ようやく雪が少し回復して来た頃、聡美と太一が家の前に戻って来た。
淳は雪の隣に寄り添い、男を見失った亮と蓮もまたこの場に留まっていた。
「うわああん!ゆきぃ、大丈夫?!」
痛々しい雪を見て聡美が号泣する。
雪は「うん、ただぶつかった時少しの間息が出来なくて」と弱々しく答えた。
そんな姉を見て、蓮が「119番する?」と声を掛ける。
雪は首を横に振り、警察から呼ぼうと言って蓮に110番するよう促した。蓮が頷いて電話を掛ける。
痣や擦り傷の付いた雪を見て、再び聡美が声を上げて泣いた。
しかし雪は傷ついた身体以上に、気がかりでどうしようもなく落胆していることがあった。
「お父さんからもらった‥お金が‥」
弱った心にまかせて、つい気持ちを戸惑わせているものが口を突いて出た。
それは小さな呟きだったが、心から漏れたその声を、淳の耳は拾ったのだった。
「あたし薬買いに行ってくる!」
「ダメっすよ。女子供は警察が来るまでここにいなさい」
泣きながら歩いて行こうとする聡美のパーカーを、太一が掴んで冷静に言葉を掛けた。
そして先ほど付近を見回った亮が、皆に向かって意見を述べ始めた。
「しっかしここいらは建物がひしめき合って建ってる上に、窓には鉄格子が嵌めてあんだよ。
あの男の足音も聞こえなかったし‥」
だから自分達が知らない隠れ場所があるはずだと言って亮は辺りを見回した。
皆が思案する中、蓮が考えていた推測を口に出す。
「だとしたら、可能性が高い場所は二つしかないっすよ」
そう言って蓮は雪の方を向いて背を屈め、姉に確認するように言葉を続けた。
「姉ちゃん、あの男がお隣と姉ちゃん家の窓を直したって言ってたよね?
何で敢えて孫のフリまでして窓を直して、頻繁に出入りしたんだと思う?」
雪は思い当たるフシがあった。
「‥それじゃあこの前隣から物音がしたってのももしかして‥」
そう口にすると、蓮が物々しく頷いた。
つまり男が潜んでいる可能性の高い二つの場所とは、秀樹の元住んでいた部屋と雪の部屋ということになる。
男は大家の孫のフリをして、その二つの部屋に出入り出来る下準備を予めしていたというわけだ。
蓮は尚も話を続ける。
「この周辺をウロチョロしてたってのもそーゆーこと。
俺らがソッコーであの男を追っかけてこの建物の後ろに回ったのに、突然居なくなったっしょ?
つーことは、男はそれまで隠れてて、俺らが別の場所へ行ったのを見てから上に上がったんだと考えると辻褄が合う」
「あの男が大家の孫だろうがそうでなかろうが、お隣が空室ってことは確実に知ってるだろ。
ここは完全に奴のテリトリーってわけだよ」
雪は蓮の推理に自分の考えを続けた。
「ってことは、また私が家に入ることを見越して‥」
じっと息を潜めている男の息遣いが、聞こえてくるような気がした。
六人はそれぞれの思いを抱えて二階を見上げる‥。
そして雪の隣の部屋、秀樹が元住んでいた部屋の前に、淳、亮、蓮の三人が立った。
息を飲んでノックをする。応答は無い。
「突撃ぃ!!!」
亮が切り込み隊長となって、そのドアを蹴破った。
下で待っている雪と聡美と太一の元に、騒々しい声と音が聞こえて来る。
「捕まえろ捕まえろ!」
ドタバタと足音が階段付近に幾つも響く。
「こんの野郎ーーー!!」
すごいスピードで逃げる男のパーカーを、亮の手が捕らえた。
そのまま力の限り地面に叩きつける。聡美が思わず悲鳴を上げた。
男は這いつくばるような格好で地面にうつ伏した。
亮はマウントポジションを取ると、男の頬を張った。
「この変態野郎!他にすることねーのかよ?!てめぇなんて生きてる価値ねーよ!」
亮が男を殴る音が何度も響く。
雪は目を逸らし聡美は恐れおののいていた。太一が二人を守るように彼女らを庇っている。
すると男は殴られた頬を腫らしながら、ニヤッと笑った。聡美の方を見ている。
