我が父親が油絵の個展を開きます。
京都の「Gallery Maronie」(ギャラリー マロニエ)というところで、9月22日(火曜)から9月27日(日曜)(12時~20時、最終日は17時閉場)までです。
京都なので遠いですが、うちの父親もなかなかいい絵を描きますので、もし偶然京都に行く機会があったり、美術に興味がある友人が京都にいたりすれば、御誘いください。
住所を知っている友人には、ダイレクトメールを送ろうかと思いますが、もしDM欲しい人いればメールくださいな。
「なぜ京都で?」と聞かれますが、特にたいした意味はないです。親しくさせていただいている陶芸家の武田さんが、よく京都で個展を開かれていて、そのナンダカンダの縁でこういうことになりました。
我が父親も、熊本で黙々と絵を描き続けていたのですが、周りの人からの強い誘いがあり、個展を開くことになったというわけです(本人はアガリ症なので、既にかなり緊張している)。
東京の銀座とかの画廊って、月曜から金曜までしか開いてないんですよね。
東京近辺で個展をやってくれれば、僕の友人で行ける人も多いでしょうし、いつか東京でもやってほしいところです。
宣伝用チラシに載っている、高名な3人の方々に戴いた紹介文も、下に載せておきます。
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「稲葉さんの絵に寄せて」
稲葉さんの製作の「はじまり」は五感の助走から動き出す。だから、画布に置いた絵の具の形象と、彼の心の「ずれ」は、果てしない補正の連続へと発展していく。
終点の見えない作画は、見る人の心に、己が探していた原風景を想い出させ、絵という媒体を経て、彼自身との対話をさせたくする。
坂本善三美術館 名誉館長 坂本寧
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『白、白、そして白』
稲葉医院がある熊本市で開かれた稲葉さんの個展を見に行った時、白を多用した1点の風景画が強く印象に残った。この画家が日常の生活の中で示しているに違いない静かで穏やかな性格と豊かな教養が瞬時に感じられた。
その頃、私は昭和の終わりと共に放送界を離れ、熊本県立劇場を中核にして、村おこし町おこしの文化活動に日本中を東奔西走していた。
そんな夏の日の黄昏に、熊本市内で偶然稲葉さんの奥さんに出会った。私が活動の一環として開いていたサークルにも参加されていて、共に学びあった心の友の一人であった。
「ご主人の絵を私の本の表紙の装丁に使わせて戴きたい、白の美しさが忘れられないので、是非とも・・・」
およそ半年後、人はいかにして美しく生きられるかをテーマにしたその新刊の粗末な内容を救って余りある美しさに仕立て上げていただいたのは、表紙に輝いた絵の白であった。(*)
大学時代に私は西洋美術史を専攻したが、なぜか浪漫派から印象派を経て現代美術に至るまでの作品の白い色彩に惹かれた、白は全ての色の極限のように感じられていた。
稲葉さんが京都で個展を開く。敗戦の年の秋、16歳の旧制高校生だった私は、日本とは何であったのかと面影を求めて、廃墟の東京から超満員列車に10時間も揺られて京都へ行き、寺々を巡り神社を訪ね、古都の町並みや東山西山を彷徨した。
京都は青春の私の心の空白を満たしてくれた、その想いは80歳になった今の私の美的感性の原点となっている。
総務省全国伝統芸能保存委員
ユネスコ現代世界アート展審査員
元NHKアナウンサー
鈴木健二
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(*)→「新・気くばりのすすめ―日本人の心をつなぐ原点」講談社(2004/03)
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『時の重さ』
盛り上げるように塗りこめられた画布には、陰影が生じている。
削りとられた内部から見えてくる色彩は、過去の様子を覗かせている。たっぷりと時間をかけて描かれた絵は、二次元から二・五次元へと移行してきたもののようにも見える。
心を強く引き寄せられたのは、試行錯誤をくり返し生み出される作家の奥に潜む心の存在であった。
以前、「一竹辻が花」の久保田一竹氏が、「君、とても良かったよ!」と、開口一番の電話で私の東京展を見た感想を伝えて下さった。作品作りに通じる何かを感じ取られての事だと思っている。
稲葉氏の絵から私は、絵と陶の違いはあるが、表現者としての共通のものが在ると思う。
陶芸家
武田浪
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京都の「Gallery Maronie」(ギャラリー マロニエ)というところで、9月22日(火曜)から9月27日(日曜)(12時~20時、最終日は17時閉場)までです。
京都なので遠いですが、うちの父親もなかなかいい絵を描きますので、もし偶然京都に行く機会があったり、美術に興味がある友人が京都にいたりすれば、御誘いください。
住所を知っている友人には、ダイレクトメールを送ろうかと思いますが、もしDM欲しい人いればメールくださいな。
「なぜ京都で?」と聞かれますが、特にたいした意味はないです。親しくさせていただいている陶芸家の武田さんが、よく京都で個展を開かれていて、そのナンダカンダの縁でこういうことになりました。
我が父親も、熊本で黙々と絵を描き続けていたのですが、周りの人からの強い誘いがあり、個展を開くことになったというわけです(本人はアガリ症なので、既にかなり緊張している)。
東京の銀座とかの画廊って、月曜から金曜までしか開いてないんですよね。
東京近辺で個展をやってくれれば、僕の友人で行ける人も多いでしょうし、いつか東京でもやってほしいところです。
宣伝用チラシに載っている、高名な3人の方々に戴いた紹介文も、下に載せておきます。
