塾長からクビを言い渡された亮は、今までの荷物をまとめ、職場の仲間達に挨拶をした。
すると外国人講師達は涙を流しながら亮との別れを惜しみ出した。その雰囲気たるや、若干亮が引くほどだ。
「トーマス~!アイウィルミッシュー!知らせてくだサイ、フォンナンバー!フレンドシップ続けるネ!?」
涙のみならず鼻水まで垂らして亮を追う講師に辟易した亮に、雪が声を掛けた。
「河村氏!ここでしたか!」
雪の姿を目にした亮は、これ幸いと彼女に駆け寄った。
「ダメージヘア~!」
亮は、「オレこいつと話すことあっから」と言って、
その場からさっさと退散した。
いつもと違う態度の亮に、雪は若干引き気味である。
二人はそのまま人目の付かない非常階段まで来ると、亮はいつもの調子で愚痴り出した。
「ったく‥ただ辞めるだけで今生の別れみたいな態度取りやがって‥」
そんな亮を見上げながら、雪は申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
さっきはありがとうございました、と遠慮がちに口を開く。
「‥ところで、大丈夫でした?あの人達からもしかして何か‥」
あの金髪男と仲間達のことだ。
先ほど執務室にて、亮に向かって「逃げれば即通報する」と息巻いていたのだ‥。
亮は眉をひそめながらその顛末を説明した。
一応彼らのことを部屋の外で待っていたが、金髪男達は亮と共に彼らを待っていた外国人講師達にやいのやいの言われ、
結局そのまま塾の外へすっ飛んで行ったらしい。
とにかくつまんねー奴らだ、と言って亮は唇を尖らせた。
雪は申し訳無さそうに頷くと、気を咎めていることを口に出した。
「それでも‥塾をこんな形で‥私のせいで‥」
そんな雪に対して、亮はあっけらかんと「気にすんな」と言った。
どうせ辞めるつもりだったんだから、とまるで雪を責める気はないようだ。
「にしても、お前ってマジ危なっかしいな!」
亮は雪が引き起こした事件に呆れ顔である。亮は苦い表情で、彼女に対して訓戒を垂れる。
「大の男に無鉄砲に向かって行きやがって‥殴られでもしたらどーすんだコラ」
そんな亮に対して、雪は正直な気持ちを語った。あんまりにも腹が立ったから、と。
「自分なりに覚悟して飛びかかって行ったんです。とことんやってやれと思って‥」
続けて雪は、「私はこう見えてずる賢い人間ですよ」とカミングアウトした。
相手の出方を見て攻撃したし、ギャラリーが大勢いることも計算して喧嘩を吹っかけた、とも。
亮はタジタジしながら雪の話を聞き、そして彼女の賢明さに感嘆した。そして温和な態度でまた釘を刺した。
「まぁお前の頭の良さには脱帽だけどよ、もう塾にオレはいねーんだから、
二度とこんなことすんじゃねーぞ? 分かったか?」
”もう塾に河村氏はいない”
そのことが、雪の心に実感として響いた。心の中に空いた穴から、ヒュウヒュウと風が吹き込んでくる。
雪は俯きながら、口を開いた。
「‥河村氏、本当にこのまま行っちゃうんですか?」
雪の脳裏に、塾での風景の数々が思い浮かんだ。
そのどの場面にも、河村氏の姿はあった。
彼は時に憎らしかったが、時に頼もしかった。
いつの間にか雪にとって亮は、居て当たり前の存在になっていた‥。
「本当に明日からいなくなっちゃうんですか?」
淋しげにそう問う雪の表情を見て、亮まで彼女の気分が移って微妙な気持ちになった。
頭を掻きながら問いに答える。
「まぁ‥いなくなるしかねーんじゃん?辞めて切られての2連打コンボだしな」
雪は「これからどこへ行くのか」と亮に尋ねた。この近所で仕事を探すのかと。
亮は「まだ分からない」と答えた。元々引っ越しもするつもりで、この地域から出て行くのは確実だと。
とりあえず塾を辞めるのは決定事項、と亮が言うと、雪は寂しそうに頷いた。
そんな彼女を見て、亮はいつもの調子で彼女をからかう。
「おいおいどーしたよ、寂しくなっちゃった?パーフェクト河村氏がいなくなるのが‥」
いつもなら声を荒らげて反論する雪だが、今の彼女は素直に頷いた。
眉を下げて俯く雪を目の前にして、亮の心が軽く騒ぐ。
亮はわざと明るい笑顔を浮かべると、俯く雪に笑いかけた。
「どーした?子供みてぇに‥。人間はなぁ、本来出会いと別れを繰り返して生きる生き物なわけよ。
