「海の都の物語」 ヴェネツィア共和国の一千年 塩野七生著 を読み始めた。ようやくフィレンツェから次の町に進んだのである。
毎度同じ事を言うのであるが、イタリアに関しては塩野氏の著書は興味ある歴史を詳細に教えてくれ、小生の場合には旅の事後の楽しみを大きく増幅してくれている。(旅の前に読んだのでは、これほど理解できかつ興味を持てたかどうか定かではない)
イタリアは本来見所が豊富なのであるが、加えてこれらの著書によって興味や知る事の楽しさを一段と高めることができる、稀有の国のように思えてならないのである。いつまでも元気でいて、一ヶ月くらい安アパートでも借りてゆるりと見つめてみたい国である。
さて本日の本論である。
聖人の階層では、一番上は、キリストの直弟子の十二使途(キリストの最初の弟子が聖ペテロ、・・・)であり、その次が聖パウロと福音書を書いた四人の聖者、聖マテオ、聖ルカ、聖マルコ、聖ヨハネがきて、ここまでが一流なのだそうである。
当然ながら、ローマの守護神は聖ペテロである。また、フィレンツェの守護神は洗礼者聖ヨハネである。 福音書作成の四人の聖人には、ヨハネの黙示録に出てくる四つの動物が、それぞれの寓意の動物として定められている。
聖マテオには、誕生を表す人間、
聖ルカには、犠牲を表す牝羊、
聖マルコには、復活を意味する獅子、
聖ヨハネには、昇天を寓意する鷲。
西暦828年、エジプトのアレキサンドリアの街では、ときのカリフが時たま起こす反キリスト教発作で騒然たる状態と成り、その地の教会(聖マルコの遺体が安置されていた)すら破壊されそうな危機が生じた。
このときたまたま二人のヴェネツィア商人がこの街を商売で訪れており、「聖マルコの遺体」を安置する教会の破壊の危機を目の当たりにした。
とっさの機転でイスラム教徒が忌み嫌い恐れおののく物「カンズイル(豚)」と叫びながら、豚肉の中に隠してヴェネツイアへ持ち帰ったのが「聖マルコの遺体」であった。
狂喜したヴェネツイア共和国民は、それまで頂いていた三流の聖人「聖テオドーロ」を次席に下げて、一流の聖人「聖マルコ」を筆頭守護聖人としたのであった。
こんな劇的な歴史が元で、聖マルコの獅子といわれ、聖書に片脚をかけた翼のある獅子の像を、嘗てのヴェネツィア共和国の紋章や国旗に、金貨にもしたのであった。
そして、現在のサンマルコ寺院や広場が誕生したのであった。
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