

それから二人は久しぶりのデートを楽しんだ。
共に同じ絵を見て感想を言い合ったり、各々の意見を口にしたりした。
互いの視点は勉強にもなるし、刺激にもなる。
駐車場に向かう二人は、経済学科の精鋭よろしく、話題の企業のことについて会話していた。
さすが一流大学の首席と次席。彼らの視点は鋭く、そしてその頭脳はやはり優秀だ。
「つまり選択ミスなんですよね。ブルーオーシャンは単純にニッチ市場を意味するだけじゃないですからね」
「確かにD社は問題が見えるね」
「みんな具体例を挙げず、抽象的な話ばかりしているんですよ」

「やっぱりそう思う?目の前の利益よりは長期スパンで考えるべきなのに」
「今回のoo日報の記事読みましたか? XX日報と世論調査の結果が全然違ったんですよ」
「質問項目が同じだったのに?ずいぶん偏った回答者の選び方をしたんだね」

「もうだめです!先輩、私と会社やりましょ!」
「本当に? 何の会社にする?」
「うーん‥流通とか?」
そして二人は”青田赤山カンパニー”を仮想して盛り上がった。
同じ学科の二人だからこそ楽しめるその会話は、尽きることはない‥。

その後二人はカフェに移動し、お茶をしながら会話をした。
話題は携帯電話のことだ。
「スマホなのにゲーム入ってないんですか?聡美がやってるの面白かったですよ」

彼は「あんまり興味無くて」と言った。先輩の携帯電話にはゲームアプリは入ってないらしい。
雪の携帯は時代遅れの代物のため、ネットも出来るスマホはやはり魅力的だ。
「雪ちゃんもスマホにしようよ。通話とメールで料金だって結構いくんじゃない?」

雪は頷いたが、やはり基本料金が高いのが引っかかってると頭を掻いた。
先輩は「俺とカップル割しようよ」と彼女に提案するが、雪には雪の言い分があるようだ。
「うーん‥でもどうせ先輩からはあんまり連絡ないし、メールも通知式ばっかだしなぁ」

雪は普段の先輩からのメールで不満に思っていたことを口にした。
「”ゆっくり休んでね”、”おやすみ”、”今日一日がんばれよ”
それで返信出来ますか?言い返す余地を残してくれなくちゃ」

突然のダメ出しに淳が目を丸くする。
不満気な彼女につられるように、淳もまた常日頃の不服を口に出した。
「雪ちゃんもハイハイ言うだけじゃない。もっと早く言ってよ」

二人は互いに拗ねて口を尖らせた。子供みたいに言い合いする。
「今言ってるでしょ?」 「じゃあ俺も今から言えばいいだろ」

ムーッと膨れた二人が顔を見合わせる。

やがて彼がフッと笑い、彼女がプッと小さく吹き出す。


二人の仲は今までにないほど温かで、そして気安かった。
夜の帳が下りるまで、そのまま二人はこの調子でふざけ合う‥。

ようやく雪の家の前に着いた時には、すっかり日も暮れてしまっていた。
二人は互いに顔を見合わせては、少し照れたように笑う。


雪がその雰囲気に浸っていると、先輩が家の方を見ながら口を開いた。
「家はいつ頃引き払うの?」

雪は「夏休みが終わるまでです」と答えた。先輩が「もうすぐだね」と返答する。
そう、夏休みももう終わるのだ。
雪は感慨深そうに、晩夏の空気の中で口を開く。
「はい、もう終わりなんですね‥。一人暮らしも、塾も、夏休みも‥」

すると雪はあることを思い出して、突然声を上げてカバンの中を探り出した。
淳は疑問符を飛ばしながら彼女の行動を見守る。

そして雪はカバンから小さな箱を取り出すと、
それを彼に差し出した。

「え?これって‥?」と言って箱を受け取る淳に、雪は少し落ち着かない様子で口を開く。
「前に先輩が買おうとしたけど、現金が足りなくて買えなかった時計です。
一昨日チラッと寄って買ったんですが‥渡すかどうか悩んで‥へへ」

淳は蓋に手を掛けながら、彼女に聞いた。
「開けていい?」

どーぞ、と雪は決まり悪そうに言った。少し照れ隠しも含んだ表情で。
そして箱を開けた先輩は、その時計を見て嬉しそうな笑みを浮かべた。

その顔を見て、雪が照れくさそうに少し笑う。

先輩は今まで付けていた腕時計を外すと、雪に向かって手を伸ばした。
「はい」

雪は少しぎこちなくも、彼の腕に時計を付けてあげた。
新しい腕時計をかざして見る彼が、「わぁ」と子供のように声を上げる。

そして彼は雪に近づくと、その長い腕を彼女の両肩にもたれかけながら微笑んだ。
「ありがとう」

突然の接近に雪は動揺しながら、「いいえ‥」と返す。
先輩はもっと彼女に近付きながら、もう一度「ありがとう」と言った。

「分かりましたから‥」と雪が恥ずかしそうに口を開く。
彼は嬉しそうに彼女を抱きしめ、密着した。
「プフフ‥」

思わず吹き出す先輩に、雪が「先輩なんか変な笑い方しますね?」とツッコむが、
彼はお構いなしにまた近づいた。
先輩が背を屈めて、雪の顔を覗きこむ。
二人の前髪が触れ合って、おでことおでこが引っ付いた。
「だ‥だから‥」

雪はどうしていいか分からず視線を下に向けた。目の前に先輩の顔がある。
もっと彼が彼女に近づこうとした瞬間、通りの向こうで声がした。
パッ!

弾かれるように身を離す雪と先輩。
雪は顔を真っ赤にしながら、手で自らを煽いだ。
「あ、あっついですね!暑い暑い!!夏が終わってない!」

ウハハと大きな声を上げて笑う雪に、
先輩が微笑みながら「そうだね」と言った。

その後も雪はわざと大きな声で笑いながら、暑い暑いと繰り返した。
まだ夏は去って行かない。その証拠にこんなにも熱が宿る。
隣で笑顔を浮かべる彼と、あと少し残った季節を過ごしていく‥。

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<終わらない夏>でした。
トキメキですね~~~(^0^)
先輩の嬉しそうな顔ったら‥。ちなみに雪ちゃんが時計を買ったのは、一昨日の塾の前だと推測されます。

↑「珍しく遅刻?」と聞く亮に、「ちょっと寄り道してて」と雪ちゃん。きっと露店に寄っていたんでしょうね~。
次回は<不在のはずの隣室>です。
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