淳と静香は中庭のベンチに並んで座っていた。
静かな所で穏やかに、淳は静香の進路についての話をした。
「とにかく静香も自分の人生とか将来のこと、真剣に考えてごらん。亮ともケンカせずに、
あいつの話も聞いてやって」
静香は少し考えた後、淳はどうしたらいいと思うかと聞いてきた。
君の進路は君が決めるべきだと淳はハッキリ言った。
青田家が静香を支援するにしても、その方向性は静香が決めなければならないことだからだ。
「静香の人生に関する問題なんだよ。自分で決めなくちゃ。な?」
その真剣な眼差しに、静香は笑みが溢れた。
「淳に時々こうやって冷たく言われるの大好き!変に同情しないんだもん」
その不幸な境遇から、周りの人々から哀れまれ、同情されることが常だった彼女にとって、
淳は色眼鏡無しで見てくれる大事な存在だった。そんな静香に向かって、淳は優しく言葉を紡ぐ。
「静香のそういうとこ、面白いと思ってるよ。気に入ってる」
静香は淳に自分の腕を絡ませながらハートを飛ばす。
「え~他のとこも気に入ってよぉ」 「はは‥それはどうかな」
静香は上目遣いをしながら、淳の顔を見つめて言葉を続けた。
「正直なとこさぁ、あたしらのこと‥ウザいと思ってんでしょ?
居候のくせに問題は起こすわ態度は大きいわ‥」
淳はゆるゆると静香の腕を解きながら、笑顔を浮かべてこう言う。
「二人のそういうところが気に入ってるよ」
そして淳は付け加えた。
「今のところは、」
と。
亮と淳もまた特別な間柄だった。
いつも孤高な淳に唯一気安く接する亮は、他とは一線を画した存在に見えた。
なんだかんだ言っても静香の心配をする亮と淳は、傍から見ると家族のようでもあった。
教室では今日も淳が人々に囲まれている。
その群れから少し離れた所で、ピアノ科専攻の男子生徒がその様子を見ていた。
彼は、昨日母親から言われたことを思い出していた。
そうだよ、青田会長だ。今回その方がお前を支援して下さるんだ。これでピアノを続ける事が出来るよ。
この恩は決して忘れちゃいけないよ。いつも感謝して努力し続けなさいね。
学校では青田会長の息子さんとも仲良くするんだよ。
彼は淳を中心に集っている群衆を見て、サバンナの動物のようだと感じていた。
孤高なライオンの周りを、様々な動物が囲んでいる。
彼はハイエナの群れを押しのけてでも、ライオンに話しかけようと意を決して声を出した。
淳は一瞬彼の方を向いたが、次の瞬間、男子学生は後ろから強い力で引っ張られた。
振り返ると、河村亮だった。
そのまま亮は彼を引きずって行った。売店に行くぞと言いながら。
買ったパンを持って非常階段に座ると、亮は彼と話を始めた。
高校3年になってもピアノ専攻をしている男子生徒は、亮と彼くらいだった。
しかし彼らは今まで一度もこうして話をしたことが無かったのだ。
仲良くなったところでライバルではあるが、改めてよろしくと亮は言った。
彼が名前を言わないので、亮は彼を「ピアノ」と呼び続けていたが。
ピアノ君は無邪気にパンに齧り付く亮を、じっとりとした視線で睨んだ。
いつも脚光を浴びている奴は、自分に当たる光が強すぎて周りが見えない。
こうして彼をずっと見ていたのに、おそらく亮はまるで気が付かなかったのだろう。
ピアノ君は目を伏せたが、気になることがあって亮に話しかけた。
「‥君はどうやって、青田君と親しくなったの?」
それを聞いた亮は、青筋を立てながらウンザリして言った。
「マジかよ!お前までそれ聞くのか?!気になってんなら自分で話かけろよ!」
亮はいつも自分を苛つかせる質問に対して、冷たく突き放した。
ピアノ君は目を丸くしている。
「普通に!」
「ただ普通に話しかけりゃいーんだよ!難しくなんてねーだろ?」
亮は他者を冷たく突き放す。話しかけたくても話しかけられないその葛藤を知ろうともせずに。
手に持った牛乳パックが、その圧力でへこんで行く‥。
