もともと 向こう見ずなところがあって 私は失敗が多い。 近場の山では好奇心がちょっと強く 新しい道を歩くのは楽しい。 あの山の向こうには何があるんだろう? と知らない道を歩くのも好きだ。 山仲間が新しい植物を発見したりしたときも すぐ見に行きたくなる。
あれは2010年のお正月のことだった。前日 子供たちの家族がやってきて 賑やかな新年の始まりだったが 2日は天気もよく さほど寒くもなく のんびりした日だった。 山仲間から「イズミカンアオイ」の群落が見つかった と連絡をもらっていたので お昼過ぎ 「それを見に行こうか?」と夫と出かけた。夫は 昔少しスキーはしていたが、登山には深い経験はなかったし 体力も強いほうではなかったが 私が山に誘うとほとんど同行していたし楽しみにもしていた。 すぐ近くの山だったが 今ではほとんど歩く人もなく 道らしい道はなかった。 このあたりの山は花崗岩でできていて 風化した岩がボロボロの土砂になっており また落ち葉が積もっていて 急坂だと足元が滑る。 私はその花の群落を見たくて気が急いていたので 草を分け 木々をつかまりながらどんどん上がろうとしたが 夫はいつもゆっくりだ。冬の午後でもあったので あまりゆっくりもできず 夫に「私は先に見に行って 必ずこの道を戻ってくるから ゆっくり来て、、、」と言って先を急いだ。 友人から連絡をもらっていた通り その花の群落を見つけ このあたりでも数の少ないこの花の群落があったことをうれしく確認して すぐに引き返した。 山というのは道がなくとも 登りさえすれば最終的には山頂の一点にたどり着く。ところが 下りは少し角度を間違えればとんでもないところに下山する。道のないところを登ってきたので またがむしゃらに下っていったが 下から上がってくる夫はどこにもいない。 なんとか下り 登り始めたところに戻り 大声で夫を呼んだがなんの返事もなかった。 山で叫ぶ声は 山彦が来るような開けた谷ならばいいが 少しでも山の陰になると全く声は届かないものだ。ずんずん日が暮れてくる。 岩湧山から下りてくる人が何組かあったので 「こんな人を見かけませんでしたか?」 と尋ねるが 誰も見かけなかったという。中には 「山頂近くでそんな人がいた」という人もいたが 山頂になんか行くはずはない。 このあたりはまだ「シュンラン」などが所々で見られるのを楽しみにしている人も多いのに 降りてくる夫婦の中に 引き抜いたばかりのシュンランの株をいくつか手にしている人もいる。夕暮れ迫り 誰も見ていないだろうとそんなことをしたのだろう。夫のことも気がかりだが シュンランの盗掘も見逃せない。 注意をしたら 女の人が「ほら そんなことしたらあかんと言ったのに・・・・」などと男に言っていた。 いくら呼んでも夫の返事はない。 携帯も持ってきていなかった。もちろん懐中電灯も持ってはいない。 いよいよ薄暗くなってきて もう暗くなってしまってはどうすることもできないので 登山口まで戻って公衆電話から警察に助けを求めた。 1時間ほどしたら 正月休みだろうに4.5人の警察官が来てくれた。 道は真っ暗で足もとは石がごろごろして あかりなしでは歩けない。 私はいろいろ説明するが 「岩湧山のほうに行ったのではないか?」とばかり言う。警察官の懐中電灯が山を照らし 私は必至で夫を呼ぶが返事はない。 30分ばかり行ったり来たりするが全く反応はなく 「今日はもう暗いので明日の朝にしましょう」という。 キルティングのコートは着ているが 真冬の深夜の寒さには耐えられないだろう。 「どこか違うところに行ってしまったんじゃないか?」と言う。「必ずこの山にいるはずですから」と必死に訴え 私は 警察に「懐中電灯を貸してください。私は見つけるまで探しますから」と言ったが貸せないという。 しばらく 「オーイ! オーイ」と下から叫んでくれるが もとより道もないところだ。 その時 警察の懐中電灯に何かぼんやり光るものがあった。 「オオ~」 一斉にみんなでそちらにライトを合わせた。
夫は 暗くなった道を下ろうとしたが 足元が崖になったので これ以上進めないと判断し 足元の積もった落ち葉の中に手で穴を掘って ビバークするつもりだったようだ。 ぼんやり光ったのは 胸にぶら下げていたカメラの液晶だった。 私は涙が出そうだった。
登山口に戻って 事情聴取され 始末書を書かされ 「もう年なんだから こんな無謀は止めるように」ときつく諭された。 夜の8時半ごろになっていた。 とんだ新年の始まりになった。 それからも 私の無謀さはあまり変わらないところがある。 が 二度と警察に世話になるようなことはできないな と思っているのだが・・・・・