酒もすすんで、皆だんだんと打ち解けてきた。
初対面だった面々も徐々に心を開き始める。そんな中亮が、今の現状を嘆き出した。
「しっかし何で近頃はどんなバイトしようにもまずスペック聞かれんのかね~?
休学生だけバイトしろって言ってるよーなもんよ」
既に亮は新しいバイト先を何件かあたってみたらしいが、高校中退で身元の保証もない亮は履歴書の時点ではじかれたようだ。
亮が現実の厳しさを嘆いていると、”バイト”に反応して太一が口を開いた。(口は相変わらずモグモグしているが)
「バイトっすか?俺もそろそろ見つけないとヤバイんすよね~。なかなかムズいっすよネ」
太一の発言に、聡美が「休みの時にやれ休みの時に」とツッコミを入れる。
太一の話によると、都心でも郊外でも時給の高いバイトをしようと思ったら学歴などが重視され、
雇用されるのもなかなか難しいという話だった。
そんな話を聞きながら、雪は思うところあって様子を窺う。
するとその話の中に突如蓮が入ってきた。ニコニコ笑顔を浮かべながら、一つ提案をする。
「バイトっすか?家の店バイト募集中っすけど」
良かったらバイトします? と蓮がみなまで言い終わらない内に、若干二名が挙手して蓮に詰め寄った。
「俺ッ!」「オレやる!」
幾分太一の方が亮よりも早く手を上げたのだが、亮は凄まじい眼力を太一に送った。
睨まれた太一は思わず白目である。
太一はそのままボソボソと「あ‥止めます‥雪さんの家超遠いから‥だから‥」と呟いて目を逸らした。
亮はそんな太一にお構いなしに、「どんなバイト?!店ってどこにあんの?!」と言って興味津々だ。
雪がふと先輩を窺うと、微動だにしないまま事態の展開を眺めていた。
マズイ、と思った雪は蓮に向かって話掛ける。
「あ‥あのその話はまた今度‥」
何とか話を逸そうとする雪だが、そんな姉の思惑に気づかぬ弟は亮に向かって続けた。
「ちょっと遠いけど、交通アクセス良いから楽勝っすよ。亮さんバイトします?
やっぱ見ず知らずの人雇うより信頼出来ますからね。ウエルカムっすよ!」
蓮の言葉に、亮は二つ返事で了承した。続けて蓮は家の店について亮に説明し始める。
店は麺屋で、そんなに広くはないけれどお客さんは多いこと、町内は静かで綺麗で、一人暮らし向けの物件も多いこと‥。
亮は都内でなければ問題ないと言い、時給のことなど蓮に尋ね始めた。アレヨアレヨという間に物事が決まっていく。
チラッと窺った先輩の表情は固かった。その表情がどんな意味を持つのか察した雪は、
弁解するように彼に向かって話し掛ける。
「こ‥こんなことに‥あの‥」
タジタジする雪を見て、淳は先ほどの彼女の表情を真似るようにして息を吐いた。
「いいんじゃない。しょうがないでしょ」
太一から秋から通学が大変ですねと言われたこの彼女と、台詞も同じだ。
しょうがないでしょ
雪は気まずい思いが胸を過るのを感じながら、頭を抱えた。
そんなに気を遣わないでと言う先輩の言葉に、返事をすることなく俯く。
そんな雪に、聡美が思いついたように話しかけて来た。話題は町内を騒がせている変態の話だ。
「ねぇ雪、あのキモイ変態野郎、まだ捕まらないんだって?」
雪が頷くと、聡美は最悪、と言って顔を顰めた。夏休みの始まりの頃、大学の裏門側にあった聡美のアパートも侵入され、
下着をしこたま盗まれた‥。
結局変態は夏休みが終わる今も捕まることなく、逆に大学の正門側にまで被害を及ぼしている。
大学周辺を騒がした変態の話題は、この六人全員が知っているホットニュースだ。皆思い思いのことを口に出す。
「常習犯!」 「下着泥棒?」 「怪盗下着マン?」 「何すかそれウケるww」
そして皆が会話している最中、亮は一人ニヤリと笑いながらとある細工をしていた。
運ばれて来た生中に、卓上に置かれていた塩を入れているのだ。
そんなことにはお構いなしに、続けて先輩が口を開く。
「だけど一番危険なのは、段々と被害の程度がエスカレートしてるってことだよ。
最近は女性に対して直接被害を与えているだろう?」
先輩の言葉に聡美が同意した。
「その通りですよ!雪の家の前の女性も不幸中の幸いよ!何もなくて。今度は何しでかすか!」
熱弁する聡美に皆が気を取られている隙に、亮は塩入りビールを気づかれないよう淳の前に置いた。
クックックと可笑しそうに笑いを噛み殺す亮に構わず、先輩は続ける。
「歯向かうと男には容赦無いみたいだよ。遠藤さん以外にも殴られた人がいるらしい。
だから男女関係なく、皆が気をつけないと」
背を丸めて笑う亮に気づかれないよう、淳は塩入りビールをスッと亮の前に戻した。
変態の噂を聞いて身を縮こまらせていた面々だが、やがて蓮がニッコリ笑ってこう言った。
「ま、もう大丈夫っすよ。だって引っ越しますしね!」
その蓮の一言が契機になって、六人はもう一度乾杯しようと各々杯を手に持った。
立ち上がった聡美が、威勢よく音頭を取る。
「雪の引っ越し祝いに!」 「えっ?!何で?!」
目の飛び出た雪に構わず、それぞれが乾杯と口に出した。通学3時間半に乾杯!と誰かがおどけて言うと、
雪がまた「だから何でって!」とツッコんだり。
そんな中、知らぬ内に戻って来た塩入りビールに口を付けた亮が盛大に吹いていた。
何だこりゃといきなり叫び出す亮に疑問符を浮かべる皆と、ニヤリと笑う淳‥。
飲み会はなんだかんだと賑やかに進行していた。
笑い声や怒鳴り声が、居酒屋の喧噪に溶けていく。
その頃雪の家では、以前大家の孫が直してくれた網戸が破られ、男に侵入されていた。
荷造りの済んだ段ボールは棒でめった打ちにされ、四方八方に中身が飛び出る。
ドン、ドン、と棒で荷物を破壊していく音が外にも響いていた。
しかし町内には誰もおらず、その音に気づく人間もいない。
やがて男はマスク越しに息を吐くと、ガッカリしたようにポツリと言った。
「あーあ‥収穫なしかぁ‥」
髪を染めたその男は、不気味な細い目を更に細めて嘆いていた。
色々あった夏の終わりに、史上最悪な出来事が待ち構えていた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<六人で円卓を(2)>でした。
先輩なぜ塩入りビールに気付いた‥?!やはりエスパーなのでしょうか(^^;)
どこまでもやられっぱなしの亮が気の毒‥
そして最後は変態が‥!あんな小さなトイレの窓からどうやって入ったんでしょう‥エ◯パー伊藤なみの伸縮率?!
次回は<鉢合わせ>です。
人気ブログランキングに参加しました
人気ブログランキングへ
引き続きキャラ人気投票も行っています~!