ピアノ科の練習室では、ピアノ君がショパンのノクターンを弾いているところだった。
すると後ろから女連れの河村亮が話しかけて来た。
ショパンのノクターンはつまらないと言いながら。
シューベルトの方が良いと亮が言うと、後ろにいる女がどっちも同じに聞こえると言った。
「違ぇよ? 聴いてみて」
亮が鍵盤を叩くと、急に世界に色がついたようになった。
色鮮やかに響くシューベルト。
粗野に見える彼が奏でる音色は、不思議なほど繊細だった。
ピアノ君は席を立った。突然の彼の行動に亮は首を捻ったが、続けてされた女の子からの質問に、気安く答えた。
「ねぇ亮、聞きたいんだけど」
「何?」
「なんでそんなに上手にピアノが弾けるの?」
「え?質問ってそれ?」
亮は笑っていた。そして軽く答えた。
「普通に弾きゃあいいんだよ。普通に弾きゃあ」
何も躊躇わず、何の苦労も感じさせない表情で。
「普通」というフレーズが、耳に障る。
歪んだ牛乳パックは、高く振り上げられた。
場所は非常階段。
再び亮が彼を誘ってここに来たのだ。
亮の後ろで、彼がその歪んだ気持ちを今にもぶつけようとしていた。
それに気が付かない亮は、ぶつぶつと淳について周りから聞かれることについてまた文句を言っていた。
仲間同士つるんで固まって学校生活を送ることに辟易していた亮は、
同じ芸術家同士として、ピアノ君を振り返ってその是非を問うた。
振り上げられた手は、もう元に戻されていた。
青田淳の名前が、彼の衝動を止めた。
ピアノ君は何も言わなかったが、亮はいつも一人で居る彼を嫌ってはいなかった。
そしていつも人に囲まれる淳のことを、疲れる生き方だと言った。
常にヘラヘラ笑ってるマヌケ、とも。
「まぁなんだかんだ言っても、淳も俺と居る時が一番気楽なんじゃね」
そう言って笑う亮に、ピアノ君は何も言わなかった。
しかし淀んだ気持ちが、その瞳の中を揺蕩っていた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<亮と静香>高校時代(3)でした。
ピアノ君が弾いていたショパンのノクターンはこれかな?
辻井伸行 / ノクターン 第8番 変ニ長調 作品27の2
亮が弾いていたシューベルトはピアノソナタかな?
彼が弾くと空気が色付くみたいなので、ピアノソナタ「幻想」より。
シューベルト/ピアノ・ソナタ第18番「幻想」 第1楽章,D894,Op.78/今井顕
漫画に音楽が付くとまた違った印象を持てて、個人的にはとても好きです。
以前の「テンボル」も然り‥(笑)
<亮と静香>高校時代(4)へと続きます。
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静かな所で穏やかに、淳は静香の進路についての話をした。
「とにかく静香も自分の人生とか将来のこと、真剣に考えてごらん。亮ともケンカせずに、
あいつの話も聞いてやって」
静香は少し考えた後、淳はどうしたらいいと思うかと聞いてきた。
君の進路は君が決めるべきだと淳はハッキリ言った。
青田家が静香を支援するにしても、その方向性は静香が決めなければならないことだからだ。
「静香の人生に関する問題なんだよ。自分で決めなくちゃ。な?」
その真剣な眼差しに、静香は笑みが溢れた。
「淳に時々こうやって冷たく言われるの大好き!変に同情しないんだもん」
その不幸な境遇から、周りの人々から哀れまれ、同情されることが常だった彼女にとって、
淳は色眼鏡無しで見てくれる大事な存在だった。そんな静香に向かって、淳は優しく言葉を紡ぐ。
「静香のそういうとこ、面白いと思ってるよ。気に入ってる」
静香は淳に自分の腕を絡ませながらハートを飛ばす。
「え~他のとこも気に入ってよぉ」 「はは‥それはどうかな」
静香は上目遣いをしながら、淳の顔を見つめて言葉を続けた。
「正直なとこさぁ、あたしらのこと‥ウザいと思ってんでしょ?