「あ‥思い出したぁ。あの子は高い下着ばかり着けてる子だぁ」
男は気味の悪い目つきで聡美のことを見ていた。上から下まで、舐めるようにジロジロと視線を落としていく。
「あんな高級なもの着けてるわりに本人は大したことないなぁ。まぁあの下着は俺が持ってるんだけど」
ザワッと聡美の全身に怖気が立った。
そしてそれを聞いた太一が、思わずカッときて男に向かう。
「黙れ!こいつ完全に狂ってやがる‥!」
後ろから出てきた太一に、亮が気を取られて後方を向いた。
男はその隙を見逃さず、地面に爪を立て砂を掴むと、亮の目をめがけてそれを放った。
「うわっ!?」
「オレの目が!オレの目が!」と言いながら亮は目を押さえてジタバタした。
太一は突然の出来事に驚き、腰を抜かしている。男は起き上がると、再び全速力で逃げ出した。
蓮は男を追って全力で駆けようとしたものの、不意にシャツの襟首を高い所から掴まれた。
「弟君、ちょっと待って」
蓮はその指示に不満を漏らそうと口を開くが、淳の表情を見て沈黙した。
発せられる無言の威圧感が、その場の誰もを黙らせた。
「ここでお姉さんと警察を待っていてくれ。俺が行く」
泣きながら悔しがる聡美を胸に抱えながら、
「先輩、」と雪が声を掛けた。
傷だらけの彼女を見ながら、淳は「必ず病院へ行って」と一言発した。
そして男の走って行った方向を見据え、沈黙した。
彼はここにいる誰よりも冷静だったが、誰よりも怒っていた。
その暗い瞳の中に揺れる炎が、何よりそれを物語っていた。
「気、気をつけて下さいね‥!」
男を追って走り去る彼の後ろ姿に、雪はそう声を掛けるしかなかった。
騒然としていく町内に、未だあの男は潜んでいる‥。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<追跡>でした。
今回は見どころいっぱいですね~!蓮くんの推理もさることながら、目に砂を掛けられた亮‥orz
目が!目が!
蓮にジュース投げられて鼻が!鼻が!ってなってたの思い出しますね‥。
どんまい亮‥
次回は<被害者>です。
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淳は雪の隣に寄り添い、男を見失った亮と蓮もまたこの場に留まっていた。
「うわああん!ゆきぃ、大丈夫?!」
痛々しい雪を見て聡美が号泣する。
雪は「うん、ただぶつかった時少しの間息が出来なくて」と弱々しく答えた。
そんな姉を見て、蓮が「119番する?」と声を掛ける。
雪は首を横に振り、警察から呼ぼうと言って蓮に110番するよう促した。蓮が頷いて電話を掛ける。
痣や擦り傷の付いた雪を見て、再び聡美が声を上げて泣いた。
しかし雪は傷ついた身体以上に、気がかりでどうしようもなく落胆していることがあった。
「お父さんからもらった‥お金が‥」
弱った心にまかせて、つい気持ちを戸惑わせているものが口を突いて出た。
それは小さな呟きだったが、心から漏れたその声を、淳の耳は拾ったのだった。
「あたし薬買いに行ってくる!」
「ダメっすよ。女子供は警察が来るまでここにいなさい」
泣きながら歩いて行こうとする聡美のパーカーを、太一が掴んで冷静に言葉を掛けた。
そして先ほど付近を見回った亮が、皆に向かって意見を述べ始めた。
「しっかしここいらは建物がひしめき合って建ってる上に、窓には鉄格子が嵌めてあんだよ。
あの男の足音も聞こえなかったし‥」
だから自分達が知らない隠れ場所があるはずだと言って亮は辺りを見回した。
皆が思案する中、蓮が考えていた推測を口に出す。
「だとしたら、可能性が高い場所は二つしかないっすよ」
そう言って蓮は雪の方を向いて背を屈め、姉に確認するように言葉を続けた。
「姉ちゃん、あの男がお隣と姉ちゃん家の窓を直したって言ってたよね?
