日本記念日協会の今日(1月28日)の記念日を見ると協会認定記念日というのはなかったが、その他の記念日として「逸話の日 」があった。
同協会の説明によると「逸話の日 」は、 ”まだ世の中にはあまり知られていない興味深い話(逸話)を語り合う日。人物や物事のエピソードから本質を探ることの大切さを知るのが目的の日。日付は1と28で「いつわ」の語呂合わせから。 !・・とあった。
「逸話」の「逸」の字源は兎が「はしる・のがれる(のがる)・するりとぬけさるさま」などから来た語で、記録からもれている、世間には伝え洩れている話と言うことになり、広辞苑にも「ある人についての、世人に余り知られていない、興味ある話。」とあるように、人のこと以外にもいろいろな逸話はあるが、やはり、人物についての話であるという要素が強いようだ。
ある人物の「世間に余り知られていない、興味のある話」は、マスコミが最も興味を持ってとりあげている題材ではないだろうか。
今のマスコミは、記者室に屯する記者クラブの人達が得た情報にそれぞれの意見を少し付け加える程度でのものが報道されているといってよく、従って、どこの社のものを見ていてもその内容に大差はない。テレビなどでも、積極的に、取材活動をしていると思えるのは、芸能記者とか言われる人達ぐらいではないか。人気のあるタレントやアスリートを隠れようにしてまで追廻し、どこの誰が、誰と一緒に歩いていたとか何とか・・・、私などにはどうでも良い個人のプライバシーに関わるものを熱心に報道している。
最近、個人の問題で、面白い話題と言えば、安部、福田、麻生と続く日本の国を代表する政治家、最大の党派である与党・自民党総裁にして、内閣総理大臣の政権たらい回しと、それに纏わる各人についての報道であった。
中でも福田総理は、その発言で色々楽しませてくれたが、福田氏の政権投げ出しの後、首相に選ばれ、その後、国民の審判も仰がず政権の座にしがみ付いている麻生太郎氏の発言は、福田氏以上に、国民を楽しませてくれている?。・・・本当は怒っているのだが・・・日本を代表する政治家の発言としては余りにもバカらしくて、笑っているより仕方がない。
いつか、テレビで麻生氏は、"我々庶民のことを「下々のもの」と言っていた"という話しを聞いたことがある。今回の1人12千円ほどの定額給付金(総額では2兆円にもなるらしいが)配布について、高額所得者が受け取るのは「さもしいと」とも言っていたが、いろいろ迷走の果て、麻生氏も受け取るそうである。
今世界中が100年に1度とも言われる経済危機に見舞われ、それは日本も同様であり、失業者が続出するなど大変な事態になっているのだが、そのような状況下、定額給付金を貰うよりも、我々の大切な血税は、もっと、有効に使ってほしいと思っている賢明な国民が70%以上も居るのに、与党は、強引に支給することを議会で決めてしまった。何故、そこまで支給にこだわるのか・・・これもテレビなどマスコミの伝えるところによると、麻生氏はどうも、下々の者は、口先では定額給付金などいらないいらないなどとえらそうなことを言っていても、いざ、実際にお金を貰えば、我々に感謝し、その後に解散総選挙をすれば、必ず、自分達の党に票を入れてもらえると本気で考えているそうだ。
世論調査の結果でも「貰えるものなら貰う」と答えた人が80%と居るというが、それは、当たり前だろう。何も貰うわけではなく、自分が払った税金を一部返してもらうだけなのだから・・・。何か、我々下々の者には少しお金を恵んでやればでどうにでもなるお馬鹿さん・・・ぐらいに、思っているのだろうが、そうかどうかの結果は、選挙後に明らかになるだろうね。
ところで、この麻生太郎氏は、福岡県飯塚市に麻生太賀吉・和子(吉田茂元首相の三女)の長男として生まれた。妻は故鈴木善幸元首相の三女である。そして、社会人となってからは、元麻生セメント(その前は麻生炭鉱。現・株式会社麻生)社長に就任し実業経験も経て、政界に入り、今日に至っている。
経歴を見れば、本当に立派な家系に育ったお坊ちゃんであるが、「生まれはいいが、育ちは悪い」と麻生氏本人は語っているそうだ。
本人がそういわなくても、唇の薄い口を歪めて、時に人を睨み付けている顔など見ていると、私には、どちらかと言うと、少々貧相な顔をした、余り上品な人には見えないよ。
