30日
お正月を祖父母の下で過ごす末娘を、連れて帰省してくれる妹に預けに行った。
高速バスで5時間。
今日は帰省ピーク。おまけに仙台のイルミネーションを見てから電車で石巻に帰るという強行軍。
無事に着いたという連絡が入ったのは、10時30分を回っていた。
今年は、長女の受験もあり、息子の部活動の試合もあり、みんなで帰省はできなかったが、春休みには明るい報告をお土産に帰省しよう。
新幹線が通っても、電話ですぐ話が出来ても、本当に、故郷は遠くなってしまったなあ・・・。
発想を変えて見ると、あと何年かしたら、今度は子どもたちが家に帰省して来るんだ・・・。
そうなると、ますます実家は遠くなっていくんだなあ・・・。
でも、何年たっても何があっても私にとっては大切な故郷。
いつか、故郷に帰ることそれが私の目標かもしれない。
18歳で上京し、いろいろな経験をしてきた。
辛いとき、病気になったとき、故郷は私に元気と勇気とやる気を出させてくれた。
そのとき、思った。
たとえ、故郷に錦は飾れなくても、いつか私がいっぱい元気の素をお土産に、故郷に帰ってこようと。
「今はまだそのときではない。」と思いながら今までがんばってこれたのかもしれない。
一方で、子どもたちにも故郷を大切に思える人に育ってほしいと思って、地域づくりをがんばってきた。
「故郷は遠きにありて思うもの」
私の場合、犀星の想いとは違うかもしれないが、離れているからこそ分かる良さ、大切さもあると思う。
そこにいる頃は、当たり前すぎて見えていなかったもの、分かっていなかったことが、外側から見て、時を経て見えてくるもの、分かるものがある。
だから、私は、子どもたちにもいつかは故郷から旅立たせようと思っている。
そして、子どもたちが疲れて、気弱になって、もし逃げ帰ってくるようなことがあったら、「おかえり」と温かく迎えて、元気になるまで羽を休ませ、再び旅立たせよう。
故郷に残り根付いて、地域のためにがんばっている同級生たち。
今は同じ場所で一緒にはがんばれないけれど、場所は違っても志は同じでがんばっているつもりだ。
2年後、同級会がある。
皆に会えるのを楽しみにしている。
お正月を祖父母の下で過ごす末娘を、連れて帰省してくれる妹に預けに行った。
高速バスで5時間。
今日は帰省ピーク。おまけに仙台のイルミネーションを見てから電車で石巻に帰るという強行軍。
無事に着いたという連絡が入ったのは、10時30分を回っていた。
今年は、長女の受験もあり、息子の部活動の試合もあり、みんなで帰省はできなかったが、春休みには明るい報告をお土産に帰省しよう。
新幹線が通っても、電話ですぐ話が出来ても、本当に、故郷は遠くなってしまったなあ・・・。
発想を変えて見ると、あと何年かしたら、今度は子どもたちが家に帰省して来るんだ・・・。
そうなると、ますます実家は遠くなっていくんだなあ・・・。
でも、何年たっても何があっても私にとっては大切な故郷。
いつか、故郷に帰ることそれが私の目標かもしれない。
18歳で上京し、いろいろな経験をしてきた。
辛いとき、病気になったとき、故郷は私に元気と勇気とやる気を出させてくれた。
そのとき、思った。
たとえ、故郷に錦は飾れなくても、いつか私がいっぱい元気の素をお土産に、故郷に帰ってこようと。
「今はまだそのときではない。」と思いながら今までがんばってこれたのかもしれない。
一方で、子どもたちにも故郷を大切に思える人に育ってほしいと思って、地域づくりをがんばってきた。
「故郷は遠きにありて思うもの」
私の場合、犀星の想いとは違うかもしれないが、離れているからこそ分かる良さ、大切さもあると思う。
そこにいる頃は、当たり前すぎて見えていなかったもの、分かっていなかったことが、外側から見て、時を経て見えてくるもの、分かるものがある。
だから、私は、子どもたちにもいつかは故郷から旅立たせようと思っている。
そして、子どもたちが疲れて、気弱になって、もし逃げ帰ってくるようなことがあったら、「おかえり」と温かく迎えて、元気になるまで羽を休ませ、再び旅立たせよう。
故郷に残り根付いて、地域のためにがんばっている同級生たち。
今は同じ場所で一緒にはがんばれないけれど、場所は違っても志は同じでがんばっているつもりだ。
2年後、同級会がある。
皆に会えるのを楽しみにしている。