亮と静香は青田家に呼ばれた。
寝転んで漫画を読んでいる亮に、静香は今お父さんと面談中だと淳は告げた。

面談なんてヌルいと言って、亮が呆れ混じりの溜息を吐く。
静香にはもっと厳しくしないと、と言って亮は焦れた。

しかし今日はいつものお説教とは少し違う。
なぜならば、静香がもう美術部を辞めることになったからだった。

亮は淳からその事実を聞かされても、別段驚くわけでも無かった。
そのままゴロンと寝転んで、「それじゃあ塾に行くんじゃね」と言い捨てた。

ポーズだとしても心配するフリくらいしろよ、と淳は亮の背中を軽く蹴りながら言ったが、
亮は静香が嫌いだからそれさえも嫌だと言った。
淳は寝転んだ亮に向かって、少し諭すような口調で口を開く。
「悔しかったと思うよ。上手くなりたくても、思い通りに行かなくて」

その言葉を聞いた亮は、心底不思議そうな顔をした。
「てか、お前もそういう気持ちになることってあんの?」

淳は何でも出来る。それこそ勉強もスポーツも、そこそこ楽器だって。そして皆が羨むほどに何でも持っている。
そんな彼が劣等生の静香の気持ちを代弁するかのようなことを言ったことに、亮は驚きを隠せなかった。
そしていつも感じていた疑問を率直にぶつけてみた。
「お前って何でも出来るけど、勉強の他に得意なことってあんの?でなけりゃ、したいこととかさ」

亮の質問に、淳は目を見開いた。

考えたことないと言う淳に、亮はそれもそうかと再び寝転んだ。
あれだけ勉強が出来るんだから、そんなことはどうでもいいのだ。
「しっかし静香の奴は勉強も出来ねぇのにどーする気だろ。あいつにはマジ心配が尽きねぇよ」

先が見えないトンネルへ向かう姉のことを、亮はなんだかんだ言って心配していた。
淳はそんな亮の背中を見ながら、夕食を食べて行ってと言い残して去って行った。

静香はそれ以来筆を持つことは無かった。

ぶちまけられた絵の具が、流れて行く血のように見えた。
静香とは対照的に、亮はますますその才能が世間に認められていった。
先生は雑誌のインタビューでも亮のことを「ただ一人の特別な弟子」だと豪語した。

眠そうな亮はその態度こそ良くなかったが、実力がある分それさえも容認されていた。
コンクールもきっと良い結果が出る、先生は亮の才能を信じている‥。

笑顔で亮の背中を押す先生に、亮は自信たっぷりに心配しないで下さいと言った。

その指は鍵盤に吸い付くように音楽を奏でる。
亮はピアノを弾くことに困難を覚えたことが、正直一度も無かった。
「チョロいぜ」

亮が出場するコンクール用の衣装が、青田会長から届けられた。
それは蝶ネクタイ付きのタキシードで、こんなもの着れるかと亮はボウタイを放り投げた。

しかし静香はそれを拾うと、彼に向かって乱暴に投げた。

そして亮がボロ布を着てコンクールに出ようがタキシードを着ようがどうでもいいが、
会長が買ってくれたものだから黙って着ろと静香は言った。
「あんたに選択権なんてないんだよ」

贅沢言いやがって、と吐き捨てるように言って静香は出て行った。
苦い記憶が脳裏を掠める。
まだおばさんの家で養ってもらっていた頃、彼女の叔父は静香に言った。

そろそろ絵を辞めたらどうだと。
どうしていつも自分にだけそう言うのかと問う静香に、叔父は亮の才能について言及した。
「亮に比べて、お前には特に優れた才能は無いと、塾の先生も言っていたよ」

この家からは、二人共に投資する余裕は無いと叔父は言った。
キャンバスを抱えた手の、指の先から血の気が引いていく。
静香の脳裏に、天才と褒めそやされニヤニヤとした笑みを浮かべた弟の顔が浮かんだ。
選択権を奪われた彼女は、あの美術を辞めた日以来ずっと苛立っていた。
夢という光を失くしたトンネルの中で、闇雲にただ足掻く日々が続く。
弟の光が強くなるほど、彼女の影は濃くなっていく‥。
亮はぶつぶつ言いながら蝶ネクタイを手に取ると、鏡を見てそれを付けた。

容姿端麗で独特の雰囲気を持つ彼は、ピアノの才能に関しては天才と謳われていた。
今回のコンクールでも良い成績を治めることは確実視されており、先生や会長からの期待も大きかった。

