「自然に回帰しよう!」
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私は若い頃に哲学者ニーチェの箴言に出会った時に、あたかも後頭部に回
し蹴りを喰らったような強い衝撃を受けたが、ただ、それがどんな箴言だっ
たか今となっては疾うに忘れてしまった。それでもニーチェの本はほとんど
読んだつもりでいる。それ以外にも何と言ってもニーチェから大きな影響を
受けたハイデガーが書いた『ニーチェ』Ⅰ.Ⅱ巻はニーチェの思想を分かり
易く説明した優れた解説本である。ただ、ハイデガーは後にヒトラー率い
るナチスに加担したことで非難の的となり、私自身もそのような先入観から
ハイデガーは読まず嫌いでいたが、哲学者木田元が絶賛するので読んでみる
とニチェの入門書としてはこれほど判り易い本は無かった。ところで、では
何故ハイデガーはヒトラー率いるナチスを支持したのかと言えば、木田元に
よれば、「ハイデガーは人間を本来性に立ちかえらせ、本来的時間性にもと
づく新たな存在概念、おそらくは〈存在=生成〉という存在概念を構成し、
もう一度自然を生きて生成するものと見るような自然観を復権することによ
って、明らかに行きづまりにきている近代ヨーロッパの人間中心主義的文化
をくつがえそうと企てていたのである。」「そしておそらくはこれがハイデ
ガーをナチスの文化革命の理念に近付けたにちがいないのである」(木田元
『ハイデガーの思想』岩波新書268 、P140~)
これはまさに人間中心主義の科学主義を棄てて本来あるべき存在(自然)
への回帰を呼び掛けているではないか。
ハイデガーによると、ニーチェは「存在とは変遷流転する生成である」と
考え、絶対不変である固定化した真理を求める形而上学的思惟、つまり理性
によって製作される科学技術とは根本的に異なると言うのだ。つまり科学技
術からは生成の世界は決して生まれない。それどころか、人間が理性を
駆使して自然を単なる資料・材料にして作られた非生成の科学技術は、循環
再生する生成の世界を滞らせる。こうしてハイデガーは形而上学的視点から
科学技術文明が何れ行き詰まることを早くから予言していた。たとえば、そ
れは近々問題になっている科学技術によって製作され動力機関が排出する温
室効果ガスが循環再生する生成の仕組みを破壊して遂には様々な
異変がもたらされ行き詰ろうとしている。我々の理性が自然を単なる資源・
材料にして製作した科学技術は循環再生される生成の世界にはそぐわない。