永遠の関係なんてのは存在しねーんだ。な?」
まるで小さな子どもに言い聞かせるように諭す亮に、雪は正直な気持ちを口に出した。
「それでもこういう形で終わりだなんて‥。何だか後味悪くって‥」
そう言って俯く雪に、暫し亮はどう言葉を掛けようか思案していたが、
不意に思いついた提案を、彼女に向かって口に出した。
「ならこうしようぜ。引っ越し前まではケー番変えねーから、先にお前が連絡するかオレが連絡するかでどーよ?」
続けて亮は、そんなに別れが惜しければ今までの恩を返しやがれと言って、意地悪く笑った。
別れの瞬間までもいつも通りの彼。そんな日常が今日ここで終わるということが、雪は寂しかった。
そんな雪の表情を見て、亮はフッと笑った。
そしてキャップを取り出してそれを被ると、「じゃあな」と最後に声を掛ける。
さようなら、と言う雪の方を見て、亮は笑った。
親しみを感じるその笑みを、彼女に向ける。
亮は雪に背を向けると、そのまま歩いて行ってしまった。
その後ろ姿を見て、雪は心の襞をめくる風を感じた。
また、去って行ってしまう
心の中に、呟きが落ちる。
それは風の出入口に、ひっそりと吸い込まれていく。
みゆきちゃんも、河村氏も、私の前からいなくなってしまった。
人と人との関係はいつだって、こんな風に曖昧にぼやけていってしまう
まさに、心の中にぽっかりと穴が空く、という感じだった。
脳裏には亮の姿が浮かぶ。
第一印象は最悪だったけど、気楽に話せる数少ない相手だったのに‥
人一倍気ぃ遣いの雪が、気楽に話せる相手‥。
萌奈、聡美‥それは数えるほどしかいないが、その内の一人に、いつのまにか亮はなっていた。
元々狭い人間関係が、もっと狭くなっていく感じ‥。
それに漠然とした不安を覚える
出会って、会話して、分かり合って、信頼する‥。
人との関係を育むのは時間がかかるのに、別れはこんなにもあっけなく、そして予想外にやって来る。
不器用な雪にとって出会いと別れというものは、本当に一筋縄ではいかないことだ。
塾から出た雪は、聡美と電話しながら夜の街を歩いた。
塾は辞めないよ、と雪は聡美に言った。試験を受けて成績が出たら、約束していた旅行に行こうね、とも。
ひと通り聡美への報告が済むと、今度は先輩に電話をかけた。今日の出来事を説明する。
彼女を心配してくれる、彼女の周りの人達。
雪は彼らに丁寧に語り、誠実に向き合った。手の届くところしか人間関係が築けない彼女の、それは精一杯の思いやりだった。
彼女の声が、街の喧噪に溶けていく。
ネオンの光でぼんやりと明るい都会の夜空に、それは柔らかく吸い込まれていく‥。
翌朝、SKK学院塾の前で男の絶叫が響いた。
「クソッたれ!亮の奴一体いつ辞めやがった?!」
亮の元職場の社長が、塾を訪れたのである。亮の退職を聞いた後、カンカンで塾の前の通りを歩く。
前もって自分が来ることを知っていたんじゃないか、とこぼす社長に、亮に社長の上京を知らせた張本人は顔面蒼白だ。
もう都内にはいないんじゃないですかね、と元同僚の男が社長に言うと、社長は拳を固めた。
俺を侮辱しやがって‥とメラメラ炎を燃やす社長の後ろで、元同僚が息を飲む。
しかしこれ以上亮を追う手掛かりもないということで、とりあえず二人はこの場を後にすることになった。
いつか絶対捕まえる、と意気込む社長は、さしずめルパンを追う銭形といったところか‥。
そして事態は収拾し、これにて一件落着だ。
寂しさを感じようとも危機を逃れようとも、誰の身の上にも出会いと別れは繰り返し、陽はまた昇るを繰り返す‥。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<彼とのさよなら>でした。
亮が塾を辞めてしまった~(T T)あのモップを掛ける姿、好きだったとです‥。
しかし人間関係における亮の哲学といいますか、すごく悟ってますよね、彼。一匹狼気質なんだなぁと感じます。
素直な雪ちゃんも何だか可愛い、別れは寂しいけれどどこか好きな回でした。
あ~ついに記事も今週の日本語版まで追いついてきましたね‥あと僅かで追い抜きます‥T T 不安‥。
次回は<男の不審点>です。
