《なっちの現場検証 3》
通学路や、近所の道路を歩いた後、事故現場のペットショップに向かいました。
自宅から車で20分ほど。
なっちは、車椅子で店内の動物たちに会いに行きました。
その時までは、いつものなっちでした。
ところが店を出て、事故現場の歩道に出たところで、なっちの表情が固まりました。
考えてみれば、事故からまだ2カ月あまり。
その場所には、生々しい音や痛みやお母さんの叫び声や緊張がそのまま残っていたのかもしれません。
なっちだけでなく、お母さんがなっちに注意する声にも、さっきまでとは違う緊張感がありました。
「なっち、この場所…、ここ、わかる?」
「…」うなずくなっち。
「向こう側にいて、こっちに渡ろうとしたんだよね」
「…」うなずくなっち。
「なっちのいた、向こう側に行ってみようか」
「…」なっちは首を振って、その道路を渡るのを拒みました。
日曜日の午後。
その道路の片側は、事故の時と同じように200メートルくらい渋滞していました。
反対側はガラガラで、車が普通のスピードで通り過ぎます。
私は一人で道路を渡って、その場所からペットショップを見てみました。
100メートル程左側に信号があるのですが、道路が左カーブしているため見通せません。
20メートル位右には、色あせた横断歩道があるのですが、渋滞している車のために、ほとんど見えません。
時々、大人が横断する場面を見ていても、危険な場所だと分かります。
でも、いくら車が何台も止まっていたにしても、なっちが反対車線をまったく気にしなかったのはどうしてだろう?
なっちだから?
子どもだから?
事故とはそういうもの?
しばらくして、なっちも落ち着き、反対側に行ってみることにしました。
車椅子で横断歩道を渡り、あの日、なっちが歩いたように進み、その場所に立ちました。
確かに、「見通しの悪い」カーブ現場です。
見通しの悪いことと、思いがけず大好きな「ペットショップ」&「お母さん」が目に入り、思わず駆け寄った…。
「子ども」であることが、事故のきっかけ、と思うしかありませんでした。
ところが、しばらくその場にいて分かったことがあります。
その場所から、ペットショップのお母さんのいた場所までは、とても「見通し」がよく見える瞬間があるのです。
ちょうどその場所はガソリンスタンドの出入り口で、渋滞している車がかなりの「間」を開ける時があるのです。
100メートル以上つながって止まっている車のなかで、そこだけ広い空間ができています。
反対車線はちょうどカーブにさしかかる扇の形。
正面にはペットショップの水槽や商品が並んでいるスペース。
そこは「二車線の道路」というよりは、ペットショップの前の広場の空間に見えるのでした。
そこでは「道路を渡る」という「意識」が、抜けてしまうのも分かる気がしました。
不注意と言えば不注意です。
でも、それは「なっち」が「落ち着きがない」子だからの不注意ではないと思えました。
それより、なっちが近所の犬小屋の犬を追いだして自分がそこに入るくらいペット好きな子どもだったこと。
そしてお母さんが大好きな子どもだったこと。
それが、不運な事故につながってしまったように感じました。
なっちが車や、道路をまったく意識していなかったり、道路の危険に鈍かったからではないと思えました。
それから、なっちに信号の場所を確認し、横断歩道を確認して歩きました。
横断歩道を渡る途中、反対車線を車が近づいてくるのを感じた瞬間、自分で車椅子のストッパーに手を伸ばし、ブレーキをかけました。
当たり前のことですが、一番痛い思いをして、一番怖い思いをして、いま一番車に気をつけているのは、なっちでした。
◇ ◇ ◇
はじめに紹介した『危険な学校』に《危険知識の共有が命を救う》という一節があります。
そこには、学校で頻繁に起こっている転倒や衝突事故、墜落事故の危険の中身が、先生や子供たちに伝わっていない点が指摘されています。
著者の畑村さんがセミナーを行っている企業では、3年くらいで社内で起こるトラブルや災害が半分から三分の一くらいに減少するといいます。
その理由の一つは、「危険情報の共有化がなされていること」だといいます。
「受講者は社内で起こっているトラブルや災害を自分自身の問題としてとらえて、対処法まで自分で考えます。そうした体験を通じてトラブルや災害に対処する能力が磨かれて、回避のための行動もできるようになったということ」
「学校で子どもたちにそこまでのことを教えるのは簡単ではありません。しかし身近にある危険の情報を伝えるくらいのことは簡単にできます。
子どもの気持ちを考えると、単純に知識を伝えるだけでは効果は期待できないので、心に残るような工夫が必要です。」
「…身近にある危険について正しく知ると、強く意識しているうちは、そのことを数のうちに入れて行動するようになります。そうなると大ケガにつながる無茶な行動は自ずと減ります。
遊びに夢中になると、つい我を忘れてしまうのが子どもですが、危険に対処するための自己基準を持つことができれば行動の仕方は変わるし、そのような子どもが増えることで、無茶な行動をしたときにまわりからいさめられることも期待できます。
これが危険に関する情報を伝えて共有化し、危険回避のための自己基準づくりに活用させることのメリットなのです。」
『危険な学校』畑村洋太郎著 潮出版社 2011年
◇ ◇ ◇
この日のなっちを見ていて、少なくとも学校への道や、家の周りの生活道路で、なっちが同じような事故にあうことはないように思えました。
なっちが6年間、事故にあわずにきたこと。
なっちが同じ年齢の子どもたちと一緒に、六年間通い続けるなかで、なっちが十分に気をつけて生きてきたということです。
なっちが、地域の小学校で、同年代の子どもたちと一緒に生活するスキルを、ちゃんと観察学習してきた結果を信じていいのだと思いました。
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ishiZaki
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