真実を知りたい-NO2                  林 俊嶺

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報道によってつくられる世論、隠されるアメリカの犯罪

2023年02月28日 | 国際・政治

 下記は、「レッド・パージとは何か 日本占領の影」三宅明正(大月書店)から、報道機関のパージの遂行に関する一部分を抜萃したものですが、私は、ここにウクライナ戦争におけるアメリカの姿が重なって見えます。
 アメリカは、直接表に出ることなく、相手国の権力者と手を結び 相手国の権力者の責任においてアメリカの目的を達成するための活動をさせるという、新植民主義的なアメリカの姿が見えるように思うのです。

 このところ、「ロシアによるウクライナ侵攻一年」というようなテーマの記事や映像を毎日のように目にし、巧みに世論が誘導されているのを感じています。
 悩ましいのは、親族や友人を失ったり、苦しい生活を強いられているウクライナの人びとの辛い日常に心を痛め、何とかしてあげたいという思いを抱かせる報道の内容が、停戦の方向ではなく、ロシアを憎み、プーチン大統領を悪魔の如き独裁者に仕立てあげるために利用されていると感じられることです。

 また、多くの識者がウクライナ戦争について語っていますが、ウクライナ戦争を主導するアメリカに関しては、ほとんど何も語りません。それでは、停戦・和解の方向には進まないと思います。
 例えば、朝日新聞の「日曜に想う」に国末憲人欧州駐在編集委員
昨年11月にウクライナで実施された世論調査を見ると、ロシア軍による占領が続く状態での停戦を求めた人は、わずかに1%だった。停戦の条件として。93%が「クリミア半島を含むウクライナ全土からのロシア軍撤退」を挙げた。多くの人々は、即座に平和を得るよりも、戦う道を選ぶ。つまり「平和」とは異なる価値観を重視しているのである。「ウクライナの人々が求めているのは『正義』である」
 と書いていました。ウクライナの人々が、ウクライナ戦争を主導するアメリカの深い関与を知ったら、この世論調査の結果は、逆転するだろう、と私は思います。独裁者プーチンの野望に基づく、一方的な侵略などではないからです。

 アメリカはオバマ大統領のときから、ウクライナにさまざまな働きかけや工作を続けていたといわれています。
 国務省でウクライナを担当していたのは、ビクトリア・ヌーランドで、彼女は、ウクライナを北大西洋条約機構(NATO)に加盟させるため、当時のアザロフ首相ヤヌコビッチ大統領を引きずり降ろそうと働きかけていたといわれています。
 また、いわゆる「マイダン革命」のデモの指導者たちは、米大使館から指令を受けただけでなく、報酬も受けていたとわれていますが、それを裏づけるかのように、ヌーランドは講演で、”我々はウクライナの民主主義を保証するために50億ドル以上を投資してきた”と語っているのです。これには、元米下院議員のロン・ポール氏などから、批判の声があがったとのことですが、ウクライナのデモ隊の中にお金をもらっている人がいることは、当時公然の秘密だったといいます。オリバーストーンも、プーチン大統領との会見で、そのことを語っていました。

 ウクライナ戦争には、ヨーロッパ諸国に対するロシアの影響力拡大を阻止しなければ、アメリカの覇権や利益が損なわれ、アメリカの衰退が一気に進みかねないという問題が背景にあることを、敢えて見ようとせず、独裁者プーチンの野望に基づく、ロシア軍の一方的な侵略だと捉えるから、ウクライナ戦争が侵略者に対する「正義」の戦いになり、停戦・和解が進まないのだと思います。

 昨年末、岸田首相は、2023年度から5年間の防衛費の総額を43兆円とするよう指示し、浜田靖一防衛相、鈴木俊一財務相に伝えた、との報道がありました。その時、こんな大増額を、岸田首相が、防衛相や財務相はもちろん、関係機関と綿密な相談なく決定し、”指示し、伝えた”というようなことが、なぜ、受け入れられたのか、と疑問に思いました。そして、それはアメリカの戦略に基づくものであるからだろうと考えざるを得ませんでした。もちろん、アメリカから何らかの要請や指示があったのか、それとも岸田首相の忖度かはわかりませんが。
 
 東西冷戦の終結後、東側諸国のワルシャワ条約機構が解散したにもかかわらず、西側諸国の北大西洋条約機構(NATO)が温存されたのは、アメリカがヨーロッパ諸国に対する影響力を維持するためであったといわれています。ノルドストリーム爆破の問題には、ヨーロッパ諸国に対するアメリカの影響力維持という意味で、それと共通する側面があると思います。にもかかわらず、日本のメディアは、ノルドストリーム爆破に関しては、”ロシアの関与が疑われる”というようなこと以外、ほとんど報道していません。だから、日本の主要メディアは、ウクライナ戦争の実態を、本気で理解しようとはしていないように思います。