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すると外国人講師達は涙を流しながら亮との別れを惜しみ出した。その雰囲気たるや、若干亮が引くほどだ。
「トーマス~!アイウィルミッシュー!知らせてくだサイ、フォンナンバー!フレンドシップ続けるネ!?」
涙のみならず鼻水まで垂らして亮を追う講師に辟易した亮に、雪が声を掛けた。
「河村氏!ここでしたか!」
雪の姿を目にした亮は、これ幸いと彼女に駆け寄った。
「ダメージヘア~!」
亮は、「オレこいつと話すことあっから」と言って、
その場からさっさと退散した。
いつもと違う態度の亮に、雪は若干引き気味である。
二人はそのまま人目の付かない非常階段まで来ると、亮はいつもの調子で愚痴り出した。
「ったく‥ただ辞めるだけで今生の別れみたいな態度取りやがって‥」
そんな亮を見上げながら、雪は申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
さっきはありがとうございました、と遠慮がちに口を開く。
「‥ところで、大丈夫でした?あの人達からもしかして何か‥」
あの金髪男と仲間達のことだ。
先ほど執務室にて、亮に向かって「逃げれば即通報する」と息巻いていたのだ‥。
亮は眉をひそめながらその顛末を説明した。
一応彼らのことを部屋の外で待っていたが、金髪男達は亮と共に彼らを待っていた外国人講師達にやいのやいの言われ、
結局そのまま塾の外へすっ飛んで行ったらしい。
とにかくつまんねー奴らだ、と言って亮は唇を尖らせた。
雪は申し訳無さそうに頷くと、気を咎めていることを口に出した。
「それでも‥塾をこんな形で‥私のせいで‥」
そんな雪に対して、亮はあっけらかんと「気にすんな」と言った。
どうせ辞めるつもりだったんだから、とまるで雪を責める気はないようだ。
「にしても、お前ってマジ危なっかしいな!」
亮は雪が引き起こした事件に呆れ顔である。亮は苦い表情で、彼女に対して訓戒を垂れる。
「大の男に無鉄砲に向かって行きやがって‥殴られでもしたらどーすんだコラ」
そんな亮に対して、雪は正直な気持ちを語った。あんまりにも腹が立ったから、と。
「自分なりに覚悟して飛びかかって行ったんです。とことんやってやれと思って‥」
続けて雪は、「私はこう見えてずる賢い人間ですよ」とカミングアウトした。
相手の出方を見て攻撃したし、ギャラリーが大勢いることも計算して喧嘩を吹っかけた、とも。
亮はタジタジしながら雪の話を聞き、そして彼女の賢明さに感嘆した。そして温和な態度でまた釘を刺した。
「まぁお前の頭の良さには脱帽だけどよ、もう塾にオレはいねーんだから、
二度とこんなことすんじゃねーぞ? 分かったか?」
”もう塾に河村氏はいない”
そのことが、雪の心に実感として響いた。心の中に空いた穴から、ヒュウヒュウと風が吹き込んでくる。
雪は俯きながら、口を開いた。
「‥河村氏、本当にこのまま行っちゃうんですか?」
雪の脳裏に、塾での風景の数々が思い浮かんだ。
そのどの場面にも、河村氏の姿はあった。
彼は時に憎らしかったが、時に頼もしかった。
いつの間にか雪にとって亮は、居て当たり前の存在になっていた‥。
「本当に明日からいなくなっちゃうんですか?」
淋しげにそう問う雪の表情を見て、亮まで彼女の気分が移って微妙な気持ちになった。
頭を掻きながら問いに答える。
「まぁ‥いなくなるしかねーんじゃん?辞めて切られての2連打コンボだしな」
雪は「これからどこへ行くのか」と亮に尋ねた。この近所で仕事を探すのかと。
亮は「まだ分からない」と答えた。元々引っ越しもするつもりで、この地域から出て行くのは確実だと。
とりあえず塾を辞めるのは決定事項、と亮が言うと、雪は寂しそうに頷いた。
そんな彼女を見て、亮はいつもの調子で彼女をからかう。
「おいおいどーしたよ、寂しくなっちゃった?パーフェクト河村氏がいなくなるのが‥」
いつもなら声を荒らげて反論する雪だが、今の彼女は素直に頷いた。
眉を下げて俯く雪を目の前にして、亮の心が軽く騒ぐ。
亮はわざと明るい笑顔を浮かべると、俯く雪に笑いかけた。
「どーした?子供みてぇに‥。人間はなぁ、本来出会いと別れを繰り返して生きる生き物なわけよ。
永遠の関係なんてのは存在しねーんだ。な?」