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「稲葉さんの絵に寄せて」
稲葉さんの製作の「はじまり」は五感の助走から動き出す。だから、画布に置いた絵の具の形象と、彼の心の「ずれ」は、果てしない補正の連続へと発展していく。
終点の見えない作画は、見る人の心に、己が探していた原風景を想い出させ、絵という媒体を経て、彼自身との対話をさせたくする。
坂本善三美術館 名誉館長 坂本寧
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『白、白、そして白』
稲葉医院がある熊本市で開かれた稲葉さんの個展を見に行った時、白を多用した1点の風景画が強く印象に残った。この画家が日常の生活の中で示しているに違いない静かで穏やかな性格と豊かな教養が瞬時に感じられた。
その頃、私は昭和の終わりと共に放送界を離れ、熊本県立劇場を中核にして、村おこし町おこしの文化活動に日本中を東奔西走していた。
そんな夏の日の黄昏に、熊本市内で偶然稲葉さんの奥さんに出会った。私が活動の一環として開いていたサークルにも参加されていて、共に学びあった心の友の一人であった。
「ご主人の絵を私の本の表紙の装丁に使わせて戴きたい、白の美しさが忘れられないので、是非とも・・・」
およそ半年後、人はいかにして美しく生きられるかをテーマにしたその新刊の粗末な内容を救って余りある美しさに仕立て上げていただいたのは、表紙に輝いた絵の白であった。(*)
大学時代に私は西洋美術史を専攻したが、なぜか浪漫派から印象派を経て現代美術に至るまでの作品の白い色彩に惹かれた、白は全ての色の極限のように感じられていた。
稲葉さんが京都で個展を開く。敗戦の年の秋、16歳の旧制高校生だった私は、日本とは何であったのかと面影を求めて、廃墟の東京から超満員列車に10時間も揺られて京都へ行き、寺々を巡り神社を訪ね、古都の町並みや東山西山を彷徨した。
京都は青春の私の心の空白を満たしてくれた、その想いは80歳になった今の私の美的感性の原点となっている。
総務省全国伝統芸能保存委員
ユネスコ現代世界アート展審査員
元NHKアナウンサー
鈴木健二
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(*)→「新・気くばりのすすめ―日本人の心をつなぐ原点」講談社(2004/03)
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『時の重さ』
盛り上げるように塗りこめられた画布には、陰影が生じている。
削りとられた内部から見えてくる色彩は、過去の様子を覗かせている。たっぷりと時間をかけて描かれた絵は、二次元から二・五次元へと移行してきたもののようにも見える。
心を強く引き寄せられたのは、試行錯誤をくり返し生み出される作家の奥に潜む心の存在であった。
以前、「一竹辻が花」の久保田一竹氏が、「君、とても良かったよ!」と、開口一番の電話で私の東京展を見た感想を伝えて下さった。作品作りに通じる何かを感じ取られての事だと思っている。
稲葉氏の絵から私は、絵と陶の違いはあるが、表現者としての共通のものが在ると思う。
陶芸家
武田浪
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個展の成功をお祈りしています!!
お父様が絵の個展を開かれるなんて,さすがは稲葉家・・・
画像だけではわかりませんが,ぬくもりと重厚感が同時に伝わってくるような素敵な絵ですね・・・。「白」もすごく気になります。見に行けないのが残念ですが,京都の友達に伝えておきます。
ところで,陶芸家の方のコメントにあった一竹辻が花,以前,特に予備知識もなく久保田一竹美術館に行って,息を呑みました。着物というキャンバス,一針一針の絞り,壮大なスケールの日本の美。圧倒的でした。実はその作品集をフランスまで持ってきています。
そんな久保田一竹氏も感動した絵,是非一度生で見てみたいです。
■RYM
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京都なのでなかなか来れないんで、誘うこと自体どうかなぁなんて思ったんですけど、
まあ偶然そんな機会があればと思いましてね。
京都って、東京から2時間ちょっとでいけるし、
本当に異空間で、平安京(ナクヨうぐいす平安京)からの長い歴史もあるし!
この個展とは関係なく、奥さんとでもブラリと遊びに行くと絶対楽しいですよ!
お寺めぐりなんかも、一日のんびり過ごせるしね。
あ、RYM君のお父さんにも送りたいから、後で送付先とか教えてほしいなー。
(これは個人メールで送ればいいことだった)
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■MY
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素人の割には、なかなかいい絵を描くんですよ。
職業画家じゃないだけに、自分が好きなように描けるっていうのがあるんでしょうな。
ま、我がブログで描いている絵も、
誰かに褒められるために描いてるわけじゃなくて、
本能の赴くままに描いてるから、描いててめちゃんこ楽しい、ってのもあるし。
将来、自分も仕事引退したら、絵描いたり本読んだり音楽聴いたり、はたまた音楽習ったり、
そんな生活を早くしたいなー。
今から、すでに定年後の生活を楽しみにしてます。
それまでは、国立大学に人様の税金で通わせてもらったってのもあるし、
その分は社会に還元したいですけどね。
久保田一竹美術館って河口湖のほとりにあるんだよね。
今度行ってみたい!
あそこは日本の霊山、富士山のエネルギーを浴びてるから、なんか居心地いいんだよなー。
みんなで、河口湖合宿とかできるといいねー。
すごく忙しい人同士でなんとか時間作って、
河口湖でダラダラ釣りをするってのは癒されるだろうなー。笑