田舎人の徒然日記

退職後を故郷で暮す1948年式男の書き散らし

やはり

2019-02-28 | 日々の暮し

合意文書・署名できず

 米朝首脳会談に期待した人はいるだろうか。
 何しろトランプなる人物と北朝鮮だ。
 大統領選の宣伝に成果を急ぐトランプ大統領。
 アメリカ版「万里の長城」を築くべく非常事態宣言を発するお方だ。
 一方、核を放棄すれば頼るものがなくなると考える北朝鮮(労働党委員長)。
 体制保障の担保を得るまでは何だかんだと核放棄を遅らすに決まっている。

 うまくいくはずがない。

 今の両国指導者には世界的レベルの理念がないように見受けられる。
 今回、合意文書の署名が見送られたのは当然の帰結だ。

 結局、世間が騒いだ割には成果がなかった。

アメリカでも雛祭り

2019-02-26 | 日々の暮し
 アメリカ(ミシガン州)の孫娘(2歳)が友達と一緒にお雛様を作ったようだ。
 紙皿、グラス、クレヨン、色紙があればできるもの。
 勿論、親の手助け多い。
 アメリカ生まれだが帰国を考えて日本の習慣を教えられている。

 ジイ、バア=ほっこり。


両手で紙皿にクレヨンを塗って


できた!男女の位置はこれでいい?


グラスをひっくり返して顔を貼ったお雛さん

タイム、おまけしてー

2019-02-26 | 日々の暮し
 町老人クラブ連合会の「高齢者体力測定会」にスタッフとして出動。
 「10メートル障害物歩行」を担当する。
 参加した女性が言う。
 「タイム、おまけしてー」
 ???
 「1秒少なくしとくわ」
 おおらかな対応で良し。


開眼片足立ち。両手は腰に!だが、まあいいか

 明日は医療センター―に検診に行かねばならぬ。
 その前に血液検査、尿検査、心電図がある。
 虚血性心疾患(冠動脈の血管が詰まる)に陥る可能性があるからだ。
 遂に病院に捕まっている。
 楽しい話しではないが仕方ない。

ルピナス

2019-02-24 | 日々の暮し

咲き始めたルピナス(画像クリックで拡大)

 朝から神社掃除。
 帰宅して老人クラブ総会通知文の各戸配付。
 13時から自主防災組織の総会。
 NHK杯囲碁トーナメント観られなかったじゃないか。
 いろいろあります。
 でも動けるのは有り難いこと。

 気付けば先日コメリで買ってきたルピナスが咲き始めている。
 オレにも花咲く日が来るかいなぁ。
 今さら時すでに遅し・・・で、無理だな。

古土塀についてのモヤモヤ

2019-02-23 | 日々の暮し
 我が家にはオヤジの爺さん時代に造られた土塀が一部残っている。
 現在、この横の道は小学生の通学路になっている。
 車が通らない裏道なので交通事故の危険性が少ないからだ。
 ところが、すぐ横の土塀が古い。

 昨年、登校中の小学生の上にブロック塀が崩れ落ちるという事件があった。
 それを契機として古いブロック塀の危険性が度々話題になった。
 それもあって、この土塀が倒壊でもしたら危険と夫婦共に気になっている。
 

残っている昔の土塀

 取り壊してフェンスにするか。
 子ども時代から思い出のある土塀であり無くなるのは淋しい気もする。
 この地区から昔ながらのものが一つ消滅するわけだ。
 だからといって補修しても長持ちはしないだろう。

 ならば、やはり解体するしかない。
 それはこの機会でしょ!
 ということで、まずは工務店に土塀解体の見積もりを依頼した(昨日も記載)。
 次は見積書を見て「あっと驚くタメゴロウ(古いな)」でなければ良いのだが。

 懸案事項の一つが解消に向かって動き始めたわけで、動けば何らかの結論がやってくる。
 モヤモヤが一つ減るわけだが、新たに別物が発生しないことを祈る。
 (モヤモヤ保存の法則のようなものがあるので)