亮には自信があった。
これから先の未来に対して、そして自分自身に対しても。
輝かしい将来が待っているのだと、その十本の指が未来を切り開いて行くんだと。
それから先の出来事は、切れ切れにしかまだ分かっていない。
コンクールを控えた亮だったが、ある日大きな喧騒に巻き込まれて手を負傷してしまう。

輝かしい未来を奏でただろうその十本の指は、その日以来動かなくなった。

目の前は真っ暗になり、悔恨の咆哮を上げても上げても消せない、そして拭えない絶望感が亮を支配した。

そしてその事件を、亮は淳の仕業だと考えていた。

自分の手を汚さず目的を達する彼の、残した証拠は何一つ無かったけれど。

そして彼は姿を消す。
残りの学校生活も、ただ一人の姉も、そしてリハビリを望む恩師も振り切って。
数年の間、亮は遠く離れた場所で一人暮らしていた。
動かない手を抱えながら、その絶望を背負いながら。

静香は高校を卒業すると、何をするでもないニートになった。
会長から生活費を貰い、その容貌に寄ってくる男に寄生して、その日暮らしで日々を送った。
亮からの便りは無かったが、淳には時折電話した。
淳は高校を卒業した後、一流大学のA大に受かった。
兵役を終えて復学した彼にかけた電話口からは、飲み会の賑やかな声が聞こえていたりした。
静香は将来に対する展望は何もなく、エステにネイルに買い物と、目の前の快楽に身を委ねる暮らしを長いこと続けていた。
心が満たされたことは、ただの一度も無かった。

そして物語は、次の年からもう一度動き出す。
彼らの抱えた絶望が、その出口を探す新しいステージへと。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<亮と静香>高校時代(4)でした。
とりあえず亮と静香の過去の話はここで一区切りおきます。
肝心の亮が手をケガする事件がまだ明らかになっていないので、
それ以前の所までを記事にしたところでの一区切りとなりました。
また本家版で過去が明らかになれば折を見て記事を書きますので、ご了承下さいませ。
さて、次回からはいよいよ雪が3年生、淳が4年生の年度の話になります。
新章もまた変わらずお付き合い頂ければ嬉しいです~☆
人気ブログランキングに参加しました
人気ブログランキングへ
寝転んで漫画を読んでいる亮に、静香は今お父さんと面談中だと淳は告げた。

面談なんてヌルいと言って、亮が呆れ混じりの溜息を吐く。
静香にはもっと厳しくしないと、と言って亮は焦れた。

しかし今日はいつものお説教とは少し違う。
なぜならば、静香がもう美術部を辞めることになったからだった。

亮は淳からその事実を聞かされても、別段驚くわけでも無かった。
そのままゴロンと寝転んで、「それじゃあ塾に行くんじゃね」と言い捨てた。

ポーズだとしても心配するフリくらいしろよ、と淳は亮の背中を軽く蹴りながら言ったが、
亮は静香が嫌いだからそれさえも嫌だと言った。
淳は寝転んだ亮に向かって、少し諭すような口調で口を開く。
「悔しかったと思うよ。上手くなりたくても、思い通りに行かなくて」

その言葉を聞いた亮は、心底不思議そうな顔をした。
「てか、お前もそういう気持ちになることってあんの?」

淳は何でも出来る。それこそ勉強もスポーツも、そこそこ楽器だって。そして皆が羨むほどに何でも持っている。
そんな彼が劣等生の静香の気持ちを代弁するかのようなことを言ったことに、亮は驚きを隠せなかった。
そしていつも感じていた疑問を率直にぶつけてみた。
「お前って何でも出来るけど、勉強の他に得意なことってあんの?でなけりゃ、したいこととかさ」

亮の質問に、淳は目を見開いた。

考えたことないと言う淳に、亮はそれもそうかと再び寝転んだ。
あれだけ勉強が出来るんだから、そんなことはどうでもいいのだ。
「しっかし静香の奴は勉強も出来ねぇのにどーする気だろ。あいつにはマジ心配が尽きねぇよ」

先が見えないトンネルへ向かう姉のことを、亮はなんだかんだ言って心配していた。
淳はそんな亮の背中を見ながら、夕食を食べて行ってと言い残して去って行った。

静香はそれ以来筆を持つことは無かった。

ぶちまけられた絵の具が、流れて行く血のように見えた。
静香とは対照的に、亮はますますその才能が世間に認められていった。
先生は雑誌のインタビューでも亮のことを「ただ一人の特別な弟子」だと豪語した。

