■「長さ」について
当直中に時間があるとき、調べものをして暇を潰している。
「時間」の定義を調べていて、「極小と極大の時間」(2009-12-22)というものを書いた。
「時間」は、原子の回転と地球の回転から決められている。
次に「長さ」の定義を調べてみたら、まず「地球」や「人体」を基準に決められ、それが人工の尺度へと一度変換されたのちに、「光」を基準にして決められ、現在に至っている。
本格的に調べだすとキリがないので、とりあえずのところで終わらせた。
視覚で「光」を感知しながら、世界や自然の風景やイメージを感じている。
この光が「長さの物差し」になっているというのは、なんとも不思議なことだ。
■フランス革命
18世紀。
産業革命のイギリス、自由平等のアメリカ・・世界は大きくうごめいていたけれど、フランスはブルボン朝による絶対君主制の支配(アンシャン・レジーム)が続いていた。
当時のフランスは、自然権、平等、社会契約説、人民主権論・・。
理性による人間の解放を唱えた啓蒙思想が広まっていて、大きな歴史の流れの中で、1789年にフランス革命が起きる。
(ちなみに、ベルバラ(ベルサイユのバラ)も、この時期を描いた漫画で、以前感想をブログで書いた。「ベルサイユのばら」(2009-03-22))
1789年のフランス革命が掲げた「自由・平等・同胞愛」の近代市民主義の原理は、その後の民主主義の基礎ともなった。
ただ、理性に基づけば社会の改造や暴力をしてもいい。という極論にも走り、共産主義、社会主義の母体ともなった。
フランス革命という濁流はそういう近代思想を生むと共に、おまけのように「メートル法」も生んだのです。
■地球・光と「メートル」
1791年、フランスは長さの単位が異なることも、旧体制(アンシャン・レジーム)を乗り越える一環と考え、フランス革命の一環で「長さ」の統一を計った。
イギリスも当初は協力する予定だったけれど、革命がイギリスに波及することを恐れて、フランス単独で行うことになった。
結局、国民議会の結果、「地球の子午線の北極から赤道までの距離」を基準にすることとなる。
1799年、様々な紆余曲折を経て(ここにも数学、物理、天文学・・の大きなドラマがある)、地球の大きさを測定することができた。
そして、「1メートル=地球の子午線の北極から赤道までの1000万分の1」として、「長さの物差し」としての1メートルは決められた。
その長さの基準を保持するため、白金製の「メートル原器(別名:アルシーブの原器)」という人工物が作られた。
(ちなみに、「メートルmtre」は、「寸法」を意味するラテン語のmetrumに由来)
メートルを基準として、1立方デシメートルの水の重さを1キログラムとした。長さと重さはつながる。
メートル法は十進法なので、長さの2乗が面積,長さの3乗が体積の単位となる。長さと広さはつながる。
メートル法は、そんな風に合理的な単位系でもあったわけです。
1870年、「単位系の基準はメートル原器とする」と公式に定められ、地球の長さから決められたはずの長さは、いつのまにか「人工物」が基準になった。
そうして、「自然」から算出された長さが「人工」へと変換され、メートルと地球の長さの関連が人工的に切られることになる。
1875年、メートル条約にて、各国で使用するメートル原器が30個作られた。ただ、「モノ」である国際メートル原器を基準にしたのはいいものの、そんな人工的な「モノ」は紛失しうる。それではマズイ。
1873年、マクスウェルは『電磁気学』で光の波長を基準にするアイディアを出していたこともあり、1960年には「86Kr(クリプトン)原子の橙色のスペクトル線の真空中における波長(6.0578021059×10-7m)の1650763.73倍を1メートル」と定めた。
1983年、光速の測定精度の向上により,「光が真空中を299792458分の1秒の間に進む距離を1メートル」と定義しなおされ、その定義が、今でも使われているのです。
「地球という自然」の大きさからメートルは生まれた。
白金製の「メートル原器」というモノに人工的に変換された。
その後、精度を高めるために「光の速度」でメートルは定義しなおされた。
そんな歴史を秘めた「長さ」の物差しを僕らは使っていて、その辺に転がっている定規にも、そんな広大な歴史が秘められているわけです。
■「尺」と人体、足
「尺」という文字は親指と人差指を広げた形をかたどったもの。
元々は手を広げたときの親指から中指の先までの長さを1尺とした。
ただ、身体尺は人によって長さが異なってしまうため、公定尺を定める動きが出た。
ちなみに、親指から中指の先までの身体尺では、1尺=約18cmなので、現在の尺(1尺=10/33メートル(約30.3cm))の約6割になってしまっている。