 ベトナム戦争中の米軍による「ソンミ村虐殺事件」を調査し、暴露したことで知られるアメリカの調査報道記者、シーモア・ハーシュ氏が、”バイデン政権が、ドイツとロシアを結ぶ天然ガスパイプライン・ノルドストリームの爆破を計画実行させた”というスクープを発表しましたが、日本の主要メディアは、ほとんど無視しているように思います。新華社通信は、すぐに報じていました。
 ウクライナ戦争に関わる重大問題であるのに、日本の主要メディアは、爆破の真相を探ることなく、また、報道もせず、相変わらずアメリカからもたらされる「ロシアのウクライナ侵攻一年」の情報を流し続け、ロシアを悪者とする報道に終始しているように思います。

 ノルドストリーム爆破は、オバマ大統領、トランプ大統領、バイデン大統領の対応や発言をたどれば、シーモア・ハーシュ氏のスクープどおり、アメリカによる犯罪であることは間違いないと思います。
 トランプ米大統領が、ロシアにエネルギーを依存するドイツは「ロシアの捕虜だ」と発言し、ドイツに警告を発したのみならず、アメリカは、ロシア産ガスをバルト海経由で欧州に輸送するパイプライン「ノルドストリーム2」プロジェクトを阻止するため、パイプラインの建設に関わる船舶に制裁を科し、また、「ノルドストリーム2」の運営会社やCEOも制裁対象としたのです。
 また、バイデン米大統領は、ショルツ独首相と会談した際、ロシアがウクライナに侵攻した場合、独ロを結ぶガスパイプライン「ノルドストリーム2」を稼働させないと主張したことがわかっています。そして、バイデン大統領が”ロシアがウクライナに侵攻すれば、ノルドストリーム2を終わらせる”とも指摘し、ドイツの管理下にある事業をどう止めるのかという質問には”われわれにはそれが可能だ”と述べたことも伝えられています。
 その後、実際にノルドストリームは爆破されたのです。当初から、アメリカの介入を非難していたロシアが、パイプラインを爆破するわけはないのあり、シーモア・ハーシュ氏のスクープを報道しないのは、明らかにメディアが偏向していることを示しているように思います。

 ノルドストリーム2が有効に機能すれば、ロシアはヨーロッパ諸国から利益を得るばかりでなく、影響力を拡大させることができるのであり、それを台無しにするような侵略をするはずはないと思います。
 下記の文章は、巧みなアメリカの工作によって、ウクライナ戦争に対するアメリカの関与が、ほとんど報道されず、隠されていることを、暗示しているように思います。
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                Ⅱ パージはどのように遂行されたのか
                     ──初期の事例──
 1 報道機関──放送

 放送協会が最初
 1950年における狭義のレッド・パージは、報道機関から始まった。報道機関におけるパージの経緯としては、同年7月24日に、新聞各社と放送協会の、社長、会長らが法務府特審局長吉川光貞を通じて民政局長ネピア少佐に呼ばれて指示をうけ、28日、各社一斉にパージを通告した、と従来言われてきた。だが実のところ、日本放送協会では、これよりやや早く、日本共産党と同調者の施設立ち入り禁止命令が出されていた。
 7月15日、大阪で、AFRS(Armed Forces Radio Ssevices 第八軍放送部隊)が大阪中央放送局に対し次の命令を出した。「連合軍最高司令官ダグラス・マッカーサー元帥の命により、共産党並びにその同調者は大阪、名古屋地区の米軍放送部隊によって接収された施設およびBK(大阪中央放送局 
)と共同使用の施設の全施設内に立ち入ることを禁ずる」この命令にもとづき、同日5人の労働組合員の名前が日英両文ではりだされ、局への立ち入りを禁じられた。命令は文書だけでなされたのではなかった。武装兵士を従えた放送隊長バーンズ大尉が職場に現われ、「名前を呼び上げ」「二分以内に立ち退け」と命じた(『放送労史』)。
 このとき放送協会では、労働組合が二つに分かれていた。もともと一つであった組合は、1946年1月設立の日本放送協会従業員組合で、これは同年2月につくられ7月に改称した日本新聞放送労働組合(略称は新聞単一)の支部となった。だがこの新聞単一の支部は、2・1ゼネストの中止後分裂状態となり、48年2月に同支部が日本放送協会労働組合(放送単一、左派)へと改組し、翌3月にはこれと別に日本放送労働組合(日放労、右派)が設立されていた。50年7月15日に立ち退きを命じられた5人はいずれも放送単一の組合員であった。
 AFRSの命令は15日の5人にとどまらなかった。17日には1人(無所属)、19日に23人(日放労8人、放送単一12人。無所属3人)が、24日には2人(日放労1人、無所属1人)が、それぞれ追加された。さらに7月28日、東京の日本放送会館会長室にAFRSのターレン少佐が現われ、放送協会会長に局舎に立ち入りを禁じる職員の氏名を通告、会長はこれをうけて会館、および同霞ヶ関分館、技術研究所など東京管内の建物にいっせいに命令を掲示した。地方には同様の文書が電話で連絡された。会長命令とは、「日本放送協会はSCAP(連合軍最高司令官)が最近数次にわたって発した日本政府宛の書簡および声明の精神並びに本日第八軍AFRSより会長宛に発せられた通牒に鑑み別紙の者爾今協会所属の一切の建物およびその構内に立ち入ることを厳禁する」というものである。同時に解雇通告書が内容証明で各人に発想された。解雇通告は次のとおりである。

