戦時中、塗炭の苦しみを味わった父母から、「戦争だけは絶対にしてはいけない」「戦争は最悪だ」と、しばしば聞いて育った私は、ウクライナの戦争報道に、日々つらい思いをしています。
その一つは、もちろん戦場から伝えられる悲惨な映像や訴えです。でも、それだけではないのです。
その悲惨な映像や訴えが、平和的な手段に基づく解決の取り組みに結びつけられず、ウクライナ軍を支援して、ウクライナに侵攻したロシアを打ち負かそうとする、軍事的勝利の方向に結びつけられていることがつらいのです。
先日、政府がウクライナへの追加支援で、自衛隊が保有するドローンと化学兵器対応の防護マスク、防護衣の供与を決めたことが報じらました。すでに供与されたというヘルメットや防弾チョッキも、戦争を止めるためのものではない、と私は思います。戦争の一方の当事国に、そうしたものを供与することは、平和的な手段に基づく紛争の解決を目指すものではないと思います。
トルコやハンガリーが停戦の話し合いに動きましたが、アメリカに追随する日本政府には、そうした動きは、まったくありません。
また、メディアも、政府と同じような立場に立って、アメリカやウクライナからもたらされる映像やニュースを、そのまま流し続けているように思います。そして、ロシアからのものは、ほとんど疑いの眼差しをもって報じ、ロシアを敵視しているように思います。戦争では、どちら側にもプロパガンダがあって当然ですが、戦争を止めるために、中立的な立場に立って、相互に矛盾する映像やニュースを検証したり、共有したりしようとはしていないように思えるのです。
また、メディアに登場する多くの人たちも、プーチンを非難し、ロシアを非難するだけで、どのようにすれば、ウクライナの戦争を止めることができるのかを論じられないので、結果的に、好戦的なゼレンスキー大統領を支持することにつながっているように思います。
だから、私は、河瀬直美監督の東大入学式での祝辞を、すべての日本人にしっかり受けとめてほしいと思います。
”「ロシア」という国を悪者にすることは簡単である。けれどもその国の正義がウクライナの正義とぶつかり合っているのだとしたら、それを止めるにはどうすればいいのか。なぜこのようなことが起こってしまっているのか。一方的な側からの意見に左右されてものの本質を見誤ってはいないだろうか?誤解を恐れずに言うと「悪」を存在させることで、私は安心していないだろうか?”
ユネスコ憲章に、下記のようにあります。
”この憲章の当事国政府は、この国民に代わって次のとおり宣言する。
戦争は人の心の中で生まれるものであるから、人の心の中に平和のとりでを築かなければならない。
相互の風習と生活を知らないことは、人類の歴史を通じて世界の諸人民の間に疑惑と不信を起こした共通の原因であり、この疑惑と不信の為に、諸人民の不一致があまりにもしばしば戦争となった。
ここに終わりを告げた恐るべき大戦争は、人間の尊厳・平等・相互の尊重という民主主義の原理を否認し、これらの原理の代りに、無知と偏見を通じて人種の不平等という教養を広めることによって可能にされた戦争であった。・・・”
極論かも知れませんが、ユネスコ憲章にしたがって考えれば、ワルシャワ条約機構が1991年に正式解散したにもかかわらず、北大西洋条約機構(NATO)が維持されたこと、そしてロシアを取り巻くように拡大されていったときから、ウクライナ戦争は始まっていたといえるように思います。NATO諸国の関係者の心の中に、ロシアを敵とし備えるという、戦争の火種が発生していたということです。
国際連合憲章の第2条の3には、
”すべての加盟国は、その国際紛争を平和的手段によって国際の平和及び安全並びに正義を危うくしないように解決しなければならない。”
とあり、
4に
”すべての加盟国は、その国際関係において、武力による威嚇又は武力の行使を、いかなる国の領土保全又は政治的独立に対するものも、また、国際連合の目的と両立しない他のいかなる方法によるものも慎まなければならない。”
とあります。
でも、アメリカを中心とするNATO諸国は、ロシアの目と鼻の先で軍事演習をくり返しました。特にNATOに加盟していないウクライナを含む軍事演習は、ロシアにとっては脅威であり、国際連合憲章が禁じている威嚇に当たると思います。
2021年9月には、NATOを中心とした15ヵ国6000人の多国籍軍によるウクライナとの軍事演習、さらに10月、バイデン政権はウクライナに180基の対戦車ミサイルシステム(シャベリン)を配備したともいいます。だからプーチン大統領は、「NATOはデッドラインを超えるな!」と主張したようです。でもその直後に、ウクライナ軍はドンバス地域にいる親ロシア派軍隊に向けてドローン攻撃をしたというのですから、ロシア軍のウクライナ侵攻前からすでに、戦争は始まっていたと言えるように思います。したがって、ウクライナの戦争を、ロシア軍のウクライナ侵攻から論じることは、本質を見失うことにつながると思います。
ネット上に、下記のような情報がありました。私は原典に当たって、その事実を確認したわけではありませんが、見逃すことができません。
”NATO(北大西洋条約機構)の冷戦終結後の東方拡大路線が、今回のロシアのウクライナ侵攻の要因のひとつになってしまったことは間違いない。このことは、すでに1990年代から様々な専門家の間で問題となってきた。
たとえば、米国の冷戦時の外交の基本方針である「封じ込め」政策の提言者であるジョージ・ケナンは、とくに1990年代のNATOの中欧への拡張は、「冷戦後の時代全体における米国の政策の最も致命的な誤り」とし、なおかつ、「NATOの拡大は米露関係を深く傷つけ、ロシアがパートナーになることはなく、敵であり続けるだろう」とした。
あるいは、ヘンリー・キッシンジャーは、「ウクライナはNATOに加盟すべきではない」、「ウクライナを東西対立の一部として扱うことは、ロシアと西側、とくにロシアと欧州を協力的な国際システムに引き込むための見通しを、何十年も頓挫させるだろう。」とした。
1987年から1991年に駐ソ・米国大使を務めたマトロック氏も、「同盟の拡大というものがなかったら今日の危機はなかった」、「NATOの拡大こそが最大の誤り」とする論評を書いた。
専門家だけではない。2月28日の英国ガーディアン紙は、「多くがNATOの拡大は戦争になると警告した。しかし、それが無視された。我々は今、米国の傲慢さの対価を支払っている」という見出しの下、「ロシアのウクライナ攻撃は侵略行為であり、最近の行為においてプーチンは主な責任を負う。しかしNATOのロシアに対する傲慢な聞く耳を持たない対ロシア政策は、同等の責任を負う」とした。”
だから、私は、河瀬直美監督の東大入学式での祝辞を、すべての日本人にしっかり受けとめてほしいと思うのです。アメリカやウクライナからもたらされた情報は、何の検証もせずに事実として報道し、ロシアからもたらされる情報には疑いの眼を向け、ロシア側の意図を、あれこれ憶測するような伝え方やめてほしいのです。そして平和的な手段で解決しようする姿勢を示してほしいのです。