まるで小さな子どもに言い聞かせるように諭す亮に、雪は正直な気持ちを口に出した。
「それでもこういう形で終わりだなんて‥。何だか後味悪くって‥」
そう言って俯く雪に、暫し亮はどう言葉を掛けようか思案していたが、
不意に思いついた提案を、彼女に向かって口に出した。
「ならこうしようぜ。引っ越し前まではケー番変えねーから、先にお前が連絡するかオレが連絡するかでどーよ?」
続けて亮は、そんなに別れが惜しければ今までの恩を返しやがれと言って、意地悪く笑った。
別れの瞬間までもいつも通りの彼。そんな日常が今日ここで終わるということが、雪は寂しかった。
そんな雪の表情を見て、亮はフッと笑った。
そしてキャップを取り出してそれを被ると、「じゃあな」と最後に声を掛ける。
さようなら、と言う雪の方を見て、亮は笑った。
親しみを感じるその笑みを、彼女に向ける。
亮は雪に背を向けると、そのまま歩いて行ってしまった。
その後ろ姿を見て、雪は心の襞をめくる風を感じた。
また、去って行ってしまう
心の中に、呟きが落ちる。
それは風の出入口に、ひっそりと吸い込まれていく。
みゆきちゃんも、河村氏も、私の前からいなくなってしまった。
人と人との関係はいつだって、こんな風に曖昧にぼやけていってしまう
まさに、心の中にぽっかりと穴が空く、という感じだった。
脳裏には亮の姿が浮かぶ。
第一印象は最悪だったけど、気楽に話せる数少ない相手だったのに‥
人一倍気ぃ遣いの雪が、気楽に話せる相手‥。
萌奈、聡美‥それは数えるほどしかいないが、その内の一人に、いつのまにか亮はなっていた。
元々狭い人間関係が、もっと狭くなっていく感じ‥。
それに漠然とした不安を覚える
出会って、会話して、分かり合って、信頼する‥。
人との関係を育むのは時間がかかるのに、別れはこんなにもあっけなく、そして予想外にやって来る。
不器用な雪にとって出会いと別れというものは、本当に一筋縄ではいかないことだ。
塾から出た雪は、聡美と電話しながら夜の街を歩いた。
塾は辞めないよ、と雪は聡美に言った。試験を受けて成績が出たら、約束していた旅行に行こうね、とも。
ひと通り聡美への報告が済むと、今度は先輩に電話をかけた。今日の出来事を説明する。
彼女を心配してくれる、彼女の周りの人達。
雪は彼らに丁寧に語り、誠実に向き合った。手の届くところしか人間関係が築けない彼女の、それは精一杯の思いやりだった。
彼女の声が、街の喧噪に溶けていく。
ネオンの光でぼんやりと明るい都会の夜空に、それは柔らかく吸い込まれていく‥。
翌朝、SKK学院塾の前で男の絶叫が響いた。
「クソッたれ!亮の奴一体いつ辞めやがった?!」
亮の元職場の社長が、塾を訪れたのである。亮の退職を聞いた後、カンカンで塾の前の通りを歩く。
前もって自分が来ることを知っていたんじゃないか、とこぼす社長に、亮に社長の上京を知らせた張本人は顔面蒼白だ。
もう都内にはいないんじゃないですかね、と元同僚の男が社長に言うと、社長は拳を固めた。
俺を侮辱しやがって‥とメラメラ炎を燃やす社長の後ろで、元同僚が息を飲む。
しかしこれ以上亮を追う手掛かりもないということで、とりあえず二人はこの場を後にすることになった。
いつか絶対捕まえる、と意気込む社長は、さしずめルパンを追う銭形といったところか‥。
そして事態は収拾し、これにて一件落着だ。
寂しさを感じようとも危機を逃れようとも、誰の身の上にも出会いと別れは繰り返し、陽はまた昇るを繰り返す‥。
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<彼とのさよなら>でした。
亮が塾を辞めてしまった~(T T)あのモップを掛ける姿、好きだったとです‥。
しかし人間関係における亮の哲学といいますか、すごく悟ってますよね、彼。一匹狼気質なんだなぁと感じます。
素直な雪ちゃんも何だか可愛い、別れは寂しいけれどどこか好きな回でした。
あ~ついに記事も今週の日本語版まで追いついてきましたね‥あと僅かで追い抜きます‥T T 不安‥。
次回は<男の不審点>です。
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