河村教授が亡くなってから、一年が経とうとしていた。
淳をこれからも注意して見守るように‥。
あの言葉は、奇しくも彼と交わした最後の言葉になった。
淳の父親は彼の思いを引き継ぐように、出来得る限り息子の言動や行動に注意して来た。
これといった問題も、特記すべき異変も起きずに日々は流れていった。
そして夏も終わりに近づいた日、淳の父親は自宅にて小さな事件に立ち会うことになる。

その日は、珍しく早く仕事が退けて家に帰っていた。
電話で河村教授の話を知人としていると、玄関から帰宅を知らせる声がした。

「ただいま!」

淳は早く帰ってきた父親の在宅を喜んだが、父が夕飯を外に食べに行こうかと言うと、駄目だと言った。
淳の後ろから、何人も友達が家に入ってきた。

彼らは家で夏休みの宿題をすると言った。
そういえばあと二日で夏休みも終わりだ。
淳の父は、懐かしいような微笑ましさで彼らを歓迎した。

わいわいと、子供達はお喋りをしながら、しばし淳の家を探索した。

友人らと笑いながら過ごす息子を見て、父はホッと胸を撫で下ろした。

河村教授から注意を受けた時よりも、彼の息子は明るくなった。
子供の発達や適応は大人が思っているよりも優れているものだ。

何も心配いらない‥。
この時彼は、そう思っていた。

淳の部屋では、子どもたちが夏休みの宿題である、昆虫の標本作りに追われていた。
各々がパートを分担し、表を作ったり虫をピンで止めたりと作業にかかっていた。

標本作りに携わっている二人は、ああでもないこうでもないと、賑やかに作業を進めているが、
表の作成担当になった淳と檜山しのぶは、黙々とその仕事をやらなければならなかった。

特に檜山は退屈そうだった。淳の作った表の、色味が地味だと言い出して、パッと明るく見やすくしようと提案した。

しかし淳には淳の思い描いた構成があって、檜山の提案はやんわり却下された。
檜山は文句を言ったが、それでは君が構成してみる?と淳に言われると、結局その意見を飲み込むしかなかった。

今日の青田家はいつになく賑やかだった。さすがに小学生の男の子が五人も集まると、賑やかを通り越して騒がしいくらいだった。

彼の父親は少し騒々しさを感じながらも、息子が友達とも上手くいっていることに嬉しさを覚えた。
河村教授に言われた通り、その後もそっと影から見守っていた。
皆が作業をしている中、一人ソファで漫画を読んでいる手塚たけしという少年が居た。

皆が自分たちで蝶々やトンボを捕ってきたというのに、彼だけはその標本を親戚の叔父さんに頼んで、ヨーロッパで買ってきてもらっていた。
しかしその数はわずか二羽の蝶々のみで、これだけではどうしようもないと他の子供たちは文句を言った。

しかし手塚は悪びれる様子もなく、自分の蝶々が一番珍しく綺麗なので、標本のど真ん中に飾ればいいと淳に向かって提案した。

淳は賛成した。僕がやっておくから置いておいてと言って。

檜山は面白くなかった。手塚がムカつかないのか、どんだけお人好しだよ、と心の中で毒づいた。
次の瞬間、彼は淳と目が合った。

心の声が聞こえたかのような、そのタイミングに檜山はドキッとした。
その気まずさに、彼はトイレに立った。傍に居た淳の父親にもドキリとさせられ、そそくさと廊下を走っていった。

そして彼は見つける。廊下に飾ってあった、小さな額縁を。

淳の部屋では、標本作りの二人がまた言い争っていた。

トンボをずっといじくっている宇野に、もう壊れるからその辺にしとけと高瀬が注意する。
しかし宇野は、こうしてトンボの身体に幹を入れると長持ちするんだと言って譲らない。
なんだかんだと言っている間に、トンボの頭はポロリと落ちた。