春を告げるフキノトウ

2019-02-22 | 家庭菜園
 昨夜は北海道で震度6弱の強い地震があった。
 病気の話がマスコミで報じられる。
 新聞の片隅には著名人逝去の記事。
 不安なことが多い。

 五輪相の数分の遅刻で国会が数時間ストップ。
 遅刻は悪いがそれで国会を止めるとは暇人の集まりか。
 議員の使命感や価値観はどうなっているのか。
 与党を困らせるだけが目的なら政権の担い手にはなってもらいたくない。
 猥褻行為で自民党を離党した「先生」と呼ばれる男。
 日本の未来は決して明るくない。


春近しを告げるフキノトウ(画像クリックで拡大)

 暖かい日だったので残りの剪定を済ましジャガイモを植えた。
 今年初めてフキノトウを発見。
 春近し。


剪定している木の下に散乱するのは(画像クリックで拡大)

 柿の木の下に黄色い物体が散乱している。
 金柑の皮だ。
 鳥がこの木の枝で中味を食した跡だろう。
 君らの役に立ったのであれば満足であります(泣)。


金柑の皮が散乱(画像クリックで拡大)

(今日の決心)
 本日、古い古い土塀の取り壊しに着手。
 まずは撤去及び新たなフェンス設置の見積もり依頼。
 土塀がなくなるのは先祖の歴史がなくなるのようで少々淋しいが通学経路になっているので倒壊が怖い。
 費用も怖いが、いずれやるなら「今でしょ!」と決断(身体が動くうちに)。
 費用補填策を考えねばならぬが、こういう時に詐欺にひっかかるのであーる。
 注意、注意。
 なお、カミサンの何とかなるから心配するなとの強気の発言が頼り。

百歳体操が終わりに近づいた

2019-02-21 | 日々の暮し

参加者の差し入れ缶コーヒー

 12月6日から始めた「いきいき百歳体操」が終わりに近づいた。
 ひょんなことから毎週1回、3か月継続で始めた。
 年末年始期間の一週間キープは不可能だったがそれ以外は予定どおりとなった。
 その都度参加を呼び掛けて参加者を確保しようという意見もあったが自然の成り行きに任すこととした。
 動員をかけてまでやる意味はないし、参加者の体調に応じた「自発的」というのが一番との判断だ。
 参加が苦痛となっては今後の弊害ともなる。


残り2回で予定終了

 今日は13回中の11回目で常に半数以上の会員が参加している。
 最初は3分の2程度の会員が参加したが、寒さのせいか、入院、通院、ケガ、体調不良、用事などで半数参加が底値となった。
 現に小生もこの間、心臓カテーテルで入院し、女性会員が小生の検査日前日に同病院で手術を受けた。
 それでも予定を一回も飛ばすことなくよくやってきたものだ、会員の相互協力の賜物・・・と自画自賛。

 ちなみに、実施日を原則的に木曜日としているのは当地区内の医院の休診日だからである。
 (木曜日外の時は自治会や老人クラブの他の行事が入っている日)。
 また、体操は30分強で終わるが、その後、各自の雑談交流できるよう全体で1時間半の時間を確保してある。
 (なければその時点で解散)
 きめの細かい配慮と又も自画自賛。


こんな感じ。再掲

 3月7日が最後の日なのだがその後も続けて欲しいとの声もある。
 声の「量」と毎週のこと故の役員の負担、役割分担などを考慮して決めることとなる。
 それより前に「最後の日」に「打ち上げ」をしては、との声もあるのでどうするか。
 総会も近づいているし気忙しい。

剪定の続き

2019-02-18 | 家庭菜園

中央左は堺市役所。最上階から淡路島が見えるらしい(画像クリックで拡大)

