「ヘンリー・ミラーについて」
私はこれまで自己紹介の欄で、影響を受けた作家としてヘンリー・ミ
ラーとニーチェを挙げましたが、ニーチェについては度々彼のアフォリ
ズム、従って「あほリズム」ではありません、を引用させて戴きました
が、ヘンリー・ミラーについては一度も取り上げませんでした。しかし
、これまでにも何度もヘンリー・ミラーについて書こうと思いましたが
、どうしたことか何一つ覚えていないことに気付きました。あれは上京
して間なしの頃で、四畳半一間のアパートの部屋で無聊を慰めるためだ
けに本屋でたまたま手に取った分厚い「北回帰線」を読み始めると忽ち
虜になってしまいました。早速彼の全集を買い求めて、あれは池袋パル
コの中にある書店だったと記憶していますが、これまでの読書遍歴の中
で彼の著作ほどにのめり込んだ作品は皆無と言っていいほど、仕事を態
と休んでまでして読み耽りました。ところが、さっきも記したように何
一つ覚えていないのです。ただ覚えているのは、今では誰もが使う「自
分を信じる」という言葉は、私が知る限りでは彼が一番最初で、多分「
自信」とはそういう意味なのでしょうが、それは自分の言葉として深く
心に刻みました。が、やがて誰もが使い始めて自分の信条を奪われたよ
うな気がして少し残念な思いがしました。もちろん、それまでにも夏目
漱石や芥川、太宰といった近代日本文学にも目を通しましたが、そもそ
も文学とは狭い世界の中で道を模索する暗いもばかりだと思っていたが
、ヘンリー・ミラーの著作は異質で世界の柵(しがらみ)をいとも容易く
飛び越えられる自信を与えてくれるほどの無類の痛快さがあった。たぶ
ん私が小説を書いてみたいと思い立ったのは、彼の後にそれほど荒唐無
稽な作品に巡り会わなかったからかもしれません。ただ、もう一度読み
直してみたいとは今のところ思っていませんが、世界でもっとも好きな
作家はと尋ねられたら、迷わずに「ヘンリー・ミラーだ」と答えます。
(おわり)
遅ればせながら、本年も私の卑陋(ひろう)な文章に目を通して下さっ
た皆さまに深く感謝を申し上げます。そして来る年が皆さまにとって歓
び多き年であることを願って已みません。
2017年大つごもり
ケケロ脱走兵