人体の前腕にある尺骨は、偶然にもほぼ「1尺」であり「尺骨」と名づけられてます。
人体の不思議な縁を感じます。
公定尺は時代を下るにつれて長くなってしまう。
その理由は諸説あるけれど、尺の長さを意図的に長くして納める税(反物など)が多くとれるようにしたという説もある。さもありなん。
公定尺は人為的に長くされたりしていたけれど、大工さんが使用する「尺」は、政治・税・商取引の影響を受けず、「曲尺」として同じ「長さ」に保存されていた。
その「曲尺」での1尺=片足を前に踏み出した1歩分の長さ。
東洋の尺も、西洋のフィートも、約3分の1メートル。
これは偶然ではなく、いづれも身体の「足」を基準にしたから同じになっているのです。
フィートfeetは足footの複数形なわけです(1フィート=12インチ、3フィート=1ヤード)。
その後、大宝律令(701年)で「曲尺」を元に「公定尺」の基準が作られたものの、律令制が崩壊すると、「公定尺」制度もガラガラ崩れてしまって、各地方で好きなように「尺」の長さが使われることになる。
時代は進み、日本が明治に入るとき、京都系の竹尺(享保尺)と大坂系の鉄尺を折衷して伊能忠敬が作った「折衷尺」を、公式の曲尺として、「長さ」の基準として採用した。
そして、1尺を、国際メートル原器の33分の10の長さ(10/33メートル)と定めたのです。
そうして、「尺」は、明治時代に1尺=10/33メートル(約30.3cm)と定められた。
(中国では、1尺=1/3メートル(約33.3cm)であり、同じ「尺」でも国よって違う。)
1789年のフランス革命を契機に始まった世界規模の「長さ」統一作業と、明治期の日本の長さである「尺」はここで出会い、僕らが普段何気なく使っている「メートル」法に吸収されるわけです。
■光と定規
やはり、何かを計る「物差し」を決めるっていうのは難しいものですね。
もともとは、地球とか人体とかの自然を基準にしたものの、客観性を追及していった結果、「光」を「長さ」の基準とするに至った。
どんどん現実感から遠くなっている。
しかも、「光が真空中を299792458分の1秒の間に進む距離を1メートル」と定義されているわけで。
「1メートル=光が1秒に進む距離の3億分の1」。
僕らの日常から想像を絶するけど、そういう目で、定規の「長さ」の目盛りを見返してみると、面白い。
宇宙空間のように、吹雪の冬山のように、周りに何もない「無」の空間に放り出されると、僕らは何も基準がなくなる。
物差しがなくなる。そして不安になる。自分が壊れてしまうかもしれない。
「無」に放り出されるとあまりに不安定なので、僕らは何らかの「物差し」を必要とするけれど、それはやはり「物差し」に過ぎない。
そして、「物差し」は歴史と共に変化しうる可変的なもの。
僕らが日常使っている定規にも、「1メートル=真空での光が1秒で進む距離の3億分の1」という途方もない情報が込められているわけで、そういう極大を感じながら日々の生活を送るのは、そう悪くない。
この日常は、そういう「計りしれない」ものに満ち溢れている。
現実の「物差し」の基準を丁寧に知った上で、誰かが作った「物差し」に縛られすぎないよう、自分の中の「物差し」を考えながら生きていきたいものですね。
当直中に時間があるとき、調べものをして暇を潰している。
「時間」の定義を調べていて、「極小と極大の時間」(2009-12-22)というものを書いた。
「時間」は、原子の回転と地球の回転から決められている。
次に「長さ」の定義を調べてみたら、まず「地球」や「人体」を基準に決められ、それが人工の尺度へと一度変換されたのちに、「光」を基準にして決められ、現在に至っている。
本格的に調べだすとキリがないので、とりあえずのところで終わらせた。
視覚で「光」を感知しながら、世界や自然の風景やイメージを感じている。
この光が「長さの物差し」になっているというのは、なんとも不思議なことだ。
■フランス革命
18世紀。
産業革命のイギリス、自由平等のアメリカ・・世界は大きくうごめいていたけれど、フランスはブルボン朝による絶対君主制の支配(アンシャン・レジーム)が続いていた。
当時のフランスは、自然権、平等、社会契約説、人民主権論・・。
理性による人間の解放を唱えた啓蒙思想が広まっていて、大きな歴史の流れの中で、1789年にフランス革命が起きる。
(ちなみに、ベルバラ(ベルサイユのバラ)も、この時期を描いた漫画で、以前感想をブログで書いた。「ベルサイユのばら」(2009-03-22))
1789年のフランス革命が掲げた「自由・平等・同胞愛」の近代市民主義の原理は、その後の民主主義の基礎ともなった。
ただ、理性に基づけば社会の改造や暴力をしてもいい。という極論にも走り、共産主義、社会主義の母体ともなった。