普通「お爺さん」と言う場合には父方と母方の祖父がある。
彼の母方の祖父つまり「外祖父」は、強いリーダーシップで戦後の混乱期にあった日本を盛り立てた故吉田茂氏であり、葉巻をこよなく愛したことから「和製チャーチル」とも呼ばれた超大物であった。麻生氏は、その孫であることを、誇りにし自らの行動も意識しているのであろうか・・・、彼も又、おじさんと同様に葉巻をくゆらせているようだ。
父方の祖父は「内祖父」と言い、通常、日本の場合、普通に「お爺さん」というと、こちらの方を言うことが多い。彼の父・麻生太賀吉は、九州の炭鉱王といわれた麻生太吉氏の三男・太郎氏である。んん・・・・?。何と、今の首相・麻生太郎氏は「内祖父」と同じ名前だったのだね~。
筑豊炭田は、日本最大の産炭地として、明治から大正にかけては国内の石炭生産量の50%を担っていたといわれる。現・福岡県飯塚市は、筑豊を構成する自治体であり、筑豊三都(飯塚市、直方市、田川市の)の一つであり、かつ、筑豊で最大の人口を擁し、筑豊の政治・経済の中心機能を持つ都市である。石炭の採掘がはじめられた江戸末期には、黒田氏の治める福岡藩も小笠原氏の豊前藩(小倉藩)も、「仕組法」という一種の統制経済を敷いて石炭の採掘、販売を規制していたが、1869(明治2)年に鉱山開放令が布告され、それまで藩制下にあった石炭の採掘が、地場資本や中央資本家に解放された。
麻生首相の内祖父(太郎氏)のことは良くわからないが、その親つまり、麻生首相の曾祖父(そうそふ)は、1857(安政4)年に、筑前国嘉麻郡立岩村字栢ノ森(現・福岡県飯塚市)に村の庄屋の子として生まれ、鉱山開放令が公布されると、1872(明治 5)年、目尾(しゃかのお)御用山を共同で採掘し、初めて石炭鉱山事業に着手。その後、次々と炭鉱を開坑し、1889(明治22)年、鯰田炭坑を三菱に、1894(明治27)年、忠隈炭坑を住友家に、1907(明治40)年には、藤棚本洞両炭坑を三井鉱山に譲渡している程である。又、1906(明治39)年7月には、南満州鉄道株式会社設立委員となって居るなど、石炭王と言われるようになり、1911(明治44)年筑豊石炭鉱業組合総長にも就任。渋沢栄一など政府有力者とも大きなコネを持つようになる。そして、1927(昭和 2)年には、朝鮮総督府より安眠島の払い下げを受け(以下参考に記載の【※1】参照)、5月、安眠島林業所を開設していたという。 麻生家の鉱山事業は、太吉の息子の太郎が太吉より早く先立ったようで、事業は孫の太賀吉に継承され、太賀吉は、自分の息子に父と同じ名をつけたようである。そして、太賀吉がより事業を発展させ、太賀吉は、ロンドン滞在中、白洲次郎の紹介で、当時駐英大使であった吉田茂の三女・和子と知り合い、帰国後結婚したという。そして、首相となった岳父を補佐するため1949(昭和24)年第24回衆議院議員総選挙に郷里の福岡県から立候補し、当選。3期当選し、吉田の側近として吉田の政治資金を捻出したほか、政界と財界の連絡役を務め。あの、田中角栄も麻生に接近し、田中、麻生、根本龍太郎の三人組で池田勇人大蔵大臣(後、第58代から第60代まで内閣総理大臣)を誕生させる原動力となったという。その麻生家が息子太郎(現首相)にと継承されてきた。外祖父の吉田茂の活躍も、麻生家の財力があってのものだっよーだね~。だから、2世議員の阿部~福田~麻生への今の政権譲渡も、前々から、予約されていたのかも・・といった感じさえするね。
時代は進み、石炭から石油の時代に代ると、次々と鉱山は閉鎖された。私は現役時代仕事の関係で飯塚など炭鉱のあった街にもよく行ったが、かって日本の近代化を支えた石炭産業の象徴であるボタ山などを見るに付けその当時のことをよく想像もした。
明治年間、殖産興業の名の下、鉱山開発が盛んに行われたが、当時の鉱山の安全対策は劣悪な場合が多く、特にガス爆発や粉塵爆発が発生しやすい炭鉱においては、しばしば大規模な事故が発生した(日本の主な炭鉱事故参照)。
又、戦前の筑豊などの炭鉱経営には納屋制度などがあり労働環境は劣悪で、朝鮮人炭鉱労働者等による労働争議もよく起きていたと聞くが、麻生炭鉱でも同様ではなかったのだろうか。
