【 御宿かわせみ7 ・文庫版・ 】
【 酸漿は殺しの口笛 】 平岩弓枝氏から。
葛西はそのころの江戸の市民にとって食膳の宝庫であった。
葛飾の小松菜は日本一の美味といわれたし、寺島村の采も悪くない。
隅田村の芋に綾瀬川の蜆、向島は鯉が名物だし、三囲下の白魚は珍味であった。
朝一番に、採れたてを小舟に積んで大川を漕ぎ下がって売りに来る。
若い女が、お吉の渡した竹笊にせっせと茄子を入れている。
まだ子供子供した彼女の口元が動くと、そろりと酸漿が見えて、
ぎゅっと音が押し出される。
口の中で酸漿を鳴らしながら仕事をしているのが、
如何にも百姓の小娘らしかった。
畝源三郎は、
「おい、紫蘇の餅はあるか」と声をかけた。
「あったら十ばかりくれないか」
るいの部屋に引上げて来てそこに香ばしい煎茶が出た。
「寺島村は紫蘇が名物なんです。ですから、春はよもぎ餅、今頃は紫蘇餅、
秋になりますと芋の案の入った餅もなかなかうまいものです」
畝源三郎はいよいよ得意で、
・・・・・・
「あんた、酸漿が好きなの」
もう子供というでもない年頃なのにと思いながら、るいが
声をかけると、うつむいたまま、低い返事が戻ってきた。
おっ母さんの思い出だもんですから・・・・」
弁解するように、つけ加えたのを訊いてみると、どうやら
子供の時分に、母親が酸漿を作ってくれたのを、懐かしんでのことらしい。
赤く熟した酸漿の実を、指のでよく押して、中身を柔らかくし、
小さな穴から芯ごと上手に抜き出してしまうと、
酸漿の実は皮だけの、ちょうど風船のようになる。
それをの舌の上に載せて押すと、実の中へ入っていた空気が
小さな穴から外へ押し出されて独特の音を立てる。
女の子なら、誰でもやったことのある、玩具の一つであった。
酸漿には、故郷の匂いがします。(toyo0181)
赤い実を根気よく撫でてもんで
失敗しないように時間をかけて実のなかの種も
芯も出して舌のうえにのせるとなかに空気が入って舌でおすとギュットなりますね
そう 故郷の匂いがしますか
大人になっても茶花としても眺めましたね
やりました、か。
御察しの通り、茶花は幼い思い。
近所のいつも、ついてくる女の子。
この時ばかり、酸漿を見て走り、
動かなくなった。
酸漿をいじる姿に
根負けして、じっと指を見ていた田舎の小路。
その時、初めて違う世界に引き込まれ、
女性を好きになったなったのが酸漿の、この日でした。