・掌を人に見しむること勿れ冬の夜霧にぬれてゆく吾・
「地表」所収。1952年(昭和27年)作。
歌意「< てのひら >を他人に見せるのではないぞ。冬の夜霧に私は濡れてゆくばかりだ。」
下の句の表現に悲しみ・苦しみがにじむ。とすれば上の句の「掌(てのひら)を人に見しむること勿れ(なかれ)」とは、作者がかたく手を握りしめていることを表現しているのではないか。
確かめるすべは今はないが、おそらくそうだろう。「悲しい」「悔しい」と言わずに、その心情を表現しえているところに一首の価値がある。
しかも「勿れ・なかれ」という命令形。これは自分自身に対してのものだろう。自己凝視の重さが伝わってくる。それを命令形で表現しているのは、自己を客観視しているとも言えよう。
「地表」にはそうした趣の叙景歌もある。
佐太郎の歌集のうち、「歩道」が「都市詠の先駆」、「帰潮」が「貧困の悲しさ」を主題とすれば、「地表」は「自己凝視とものごとの客観視」と言えるかも知れない。
いずれにせよ「主題」は文学の必須条件である。
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