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交流

拝啓、15歳の私へ~私の場合~

2008-08-11 19:11:00 | 徒然なるままに
もしも、この手紙が15歳の私に届くことがあったなら・・・・。

拝啓、15歳の私。

中3の夏。中体連が終わり、卓球部を引退。毎日あった部活がなくなって、気が抜けている場合じゃないよ。そろそろ高校受験に向かって、本気モードに気持ちを切り替えないとね。

それなのに、あなたは今、『中三時代』の文通欄にのって、日本中から届いたたくさん(100通以上)の文通希望のお手紙の返事書きに追われているのでしょう。
『古代文明に興味のある人。お友達になりませんか?』
今の中学校にはそういう話を真剣に語り合える友達がいないんだもんね。
今回のこの機会は、、あなたにとって、生涯の宝物となる出会いがたくさんあるんだよ。友人、夢、目標・・・。本当に貴重なチャンスなの。おっくうがらずに大切にしてね。

T君には告白せずじまいでこのまま卒業しちゃうの?
それも一つの選択だけど、だからこその違う未来も待っているかもしれないけれど、『あの時、もし・・・』と後悔し続ける未来もあることも考えてほしい。
15歳では、人を好きになっても、それをどう自分で認め、相手に伝えればいいかなんて、大人でも難しいこと、わかんないもんね。
でも、もっと、自分に素直になっていいんだよ。いろんなことを考えすぎて、板ばさみになって苦しいでしょう。その反面、傷つくのが怖くて、自分で壁を作っていたり、最初から諦めたりしていない?
人を好きになることは、とても素敵で、大切なことだよ。ちゃんと好きだって気持ちを相手に伝えることも、相手にとっては思いやりなんだよ。『以心伝心』て言うけれど、向こうだって悩んでいるかもしれないじゃない。
自分で自己完結して、一人で一喜一憂して。恋に恋しているだけなのかな?本当に好きな人を大切に思うことって、どういうことなのか、ちゃんと自分の心と向き合ってごらん。
彼とのことを、『片思いで叶わぬ初恋のきれいな思い出』として一生引きずっていくかどうかは、あなた次第だと思うよ。なぜなら、『恋愛』は一人でするものではなく、二人でするものなんだから。

勉強はそれなりにがんばって、結果は出しているようだけど、今のそれは、ただの受験勉強だよ。ちゃんと定着しているかな?大人になったら、半分以上は忘れてしまうものだけど、中学3年間の勉強は、すべての基礎になるから、ちゃんと覚えておいてね。将来子どもが大きくなったとき、『中学生の問題も解けない』ようではカッコつかないから。特に、中学校の教師なんかやることになったら、たとえ専門外の教科でもわからないでは済まされないよ~。

あなたは、今、NHKの『ヒロシマの被爆者が描いた絵』を見て、すごく衝撃を受けているよね。苗字の影響もあって、意識的に第2次世界大戦については避けているでしょう。お父さんから聞いた話もショックだったよね。だからって、じいちゃんに冷たくしないで。じいちゃんは好きで戦争に行ったんじゃないよ。それにおじいちゃんは戦地では誰一人殺していないんだから。じいちゃんが元気でいるうちにしっかり戦争の話を聴いてあげて。ばあちゃんがアメリカやチョコレートや、飛行機とか花火の音を嫌う気持ちをわかってあげて。戦争は、じいちゃん、ばあちゃん、お父さんたち疎開体験者にとっては、本当につい最近のことなんだから。

今、あなたは、自分の進路、恋や友達関係の悩みとか、自分のことだけでいっぱいいっぱいなんだよね。いいよ。いっぱい悩みなね。それはけして無駄なことじゃないから。でもね、時々、自分を支えてくれている家族の様子も気にしてあげてね。今、お父さんが抱えている仕事、とっても大変なんだよ、今、私にはそれがすごく良くわかる。お母さんも、家事をやりながら仕事もして、本当にえらいと思うよ、『早く早く』って口うるさいのは、本当にあなたのことを大事に思っているからなんだよ。弟は、今、反抗期でろくに口を利いてくれないかもしれないけれど、あいつは生涯頼りになるやつだよ。仲良く喧嘩しなね。妹はまだ2年生だけど、大きくなったら、7歳違いなんて関係ないよ、あなたの良き相談相手になってくれるから、うんとかわいがってね。