手塚は爆笑し、高瀬からは非難され、そして淳からは、厳しく注意された。
「これからは本当に気をつけて。トンボは2日以内にまた捕まえてくれ。」

わざとじゃないにしろ、また暑い中草むらをトンボ探しに奔走しなければならなくなった宇野は、苛ついた。
いつまでも嫌な笑い声を立てる手塚に対して、何が可笑しいのかと突っかかった。
「たかが蝶々二羽持ってきただけで、偉そーにすんじゃねーよ」

手塚はそれに対して、自分の蝶々はそこら辺にいるトンボ100匹よりも価値がある、と嘯いた。
ケースを持ち上げ見せびらかそうとすると、ふいにその蓋が外れた。

まずい、と思った時にはもう遅かった。

蝶々を抑えていたピンは外れ、床に散乱した。手塚は慌てて拾おうとしたが、脆い羽は少し触れただけでも破れてしまった。

しかし手塚は、謝らなかった。
またピンで貼って止めれば問題ないとふんぞり返って言った。

そしてそんな彼に、淳はその作業は手塚がやるべきだと言った。

手塚は狼狽した。
自分は珍しい蝶々を持ってきたわけだし、手先も器用じゃないし、こんな重要な作業は請け負えないと。
もしも失敗したら‥と躊躇う手塚に、淳は強い眼差しで言った。
「自分がしたことには、責任を負わなくちゃ」

「君の話の通り、珍しい蝶々だ。代わりを捕まえることも出来ないんだし、だからこそ君がすべきだよ」
ゆっくり落ち着いてやれば大丈夫、と笑顔で言う淳に、手塚は逆らえなかった。

そしてこれから、小さな事件が起こる。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<淳>その生い立ち(3)、中盤です。
今回のこの話は、まだ日本語版webtoonsでは出てきていないため、檜山と手塚と宇野と高瀬は私が勝手に名前をつけました‥。
*H25 9.16追記
日本語版での名前は手塚が「たけし」、檜山が「しのぶ」でした。
他二人は名前が出て来ませんでしたね。。ということで特に修正せずこのままでいこうと思います。。
次回はエピソード2の続き、<淳>その生い立ち(4)です。
人気ブログランキングに参加しました
人気ブログランキングへ
淳をこれからも注意して見守るように‥。
あの言葉は、奇しくも彼と交わした最後の言葉になった。
淳の父親は彼の思いを引き継ぐように、出来得る限り息子の言動や行動に注意して来た。
これといった問題も、特記すべき異変も起きずに日々は流れていった。
そして夏も終わりに近づいた日、淳の父親は自宅にて小さな事件に立ち会うことになる。

その日は、珍しく早く仕事が退けて家に帰っていた。
電話で河村教授の話を知人としていると、玄関から帰宅を知らせる声がした。

「ただいま!」

淳は早く帰ってきた父親の在宅を喜んだが、父が夕飯を外に食べに行こうかと言うと、駄目だと言った。
淳の後ろから、何人も友達が家に入ってきた。

彼らは家で夏休みの宿題をすると言った。
そういえばあと二日で夏休みも終わりだ。
淳の父は、懐かしいような微笑ましさで彼らを歓迎した。

わいわいと、子供達はお喋りをしながら、しばし淳の家を探索した。

友人らと笑いながら過ごす息子を見て、父はホッと胸を撫で下ろした。

河村教授から注意を受けた時よりも、彼の息子は明るくなった。
子供の発達や適応は大人が思っているよりも優れているものだ。

何も心配いらない‥。
この時彼は、そう思っていた。

淳の部屋では、子どもたちが夏休みの宿題である、昆虫の標本作りに追われていた。
各々がパートを分担し、表を作ったり虫をピンで止めたりと作業にかかっていた。

標本作りに携わっている二人は、ああでもないこうでもないと、賑やかに作業を進めているが、
表の作成担当になった淳と檜山しのぶは、黙々とその仕事をやらなければならなかった。

特に檜山は退屈そうだった。淳の作った表の、色味が地味だと言い出して、パッと明るく見やすくしようと提案した。

しかし淳には淳の思い描いた構成があって、檜山の提案はやんわり却下された。
檜山は文句を言ったが、それでは君が構成してみる?と淳に言われると、結局その意見を飲み込むしかなかった。

