(四十三)
午後から駅前で絵を売った、が、全く売れなかった。水墨で描
かれた東京の高層ビル街の景色に、一瞥した人は必ず立ち止まる
ほどの関心を示してくれたが、買う、買わないの判定の玉は、き
まって私の前で弾かれてハズレの方へいった。中には興味を持
って話し掛けて来る人も居たが、大抵は、日本人独特の敬遠の
仕方で、とは言っても外国人がどうするのか知らないが、決まっ
て興味よりも訝しさが勝って、ついには無関心を装って通り過ぎ
た。バロックは「サクラに為ってやろうか」と言ってくれたが、音楽
とは違って、何時までも一人の客が前に佇んで居るのもおかしい
ので、「そのうち頼むかもしれん」と言って意地を張った。
高層ビルは描き馴れると訳なく描けたが、水墨で陰影をつける
のに苦労した。窓を際立たせたかったのでマスキング(隠す)を
するのに時間が掛かった。最後に東京タワーだけ赤く色を付けた
。完成した絵はクリアホルダーに入れて一枚千円で陳列した。画
架などの商売道具は全てバロックの部屋に置いていたので、私は
部屋を出るとまず自転車でバロックの部屋へ行き、2回に別けて
それを運んだ。バロックの部屋から駅までは、商店街を抜けて直
ぐだったが、その商店街を幹にしてサッチャンの学校が左右両側
に校舎の増築を繰り返していて、学校の繁栄ぶりが窺えた。そし
て商店街は校舎を行き交う学生達で溢れ、その学生を当て込んだ
飲食店が、店の中が見えなくなるまで玄関前に派手なポップを張
り付けて、通りに漂うジャンクフードの脂っこい匂いと共に、学
生の旺盛な食欲を刺激した。ある店では席が空くのを並んで待っ
ていたが、私は並んでまでして食べたいと思ったことが無かった
。大概、並んでいる中に空腹が増し退屈から期待が高まり、いざ
席に着いた時には、何を出されても美味く思えるのだ。美食を求
めて整然と列んでいる人達を見ていると、餓えを満たす為に配給
に列ぶ最貧国の姿と重なり合う。もう世界の人口は65億を超え
たのかどうか判らないが、人間が幾ら平和や秩序を守る為に様々
なルールを決めても、この地球で暮らす人の定数を何人までと決
め無い限り、世界の混乱は無くならないのではないか。人間の増
加は地球環境を悪化させ、そのことが世界の秩序を崩壊させる。
地球環境の問題を語る人が、人口問題を口にしないことがおかし
い。環境問題の諸悪の根源は人口増加だ。世界の平和が人口を増
加させ、人口の増加が環境を破壊して、豊かな環境を争って戦争
が起こり、殺戮によって人口が減り、「ああ何だ、戦争すればよ
かったんだ!」って、笑い話みたいな事に為らないといいが。もし
人間も地球環境の生態系の中に在るとすれば、人間が戦争を起こ
すことで人口抑制になり、そのことが地球環境を破壊から守る大き
なファクターだとすればどうすればいいのだろう。満席の店内に、
尚入って来る人を拒まずに、溢れかえった店内で最早落ち着いて料
理を楽しむことなど無理だ。いずれ国家は国民の定数を決め出生を
管理して、それぞれの経済力に応じて許可を与える時代が来るかも
しれない。そうでもしない限り社会の秩序は、一番肝心な所が無秩
序に開いたままじゃないか。仮にそうなっても、私には許可が認め
られないだろうが。
商店街には、街灯に付けられたスピーカーからエンドレスで音
楽が流されていた。普段は気にすることも無く通り過ぎていたが
、今日は違った。馴染みのあるサッチャンの歌声が流れていた。
いよいよサッチャンがデビューしたんだ。
(つづく)
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