今の私の歳になるまで、本当にいろんなことがあなたを待っています。
うれしいことやワクワクすることばかりではありません。
苦しくて辛いこと、悲しくて心と身体と頭がばらばらになりそうなこと、後悔で夜も眠れなくなること、悔しくて憎しみや絶望に苛まれることだってあるかもしれない。

でもね、大丈夫。あなたなら、どんな壁でも乗り越えられるから。いつも、あなたはたくさんの人に支えられていることを忘れないで。けして一人じゃないから。そして、それは、あなたが自分よりもまず、相手や人の輪・和・縁を大切に考える人だから。
そして、人生は何一つ無駄な事は起こらないの。
それはどんなことでも、『私が私になるために必要なこと』なの。

今、あなたはどんな未来も選べる、築き上げていける自由な時を生きているの。1日1日を大切に、一期一会を大切に、家族や友達を大切に、自分の気持ちに素直に、最後の中学校生活を充実させて行ってね。

私は、15歳のときのあなたが一番好きです。

半年後の私へ

2008-08-11 17:51:00 | 徒然なるままに
拝啓、半年後の私。
今日は8月11日。朝から猛暑です。
半年後は2月11日。雪なんか降っていたりして・・・。風邪は引いていませんか?子ども達は元気ですか?

仕事は順調ですか?
3年生は特色選抜の発表の頃ですね。
毎日が緊張と悲喜交々で慌しく過ごしていることでしょうね。
この時期はインフルエンザが怖いよね。ちゃんと予防接種は受けましたか?
母親として、3年生の職員として体調管理は必須ですよ。離任まで、後50日を切りましたね。1日1日を大切に過ごしてください。

長男は、春休みに入った頃かな?今年は大学3年生。成人式も終えて、今年は就職をそろそろ意識したり、一人暮らしの話も具体的になっているかな?単位・進級はもちろんだけど、ちゃんと将来を見据えて、自立できるようにしていかなくちゃ。

長女は卒業認定試験に向けてがんばっていますか?進路はどうなっているかな?あなたも忙しいだろうけれど、わが子のことを最優先に、しっかり向き合うべきときに向き合う時間は自分から作らなくちゃ。明るい春がやってきますように。

末娘は部活に勉強にがんばっていますか?あの子はがんばりすぎて、たくさん我慢しているんだから、しっかり抱きしめて不安にさせないこと。ほめるときはいっぱいほめてあげて、叱る時はちゃんと叱ってあげて。

去年の今頃は、それからの半年が、あれほど大変で、貴重で、生涯忘れ得ない出来事や思い出がたくさんできるとは思ってもいませんでした。
自分の健康や時間、家族を犠牲にする程のハードさだったけれど、よくがんばったよね。家族をはじめ、たくさんの人たち、生徒達が支え、励まし、協力してくれたおかげだよね。
でも、お正月に帰省したとき、お父さんに言われたことは、忘れていないよね。ここで120%出し切って、燃え尽きないこと。また、春が来て、新しく出会うまだ見ぬ生徒達のために、『余力』を残しておくこと。
そのためにも、発つ鳥後を濁さずに離任し、次のところではまっさらな状態で新しい環境に専念できるように、早め早めに準備をしながらも、1時間1時間を大切に授業をしてほしい。

まずは、健康第一で。そして、3年生副担任として、今までで最高の卒業式を迎えることができますように・・・。健闘を祈る。

『拝啓、十五の君へ』を見て

2008-08-11 11:12:00 | 徒然なるままに
NHKの『拝啓、十五の君へ』と言う番組を見た。

合唱コンクールにかける中学生たちの姿を追いながら、アンジェラ・アキと、彼女の歌を歌う音楽部との交流を紹介していた。

平成20年度NHK全国学校音楽コンクールの中学生部門の課題曲『手紙』は、アンジェラ・アキが30才の誕生日にお母様から贈られてきた一通の手紙が切欠となって生れた曲で、それは15才の時の彼女が30才の自分自身へ宛てて書いた手紙だったとか。
番組の中でアンジェラが中学生達のためにピアノで弾き語るシーンが印象的だった。