そして、炭鉱閉山後はどこの自治体でも財政基盤が失われ、多数の失業者が発生し、人口の流出が急激に進んだ。また、生活保護受給者が急激に増え、福岡県は日本でも屈指の受給率であるという。
私が、訪れたかっては大いに栄えた飯塚市の大きな商店街も、目を覆いたくなるほど寂れていた。そして、その商店街にあった大手のスーパーの店長に聞いたところによると、この辺の町には仕事もなくただ、生活保護を受けてぶらぶらしているだけの人が大勢おり、それらの中には、精神状態にも異常をきたし、故意に電気のコンセントに指を突っ込んで負傷するといった奇妙な行動をする人も多く、そのような事故防止対策も大変なんです・・といっていたのを思い出す。
そんなこんなを考えながら、ネットで検索していると以下参考のところに記載の(※2、※3のマークのついている)ものがあった。・・・かっての麻生炭鉱と炭鉱労働者にかかわる記事である。そこに書かれている内容の真偽についての判断は、私には出来ないが、当時の炭鉱の状況などを考えると、このようなことがあっても特別に不思議でもない気はする。
こんな話、今日の「逸話の日 」に因んだ「逸話」・・つまり、広辞苑にある「ある人についての、世人に余り知られていない、興味ある話。」としては、余り、適切な話題ではなかったかな・・・。
(画像は、飯塚駅から望む飯塚市忠隈のボタ山。フリー百科事典Wikipediaより)
参考:
逸話 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%80%B8%E8%A9%B1
逸 - ウィクショナリー日本語版
http://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%80%B8
日本記念日協会
http://www.kinenbi.gr.jp/
今日は何の日~毎日が記念日~(1月28日)
http://www.nnh.to/01/28.html
記者クラブ - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A8%98%E8%80%85%E3%82%AF%E3%83%A9%E3%83%96
内閣総理大臣 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%86%85%E9%96%A3%E7%B7%8F%E7%90%86%E5%A4%A7%E8%87%A3
会社沿革/株式会社麻生
http://www.aso-group.co.jp/aso/profile/history.html
筑豊炭田 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AD%91%E8%B1%8A%E7%82%AD%E7%94%B0
麻生の足跡-地域とともに-〈麻生グループ〉
http://www.aso-group.jp/history/achievement.html
日本の鉱山・福岡県の炭鉱探訪マップ
http://hasiru.net/~maekawa/mine/fukuoka.html
麻生首相「さもしい」発言を事実上撤回 定額給付金(Yahooニュース)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090113-00000586-san-pol
新聞記事文庫:筑豊石炭の由来 (一~五)
http://www.lib.kobe-u.ac.jp/das/ContentViewServlet?METAID=00105949&TYPE=HTML_FILE&POS=1&LANG=JA
【※1】North Korea Today - 南牛 北朝鮮問題家を斬る:108
http://www.pyongyangology.com/index.php?option=com_content&task=view&id=496&Itemid=1
【※2】マスコミが書かない麻生財閥の深い闇-JanJanニュース
http://www.news.janjan.jp/media/0810/0810229959/1.php
【※3】朝鮮人強制連行と麻生炭鉱 -上-〉 労働争議に警察、暴力団を動員