今日の青田家はいつになく賑やかだった。さすがに小学生の男の子が五人も集まると、賑やかを通り越して騒がしいくらいだった。

彼の父親は少し騒々しさを感じながらも、息子が友達とも上手くいっていることに嬉しさを覚えた。
河村教授に言われた通り、その後もそっと影から見守っていた。
皆が作業をしている中、一人ソファで漫画を読んでいる手塚たけしという少年が居た。

皆が自分たちで蝶々やトンボを捕ってきたというのに、彼だけはその標本を親戚の叔父さんに頼んで、ヨーロッパで買ってきてもらっていた。
しかしその数はわずか二羽の蝶々のみで、これだけではどうしようもないと他の子供たちは文句を言った。

しかし手塚は悪びれる様子もなく、自分の蝶々が一番珍しく綺麗なので、標本のど真ん中に飾ればいいと淳に向かって提案した。

淳は賛成した。僕がやっておくから置いておいてと言って。

檜山は面白くなかった。手塚がムカつかないのか、どんだけお人好しだよ、と心の中で毒づいた。
次の瞬間、彼は淳と目が合った。

心の声が聞こえたかのような、そのタイミングに檜山はドキッとした。
その気まずさに、彼はトイレに立った。傍に居た淳の父親にもドキリとさせられ、そそくさと廊下を走っていった。

そして彼は見つける。廊下に飾ってあった、小さな額縁を。

淳の部屋では、標本作りの二人がまた言い争っていた。

トンボをずっといじくっている宇野に、もう壊れるからその辺にしとけと高瀬が注意する。
しかし宇野は、こうしてトンボの身体に幹を入れると長持ちするんだと言って譲らない。
なんだかんだと言っている間に、トンボの頭はポロリと落ちた。

手塚は爆笑し、高瀬からは非難され、そして淳からは、厳しく注意された。
「これからは本当に気をつけて。トンボは2日以内にまた捕まえてくれ。」

わざとじゃないにしろ、また暑い中草むらをトンボ探しに奔走しなければならなくなった宇野は、苛ついた。
いつまでも嫌な笑い声を立てる手塚に対して、何が可笑しいのかと突っかかった。
「たかが蝶々二羽持ってきただけで、偉そーにすんじゃねーよ」

手塚はそれに対して、自分の蝶々はそこら辺にいるトンボ100匹よりも価値がある、と嘯いた。
ケースを持ち上げ見せびらかそうとすると、ふいにその蓋が外れた。

まずい、と思った時にはもう遅かった。

蝶々を抑えていたピンは外れ、床に散乱した。手塚は慌てて拾おうとしたが、脆い羽は少し触れただけでも破れてしまった。

しかし手塚は、謝らなかった。
またピンで貼って止めれば問題ないとふんぞり返って言った。

そしてそんな彼に、淳はその作業は手塚がやるべきだと言った。

手塚は狼狽した。
自分は珍しい蝶々を持ってきたわけだし、手先も器用じゃないし、こんな重要な作業は請け負えないと。
もしも失敗したら‥と躊躇う手塚に、淳は強い眼差しで言った。
「自分がしたことには、責任を負わなくちゃ」

「君の話の通り、珍しい蝶々だ。代わりを捕まえることも出来ないんだし、だからこそ君がすべきだよ」
ゆっくり落ち着いてやれば大丈夫、と笑顔で言う淳に、手塚は逆らえなかった。

そしてこれから、小さな事件が起こる。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<淳>その生い立ち(3)、中盤です。
今回のこの話は、まだ日本語版webtoonsでは出てきていないため、檜山と手塚と宇野と高瀬は私が勝手に名前をつけました‥。
*H25 9.16追記
日本語版での名前は手塚が「たけし」、檜山が「しのぶ」でした。
他二人は名前が出て来ませんでしたね。。ということで特に修正せずこのままでいこうと思います。。
次回はエピソード2の続き、<淳>その生い立ち(4)です。
人気ブログランキングに参加しました
