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今回はその続きになります。
東大阪を2時頃に出発して彦根に着いたのは4時ちょっと前でした。
母は13時36分に自宅で亡くなりましたので、まだ介護用のベッドに横たわったままの状態でした。
苦しんだようなかをしていなかったので、少しホッとしました。
聞くところによると、年明けにショートステイに言った頃から体調が良くなくなってきて、当日の朝方から相当危ない状況となってきたそうです。
昭和14年生まれの母は後1週間ほど生きていたら83歳でした。
元々毎日数回の血糖値検査とインシュリンを打たなければならないほどの糖尿病を持っていたり、高血圧だったり、肝臓が弱かったりと色々あったのですが、2014年の晩秋に股関節の骨折が完治した後、僕が住んでいた仙台へ多分最後の遠出旅行になるだろうとやってきた初日の夜、心筋梗塞になりました。
幸い救急車で運ばれたのが2014年11月1日に新築移転したばかりの仙台市立病院で、心臓の専門医がちょうど宿直だったこともあり大事には至りませんでしたが、1ヶ月半ほど入院しました。
その時も、父は毎週~2週間に一度2泊3日で滋賀県から仙台まで見舞いに通っていました。
彦根まで帰れるくらいに回復した時点で滋賀県長浜市の赤十字病院へ転院しましたが、この頃から次々と病気を重ねるようになりました。
僕は知らされていませんでしたが、数年間の間に滋賀医大などで2度ほど心臓の手術もしていました。
僕が大阪に転勤してきた2015年は大きな病気はありませんでしたが、2016年の3月頃に脳溢血を発症。以後は半身不随状態で父が老々介護を受け持つこととなりました。
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その少し後には、糖尿病になっても節制が不足していたためにどんどん悪くなった腎臓が完全にダメになってしまったため、透析が必要になりました。
脳の血管も切れるほど血管も弱っていたり、半身不随状態の母を2~3日おきに人工透析が可能な病院へ連れていくことも無理であろうと、血管にシャントを縫い付けるのではなく『腹膜透析』という方法を取れることになりました。この腹膜透析は彦根周辺では長浜の赤十字病院のみでしか対応できていなかったようなので、すでに何度もかかって入院もしていたことが幸いだったのかもしれません。
(続く)