http://www1.korea-np.co.jp/sinboj/j-2006/01/0601j0405-00002.htm
同協会の説明によると「逸話の日 」は、 ”まだ世の中にはあまり知られていない興味深い話(逸話)を語り合う日。人物や物事のエピソードから本質を探ることの大切さを知るのが目的の日。日付は1と28で「いつわ」の語呂合わせから。 !・・とあった。
「逸話」の「逸」の字源は兎が「はしる・のがれる(のがる)・するりとぬけさるさま」などから来た語で、記録からもれている、世間には伝え洩れている話と言うことになり、広辞苑にも「ある人についての、世人に余り知られていない、興味ある話。」とあるように、人のこと以外にもいろいろな逸話はあるが、やはり、人物についての話であるという要素が強いようだ。
ある人物の「世間に余り知られていない、興味のある話」は、マスコミが最も興味を持ってとりあげている題材ではないだろうか。
今のマスコミは、記者室に屯する記者クラブの人達が得た情報にそれぞれの意見を少し付け加える程度でのものが報道されているといってよく、従って、どこの社のものを見ていてもその内容に大差はない。テレビなどでも、積極的に、取材活動をしていると思えるのは、芸能記者とか言われる人達ぐらいではないか。人気のあるタレントやアスリートを隠れようにしてまで追廻し、どこの誰が、誰と一緒に歩いていたとか何とか・・・、私などにはどうでも良い個人のプライバシーに関わるものを熱心に報道している。
最近、個人の問題で、面白い話題と言えば、安部、福田、麻生と続く日本の国を代表する政治家、最大の党派である与党・自民党総裁にして、内閣総理大臣の政権たらい回しと、それに纏わる各人についての報道であった。
中でも福田総理は、その発言で色々楽しませてくれたが、福田氏の政権投げ出しの後、首相に選ばれ、その後、国民の審判も仰がず政権の座にしがみ付いている麻生太郎氏の発言は、福田氏以上に、国民を楽しませてくれている?。・・・本当は怒っているのだが・・・日本を代表する政治家の発言としては余りにもバカらしくて、笑っているより仕方がない。
いつか、テレビで麻生氏は、"我々庶民のことを「下々のもの」と言っていた"という話しを聞いたことがある。今回の1人12千円ほどの定額給付金(総額では2兆円にもなるらしいが)配布について、高額所得者が受け取るのは「さもしいと」とも言っていたが、いろいろ迷走の果て、麻生氏も受け取るそうである。
今世界中が100年に1度とも言われる経済危機に見舞われ、それは日本も同様であり、失業者が続出するなど大変な事態になっているのだが、そのような状況下、定額給付金を貰うよりも、我々の大切な血税は、もっと、有効に使ってほしいと思っている賢明な国民が70%以上も居るのに、与党は、強引に支給することを議会で決めてしまった。何故、そこまで支給にこだわるのか・・・これもテレビなどマスコミの伝えるところによると、麻生氏はどうも、下々の者は、口先では定額給付金などいらないいらないなどとえらそうなことを言っていても、いざ、実際にお金を貰えば、我々に感謝し、その後に解散総選挙をすれば、必ず、自分達の党に票を入れてもらえると本気で考えているそうだ。
世論調査の結果でも「貰えるものなら貰う」と答えた人が80%と居るというが、それは、当たり前だろう。何も貰うわけではなく、自分が払った税金を一部返してもらうだけなのだから・・・。何か、我々下々の者には少しお金を恵んでやればでどうにでもなるお馬鹿さん・・・ぐらいに、思っているのだろうが、そうかどうかの結果は、選挙後に明らかになるだろうね。
ところで、この麻生太郎氏は、福岡県飯塚市に麻生太賀吉・和子(吉田茂元首相の三女)の長男として生まれた。妻は故鈴木善幸元首相の三女である。そして、社会人となってからは、元麻生セメント(その前は麻生炭鉱。現・株式会社麻生)社長に就任し実業経験も経て、政界に入り、今日に至っている。
経歴を見れば、本当に立派な家系に育ったお坊ちゃんであるが、「生まれはいいが、育ちは悪い」と麻生氏本人は語っているそうだ。
本人がそういわなくても、唇の薄い口を歪めて、時に人を睨み付けている顔など見ていると、私には、どちらかと言うと、少々貧相な顔をした、余り上品な人には見えないよ。
普通「お爺さん」と言う場合には父方と母方の祖父がある。