手紙

アンジェラアキ 作詞 作曲

拝啓 この手紙読んでいるあなたは どこで何をしているのだろう

十五の僕には誰にも話せない 悩みの種があるのです

未来の自分に宛てて書く手紙なら
きっと素直に打ち明けられるだろう

今 負けそうで 泣きそうで 消えてしまいそうな僕は
誰の言葉を信じて歩けばいいの?
ひとつしかないこと胸が何度もばらばらに割れて
苦しい中で今を生きている
今を生きている

拝啓 ありがとう 十五のあなたに伝えたい事があるのです

自分とは何でどこへ向かうべきか 問い続ければ見えてくる

荒れた青春の海は厳しいけれど
明日の岸辺へと 夢の舟よ進め

今 負けないで 泣かないで 消えてしまいそうなときは
自分の声を信じ歩けばいいの
大人の僕も傷ついて眠れない夜はあるけど
苦くて甘い今を生きている

人生のすべてに意味があるから 恐れずにあなたの夢を育てて
Keep on beliebing

負けそうで 泣きそうで 消えてしまいそうな僕は
誰の言葉を信じて歩けばいいの?
ああ 負けないで 泣かないで 消えてしまいそうなときは
自分の声を信じ歩けばいいの
いつの時代も悲しみを避けては通れないけれど
笑顔を見せて 今を生きていこう
今を生きていこう

拝啓 この手紙読んでいるあなたが
幸せなことを願います



番組の中で、アンジェラが中学生達に「三学期の自分に手紙を書いてみよう。きっと三学期になってこの手紙を読むときはその時の自分をすごく励ましてくれるはずだよ。」と呼びかけていた。
―自分とは何でどこに向かうべきか
誰にも話せない悩みがある―自分が
大人の自分に向けて問いかける
―未来の自分に宛てて書く手紙ならきっと素直に打ち明けられる―

―負けないで泣かないで消えてしまいそうな時は
自分の声を信じ歩けばいいの―

― 自分とは何でどこに向かうべきか・・・
問い続ければ見えてくる ―


― 人生のすべてに意味があるから ―


私が15歳のとき、私を励ましてくれた歌は、中島みゆきの『時代』だった。

40歳を過ぎてSMAPの『夜空のムコウ』にグッと来た。

子育てで一番苦しかったとき、『スマイル・アゲイン』を聴いて、泣きながらわが子と向き合った。

去年、馬場俊英の『スタートライン~新しい風~』に励まされた。

人生には、まさにタイムリーに出会う『応援歌』がある。

アンジェラの『手紙』もそこに新たに加わった。


私も、書いてみよう。半年後の自分、1年後の自分、未来の自分への手紙を。

第50回千葉県吹奏楽コンクール本選大会

2008-08-10 23:58:00 | 徒然なるままに
8月10日

今日は、千葉文化会館で開催された第50回千葉県吹奏楽コンクール本選大会を聴きに行ってきた。

わが校は惜しくも東関東大会出場を逃がしてしまったが、さすが本選に残った強豪校の実力はすばらしかった。

今回つくづく、パーカッションは大切なポジションであり、曲想の中でも欠くことのできないアクセントとなり、勝敗を決める重要なポイントとなるパートだと思った。
同じ題材でも、その編曲の仕方、パーカッションの使い方で、まったく表情や印象が変る。
私は絵を描く人間であり、アニメを作ってきたからかもしれないが、音楽を聴くときは常に映像を頭に描きながら聴いている。その時に、カスタネット、カリヨン、小鼓などなど、アクセントとなる音が聞こえてきたとたん、目の前が万華鏡のように、花火が上がるように色鮮やかに変化し、展開する瞬間がある。
知らず、体中でリズムを刻み、座席に座っているのでなければ、踊りだしたくなるぐらいにノッテくる。

今日はさらに、柏市立柏高校のパーカッションを見て、移動している時も、いや、移動の動作一つも演奏なのだと思うほど、すばらしかった。本当にかっこよかった。そこから繰り出される音のなんと歯切れの良い、心躍る音だったことだろう。

高校の部は残念ながら最後までは見られなかったのだが、習志野市立習志野高校の『展覧会の絵』は鳥肌が立つほどすばらしく、クライマックスでは感動で涙が止まらなかった。
演奏が終わった後、隣に座っていた成田国際高校の吹奏楽部の生徒も泣いていた。
「あなた達のスペイン協奏曲も良かったよ。きっと会場にフラメンコを習っている人がいたら、踊りだしたくてしょうがなくなるくらい、ノレタわよ。」
と言ったら、
「フラメンコのビデオとか見て、みんなで研究しました。そう言ってくださって、うれしいです。」
「東関東に行ったら、ぜひ、全国大会に行けるように、がんばってきてね!」
と言って分かれた。

