島崎藤村「初恋」第四連
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ここで、「初恋」の全文を。
まだあげ初(そ)めし前髪の
林檎のもとに見えしとき
前にさしたる花櫛(はなぐし)の
花ある君と思ひけり
やさしく白き手をのべて
林檎をわれにあたへしは
薄紅(うすくれない)の秋の実に
人こひ初めしはじめなり
わがこゝろなきためいきの
その髪の毛にかかるとき
たのしき恋の盃(さかずき)を
君が情(なさけ)に酌(く)みしかな
林檎畠の樹(こ)の下(した)に
おのづからなる細道は
誰(た)が踏みそめしかたみぞと
問ひたまうこそこひしけれ
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島崎藤村の詩集「若菜集」の代表作であり
古くから愛唱されてきた詩です。
今、改めて読んでみると
詩も時代の子であることが実感されます。
今の時代には、誰もこのような詩は書けないでしょう。
でも、この詩の持つ、とれたての林檎のような
初々しく新鮮な香りと味わいは
今でも、十分に感じ取ることができます。
これが詩というものの持つ神秘的な力なのでしょう。