彼の母方の祖父つまり「外祖父」は、強いリーダーシップで戦後の混乱期にあった日本を盛り立てた故吉田茂氏であり、葉巻をこよなく愛したことから「和製チャーチル」とも呼ばれた超大物であった。麻生氏は、その孫であることを、誇りにし自らの行動も意識しているのであろうか・・・、彼も又、おじさんと同様に葉巻をくゆらせているようだ。
父方の祖父は「内祖父」と言い、通常、日本の場合、普通に「お爺さん」というと、こちらの方を言うことが多い。彼の父・麻生太賀吉は、九州の炭鉱王といわれた麻生太吉氏の三男・太郎氏である。んん・・・・?。何と、今の首相・麻生太郎氏は「内祖父」と同じ名前だったのだね~。
筑豊炭田は、日本最大の産炭地として、明治から大正にかけては国内の石炭生産量の50%を担っていたといわれる。現・福岡県飯塚市は、筑豊を構成する自治体であり、筑豊三都(飯塚市、直方市、田川市の)の一つであり、かつ、筑豊で最大の人口を擁し、筑豊の政治・経済の中心機能を持つ都市である。石炭の採掘がはじめられた江戸末期には、黒田氏の治める福岡藩も小笠原氏の豊前藩(小倉藩)も、「仕組法」という一種の統制経済を敷いて石炭の採掘、販売を規制していたが、1869(明治2)年に鉱山開放令が布告され、それまで藩制下にあった石炭の採掘が、地場資本や中央資本家に解放された。
麻生首相の内祖父(太郎氏)のことは良くわからないが、その親つまり、麻生首相の曾祖父(そうそふ)は、1857(安政4)年に、筑前国嘉麻郡立岩村字栢ノ森(現・福岡県飯塚市)に村の庄屋の子として生まれ、鉱山開放令が公布されると、1872(明治 5)年、目尾(しゃかのお)御用山を共同で採掘し、初めて石炭鉱山事業に着手。その後、次々と炭鉱を開坑し、1889(明治22)年、鯰田炭坑を三菱に、1894(明治27)年、忠隈炭坑を住友家に、1907(明治40)年には、藤棚本洞両炭坑を三井鉱山に譲渡している程である。又、1906(明治39)年7月には、南満州鉄道株式会社設立委員となって居るなど、石炭王と言われるようになり、1911(明治44)年筑豊石炭鉱業組合総長にも就任。渋沢栄一など政府有力者とも大きなコネを持つようになる。そして、1927(昭和 2)年には、朝鮮総督府より安眠島の払い下げを受け(以下参考に記載の【※1】参照)、5月、安眠島林業所を開設していたという。 麻生家の鉱山事業は、太吉の息子の太郎が太吉より早く先立ったようで、事業は孫の太賀吉に継承され、太賀吉は、自分の息子に父と同じ名をつけたようである。そして、太賀吉がより事業を発展させ、太賀吉は、ロンドン滞在中、白洲次郎の紹介で、当時駐英大使であった吉田茂の三女・和子と知り合い、帰国後結婚したという。そして、首相となった岳父を補佐するため1949(昭和24)年第24回衆議院議員総選挙に郷里の福岡県から立候補し、当選。3期当選し、吉田の側近として吉田の政治資金を捻出したほか、政界と財界の連絡役を務め。あの、田中角栄も麻生に接近し、田中、麻生、根本龍太郎の三人組で池田勇人大蔵大臣(後、第58代から第60代まで内閣総理大臣)を誕生させる原動力となったという。その麻生家が息子太郎(現首相)にと継承されてきた。外祖父の吉田茂の活躍も、麻生家の財力があってのものだっよーだね~。だから、2世議員の阿部~福田~麻生への今の政権譲渡も、前々から、予約されていたのかも・・といった感じさえするね。
時代は進み、石炭から石油の時代に代ると、次々と鉱山は閉鎖された。私は現役時代仕事の関係で飯塚など炭鉱のあった街にもよく行ったが、かって日本の近代化を支えた石炭産業の象徴であるボタ山などを見るに付けその当時のことをよく想像もした。
明治年間、殖産興業の名の下、鉱山開発が盛んに行われたが、当時の鉱山の安全対策は劣悪な場合が多く、特にガス爆発や粉塵爆発が発生しやすい炭鉱においては、しばしば大規模な事故が発生した(日本の主な炭鉱事故参照)。
又、戦前の筑豊などの炭鉱経営には納屋制度などがあり労働環境は劣悪で、朝鮮人炭鉱労働者等による労働争議もよく起きていたと聞くが、麻生炭鉱でも同様ではなかったのだろうか。
そして、炭鉱閉山後はどこの自治体でも財政基盤が失われ、多数の失業者が発生し、人口の流出が急激に進んだ。また、生活保護受給者が急激に増え、福岡県は日本でも屈指の受給率であるという。