会場を出たところで、習志野高校が記念写真を撮っていた。
撮影後、コントラバスを抱えていた女の子に、
「とても感動して、泣いてしまいました。今年もまた全国大会に行けるようにがんばってきてくださいね!」
と声をかけた。

10代の少年少女の真剣な表情、姿勢と言うのは、本当に見るものを元気にさせる。まだまだ日本は捨てたものじゃない。きっと明るい未来が待っている。と思わせる魅力がある。

素晴らしい演奏を聴き、子ども達の真剣で生き生きした表情を見ることができて、本当に充実した1日だった。

「エッシャー展」でワークショップ・サポーター

2008-08-10 22:31:00 | 徒然なるままに
8月9日

今日は現在佐倉市立美術館で開催中の「エッシャー展」で、ワークショップ・サポーターをやって来た。

私の担当はエントランスホールで「エッシャーの世界で遊ぼう!」と言うコーナーでパズルやスタンプで遊んだり、メビウスの輪やパズルのピースを作ったりするお手伝いをした。
一番好評だったのは、会場の入り口前にある階段にさかさまに座っていたり、立っている人物像がプリズムを使ってみるとちゃんと座っていたり、階段を上っているように見えるというもの。逆さ吊りになっている人物を見てぎょっとしたり、不思議そうに眺め回している人に、そっとプリズムを手渡し、見方を教えてあげるとみんな驚いたり、喜んだり、小学生も、おじいちゃんおばあちゃんでも、みんな一様に同じようなリアクションをする。年配の方でもまるで小学生のように目を輝かせ、喜ぶ顔はなんともかわいらしい。「これは今度ぜひ、孫を連れてこなくっちゃ!最後に楽しいものを見せてくださってどうもありがとう!」とおっしゃって満面の笑顔で帰って行かれた。
「エッシャーさんは、お散歩するときはいつも2枚の板にプリズムをはさんだ小箱を持ち歩き、それをのぞいて世界を見ていたそうなんですよ」なんて、ビデオの受け売りを、まるでエッシャーさんからじかに聞いたように説明すると、皆さん一様に関心してくださり、なんだかちょっと照れくさかった。

陸上部の教え子仲良し3人組が、「先生、来たよ~!」とやってきた。本展を見る前にエントランスホールの床を馬のパズルで埋め尽くす作業に悪戦苦闘し、展覧会を見たあとは、ワークショップでとことん遊んで帰って行った。

親子連れ、友達同士、恋人同士・・・いろんな人が展覧会を楽しんで行ってくれたと思う。
「9月23日までの会期に、また来ます。」といろんな人が声をかけてくださった。
2回目のワークショップは12日。今度はどんな人と出会えるか楽しみだ。

がんばれ受験生!夏の補習を担当して

2008-08-08 16:37:00 | 徒然なるままに
3年生の職員ということで、夏休み、補習を担当することになった。
英語と数学について、さかのぼり学習をするのだが、これがまた結構大変だ。
なるべく事前に自分でも解いてみようと思って、課題のプリントに取り掛かってみたものの、中学生の内容とは言いながら、かなりの部分忘れていて、知識も理解も相当にあやふやだ。
自分でも愕然とする。
ただ、卒業以来使っていなかった知識だとしても、もう一度基礎からやり直してみれば、少しずつ思い出してきて、解けた時は素直にうれしかった。

補習のプログラムとしては、過去の入試問題のプリントをやるのだが、生徒によっては、中1の内容までさかのぼる場合もある。
数学も英語も積み重ねの教科だから、いい加減であやふやな状態で放っておいておいたら、ますます授業は分からなくなってしまう。
まずは、何が分かっていて、何が理解できていないか、いつもどういう間違いをしてしまうのかを自己分析する。
最初から100点ねらいは無理なので確実に点を獲得できる単元を強化し、苦手な単元は余裕があったら挑戦してみる。という作戦で展開していった。

