を固定したり、腰にコルセットをする、痛み止めを飲む、湿布を貼るなど、ひどくなる前に医師の指示に従い養生する。

風呂は厳禁。特に頭痛がする場合は、身体を温めることで、頭に血が上り、頭痛がひどくなる。
マッサージもだめ。打った後の痛みは、炎症を起こしているので、炎症が治まってから施術を受けるようにする。

とにかく、安静にする。
頭を冷やして、身体をまっすぐにして仰向けに寝る。


怪我した状況については支障があって触れられないが、いろいろな人の助けがあって大事に至らなかったことに感謝し、とりあえず、舌を噛み切らなかったことを不幸中の幸いと思う。

いずれにしても、病気でも怪我でも、初期段階の冷静な判断と適切な対応が必要だと身を持って感じた。




石巻に帰省して ~同窓会と中村雅俊氏の講演会~

2012-09-30 21:29:18 | 徒然なるままに


9月30日

9月29日に、母校の創立100周年記念同窓会があり、出席してきた。
私が在学中は女子高だったが、平成18年度から男女共学校として校名も変わった母校。
各世代の同窓生が集まる中、同窓生の中にスーツ姿の男性が参加されているのが新鮮で、時の流れを感じた。

懇親会の後、総会があり、その後、俳優で歌手の中村雅俊さんを迎えての講演会があった。
故郷石巻市に隣接する女川町出身の彼の育った街は、壊滅的な被害を受け、未だ、復旧のめどが立たない。
震災後、中村氏は、毎月11日には故郷を訪れ、避難所や、役場、仮設住宅、被災した工場などを慰問し、彼のデビュー曲「ふれあい」にちなんで『ふれあいコンサート』を開いては、地元の人たちを励まし続けている。
「ふれあい」を聴くたびに、まるで、今の故郷のために歌っているような歌詞だと思う。

「ふれあい」 中村雅俊
http://www.youtube.com/watch?NR=1&feature=endscreen&v=SuHzH05ygzE


彼の講演の中で、心に残った言葉とエピソードを紹介する。
一つ目は、彼が慶応大学在学中に所属していた文学座での話。
文学座の大先輩の杉村春子氏は、大変厳しい方だったそうだが、杉村氏の代表作『女の一生』http://kankyakuseki.iza-yoi.net/WEBREVIEW/reviews/Onnano-Issho.htmlの中の主人公布引けいのセリフの、自分で選んだ道について、途中でそれは間違いだと気付いた時、
「間違いだと気づいたら、間違いでなくするようにしなくっちゃ」
というセリフが、いつも心の中に残っているのだそうだ。
人生は、常に二者択一を迫られる。しかし、たいてい、どちらを選んでも、多かれ少なかれ『後悔』が生じるものだ。たとえば車を運転する時の、いつも通る道の選択だとしても。
人生の岐路に立った時、どちらを選ぶのか。でも、選んだ道の途中で、その選択の間違いに気がついたとしても、最終的には、「それでよかったのだ」と思えるように、『間違いではなかった』ようにして行く生き方をすればいい。

全ての「間違い」について当てはまると言うのではないが、「自分で選んだ道」については、誰のせいでもなく、最後まで自分が責任を持つ。ということなのだろう。


もう一つのエピソードは、オノ・ヨーコ氏との出会い。
ある人のつてで、オノ・ヨーコ氏に会って話をした時に、中村氏は、
「私のことを知らないとおっしゃるあなたが、なぜ、私と会おうと思われたのですか?」
と質問したところ、
「あなたと出逢うことによって、運命が変わるかもしれないから」
と答えたのだそうだ。
まさに『一期一会』の精神だ。
初めて会う人に対する時、「この出会いがもしかしたら運命を変えるかもしれない」と思って会ってみる。
なんてポジティブで、アクティブな考え方だろう。
オノ・ヨーコ氏との出逢いと、彼女の言葉は、その後の中村氏の人との関わり方に、大きな影響を与えて行くのだ。
「Yes」と返事をすることは、何でもかんでも「はい」という「Yes man」とは違う。
自分の運命を切り開く鍵を握る「Yas」という言葉は、とても素敵な力を持っていると思った。

最後に、残念ながら生声で歌ってはもらえなかったけれど、女川出身の中村氏と宮城県栗原郡出身の宮藤官九郎が歌う「予定~宮城に帰ったら~」を紹介してくださった。この歌は、一回クリックすることで、義援金になるのだそうだ。
被災前の宮城県各地の美しく懐かしい風景をバックに、繰り広げられる宮城県自慢話。ぜひお聞きください。

「予定〜宮城に帰ったら〜」宮藤官九郎と中村雅俊とナンバーザ
http://www.youtube.com/watch?v=2hZn7upG_nA

同窓会の後、同期の仲間と「おばちゃんダべリング」をし、友人の案内で、仮設店舗でお土産を買い、地盤沈下した北上川の河口部付近を散策した。

今、台風17号が80㎝も地盤沈下した大潮の石巻を直撃しようとしている。
去年は、2つの台風が、津波に襲われた時と同じぐらいの冠水被害を出し、震災から半年後の被災地の人たちやボランティアの人たちの復興の努力を無に帰した。
先日通ってきた石巻の街は、一年前にボランティアをした時よりもずいぶん落ち着いてきて、瓦礫撤去されたところに新しい建物が立っていた。
地盤沈下したところは、土盛りをして嵩上げをしているが、毎日少しずつ地盤沈下しているのだそうだ。
NHKのニュースで、石巻が映るたびに、胸がざわめき、痛くなる。
去年のような被害が出ないことを心より祈る。

