「夜の林檎」所収。
「運河」誌上の「四季のうた」での批評の中心は「切り取りかたがよい」だったと思う。情景を切り取る、すなわちそれ以外のものは捨象するということだ。感動の中心が絞りきれていないと「切り取りが曖昧になり、鮮明な印象が結べない」。ここが難しいのである。
数年前に室生寺の五重の塔が台風に煽られた倒木によって半壊したことがあった。どうなるかと思っていたら、「昭和の大修理」が始まった。まさに「災い転じて福となす」である。
五重の塔を見るには石段を登る。石段の上部近くまで行くと、塔の屋根が順に見えてくる。最上階の屋根から順に方形(ほうぎょう)の屋根が目に飛び込んでくる。その情景を詠み込めたらと思ったのだが自信はなかった。
だが下の句「秋の空間を切る」が歯切れよく、「秋」の冷涼さも表現できたのかとも思う。石段を登るに従って徐々に屋根が見えるのは表現しきれなかった。
「瞬間と空間を限定する」と佐太郎は述べた。時間の推移を5句31音にあらわすののは、至難の技であるらしい。が、いつかは詠みたいと思っている。