 昨日は親戚の法事に出席。
 家は「黄金の日々」「千利休」で知られる堺市内にある。
 大阪市内に出て南海高野線を乗り継ぎ堺東駅で降りる。
 駅の前には堺市役所庁舎があり、これを右手に見て中央環状を目標に歩き約15分で到着。
 座敷に座って数珠を忘れたことに気付く。
 やはり準備は前日からしておかねば何か忘れる・・・が教訓だが・・・直ぐに忘れる。
 人間だから。


今日は暖かいのでジャンパーは邪魔(画像クリックで拡大)

 さて今日は暖かい。
 柿の剪定の続きに畑へ。
 今日の目標は3本処理で16時過ぎに目標達成。
 オメデトウございます。
 パチパチパチ


剪定前。徒長枝がびっしり(画像クリックで拡大)


剪定後。実がなるかどうかは別問題(画像クリックで拡大)

 ところで小生の剪定は自己流である。
 他所の柿の姿を参考にしている。
 一時、細い枝の先端を切って柿の実がつかなかった経験がある。
 枝の途中の芽から実のなる枝が伸びると固く信じた失敗だ。
 「〇○ちゃん。剪定などせんでも実はなるで」
 村人は言うがやはり放置は気がすまない。

 剪定の結果がどうなるかは知らねど、とにかく「剪定」は残り1本となった。
 ムフフフ・・・時間の問題だ。

オレは神さんでない

2019-02-16 | 日々の暮し

掃除の終わった入口部分(画像クリックで拡大)

 村の小さな神社の掃除を昔は「子ども会」が担当していた。
 ところが少子化の結果、今は老人クラブが担当している。
 (二週間に一度で雨の日は中止)
 会員の参加は自由だが朝の運動を兼ねて皆勤状態の人もいる。
 なお、小生は子ども時代、老人時代と掃除していることになる。
 何たること。

 掃除の途中で賽銭の回収も行っており小生が担当している。
 時々、掃除に参加した人で賽銭回収中の小生に自分の賽銭を渡してから社に向かって柏手を打つ人がいる。
 「オレは神さんでな~い。オレに渡してもムダ金になるで。賽銭箱に入れたら後で回収するから」
 掃除が終わってから回収すればこういうことはないのだが、何しろせっかちで。
 賽銭を出す人もせっかちで。
 せっかちが多いので掃除はあっという間に終わり解散となる。
 お疲れさん。

 明日は親戚の法事で久しぶりに大阪へ。
 どう変わっているか楽しみだ。

メジロ来る

2019-02-16 | 日々の暮し

百日紅の枝に二羽のメジロ(画像クリックで拡大)

 庭の百日紅の枝で動くものがあるが衰えた視力では良く見えない。
 緑がかった小さな鳥だ。

 カミサンの目で見てもらうべく教えると「何鳥やろ」と嬉しそうに騒ぐ。
 デジカメで撮影して拡大すると目の周りが白い。
 即、カミサンが息子が小学時代に使っていた鳥図鑑で調べる。
 「メジロかな」
 「可愛いなあ」

 こんなお客は大歓迎。

 では昨日に続き柿の剪定にゴー。

剪定に着手

2019-02-15 | 家庭菜園

さあやるぞ

 入院等で延び延びになっていた柿の剪定に着手。
 顔を急に上向きにすると少し“クラクラ”が今も残っているので慎重に。
 カミサンは止めておけとうるさい。
 止めてくれるなオッカサン、剪定バサミが泣いている・・・。


梯子を立てて

 何とか2本を処理して休憩しているとカミサンが暑いコーヒーと石灰を持ってやってきた。
 彼女は柿よりもジャガイモの植え付け準備に関心がある。
 石灰を撒き土を被せて後日の畝作りの準備が終わる。


