「寄る辺なさ」という言葉から、認知症という言葉も浮かびます。
ひとつの詩を思い出します。
《つづき》
うたこ
だんだん
ばかになる
どうかたすけて
起きぬけ
母はそう言って私にすがりつく
だれが
この病を
老年痴呆と名づけたのだろうか
かつて私は
こんなに賢いさけびをきいたことがない
私は
母のまねをしてすがりつく
(『母の詩集』池下和彦 童話屋 より)
◇
「くつろぎ」、「結びつき」、「共にいること」、
「たずさわること」、「自分であること」。
前回のメモであげた五つの項目は、「認知症の人はなにを必要としているのか」という問いへの答えとしてあげられていたものです。
長くなりますが、そのまま紹介します。
◇
【これらのニーズはすべての人間がもっているとおもわれるが、だれにもいつでもはっきりと現れるわけではない。
たいては最低限機能できるぐらいにはニーズが満たされるので、その格差や不足は表に現れないのだろう。
しかし、大きな圧力がかかったときや、ひどい困難に直面したとき、または若いときから隠されていた心の傷が再び開くとき、そのニーズは表に現れる。】
① なぐさめ(くつろぎ)
【この言葉のもともとの意味は、優しさ、親密さ、苦痛と悲しみを和らげること、不安を取り除くこと、他人と親密になることから生まれる安心の感情である。
他人をなぐさめるということは、その人の心がばらばらに崩れそうになるとき、ひとつに保つことができるように思いやりを示し、力づけることである。
死別や、能力の低下や、これまでのような暮らしができなくなったことといった、どんなことで喪失感が引き起こされてとしても、認知症の人がそれに対処しようとするとき、なぐさめのニーズはとくに強くなると思われる。】
② 結びつき(愛着)
【人間は非常に社会的な種であり、これは特定の絆や結びつきを求める点にはっきりと示されている。
…とくに幼少期には、世界は不確実性に満ちているので、それは一種のセーフティネットを生み出す。
結びつきがもたらす安心がなかったら、人は正常な働きをするのは困難である。
大切な結びつきの喪失は安全の感覚を損ない、しかも絆が短期間に失われると、その影響は計り知れない。
認知症の人にも十分結びつきのニーズがあると考えられ、実際には、幼いころと同じくらい強いかもしれない。
ベレ・ミューゼンはこのことを詳しく研究し、認知症の人は、自分が「おかしい」と思う状況にいることに絶えず気づいており、このために結びつきのニーズを強く求めると言っている。】
③ 共にいること(社会的一体性)
【人間の社会性にはもうひとつの側面がある。
それは、集団の中で生活するように進化してきた種であるという事実に関連している。
集団の一員であることは生存にとって不可欠であり、厳しい罰として一時的に集団から排除するような文化もある。
共にいることのニーズは、いわゆる気をひこうとする行動、つきまとう傾向、さまざまな種類の抵抗や中断といった差し迫った形で認知症の人に顕在化する。
……旧来の多くの施設では、利用者が集団で扱われていてとても孤独なので、共にいることのニーズは満たされない。
個別化されたケアプランやケアパッケージは大きな改善だが、しばしばこの問題を見過ごしている。
共にいることのニーズが満たされなければ、人は衰え、引きこもることになる。
そしてついには、……殻に閉じこもり、完全に孤独な生活を送るようになる。
しかし、共にいることのニーズが満たされれば、ふたたび「殻を破る」ことができ、
仲間と一緒の生活の中に自分の居場所を見つけることができるのである。】
④ たずさわること(主体的活動)
【たずさわることとは、個人的に有意義な方法で自分の能力や力を活用して、生活の過程に関わることを意味する。
反対は、退屈で、無関心で、無用な状態である。
たずさわることの始まりは幼年期、子どもが主体性の感覚を身につけるときにある。
すなわち、他人から反応を引き出し、自分が世の中を動かすことが可能であるという実感である。
…たずさわることを奪われたとき、その人の能力は衰え始め、自信は奪われる。
たずさわることへのニーズは未だ認知症の人にも存在する。
たとえば、手助けしたいと思うとき、またはアクティビティや外出に参加したがっているとき、それははっきりと現れる。】
⑤ 自分であること(同一性)
【自分であることは、認知と感情でもって自分がだれであるかを知ることであり、過去との継続性の感覚をもつことを意味している。
それは他人に語る自分の「物語」であるが、その物語には、現在の生活におけるさまざまな役割と文脈全体にわたって、ある種の一貫性を作り出すことが含まれる。
…認知症ケアの「古い文化」では、とくに、極端な画一化や過去とのすべての繋がりが剥奪されることによって、自分であることの個人的資源の多くが取り去られてしまう。
しかし、認知障害に直面しても、自分であることを維持するためにできることがたくさんあるということである。
それには基本的な二つのことがある。
一つ目は、その人の人生歴についてある程度詳しく知ることである。
記憶の喪失のために、たとえ自分自身の物語で自分であることを保てなくなっても、まだ他人によって保つことができるからである。
二つ目は、共感である。共感によって、それぞれ独自の存在として、汝として応じることができるからである。】
◇
【…認知症ケアの重要な仕事は、知的能力の低下に直面したとき、その人らしさを保つことである。これが可能となるのは、五つのニーズを心から満たすことによってである。
一つの主要なニーズが満たされれば、他のニーズにも影響を及ぼすことになる。
たとえば、結びつきによって安心を得た人はたずさわることに気を向けることができるようになり、不安に心を乱されることが減り、恐怖におそわれることも少なくなる。
たずさわることが十分できるようになった結果、自分であることの感覚はふたたび満たされることになる。
そして五つのニーズ全体が満たされる時、自尊、価値があること、尊重されることの全般的な感覚が高まるだろう。
…これまでだれも踏み込んだことのない前向きな経験の領域に進むことができるだろう。】
(『認知症のパーソンセンタードケア』トム・キッドウッド 筒井書房)
◇
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