21世紀の定員内不合格(№02)
《個人的に中高一貫教育》
初めて会ったとき、その子は中1だった。
小学校1年から学校には行かなかったという。
登校途中にランドセルを投げ出して、家に帰ったと言っていた。
そこは情緒障害児学級という名の、いわゆる「適応教室」という場だった。
中学校の一角にあるが、入口もげた箱も別。
一般の生徒と会わないようにと登校時間もずらしてあった。
学級は毎日あるが、生徒は週に何度か、気が向いたら来る、という感じだった。
その子は外見は幼いが、読んでいる本は大江健三郎だった。
はじめは警戒されたが、3年後には、私のいる定時制高校に来てくれた。
高校で見かける彼女は、それまでの3年間で見たことのない表情をしていた。
小1から中3までいわゆる「ふつう学級」に通っていない。
遠足や運動会といった行事も参加していない。
初めて都会に連れて行かれたハイジのような状態だったのだろう。
慣れてくると、部活や生徒会にも参加して、毎日休まずに通った。
一度、私の家にも遊びにきてくれて、小学生の娘と遊んでくれた。
私のおかげで「定時制高校」に入れた、というつもりはない。
東京の高校は定員内不合格がないのだから、高校生になることは難しいことじゃない。
私がいま思うのは、小学校1年から不登校だという子が中学生になったときに、「おれ、昼間はこの中学で教えてるけど、夜は定時制高校で教えてるんだ。よかったら、うちに来るといいよ。いいところだよ。不登校の子もいっぱいいるから」とふつうに言えること。
中学の先生としての私にとって、それがどんなに幸運なことだったかとおもう。
先のことが不安な子どもとつきあう大人として、それがどんなに幸せなことだったかとおもう。、
それは、「孤立」させない、「無力」だと思わせない、絶対に「透明」にしないための、確かな支えだった。
(つづく)
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