わたしは無条件に子どもの側につく(その2)
前回の「わたしは無条件に子どもの側につく」に
うれしいコメントをいただきました。
わたしがいま、何をしているのか。
いままで何をしてきたのか、
あらためて見つめなおすことができました。
コメントを読んだ後、ずっと思い出しているのは、
上野英信さんの『地の底の笑い話』の一節です。
(岩波新書・1967年)
□ □ □
ある若いたくましい労働者が、
私をたずねてきて語ってくれたことがある。
彼は炭鉱と隣りあった農村の息子として生まれた。
貧しい出口のない青春の反抗からさめたとき、
彼は前科持ちとして村では生きられない男になっていた。
嫌いぬき軽蔑しぬいた坑夫よりほかに、
もはや生きる場所はなかった。
炭鉱で働きながらも、依然として彼は
炭鉱を嫌悪しつづけ、坑夫を軽蔑しつづけた。
炭鉱で働くことは、農民の倅である彼には、
牢屋に入ること以上に屈辱的に思えた。
俺はきさまたちのようなタンコタレではないぞ、
という意識だけが、かろうじて彼の屈辱感を
まぎらわせてくれた。
彼が働きはじめてからようやく一月ばかりたったある日、
落盤事故で一人の坑夫が生き埋めになった。
近くの小ヤマで働く者たちも仕事をなげうって
応援にかけつけ、救出作業をつづけた。
やっと掘りだされ曳きずりだされたとき、
もうその男は死んでしまっていた。
きのうはじめてこのヤマに流れてきたばかりの
渡り坑夫で、身元さえわからなかった。
死体は三輪車にのせられ、
彼が運転して、もよりの納屋へ運ばれた。
誰か身内の引き取り人をさがしだすまで、
遺体を安置しておかなければならぬ。
布団がのべられようとするとき、
その家のあるじがとがめた。
その蒲団ではない。
一番いいのを出せ。
みなはためらった。
どこの馬の骨かもしれない渡り坑夫の、
それもぐしゃぐしゃにつぶれた、血まみれの死体である。
破れ蒲団でももったいないくらいだ、
と彼も思った。
すると、あるじは声を大きくして叱った。
なにをぐずぐずしておるか。
いいか、一番たいせつなお客さんだぞ。
俺たち炭鉱の人間にとって、
これ以上たいせつなお客さんはないんだぞ。
がたがた言わずに、はやく一番いい布団を出すんだ!
彼はその声で目がさめた。
ちがう世界が突然彼のまえにひらけた。
とっておきの客蒲団に
「一番たいせつなお客さん」として眠る、
どこの誰かもわからない、
つぶれて血まみれの坑夫の前に手をあわせながら、
彼は死ぬまでこの世界から去るまいと決心をした。
ひとびとは彼にむかって、
はやく三輪車の血を洗い流し、
塩をまいてきよめるようにといった。
「ばってん、俺は、水もかけんやった。
塩もふらんやった。
どうしてそんなことがでくるもんか。
おれの腐った根性を洗いきよめてくれた血ばい。
とうとうそのまんまで、
血の消ゆるまで一ぺんも洗わんずく、
俺はその車を運転しつづけたばい」
□ □ □
PS:
教育の世界では、「お客さん」という言葉を、
まったく違う言葉として使います。
その人たちの口から「お客さん」という言葉を聞くたび、
わたしは、ただ、こころのなかでつぶやきます。
「お客さんという言葉の意味も知らないくせに」
「子どもはみんな一番たいせつなお客さんだぞ」
PS2
5月の竜くんの葬儀から帰ったときも、
わたしはふつうに、塩をふらなかったのですが、
もともとはこの話を読んでからだったと、
いま、思い出しました。
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