長らく目を閉じていた彼が瞼を開けると、そこには神妙な顔をした河村教授がこちらを見つめて沈黙していた。
河村教授は暫し彼のことをじっと見つめ続けていたが、フッと肩の力を抜くとこう言った。
「被害者意識のせいだね」

「え?」と彼は聞き返した。
今河村教授の口にした言葉の意味が、先ほど話した息子の話とどう繋がるのか見当もつかなかったからだ。
しかし河村教授は訂正することなく、そのまま言葉を続ける。
「君の息子は、極度な被害者意識でそのような行動を見せるんだろう。
周りがあまりにも彼に干渉するから、逆に自身が周辺を操作して変えようとするんだろうね」

被害者意識? と彼はその単語を口に出した。それは自身が息子に対して思っていたものとはかけ離れ、
そのチグハグなイメージが彼の頭を混乱させる。
「一種の妄想だよ。皆自分のことを奪っていくと勘違いするんだ」

しかし、と彼は河村教授に向かって発言した。
息子は裕福な家庭で何不自由なく育ってきたのに、なぜあのように欲を抱くのか分からないと。
「本当にそう思っているのかね?」

そんな彼に向かって、河村教授は更に神妙な表情でそう問うた。
彼は真剣な表情で頷く。彼には根拠があったのだ。
彼の息子は優秀で器量も良く、家でも学校でも問題を起こしたことさえない。
彼の息子を知る誰もが彼を可愛がったし、愛されています、と。
しかし河村教授は彼の話を聞いても、何も動じなかった。むしろ身を乗り出して、問い詰めるように言葉を続ける。
「”うちの子は何一つ不自由なく育ち問題もない、愛されている” どこの親もこう言うよ。
皆が君の息子を可愛がったって?皆とは一体誰だね?」

それは金を貰って彼の世話をする家政婦か?
お抱えの運転手?
幼い頃彼の面倒を見たベビーシッター?
それとも君と契約をしに来た事業者で、君の息子に優しくしてくれた中の誰か?
君の家と親交を深めようとする彼らの子供達?
一体、誰が?
「そう問い詰められると‥」

青田淳の父親は、河村教授からの質問に具体的には答えられなかった。
そして教授はその答えをも予測していたように頷くと、「単純なことだ」と言って、天を仰いだ。
「子供の目というのは恐ろしいものでね、彼らの”意図”をすぐに感じるんだ。
幼いが賢いし、鋭敏なのだよ」

彼の息子を取り巻く人々が、何を意図して近づいてくるのか。
”愛情”に似たものを目に宿して、どんな優しい言葉をかけてくるのか。
子供はすぐにそれがニセモノであると気づくという。笑顔の仮面をつけた人々の、欲望にまみれた本心を。
「‥‥‥‥」

彼は頬杖をつき、暫し沈黙した。裕福な家庭で育ってきた彼もまた、
河村教授の言う言葉の意味がよく分かったからだった。
「世間を見渡すと‥男女、貧富格差、世代差‥。
人は誰でも被害者意識を持っているよ。程度の差があるだけだろう」

人が人の間で暮らしている以上、それは避けては通れないことだ。
誰もが問題を抱えており、誰もが人と自分を比較して思い悩む。
しかし、「君の息子は特別その意識が強い」と教授は言った。
被害者意識が強力な為、受けただけ返さないと気の済まない性分なのだ、と。

淳の父は、頬杖をついた姿勢のまま尚も沈黙した。
反論の言葉が出かかるが、

しかしやはり口を噤んだ。
今更どんなことを話したって、結局今の状況は変わらないのだ。
彼は手で顔を覆いながら、深く息を吐いた。

しばらくの沈黙の後、彼は教授にこう問うた。
では私は、どうすれば良いのですか、と。
「あらゆる問題は家庭を通じて始まり、そして治るよ。
家族の絆の強さが一番大切だ」

