雪は一人、塾の廊下を歩いていた。
何かを決意した時特有の表情をしている。

去年の夏休み明けもそうだった。
両の拳を握りしめ、覚悟を決めて口を真一文字に結んだこの表情。

あの時の対象は青田先輩だった。
今回の対象者は‥。

雪は鷹のような目でその男を見据える。
真っ直ぐな芯の強さが彼女を支えていた。
「お前夏休み終わっても塾通うの?」
「おお。前回受講申請しそびれた講座があってよー。今回は絶対ミスれねー」

男達は軽い調子で談笑していた。勉強したくねーと言ってケラケラと笑い合う。
そんな彼らに向かって、「あの」と雪が声を掛ける。金髪の男が彼女の方に振り向く。

話があるんですけど、と言って雪は男の真正面に立った。
男はヘラヘラと笑いながら応じる。そんな男を見据えながら、雪は単刀直入に切り出した。
「昨日私の友達と問題を起こされましたよね?」

雪の切り出しに、男は周りの仲間達と共にニヤニヤと笑って言った。
「あ~そのことね。昨日?問題?‥いやいや問題ありすぎっしょ」

そう言って男はヤレヤレといった仕草で、首を横に振りながら話始めた。
「いきなり走って来たと思いきや、何の罪もない俺の頬をバチン!だぜ?
あんたの友達ちょっとおかしいんじゃねーの?」

男は静聴する雪に向かって問うた。
A大という名門大に通う雪が、みゆきのようなおかしな女とどうして友達なんかやってるのかと。
あんなおかしな女は相手にすべきじゃない、と言いかけた男に向かって、雪は話を遮るように口を開いた。
「”何の罪もない俺”? デマの根源地じゃなくてですか」

急所を突いた雪の攻撃に、男の表情が変わった。
畳み掛けるように雪は続ける。
「あなたが私の友達に陰口を叩いていたのは前から知っていたし、
私についても何かコソコソ噂してるのも分かってます」

雪の追求は不器用な程真っ直ぐだ。
男の後ろにいる彼の仲間達は、雪の方を見て顔を顰めている。
そして男も雪に向かって、言い聞かせるように自分の意見を述べる。
「いやその‥あのさぁ、みんな他の子見てアレコレ言うもんでしょ?
あの子はキレイだとか他の子はどうだとか‥。んなことにいちいち因縁つけてたら世の中渡っていけねーよ?
あんたそんなことも分かんない年齢じゃないっしょ?」

男は仲間の方に向き直り、噂を流したら罪になって捕まりでもすんのか?と言って嗤った。
そんな男に向かって、雪は怯むこと無く追及を続けた。
「そんなあなたは名前も知らない子の品評会がそんなに楽しいですか?」

男は「はぁ?何言って‥」と言って眉根を寄せた。
塾の廊下で、衆人環視の中で、雪は敢えて皆に聞こえるように言い切った。
「あの子は援交してる、この子は外国人講師に尻尾を振る、なんて噂をみんなが流すですって?」

男の顔がみるみる青くなっていく。
雪が全てを知っているということに対して、周りの人達に全てを暴露されたことに対して。
「この塾であなたの他に誰がそんなことを言っているんですか?詳しく教えて下さいます?」

周りの人達、特に女子学生達は彼の方を見ながらヒソヒソと何やら噂を始める。
その中には近藤みゆきの姿もあった。二人の対決を前にして目を見開いている。

雪は尚も言葉を続けた。射るような視線で彼を見据える。
「A大がB大がって大学の名前を出して人を判断する前に、まずは自分の言動を慎重に省みたらいかがです?」

「証拠もないのにあることないこと言ってると、結局自分に返ってきますよ」
「そんなことも分からない年齢じゃないでしょ?」

彼女は先ほど彼から発せられた台詞をそのまま彼に切り返した。
因果応報にも似た彼女の追及は、どこか淳に似ている。

しかし淳と違うのは、男に反論の余地と逆上の環境を与えているところだった。案の定男は雪に向かってキレ始めた。
「お前一体何様なんだよ!俺に説教しようってのか?!そもそも証拠ならあるっつーの!!」

そして男は雪を嘲り始めた。
雪のことを、A大生のくせにみゆきと一緒になって男に尻尾を振るビッチだと。口元がニヤリと歪む。
「あ、違ったか。A大生だからレベル高い外国人講師しか相手にしないんだよな?
あのだらしねー女とつるんで毎日教員室までセコセコ通って、外国人講師達に尻尾振ってんだろ?」

「それが何よりの証拠だよ。分かりきってることだろ?」
男は雪に対して抱いているイメージ、”外国人贔屓”というところを特に罵倒した。
自国の男には見向きもせず外国人講師に色目を使い、特にトーマスには積極的だと嘲笑する。

男は普段目にする、亮と雪の真似をした。ダメージヘアーと呼ぶ亮と、それを嫌がる雪のやり取りだ。
周りの仲間達は男のモノマネに爆笑した。耳障りな声が廊下に響く。

尚も続く男の寸劇を前にして、雪はただその場に立ち尽くしていた。
しかしショックで何も言えないのではない。
雪は、男と自分の間に何か一枚透明なフィルターが挟んであるかのような隔たりを感じていた。
この人は一体何が不満なんだろう

それは雪にとってこの男が、理解の範疇を超える存在だからだ。
頭の中で、この男の持つ特性に近い言葉を探しあぐねる。
自分の大学に対するプライドとコンプレックス? 近藤みゆきに対する嫌悪感?
私に相手にされなかった不快感? 外国人に対する根拠の無い自己恥辱感?