正直なところ、自分で勉強していた時より、その生徒がどこで間違えたかを確認しながら教えていくと、自分自身の理解度の再確認にもなり、その生徒が間違いに気づいて、正解を導き出せた時は、私自身もうれしい。
今日は、多角形の内角の大きさの出し方がわからなかった生徒に指導後、その生徒に、ほかの生徒に同じ内容を説明させたところ、途中まではOKだったが、そのあとで躓き、自分で再確認していた。ついに解説を終え、教えられていた生徒も理解できた時、二人とも本当にうれしそうだった。その発展として、ほかの正多角形の内角の大きさを求めさせたところ、スラスラと説きだした。
これで、多角形の問題に対しては抵抗感がなくなった。
次は内角の和の出し方など、次々に発展せて行き、図形の角度の問題について興味や理解が深まれば、もっと数学が楽しくなる。
何よりも、人に教えることによって、自分自身の理解も深まり、知識が定着し、自分の説明で友達ができるようになったことで、自信もつくだろう。

夏の講習を終えて、単にプリントをこなすだけでなく、同じ苦手な者同士でも、互いに学びあうことも大切なことだと、生徒から教えられた。
○○君は何番までプリント終わったというような競争ではなく、出来るところを確実に定着させて、自信をつけさせる。そこから発展させ、関連付けながら理解を深め、出来る事を増やしていく。
そういう勉強が本来の補習なのではないだろうか。

英語に関しては、わからない、あやふやな単語は必ず辞書を引かせ、発音記号の読み方、反対語、複数形、過去形など、ひとつの単語のスペル確認にとどまらず、必ず、意味や慣用句まで調べ、10回は練習して、最後に単語テストをし、間違えたらもう10回練習する。そうやって覚えた単語はそうそう忘れない。
苦手と思っていたけれど、読めて、書けて、意味が分かる単語が増えていくと、英語が少しは楽しくなるかな。

私のやり方はまどろっこしいのかもしれない。専門は美術だし、教科には教科特有の学習法があるのだろう。
でも、3時間を終えた後、「今日はこれだけはしっかり覚えた」「この単元だったら、同じような問題が出たら、必ず正解できる」という満足感と自信を持って帰ってほしいと思う。
がんばれ受験生!*(鉛筆)**(笑顔)*

『崖の上のポニョ』と宮崎監督の言葉に励まされて

2008-08-08 07:12:00 | 徒然なるままに
8月8日

昨日で13歳になった末娘は、奥秩父に今日から2泊3日のキャンプに出かけた。

大学2年の長男は、夏のコンサートやイベント関係の舞台・会場作りのアルバイトと合宿で大忙し。
高校3年の長女は、進路そっちのけでバイト三昧。
末娘は、部活動にキャンプに予定がびっしり。
私は、部活動、補習、研修、出張、作業日(大掃除)となんだか毎日忙しい。
なかなかみんなでどこかに行くという予定もお金もない夏休み。

そんな中で、ささやかだが、母子でカラオケに行ったり、ジブリアニメの『崖の上のポニョ』を見に行ったりした。

『崖の上のポニョ』は、大学2年の息子曰く『久しぶりに楽しめたジブリアニメ』だそうだ。もう一回見たいとも言っていた。先日、NHKの宮崎駿監督の特集を見た。今の時代、あえてアナログの手描きにこだわったアニメ作りと、一つ一つのエピソードや、色使い、キャラクターの性格や表情、動きなど、一コマ一コマ妥協を許さず、大切に作り上げている姿勢に心打たれた。

私もかつて、アニメの仕事に携わったことがあるが、自分としては、いつも不完全燃焼で、矛盾を抱えながら仕事をしていたように思う。そう、『作品』ではなく、『商品』を描いていたのだ。描けば描くほど上手にはなるが、アニメ作りへの理想・夢、情熱のようなものが磨り減っていくような気持ちだった。
時間と予算に縛られて、それに見合った仕事をする。
3万円なら3万円の仕事。5万円なら5万円に見合うだけの仕事。
まだ駆け出しの背景マンには、作品ごとに絵柄を書き分けるのが精一杯で、描く力や品質を調整するなんてことはできなかった。
『腕に貯金する』つもりで、描き上げた『商品』には愛着を持たないようにし、(撮影後は焼却処分され、手元には戻ってこないのだから)とにかく背景を描くマシンになってがんばっていた。
テクニックは付いたが、絵を描くことが楽しくなかった。