    「昭和25年7月28日  日本放送協会会長古垣鉄郎
         殿
   日本放送協会はSCAPが最近数次にわたって発した日本政府宛の書簡並びに声明の精神に基づて貴殿を昭和25年7月28日付で解職したから通知します。」
       (日本放送協会労働組合「経過報告」、1950年8月7日付、大原社研所蔵)
 この時の解雇者は104人で、所属組合では、放送単一が90人、日放労8人、無所属6人、ほかにおかしなことに放送単一の書記が2人(放送協会を退職ずみ)が「解雇」を通告された。職場別では放送会館119、放送文化研究所23、技術研究所20、通信工作部9、大阪11、名古屋5、広島9、熊本5、松山3と、北海道、東北を除き全国の職場に及んでいた(『日放労』)1950年8月5日付)。北海道と東北は放送単一の組織がなくなった職場であった。研究所が多いのは、協会がストライキをおそれて労働組合の活動家をここに異動させていたためである。

 強弁された解雇理由
 正確に言うと、28日に人びとが知ったのは立ち入り禁止の掲示のみであった。放送単一は、組合に対して、正式通告がなかったため、立ち入り禁止の理由と今後の措置を質すべく総務部長に会見を求めた。しかし経営陣は会長室に閉じこもったままであった。労働課長も、「命令書以外の事は何も言えない」とし、命令の写しも渡さなかった。組合側が解雇通告を知ったのは、各人が郵送で通告書を受け取ってからである。29日も組合の会見申し込みは経営側に拒否された。30日以降も同様であった(前掲「経過報告」)
 日放労も経営側に会見を申し入れた。経営側はこれに応じ、次のように答えた。
 「一、今回の措置は,去る5月3日のマ元帥声明、及び6月26日、7月18日吉田首相宛発せられたマ元帥書簡の精神により、又協会所属の一切の建物及びその構内に立ち入ることを禁ずるAFRSの通達、その他現段階においては発表することが出来ない指令に基づいて会長が会長の自主性と責任においてとったものであること 

  ニ、従ってこの問題は労働三法は勿論のこと、国内法一切を超越する措置であり、その為労働協約の拘束をうけない特例の措置であり、当然団体交渉の対象にならないと考える。そして解職をすることは当協会の自主的なものであり、経営者の責任において行ったものであること

  三、協会が解職処分に付したものは共産党員、及びこれに同調して行動した者に限っているが、その認定はイデオロギーにあるのではなく、具体的な行動をとったか否かを基準にしており、同調者に対しては共産党的な活動をやっていたもので、解職に値すると解した者を解職にしたこと
 
  四、協会立ち入り禁止に付された職員の指名は、AFRS自ら行ったものであり、解職処分は協会の自主的に行ったものである。

  五、解職者の退職金は特別の場合で協約に定めはないが、協会としては、今のところ希望退職並の金額を支給する予定であること」
(『日放労』前掲号)
 このうち注目されるのは一と四である。すなわち、立入禁止は第八軍が具体的に指名までして命じたものであったが、その上で解職は放送協会会長が「自主的」にした、というのである。またその根拠としては、マッカーサーの声明と書簡をあげ、AFRSの通達とあわせて、「発表することの出来ない指令」が述べられている。もとよりAFRSには解職の権限はなく(そうであるがゆえに立入禁止のみを命じる)、いっぽう協会経営社はそれを支えに「自主的」に解職を行なう、ただし法的な根拠はないがゆえに「発表することの出来ない指令」を掲げ、労働三法や労働協約を「超越」した措置だと強弁したのである。当時放送協会には労働協約が存在し、二つの組合いずれとの間でも、組合員の解雇
行なうにあたっては、一定の手続きと、事由の存在が必要であると定めていた。強弁は組合側の抵抗を封じ込めるためのものにほかならなかった。
 日放労は、8月1日にAFRSティドウェル少佐を訪ね、いくつかの質問を行った。主な応答は次のとおりである。
  「問 今回の措置において名前の発表は経営者の指名によるのか
 答 それは経営者ではない、私の方が責任をもってやった」
  「問 名前を発表された者が共産党員でもなく、その同調者でもないことがわかったならば、その人は解除できるか 

 答 それは協会の経営者側においてある特定の人物が完全に共産活動を放棄したことを認めるときには、AFRSにおいても解除することにはやぶさかではない」
 日放労は、さらにGHQ労働課を訪ねたところ、同課のウィルソン女史は次のように述べた。
   「今回の措置はマ書簡に基づいて行われたもので、全く特殊な措置であり、今や二つの世界に妥協のないことを物語るものであり、組合としてもこれに介入しない方が賢明である」(『日放労』前掲号) 

 


 

 


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