教授はそう容易く彼に説くが、それは彼の家庭にとってはとても難しいことだった。
彼の妻‥つまり淳の母親は国際弁護士で海外出張が多く、そして彼自身も多忙極まる仕事をしていた。
この大きな企業を背負っていくにはそれはやむを得ないことであり、彼もそれを変えるつもりはなかった。
ただ空いた時間は最大限、息子と過ごすようにしていると彼は言った。
「それでも何かを試みなくては‥。ペットとか、兄弟とか‥」

教授は深く思案しながら、淳を救う方法を考え続けた。
兄弟のように気を許せる友達はいないのか、と続けて教授は彼に問う。
どんな間柄でもいい。何の打算も目的もなく、ただ互いのために気を掛け合える人が必要だと。
そういう思いを感じることこそが、なによりも今淳に必要なことなのだと。

彼は頭を抱えて黙り込んだ。
そういった間柄の人間を、誰一人として思い浮かべることが出来なかった。
「ペット‥兄弟‥」

教授は彼の呟きを聞きながら、喘鳴のかかる咳を幾度もしていた。
命のリミットがもうそこまで迫っている暗示の、不吉な咳を。
「兄弟か‥」

青田淳の父親は、そう言ったきり黙り込んだ。
答えの出ぬまま二人は別れ、そしてそれが今生の別れとなった。
心に引っかかったままの”兄弟”に突き動かされるように、そして彼は二人を引き取る。

そうして淳と河村姉弟の物語は、始まったのだ‥。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<父の相談>でした。
一つ疑問が‥。
ここで河村教授があの額縁事件を知っていましたが、あの事件はそもそも教授が亡くなった後で起こったものだったんじゃ??

↑額縁事件の前に、教授が亡くなってしんみりしてる裏目氏なのに‥。
これは作者さんのミスなのか、それとも裏目氏の脳内相談なのか‥謎でした‥^^;
↑こちら修正されました~。今現在は、額縁事件のことには書いてありません。あしからず‥。
人気ブログランキングに参加しました
人気ブログランキングへ
引き続きキャラ人気投票も行っています~!
河村教授は暫し彼のことをじっと見つめ続けていたが、フッと肩の力を抜くとこう言った。
「被害者意識のせいだね」

「え?」と彼は聞き返した。
今河村教授の口にした言葉の意味が、先ほど話した息子の話とどう繋がるのか見当もつかなかったからだ。
しかし河村教授は訂正することなく、そのまま言葉を続ける。
「君の息子は、極度な被害者意識でそのような行動を見せるんだろう。
周りがあまりにも彼に干渉するから、逆に自身が周辺を操作して変えようとするんだろうね」

被害者意識? と彼はその単語を口に出した。それは自身が息子に対して思っていたものとはかけ離れ、
そのチグハグなイメージが彼の頭を混乱させる。
「一種の妄想だよ。皆自分のことを奪っていくと勘違いするんだ」

しかし、と彼は河村教授に向かって発言した。
息子は裕福な家庭で何不自由なく育ってきたのに、なぜあのように欲を抱くのか分からないと。
「本当にそう思っているのかね?」

そんな彼に向かって、河村教授は更に神妙な表情でそう問うた。
彼は真剣な表情で頷く。彼には根拠があったのだ。
彼の息子は優秀で器量も良く、家でも学校でも問題を起こしたことさえない。
彼の息子を知る誰もが彼を可愛がったし、愛されています、と。
しかし河村教授は彼の話を聞いても、何も動じなかった。むしろ身を乗り出して、問い詰めるように言葉を続ける。
「”うちの子は何一つ不自由なく育ち問題もない、愛されている” どこの親もこう言うよ。
皆が君の息子を可愛がったって?皆とは一体誰だね?」

それは金を貰って彼の世話をする家政婦か?
お抱えの運転手?
幼い頃彼の面倒を見たベビーシッター?
それとも君と契約をしに来た事業者で、君の息子に優しくしてくれた中の誰か?
君の家と親交を深めようとする彼らの子供達?
一体、誰が?
「そう問い詰められると‥」