ジャガイモの植え付け準備も開始

 その間、箱に腰かけて暑いコーヒーを飲む。
 剪定する気力が無くなり本日は2本で終わり。


ネギ畝の草を処置

 最後にネギ畝の雑草を処理して店仕舞い。
 曇天の寒空の下、電線でムクドリが見下ろしていた。


ムクドリに監視されていた


本当の不安は当人しか分からない

2019-02-13 | 日々の暮し
 桜田五輪担当相は13日の衆院予算委員会で競泳の池江璃花子選手の白血病公表に関し「がっかりしている」「盛り上がりが下火になるか心配だ」と発言したことを認め、「配慮を欠いた」として謝罪、撤回した。

 一方、本日のTV各局のワイドショーは、予想通り医師、病を経験したスポーツ選手、何やら評論家、芸人コメンテーターなどを並べて白血病に関する「病気講座」「闘病講座」の感を呈した。
 TV各局の発想は思いのほか単純なもの。


明日の百歳体操で会場準備

 経験したことのない病になると誰でも不安になる。
 これから先の得体の知れないあれこれの不安や恐怖に押し潰されそうになる。
 それは経験した者でないと分からない。
 現実を受け止め、立ち直るまでに時間がかかる。
 だが本人は緊張しているだろうから務めて冷静なメッセージを発信する。 
 それも踏まえた周りの配慮が必要だ。
 励ましの言葉が逆に不安を煽ることもある。
 ワイドショーは「他人」だからできること。


そろそろ畑も本格開始しなければ

 お母さんの思いは、五輪のことより元気になること!
 皆、復帰を願っているのは分かっている。
 なので、今はあまり騒がないのがいいのでは思うのだが。

気概ある人募集中

2019-02-11 | 日々の暮し

隣の紅梅

 一日中曇天の暗く欝陶しい日だ。
 国民の祝日「建国記念の日」でもある。
 何をもって「建国の日」というかは意見の別れるとこかも。

 隣家の壁際の紅梅が咲咲いている。
 隣の当家の窓から良く見える。
 植えている人の家からは近すぎて見えにくい。
 この世には近ければむしろ見えず、距離ある方が見えることもある。
 頭上では電線でツグミが身づくろいをしていた。


電線ツグミ

 年度末が近づいた。
 地域の幾つかの「会」で役員改選期が迫っている。
 輪番で回ってくる「役」は引き受けるが、そうでないものは様々な理由をつけて引き受けがない。
 さて悩ましい時期に入る。
 一時期だからオレ、ワタシが引き受ける!という人はいないものか。
 気概ある人募集中。

親の子への接し方

2019-02-09 | 日々の暮し
 今日は寒いぞ!と覚悟を決めていたが、幸い雪は降らず。
 しかし寒いことには変わりなし。
 ホーム炬燵にもぐり込んで読書の日と決め込む。
 寒くなると「読書日」が増える。


外は寒いが雪は降らず

 口が淋しいので残った「福豆」をポリポリ食べながらとなる。
 「せめてお皿にでも出したら」
 「この方が後始末が楽で合理的やろ」
 「それは『ずぼら』というもんや」
 こんなことは、世間に存在する深刻な出来事に比してどうでもいいことだ。


残った豆をポリポリ

 千葉県野田市の小学4年の女の子が親の虐待によって死亡した(殺された)事件で女の子が虐待される動画が発見されたと報じられた。
 動画は父親が所有していた記録媒体に保存されていて、1月にスマートフォンで撮影された可能性が高いという。
 暴行を受ける様子や、ぐったりしている姿などが映っていて、警察では父親か母親が撮影したとみている。
 また、女の子の肺に「水」があったそうで、肺に水が入るような打撃が加えられたと思われる。
 こうした場面を想像すると地獄絵図だ。
 辛かったろうな。

 この「親」は自分の子をどう考えているのか。
 そもそも子どもとの接し方を知らないのではないか。
 また、人はどこまで残虐になり得るのか、そら恐ろしい。
 (これは歴史をみてもいえること)
 壊れている。