そんな私が、結婚してアニメをやめ、子どもが生まれていっしょにお絵かきをするようになり、長男の入園と同時にはじめた人形劇に出会って、本当に絵を描く喜びと楽しさ、面白さを知った。自分が描いた絵や作った人形、脚本、演技で、こんなに喜んでくれる子ども達。いい物を作るために、みんなに喜んでもらえる舞台を作るために、誠心誠意、本気で取り組む仲間に出会って、本当に充実していた。このときに、『昔取った杵柄』や『腕に貯金』していたことが本当に役に立ったと思った。

そして今、中学校で美術を教えながら、その『昔取った杵柄』や『腕に貯金』していたことが授業に生きている。

宮崎駿監督は、「自分の作品が人を楽しませることにこそ自分の存在意義がある。」とおっしゃっていた。
『評価』や『講師の給料に見合うだけの仕事』という言葉にがんじがらめになっていた私を解放してくれる言葉だった。
私が教師という職業を選び、続けている理由。その原点に立ち返らせてくれる言葉だった。

お盆に帰省するが、ぜひ、故郷の両親といっしょに、もう一度『崖の上のポニョ』を見ようと思う。

薬師寺展、東山魁夷展、井上雄彦最後のマンガ展・・・

2008-08-08 00:15:00 | 徒然なるままに
今年は結構、美術展を見に行っている。

『薬師寺展』は、日光・月光像はもちろんだが、聖観音立像の凛々しさ、若々しさ、美しさに惹きこまれた。複製とはいえ、『水煙』の美しさ。思いの深さ。
日光・月光象の背中を見上げながら、たとえ普段は誰も見ることができないところにも、細心の注意を払い、完壁に仕上げているところに改めて感動した。魂をこめると言うことは、こういう仕事をすることだと感じ入った。

『井上雄彦最後のマンガ展』は、何度も会場に行っては入場できず(当日券)、ようやくナイトチケットを予約して見ることができた。それに合わせて『バガボンド』を読み、宮本武蔵についても少し下調べをして行った。
本当に素晴らしい、渾身の展覧会だった。無二斎に『後は何が望みだ』と問いかけられた場面の次の間では金縛り状態になり、その空間の少年の姿をした武蔵と対峙した時、涙が止まらず、ずっと武蔵の目を見て立ち尽くしてしまった。
最後の間の小次郎と砂浜に消えていく場面では、本当に波音が聞こえてきそうだった。
まさにあの会場で書き下ろしたと言う水墨画のような一枚一枚の絵を見て、井上雄彦氏は現代の絵師だと思った。
見る人の視点、視線を意識して描いたと言う登場人物達の目線は、本当に魂が宿っていて、こちらを見ているようだった。

『モジリアニ展』は、学生時代に見たときほどの感動はなかったが、なかなかよかったと思う。展示にもっと工夫がほしかった。

『東山魁夷展』は良かった。『道』は学生時代にも見ているが、年齢を重ねて、さらに伝わってくるものがある。北欧の絵も良いが、やはり、日本の四季を描いたものが素晴らしい。高校の現代国語で習った円山公園の夜桜と月の絵は絶品だ。鑑真が渡って来た海を描いた襖絵も、いつまでもその場に身を置いて、潮騒を聞いていたいような気持ちになった。

『コロー展』は、時間がないまま慌しく見てしまい、もったいなかった。でも、有名な「真珠の女」の実物を、穴のあくほど見ることができた。彼女の灰色の瞳は本当に魅惑的だ。私は昔からダヴィンチのモナリザより、こちらの方が好きだ。

『対決-巨匠たちの日本美術展』は、長谷川等伯の『松林図屏風』も俵屋宗達の『風神雷神図屏風』も見られず、がっかりだったが、迫力のある水墨画が見られて最高だった。
作品一枚、一作を人ごみにもめげず、3時間かけて舐めるように鑑賞してきた。
歌麿と写楽の浮世絵は、すごい!絵師、彫師、刷師の技を堪能した。応挙の弟子のトラの絵の迫力も良かった。
同じテーマや素材でも、それぞれの個性や、生き方が投影されて、とても興味深い展覧会だった。

『黄金の国ジパングとエル・ドラード展』は、はっきり言って期待はずれ。勉強になるところもあったが、企画倒れ。

明後日、佐倉市立美術館で開催中の『エッシャー展』を見に行く。先日、事前にエッシャーの生涯と作品を紹介したビデオを見て、とても興味深かった。開催中に2回ワークショップ・サポーターをやる。エッシャーの世界を体感する!