フランス革命という濁流はそういう近代思想を生むと共に、おまけのように「メートル法」も生んだのです。
■地球・光と「メートル」
1791年、フランスは長さの単位が異なることも、旧体制(アンシャン・レジーム)を乗り越える一環と考え、フランス革命の一環で「長さ」の統一を計った。
イギリスも当初は協力する予定だったけれど、革命がイギリスに波及することを恐れて、フランス単独で行うことになった。
結局、国民議会の結果、「地球の子午線の北極から赤道までの距離」を基準にすることとなる。
1799年、様々な紆余曲折を経て(ここにも数学、物理、天文学・・の大きなドラマがある)、地球の大きさを測定することができた。
そして、「1メートル=地球の子午線の北極から赤道までの1000万分の1」として、「長さの物差し」としての1メートルは決められた。
その長さの基準を保持するため、白金製の「メートル原器(別名:アルシーブの原器)」という人工物が作られた。
(ちなみに、「メートルmtre」は、「寸法」を意味するラテン語のmetrumに由来)
メートルを基準として、1立方デシメートルの水の重さを1キログラムとした。長さと重さはつながる。
メートル法は十進法なので、長さの2乗が面積,長さの3乗が体積の単位となる。長さと広さはつながる。
メートル法は、そんな風に合理的な単位系でもあったわけです。
1870年、「単位系の基準はメートル原器とする」と公式に定められ、地球の長さから決められたはずの長さは、いつのまにか「人工物」が基準になった。
そうして、「自然」から算出された長さが「人工」へと変換され、メートルと地球の長さの関連が人工的に切られることになる。
1875年、メートル条約にて、各国で使用するメートル原器が30個作られた。ただ、「モノ」である国際メートル原器を基準にしたのはいいものの、そんな人工的な「モノ」は紛失しうる。それではマズイ。
1873年、マクスウェルは『電磁気学』で光の波長を基準にするアイディアを出していたこともあり、1960年には「86Kr(クリプトン)原子の橙色のスペクトル線の真空中における波長(6.0578021059×10-7m)の1650763.73倍を1メートル」と定めた。
1983年、光速の測定精度の向上により,「光が真空中を299792458分の1秒の間に進む距離を1メートル」と定義しなおされ、その定義が、今でも使われているのです。
「地球という自然」の大きさからメートルは生まれた。
白金製の「メートル原器」というモノに人工的に変換された。
その後、精度を高めるために「光の速度」でメートルは定義しなおされた。
そんな歴史を秘めた「長さ」の物差しを僕らは使っていて、その辺に転がっている定規にも、そんな広大な歴史が秘められているわけです。
■「尺」と人体、足
「尺」という文字は親指と人差指を広げた形をかたどったもの。
元々は手を広げたときの親指から中指の先までの長さを1尺とした。
ただ、身体尺は人によって長さが異なってしまうため、公定尺を定める動きが出た。
ちなみに、親指から中指の先までの身体尺では、1尺=約18cmなので、現在の尺(1尺=10/33メートル(約30.3cm))の約6割になってしまっている。
人体の前腕にある尺骨は、偶然にもほぼ「1尺」であり「尺骨」と名づけられてます。
人体の不思議な縁を感じます。
公定尺は時代を下るにつれて長くなってしまう。
その理由は諸説あるけれど、尺の長さを意図的に長くして納める税(反物など)が多くとれるようにしたという説もある。さもありなん。
公定尺は人為的に長くされたりしていたけれど、大工さんが使用する「尺」は、政治・税・商取引の影響を受けず、「曲尺」として同じ「長さ」に保存されていた。
その「曲尺」での1尺=片足を前に踏み出した1歩分の長さ。
東洋の尺も、西洋のフィートも、約3分の1メートル。
これは偶然ではなく、いづれも身体の「足」を基準にしたから同じになっているのです。
フィートfeetは足footの複数形なわけです(1フィート=12インチ、3フィート=1ヤード)。
その後、大宝律令(701年)で「曲尺」を元に「公定尺」の基準が作られたものの、律令制が崩壊すると、「公定尺」制度もガラガラ崩れてしまって、各地方で好きなように「尺」の長さが使われることになる。
時代は進み、日本が明治に入るとき、京都系の竹尺(享保尺)と大坂系の鉄尺を折衷して伊能忠敬が作った「折衷尺」を、公式の曲尺として、「長さ」の基準として採用した。
そして、1尺を、国際メートル原器の33分の10の長さ(10/33メートル)と定めたのです。
そうして、「尺」は、明治時代に1尺=10/33メートル(約30.3cm)と定められた。