居候のくせに問題は起こすわ態度は大きいわ‥」
淳はゆるゆると静香の腕を解きながら、笑顔を浮かべてこう言う。
「二人のそういうところが気に入ってるよ」
そして淳は付け加えた。
「今のところは、」
と。
亮と淳もまた特別な間柄だった。
いつも孤高な淳に唯一気安く接する亮は、他とは一線を画した存在に見えた。
なんだかんだ言っても静香の心配をする亮と淳は、傍から見ると家族のようでもあった。
教室では今日も淳が人々に囲まれている。
その群れから少し離れた所で、ピアノ科専攻の男子生徒がその様子を見ていた。
彼は、昨日母親から言われたことを思い出していた。
そうだよ、青田会長だ。今回その方がお前を支援して下さるんだ。これでピアノを続ける事が出来るよ。
この恩は決して忘れちゃいけないよ。いつも感謝して努力し続けなさいね。
学校では青田会長の息子さんとも仲良くするんだよ。
彼は淳を中心に集っている群衆を見て、サバンナの動物のようだと感じていた。
孤高なライオンの周りを、様々な動物が囲んでいる。
彼はハイエナの群れを押しのけてでも、ライオンに話しかけようと意を決して声を出した。
淳は一瞬彼の方を向いたが、次の瞬間、男子学生は後ろから強い力で引っ張られた。
振り返ると、河村亮だった。
そのまま亮は彼を引きずって行った。売店に行くぞと言いながら。
買ったパンを持って非常階段に座ると、亮は彼と話を始めた。
高校3年になってもピアノ専攻をしている男子生徒は、亮と彼くらいだった。
しかし彼らは今まで一度もこうして話をしたことが無かったのだ。
仲良くなったところでライバルではあるが、改めてよろしくと亮は言った。
彼が名前を言わないので、亮は彼を「ピアノ」と呼び続けていたが。
ピアノ君は無邪気にパンに齧り付く亮を、じっとりとした視線で睨んだ。
いつも脚光を浴びている奴は、自分に当たる光が強すぎて周りが見えない。
こうして彼をずっと見ていたのに、おそらく亮はまるで気が付かなかったのだろう。
ピアノ君は目を伏せたが、気になることがあって亮に話しかけた。
「‥君はどうやって、青田君と親しくなったの?」
それを聞いた亮は、青筋を立てながらウンザリして言った。
「マジかよ!お前までそれ聞くのか?!気になってんなら自分で話かけろよ!」
亮はいつも自分を苛つかせる質問に対して、冷たく突き放した。
ピアノ君は目を丸くしている。
「普通に!」
「ただ普通に話しかけりゃいーんだよ!難しくなんてねーだろ?」
亮は他者を冷たく突き放す。話しかけたくても話しかけられないその葛藤を知ろうともせずに。
手に持った牛乳パックが、その圧力でへこんで行く‥。
ピアノ科の練習室では、ピアノ君がショパンのノクターンを弾いているところだった。
すると後ろから女連れの河村亮が話しかけて来た。
ショパンのノクターンはつまらないと言いながら。
シューベルトの方が良いと亮が言うと、後ろにいる女がどっちも同じに聞こえると言った。
「違ぇよ? 聴いてみて」
亮が鍵盤を叩くと、急に世界に色がついたようになった。
色鮮やかに響くシューベルト。
粗野に見える彼が奏でる音色は、不思議なほど繊細だった。
ピアノ君は席を立った。突然の彼の行動に亮は首を捻ったが、続けてされた女の子からの質問に、気安く答えた。
「ねぇ亮、聞きたいんだけど」
「何?」
「なんでそんなに上手にピアノが弾けるの?」
「え?質問ってそれ?」
亮は笑っていた。そして軽く答えた。
「普通に弾きゃあいいんだよ。普通に弾きゃあ」
何も躊躇わず、何の苦労も感じさせない表情で。
「普通」というフレーズが、耳に障る。
歪んだ牛乳パックは、高く振り上げられた。
場所は非常階段。
再び亮が彼を誘ってここに来たのだ。
亮の後ろで、彼がその歪んだ気持ちを今にもぶつけようとしていた。
それに気が付かない亮は、ぶつぶつと淳について周りから聞かれることについてまた文句を言っていた。
仲間同士つるんで固まって学校生活を送ることに辟易していた亮は、
同じ芸術家同士として、ピアノ君を振り返ってその是非を問うた。
振り上げられた手は、もう元に戻されていた。
青田淳の名前が、彼の衝動を止めた。
ピアノ君は何も言わなかったが、亮はいつも一人で居る彼を嫌ってはいなかった。
そしていつも人に囲まれる淳のことを、疲れる生き方だと言った。
常にヘラヘラ笑ってるマヌケ、とも。
「まぁなんだかんだ言っても、淳も俺と居る時が一番気楽なんじゃね」
そう言って笑う亮に、ピアノ君は何も言わなかった。
しかし淀んだ気持ちが、その瞳の中を揺蕩っていた。
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<亮と静香>高校時代(3)でした。
ピアノ君が弾いていたショパンのノクターンはこれかな?
辻井伸行 / ノクターン 第8番 変ニ長調 作品27の2
亮が弾いていたシューベルトはピアノソナタかな?
彼が弾くと空気が色付くみたいなので、ピアノソナタ「幻想」より。
シューベルト/ピアノ・ソナタ第18番「幻想」 第1楽章,D894,Op.78/今井顕
漫画に音楽が付くとまた違った印象を持てて、個人的にはとても好きです。
以前の「テンボル」も然り‥(笑)
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