私が、訪れたかっては大いに栄えた飯塚市の大きな商店街も、目を覆いたくなるほど寂れていた。そして、その商店街にあった大手のスーパーの店長に聞いたところによると、この辺の町には仕事もなくただ、生活保護を受けてぶらぶらしているだけの人が大勢おり、それらの中には、精神状態にも異常をきたし、故意に電気のコンセントに指を突っ込んで負傷するといった奇妙な行動をする人も多く、そのような事故防止対策も大変なんです・・といっていたのを思い出す。
そんなこんなを考えながら、ネットで検索していると以下参考のところに記載の(※2、※3のマークのついている)ものがあった。・・・かっての麻生炭鉱と炭鉱労働者にかかわる記事である。そこに書かれている内容の真偽についての判断は、私には出来ないが、当時の炭鉱の状況などを考えると、このようなことがあっても特別に不思議でもない気はする。
こんな話、今日の「逸話の日 」に因んだ「逸話」・・つまり、広辞苑にある「ある人についての、世人に余り知られていない、興味ある話。」としては、余り、適切な話題ではなかったかな・・・。
(画像は、飯塚駅から望む飯塚市忠隈のボタ山。フリー百科事典Wikipediaより)
参考:
逸話 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%80%B8%E8%A9%B1
逸 - ウィクショナリー日本語版
http://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%80%B8
日本記念日協会
http://www.kinenbi.gr.jp/
今日は何の日~毎日が記念日~(1月28日)
http://www.nnh.to/01/28.html
記者クラブ - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A8%98%E8%80%85%E3%82%AF%E3%83%A9%E3%83%96
内閣総理大臣 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%86%85%E9%96%A3%E7%B7%8F%E7%90%86%E5%A4%A7%E8%87%A3
会社沿革/株式会社麻生
http://www.aso-group.co.jp/aso/profile/history.html
筑豊炭田 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AD%91%E8%B1%8A%E7%82%AD%E7%94%B0
麻生の足跡-地域とともに-〈麻生グループ〉
http://www.aso-group.jp/history/achievement.html
日本の鉱山・福岡県の炭鉱探訪マップ
http://hasiru.net/~maekawa/mine/fukuoka.html
麻生首相「さもしい」発言を事実上撤回 定額給付金(Yahooニュース)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090113-00000586-san-pol
新聞記事文庫:筑豊石炭の由来 (一~五)
http://www.lib.kobe-u.ac.jp/das/ContentViewServlet?METAID=00105949&TYPE=HTML_FILE&POS=1&LANG=JA
【※1】North Korea Today - 南牛 北朝鮮問題家を斬る:108
http://www.pyongyangology.com/index.php?option=com_content&task=view&id=496&Itemid=1
【※2】マスコミが書かない麻生財閥の深い闇-JanJanニュース
http://www.news.janjan.jp/media/0810/0810229959/1.php
【※3】朝鮮人強制連行と麻生炭鉱 -上-〉 労働争議に警察、暴力団を動員
http://www1.korea-np.co.jp/sinboj/j-2006/01/0601j0405-00002.htm