(中国では、1尺=1/3メートル(約33.3cm)であり、同じ「尺」でも国よって違う。)
1789年のフランス革命を契機に始まった世界規模の「長さ」統一作業と、明治期の日本の長さである「尺」はここで出会い、僕らが普段何気なく使っている「メートル」法に吸収されるわけです。
■光と定規
やはり、何かを計る「物差し」を決めるっていうのは難しいものですね。
もともとは、地球とか人体とかの自然を基準にしたものの、客観性を追及していった結果、「光」を「長さ」の基準とするに至った。
どんどん現実感から遠くなっている。
しかも、「光が真空中を299792458分の1秒の間に進む距離を1メートル」と定義されているわけで。
「1メートル=光が1秒に進む距離の3億分の1」。
僕らの日常から想像を絶するけど、そういう目で、定規の「長さ」の目盛りを見返してみると、面白い。
宇宙空間のように、吹雪の冬山のように、周りに何もない「無」の空間に放り出されると、僕らは何も基準がなくなる。
物差しがなくなる。そして不安になる。自分が壊れてしまうかもしれない。
「無」に放り出されるとあまりに不安定なので、僕らは何らかの「物差し」を必要とするけれど、それはやはり「物差し」に過ぎない。
そして、「物差し」は歴史と共に変化しうる可変的なもの。
僕らが日常使っている定規にも、「1メートル=真空での光が1秒で進む距離の3億分の1」という途方もない情報が込められているわけで、そういう極大を感じながら日々の生活を送るのは、そう悪くない。
この日常は、そういう「計りしれない」ものに満ち溢れている。
現実の「物差し」の基準を丁寧に知った上で、誰かが作った「物差し」に縛られすぎないよう、自分の中の「物差し」を考えながら生きていきたいものですね。
思えば、相対的な計測・表現方法だ-
基準点というのは、どうやって決められたのだろか
いなばは、どうやってこんなこと事を調べているの?
光の速さとメートルの関係・・・知りませんでした。
現実感から遠ざかるとはいえ、生活の便利のための長さに宇宙をあてがう研究者方のロマンやワクワク感(苦悩だったりして^^;)が伝わってきます。
あてがうと言うよりは、突き詰めていったらそこに宇宙が広がっていたのかな。
さて、着物の採寸で使う尺は1尺=約37cmなんで公式の尺じゃないのですねー。
茶道具の尺は多分公式だと思いますが、部屋の形態や流派の好みによって同じ道具でも少し大きさが違うところをみると、尺自体に差があったなごりかもしれません。
今年のクリスマスは、わしも病院で当直でしたー。(大晦日~正月も病院で当直デス。というか、今も当直中に書いてますし笑)
自分同様。、みんなも結構暇&彼氏彼女がいないようで、当直室でケーキ買ってきてささやかなクリスマス会を研修医の後輩とやろうとしたら、10人以上もぞろぞろ集まってきました。ま、人間相手にする仕事の人なんて、忙しさに終われて院内恋愛でもしないかぎり、そう簡単に恋人なんてできないもんなんでしょうねー。
ちなみに、今回の「長さ」話は、ケン オールダー「万物の尺度を求めて―メートル法を定めた子午線大計測」(早川書房)とか、ダニエル・ケールマン「世界の測量 ガウスとフンボルトの物語」(三修社)を、大学の図書館で借りてきて、当直部屋で暇なときに調べたりしていましたー。
>>>>>>>>> chopihapi様
3億分の1で定義するって、すごくないですか?ほとんど本末転倒な気が・・笑
でも、元々が地球の長さを基準にしてるっていうのも、すごいスケールだし、考えても実際に計測するなんて目もくらむ作業です。この辺も、色々なひとたちの果てしないドラマがあって、そういうのも上の本に書いてありましたー。
そうそう。
どんどん突き詰めていくと、地球とか宇宙とか光とか、そういう極大につながるんですよねー。 「時間」の概念も、原子の回転数と地球の回転数から求めているわけで・・・。いやはや、モノの根源を知るって、ほんとに面白いわー。ありふれたものであればあるほど、それが何なのかなんて、改めて考える機会自体がなかなかないですよね。
尺について。
さすが、着物を着る人にしか分からない指摘を!ありがとうございます。
親指から中指の先までの身体尺は、1尺=約18cmですし、明治期に決まった公式の曲尺(折衷尺)は約30.3cmですし。いづれとも違いますね。
公式の曲尺(折衷尺)自体が、京都系の竹尺(享保尺)と大坂系の鉄尺を折衷して伊能忠敬が作ったものですし、京都系の尺の名残なのかなぁ。
そこまで厳密じゃない尺っていうのも、なんかユルイ感じで、それはそれでいいですよね。究極的な厳密さを調べるために、光の速度を求めないといかんとまで言われると、ちょっと気が狂いそう!笑
それにしても、こんなに長くダラダラ書き連ねた文章を読んでいただき、ありがとうございます!