青田淳の父親は、河村教授からの質問に具体的には答えられなかった。
そして教授はその答えをも予測していたように頷くと、「単純なことだ」と言って、天を仰いだ。
「子供の目というのは恐ろしいものでね、彼らの”意図”をすぐに感じるんだ。
幼いが賢いし、鋭敏なのだよ」

彼の息子を取り巻く人々が、何を意図して近づいてくるのか。
”愛情”に似たものを目に宿して、どんな優しい言葉をかけてくるのか。
子供はすぐにそれがニセモノであると気づくという。笑顔の仮面をつけた人々の、欲望にまみれた本心を。
「‥‥‥‥」

彼は頬杖をつき、暫し沈黙した。裕福な家庭で育ってきた彼もまた、
河村教授の言う言葉の意味がよく分かったからだった。
「世間を見渡すと‥男女、貧富格差、世代差‥。
人は誰でも被害者意識を持っているよ。程度の差があるだけだろう」

人が人の間で暮らしている以上、それは避けては通れないことだ。
誰もが問題を抱えており、誰もが人と自分を比較して思い悩む。
しかし、「君の息子は特別その意識が強い」と教授は言った。
被害者意識が強力な為、受けただけ返さないと気の済まない性分なのだ、と。

淳の父は、頬杖をついた姿勢のまま尚も沈黙した。
反論の言葉が出かかるが、

しかしやはり口を噤んだ。
今更どんなことを話したって、結局今の状況は変わらないのだ。
彼は手で顔を覆いながら、深く息を吐いた。

しばらくの沈黙の後、彼は教授にこう問うた。
では私は、どうすれば良いのですか、と。
「あらゆる問題は家庭を通じて始まり、そして治るよ。
家族の絆の強さが一番大切だ」

教授はそう容易く彼に説くが、それは彼の家庭にとってはとても難しいことだった。
彼の妻‥つまり淳の母親は国際弁護士で海外出張が多く、そして彼自身も多忙極まる仕事をしていた。
この大きな企業を背負っていくにはそれはやむを得ないことであり、彼もそれを変えるつもりはなかった。
ただ空いた時間は最大限、息子と過ごすようにしていると彼は言った。
「それでも何かを試みなくては‥。ペットとか、兄弟とか‥」

教授は深く思案しながら、淳を救う方法を考え続けた。
兄弟のように気を許せる友達はいないのか、と続けて教授は彼に問う。
どんな間柄でもいい。何の打算も目的もなく、ただ互いのために気を掛け合える人が必要だと。
そういう思いを感じることこそが、なによりも今淳に必要なことなのだと。

彼は頭を抱えて黙り込んだ。
そういった間柄の人間を、誰一人として思い浮かべることが出来なかった。
「ペット‥兄弟‥」

教授は彼の呟きを聞きながら、喘鳴のかかる咳を幾度もしていた。
命のリミットがもうそこまで迫っている暗示の、不吉な咳を。
「兄弟か‥」

青田淳の父親は、そう言ったきり黙り込んだ。
答えの出ぬまま二人は別れ、そしてそれが今生の別れとなった。
心に引っかかったままの”兄弟”に突き動かされるように、そして彼は二人を引き取る。

そうして淳と河村姉弟の物語は、始まったのだ‥。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<父の相談>でした。
ここで河村教授があの額縁事件を知っていましたが、あの事件はそもそも教授が亡くなった後で起こったものだったんじゃ??

↑額縁事件の前に、教授が亡くなってしんみりしてる裏目氏なのに‥。
これは作者さんのミスなのか、それとも裏目氏の脳内相談なのか‥謎でした‥^^;
↑こちら修正されました~。今現在は、額縁事件のことには書いてありません。あしからず‥。
人気ブログランキングに参加しました


