ワニなつノート

妖怪人間(その2)



妖怪人間(その2)



2.《人間に戻りつつある」



…さらに30年の時が流れる。

自立援助ホームで子どもと出会う日々の中で、ある本を開いた。
「養護施設の子どもたち」という本。
そこに書かれていた言葉。

「あっくんはやっと人間に戻りつつある。」
私の中の妖怪人間がまた目を覚ます。


        ◇


あっくんは七歳。小学校一年生だ。

小学生には見えないほど、身体は細く、小さい。

…母が姿を消し、あっくんはアパートの一室でほったらかしにされているところを発見された。

そのときあっくんは二歳ぐらいだった。
…あっくんは一週間、ほとんど何も食べていなかった。

…(あっくんは別の女性と再婚した父親に引き取られるが、虐待により養護施設へ。)


児童養護施設に来たばかりのあっくんは、表情が乏しく、冷めた険しい目をしていた。
乱暴で、すぐかんしゃくを起こした。
腹が立つと、手にしていたおもちゃを周りの子どもに投げつけた。

…精神的に安定しないのか、排便がうまくいかず、おもらしをすることが多かった。
そのたびに、手に大便をつけた。
ときには、施設の職員や実習生の上履きに大便をこすりつけ、知らん顔していた。
「知らない。ぼくじゃない」と言い張った。

あっくんは強情でもある。

…(年上の子どもたちに)「ごめんなさいと言え」と言われても、あっくんは黙って、上を見ている。


そんなあっくんだったが、しばらく施設で生活すると、職員の温かい見守りと少し年上の気のいい男の子のおかげで、少しずつ変わっていく。
あっくんの固く、凍り付いた心が徐々に溶けていくようだった。

…あっくんは私に対しても、心を少し開くようになる。
(久しぶりに施設に行くと、)あっくんは私に近づき、自分から私の手をとった。
…私は就寝時間まで、あっくんとミニカーで一緒に遊んだ。


あっくんは、表情も豊かになり、自分の気持ちを素直に言えるようになってきた。
…あっくんの成長には目を見張るものがある。
児童養護施設は、虐待や養育放棄などで傷ついた子どもたちの心を癒す場だ。


施設で暮らし始めて半年がすぎ、あっくんはやっと人間に戻りつつある。



            ◇


子どもを「妖怪人間のおもい」にさせているのは、こういう「まなざし」なんだとおもった。

そう、子どもを「妖怪人間のおもい」にさせているものは、虐待とか障害そのものではなく、むしろ「助けるひと」「助け方」そのものに宿る「子ども差別」なのだとおもった。


助けてくれる。
そう思ってせいいっぱい手をのばす子どもに向けることば。
子どもが味方だと信じて手をのばす大人の、何気ない「子ども差別」のことば。


助ける大人は、その「子ども差別」の言葉や態度を、ぜんぜん意識したことがない。
だから、恥ずかしくなく堂々と表現できるのだろう。
自分たちは、子どもの味方だと信じている。


社会的に認められている「いい人」であっても、少なくともゆうたとおれは「味方」だとは思わない。

ゆうたもおれも、この人みたいな「いい人」になりたいとは思わない。


(つづく)
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