台風シーズン、今年もまた同じ悲劇が繰り返されないことを祈る。






「るろうに剣心」

2012-09-23 11:59:06 | 徒然なるままに

高2の娘と映画「るろうに剣心」を観てきた。
コミックの実写版なのだが、原作のコミックを読んでいなくても、十分楽しめる作品になっていたと思う。
特に、登場人物のキャラクターが濃くて、やり過ぎなくらいノリノリの役作りだったと思う。
アクションシーンは見ごたえがあり、原作のイメージとの遜色はなかったのではないだろうか。

観終わった後、母子での印象はだいぶ違っていた。
一番の違いは、時代背景の認識。
原作を読んでいず、幕末についての知識が乏しい娘にとっては、登場人物の相関図がわかりにくく、凄惨な印象だけが残ってしまったらしい。
戊辰戦争、新撰組、志士、明治維新、廃刀令、士族、新政府、清国とアヘン戦争・・・。
キーワードがたくさんあったが、すべて、原作を読んでいるか、幕末~明治維新の時代背景を知っているという前提で作られている映画だったと思う。

娘は、主人公の緋村剣心役の佐藤健君のアクションが見たかったらしい。
とりあえず、彼女の疑問点に関しては、観終わった後で解説はしたのだが…。
まあ、これをきっかけに、歴史に興味を持ってくれればいいのだが、NHKの大河ドラマも観ない娘が、興味を持つのはいつのことか…。たぶんこの先も「歴女」にはならないだろう。

ところで、佐藤健君は、映画化が決まった時に、「緋村剣心役は、佐藤健しかいない!」と言うほどの大抜擢だったそうだ。
彼は、「仮面ライダー電王」で主役をやり、その演技力が認められ、人気が出たのだそうだ。
NHKの「龍馬伝」で、龍馬の幼馴染みの岡田以蔵(通称・人斬り以蔵)役を演じ、師・武市半平太への忠義を尽くすひたむきさ故の人斬りの苦悩を見事に演じ切っていた。
今回の緋村剣心もまた、「人斬り抜刀斎」の異名を持ち、人切り時代の自分の犯した罪にさいなまれながら新しい時代を生きている。「人を生かす剣」を信条として、二度と人を斬らないため、嶺の方に刃をつけた「逆刃刀」を帯刀している。
元新撰組三番隊組長で、新政府の山県有朋の下で警官を務める齊藤一が、「人を斬らずに人を守る」と言う剣心を挑発して斬り合いをしかけ、
「人を斬らないための「逆刃刀」の刃が、己を傷つけることになる」
と言って、剣心の肩に「逆刃刀」の刃をくいこませるシーンが痛々しかった。
それを見た、剣心に新政府のために再び暗殺稼業を頼もうとしていた山県有朋が、
「悪かった。そこまでだ」
と止めに入るシーンが印象に残った。

新政府の要職についている人間の中には、新しい世の中を作るため、やり方は違っても、日本のために頑張っていた人達を、日本人同士を斬り殺し、大きな犠牲を払ってきたのだという自覚はあったのだろう。
山県有朋が、剣心のような腕の立つ当時14歳少年を、暗殺者として使ってしまったことへの申し訳なさが垣間見えたシーンだった。

娘とは、その後、岡田以蔵の話や、白虎隊の話、特攻隊の話、人間魚雷回転の話などをし、今の兄(23歳)や姉(21歳)、そして17歳の自分と同い年ぐらいの将来ある若者が、「新しい時代」を作るためにたくさん犠牲になった歴史があることを話した。

教育とは、怖いものだ。真っ直ぐな気持ちを持つひたむきな子ども達に、何が正義かの教え方を誤ってしまうと、国が滅んでしまうのだ。
子どもは「国の宝」なのだ。
暴力には暴力でしか戦えないのか?
そう教えたのは、誰なのか。
剣心に飛天御剣流の剣を教えた師は、そうは教えなかったはずだ。
剣心が、金の亡者に、
「金で買えないものがある。それは、お前が今、俺に乞うているものだ。それは命だ」
という言葉が、心に刺さった。
多感な少年時代を人斬り道具として使われた剣心が、この思いにたどり着くまでの壮絶な葛藤を思うと涙が出た。
己の剣の腕は、何のために使うべきだったのか。
「剣の心」と書いて「剣心」と読む。それを名乗る主人公の思い。
剣心のほほの十文字の傷は、夫婦になるはずだった男女「恨みの剣」による傷だったということを映画を見てから知った。彼の心に背負った十字架の重さと、己に課した「殺さずの剣」の誓いの重みを痛感した。佐藤健君の演技は、それを見事に演じ切っていたと思う。

興味をもたれた方は、以下のサイトを参考にご覧ください。

『るろうに剣心 -明治剣客浪漫譚-』コミック版
http://www.j-rurouni.com/

「るろうに剣心-明治剣客浪漫譚-」アニメ版
http://www.kenshin-tv.com/

「るろうに剣心」映画版
http://wwws.warnerbros.co.jp/rurouni-kenshin/index.html

「飛天御剣流」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A3%9B%E5%A4%A9%E5%BE%A1%E5%89%A3%E6%B5%81
http://page.freett.com/sukechika/meizi11/04kengi/meizi08-2.html

剣心のモデルになったと言われる尊皇攘夷派の熊本藩士河上彦斎(かわかみ げんさい)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B2%B3%E4%B8%8A%E5%BD%A6%E6%96%8E

佐藤健オフィシャルサイト
http://www.satohtakeru.com/

『仮面ライダー電王』
http://www.tv-asahi.co.jp/den-o/

NHK大河ドラマ『龍馬伝』キャスト岡田以蔵
http://special.infoseek.co.jp/entertainment/ryomaden/cast/17.html