1学期の反省と2学期への展望?(美術)

2008-08-07 12:23:00 | 徒然なるままに
8月7日

今日は、末娘の13回目のBirthday!おめでとう!!*(ケーキ)*

ずいぶんと更新をほったらかしているうちに、夏休みも3分の1が終わろうとしている。

今日は朝からの研修が午後からでOKになったので、久々に更新をすることにした。

今年は3年生の副担任と言うことで、クラスは持たないものの、校務分掌(それも初めて担当するもの)がたくさんあって、毎日が勉強、試練続きと言う感じ。教科は美術だけだが、1年間講師と言うのは、なかなか思うように年間計画は立てられず、試行錯誤しているうちに、あっという間に期限が来てしまう。限られた時間の中で、いかに美術を好きになってもらうか、興味を抱かせるか、というところに私の存在意義があると思ってがんばっているのだが、去年はクラス優先、今年は進路と会計優先という状況の中で、どうやって美術をやっていくか、夏休み中に、残りの年間計画の見直しをしておかなくては。

まずは「1学期の反省」から。

1年生・・・「3原色で12色相環を作ろう」と「3原色+白・黒をまぜて、トーンを作ろう」「デザイン技法」
とにかく、色が混ぜられない、着彩が苦手という生徒が多く、「図工」から「美術」になったとたん、絵を描くのが嫌いになる原因は「色作り」と「彩色の仕方」だ。でもたった3原色(赤・青・黄)だけで、自分だけでたくさんの色が作れるようになると絵の具が楽しくなる。白・黒を使って明度が意識できるようになると立体的な色塗りができる。デザイン技法はアイディア勝負。失敗から学ぶと言うスタンスで、自由自在にスケッチブックに練習する。コツさえつかめれば後は発想・応用しだいで、すばらしい作品が出来上がる。
最初は新聞の敷き方から教えなければならなかった1年生達も、1学期の終わり頃には、時間内に課題も後片付けも終えられるようになり、毎回の反省カードも花丸が多くなってきた。夏休みの課題や2学期の土器作りについても意欲満々という感じで、これからが楽しみだ。


2年生・・・「レタリング」「デザイン技法」
2学期の課題の「CDジャケットデザイン」に向けて、レタリングの基礎、応用、裏技を教えた。手描きはもちろん、パソコン機能の活用も教えた。デザイン技法と組み合わせて、どんなCDジャケットが生まれるか、楽しみだ。

3年生・・・修学旅行を控え、「100倍楽しめる仏像の見方」を講義、鑑賞、テストしたところ、大反響だった。それ以上に私自身が「仏像」にはまってしまい、「薬師寺展」は2回も見に行った。
清水焼の絵付けの下書きをやり、できた作品全員分を展示したところ、「その空間は見ているだけで元気がもらえる」と好評だ。
1学期はてん刻の印面までだったが、2学期は印柱の彫刻だ。今年も傑作が生まれることを期待している。

『教えることは学ぶこと』は私の場合、大いに言えることで、私の『仏像』ブームは『マイブーム』をこえている感がある。さらに『水墨画』に至っては、目からうろこが落ちたように惹かれている。6月に「井上雄彦最後のマンガ展」に行ったのも、さらに「水墨画」への興味関心が増す要因となったと思う。
以前、「生徒に教材を与える時は、自分自身がその教材を好きでなければ、生徒には何も伝わらない。」と言われた。教科の特質上、美術にはさまざまな分野があり、私の専門外のことのほうがはるかに多いが、生徒に教える以上、教材研究は必須である。今までのところ、私の場合、それが功を奏して、自分自身のスキルアップにもつながり、レパートリーにも加えることができている。きっかけをくれた生徒達に感謝したいぐらいだ。

去年はまた、『ゲルニカ』の鑑賞で「パブロ・ピカソ」にはまった。本当に勉強になった。生徒たちに何か記憶に残せる授業ができたのではと思う。
今年は「M・C・エッシャー」に挑戦する。あさって、佐倉市立美術館で『エッシャー展』のワークショップ・サポーターをやる。2学期、それを授業にどう取り入れて展開するか、楽しみだ。