眠そうな亮はその態度こそ良くなかったが、実力がある分それさえも容認されていた。
コンクールもきっと良い結果が出る、先生は亮の才能を信じている‥。

笑顔で亮の背中を押す先生に、亮は自信たっぷりに心配しないで下さいと言った。

その指は鍵盤に吸い付くように音楽を奏でる。
亮はピアノを弾くことに困難を覚えたことが、正直一度も無かった。
「チョロいぜ」

亮が出場するコンクール用の衣装が、青田会長から届けられた。
それは蝶ネクタイ付きのタキシードで、こんなもの着れるかと亮はボウタイを放り投げた。

しかし静香はそれを拾うと、彼に向かって乱暴に投げた。

そして亮がボロ布を着てコンクールに出ようがタキシードを着ようがどうでもいいが、
会長が買ってくれたものだから黙って着ろと静香は言った。
「あんたに選択権なんてないんだよ」

贅沢言いやがって、と吐き捨てるように言って静香は出て行った。
苦い記憶が脳裏を掠める。
まだおばさんの家で養ってもらっていた頃、彼女の叔父は静香に言った。

そろそろ絵を辞めたらどうだと。
どうしていつも自分にだけそう言うのかと問う静香に、叔父は亮の才能について言及した。
「亮に比べて、お前には特に優れた才能は無いと、塾の先生も言っていたよ」

この家からは、二人共に投資する余裕は無いと叔父は言った。
キャンバスを抱えた手の、指の先から血の気が引いていく。
静香の脳裏に、天才と褒めそやされニヤニヤとした笑みを浮かべた弟の顔が浮かんだ。
選択権を奪われた彼女は、あの美術を辞めた日以来ずっと苛立っていた。
夢という光を失くしたトンネルの中で、闇雲にただ足掻く日々が続く。
弟の光が強くなるほど、彼女の影は濃くなっていく‥。
亮はぶつぶつ言いながら蝶ネクタイを手に取ると、鏡を見てそれを付けた。

容姿端麗で独特の雰囲気を持つ彼は、ピアノの才能に関しては天才と謳われていた。
今回のコンクールでも良い成績を治めることは確実視されており、先生や会長からの期待も大きかった。

亮には自信があった。
これから先の未来に対して、そして自分自身に対しても。
輝かしい将来が待っているのだと、その十本の指が未来を切り開いて行くんだと。
それから先の出来事は、切れ切れにしかまだ分かっていない。
コンクールを控えた亮だったが、ある日大きな喧騒に巻き込まれて手を負傷してしまう。

輝かしい未来を奏でただろうその十本の指は、その日以来動かなくなった。

目の前は真っ暗になり、悔恨の咆哮を上げても上げても消せない、そして拭えない絶望感が亮を支配した。

そしてその事件を、亮は淳の仕業だと考えていた。

自分の手を汚さず目的を達する彼の、残した証拠は何一つ無かったけれど。

そして彼は姿を消す。
残りの学校生活も、ただ一人の姉も、そしてリハビリを望む恩師も振り切って。
数年の間、亮は遠く離れた場所で一人暮らしていた。
動かない手を抱えながら、その絶望を背負いながら。

静香は高校を卒業すると、何をするでもないニートになった。
会長から生活費を貰い、その容貌に寄ってくる男に寄生して、その日暮らしで日々を送った。
亮からの便りは無かったが、淳には時折電話した。
淳は高校を卒業した後、一流大学のA大に受かった。
兵役を終えて復学した彼にかけた電話口からは、飲み会の賑やかな声が聞こえていたりした。
静香は将来に対する展望は何もなく、エステにネイルに買い物と、目の前の快楽に身を委ねる暮らしを長いこと続けていた。
心が満たされたことは、ただの一度も無かった。

そして物語は、次の年からもう一度動き出す。
彼らの抱えた絶望が、その出口を探す新しいステージへと。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<亮と静香>高校時代(4)でした。
とりあえず亮と静香の過去の話はここで一区切りおきます。
肝心の亮が手をケガする事件がまだ明らかになっていないので、
それ以前の所までを記事にしたところでの一区切りとなりました。
また本家版で過去が明らかになれば折を見て記事を書きますので、ご了承下さいませ。
さて、次回からはいよいよ雪が3年生、淳が4年生の年度の話になります。
新章もまた変わらずお付き合い頂ければ嬉しいです~☆
人気ブログランキングに参加しました