何で敢えて孫のフリまでして窓を直して、頻繁に出入りしたんだと思う?」
雪は思い当たるフシがあった。
「‥それじゃあこの前隣から物音がしたってのももしかして‥」
そう口にすると、蓮が物々しく頷いた。
つまり男が潜んでいる可能性の高い二つの場所とは、秀樹の元住んでいた部屋と雪の部屋ということになる。
男は大家の孫のフリをして、その二つの部屋に出入り出来る下準備を予めしていたというわけだ。
蓮は尚も話を続ける。
「この周辺をウロチョロしてたってのもそーゆーこと。
俺らがソッコーであの男を追っかけてこの建物の後ろに回ったのに、突然居なくなったっしょ?
つーことは、男はそれまで隠れてて、俺らが別の場所へ行ったのを見てから上に上がったんだと考えると辻褄が合う」
「あの男が大家の孫だろうがそうでなかろうが、お隣が空室ってことは確実に知ってるだろ。
ここは完全に奴のテリトリーってわけだよ」
雪は蓮の推理に自分の考えを続けた。
「ってことは、また私が家に入ることを見越して‥」
じっと息を潜めている男の息遣いが、聞こえてくるような気がした。
六人はそれぞれの思いを抱えて二階を見上げる‥。
そして雪の隣の部屋、秀樹が元住んでいた部屋の前に、淳、亮、蓮の三人が立った。
息を飲んでノックをする。応答は無い。
「突撃ぃ!!!」
亮が切り込み隊長となって、そのドアを蹴破った。
下で待っている雪と聡美と太一の元に、騒々しい声と音が聞こえて来る。
「捕まえろ捕まえろ!」
ドタバタと足音が階段付近に幾つも響く。
「こんの野郎ーーー!!」
すごいスピードで逃げる男のパーカーを、亮の手が捕らえた。
そのまま力の限り地面に叩きつける。聡美が思わず悲鳴を上げた。
男は這いつくばるような格好で地面にうつ伏した。
亮はマウントポジションを取ると、男の頬を張った。
「この変態野郎!他にすることねーのかよ?!てめぇなんて生きてる価値ねーよ!」
亮が男を殴る音が何度も響く。
雪は目を逸らし聡美は恐れおののいていた。太一が二人を守るように彼女らを庇っている。
すると男は殴られた頬を腫らしながら、ニヤッと笑った。聡美の方を見ている。
「あ‥思い出したぁ。あの子は高い下着ばかり着けてる子だぁ」
男は気味の悪い目つきで聡美のことを見ていた。上から下まで、舐めるようにジロジロと視線を落としていく。
「あんな高級なもの着けてるわりに本人は大したことないなぁ。まぁあの下着は俺が持ってるんだけど」
ザワッと聡美の全身に怖気が立った。
そしてそれを聞いた太一が、思わずカッときて男に向かう。
「黙れ!こいつ完全に狂ってやがる‥!」
後ろから出てきた太一に、亮が気を取られて後方を向いた。
男はその隙を見逃さず、地面に爪を立て砂を掴むと、亮の目をめがけてそれを放った。
「うわっ!?」
「オレの目が!オレの目が!」と言いながら亮は目を押さえてジタバタした。
太一は突然の出来事に驚き、腰を抜かしている。男は起き上がると、再び全速力で逃げ出した。
蓮は男を追って全力で駆けようとしたものの、不意にシャツの襟首を高い所から掴まれた。
「弟君、ちょっと待って」
蓮はその指示に不満を漏らそうと口を開くが、淳の表情を見て沈黙した。
発せられる無言の威圧感が、その場の誰もを黙らせた。
「ここでお姉さんと警察を待っていてくれ。俺が行く」
泣きながら悔しがる聡美を胸に抱えながら、
「先輩、」と雪が声を掛けた。
傷だらけの彼女を見ながら、淳は「必ず病院へ行って」と一言発した。
そして男の走って行った方向を見据え、沈黙した。
彼はここにいる誰よりも冷静だったが、誰よりも怒っていた。
その暗い瞳の中に揺れる炎が、何よりそれを物語っていた。
「気、気をつけて下さいね‥!」
男を追って走り去る彼の後ろ姿に、雪はそう声を掛けるしかなかった。
騒然としていく町内に、未だあの男は潜んでいる‥。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<追跡>でした。
今回は見どころいっぱいですね~!蓮くんの推理もさることながら、目に砂を掛けられた亮‥orz
目が!目が!
蓮にジュース投げられて鼻が!鼻が!ってなってたの思い出しますね‥。
どんまい亮‥
次回は<被害者>です。
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