様々な憶測が浮かんでは消える。
しかし雪はもう分かっていた。そういう明確な理由があるわけではないということに。
‥違う。この人は、ただ楽しんでいるだけだ。

雪は自分でも驚く程冷静にこの男の分析をした。尚も”トーマスと雪”をからかってくる男の言葉など微塵も耳に入らなかった。
目的も無く、適当にターゲットを決めて根拠の無い噂話を作り出しているだけだ。
ただ嫌いだから。それが面白いから。

雪の脳裏に、今まで生きてきた中で同じようなケースを目にしたことがあったとその記憶を辿る。
ヒソヒソと噂を流される対象者、下を向いて涙する姿‥。

今まで傍観していた雪だが今回初めてその対象になって、あの時涙を拭いていた彼女の気持ちが分かったような気がした。
鼓膜の内側に、聞こえて来る声があった。昨夜雪の隣で語られた、彼の言葉だ。
打ち勝つには、誰より毅然と賢明にね

雪は心の中で、彼に話しかけるように自分の気持ちを述べた。
‥分かってます。
どうすれば賢明になれるのかは分からないけれど‥

俯いた雪の瞳の中に、固い決意が滲んで燃えた。
私もこのまま黙ってやられるばかりじゃないです

握った拳に力が入った。
雪の更なる追及が始まった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<追及>でした。
雪ちゃんの反撃が始まりましたねー。正面切って行くところに彼女の真っ直ぐさを感じます。
けど同じ台詞でやりこめるところなんかは先輩を彷彿とさせますね~。
次回も続きます<追撃>です。
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何かを決意した時特有の表情をしている。

去年の夏休み明けもそうだった。
両の拳を握りしめ、覚悟を決めて口を真一文字に結んだこの表情。

あの時の対象は青田先輩だった。
今回の対象者は‥。

雪は鷹のような目でその男を見据える。
真っ直ぐな芯の強さが彼女を支えていた。
「お前夏休み終わっても塾通うの?」
「おお。前回受講申請しそびれた講座があってよー。今回は絶対ミスれねー」

男達は軽い調子で談笑していた。勉強したくねーと言ってケラケラと笑い合う。
そんな彼らに向かって、「あの」と雪が声を掛ける。金髪の男が彼女の方に振り向く。

話があるんですけど、と言って雪は男の真正面に立った。
男はヘラヘラと笑いながら応じる。そんな男を見据えながら、雪は単刀直入に切り出した。
「昨日私の友達と問題を起こされましたよね?」

雪の切り出しに、男は周りの仲間達と共にニヤニヤと笑って言った。
「あ~そのことね。昨日?問題?‥いやいや問題ありすぎっしょ」

そう言って男はヤレヤレといった仕草で、首を横に振りながら話始めた。
「いきなり走って来たと思いきや、何の罪もない俺の頬をバチン!だぜ?
あんたの友達ちょっとおかしいんじゃねーの?」

男は静聴する雪に向かって問うた。
A大という名門大に通う雪が、みゆきのようなおかしな女とどうして友達なんかやってるのかと。
あんなおかしな女は相手にすべきじゃない、と言いかけた男に向かって、雪は話を遮るように口を開いた。
「”何の罪もない俺”? デマの根源地じゃなくてですか」

急所を突いた雪の攻撃に、男の表情が変わった。
畳み掛けるように雪は続ける。
「あなたが私の友達に陰口を叩いていたのは前から知っていたし、
私についても何かコソコソ噂してるのも分かってます」

雪の追求は不器用な程真っ直ぐだ。
男の後ろにいる彼の仲間達は、雪の方を見て顔を顰めている。
そして男も雪に向かって、言い聞かせるように自分の意見を述べる。
「いやその‥あのさぁ、みんな他の子見てアレコレ言うもんでしょ?
あの子はキレイだとか他の子はどうだとか‥。んなことにいちいち因縁つけてたら世の中渡っていけねーよ?
あんたそんなことも分かんない年齢じゃないっしょ?」

男は仲間の方に向き直り、噂を流したら罪になって捕まりでもすんのか?と言って嗤った。
そんな男に向かって、雪は怯むこと無く追及を続けた。
「そんなあなたは名前も知らない子の品評会がそんなに楽しいですか?」

男は「はぁ?何言って‥」と言って眉根を寄せた。
塾の廊下で、衆人環視の中で、雪は敢えて皆に聞こえるように言い切った。
「あの子は援交してる、この子は外国人講師に尻尾を振る、なんて噂をみんなが流すですって?」

男の顔がみるみる青くなっていく。
雪が全てを知っているということに対して、周りの人達に全てを暴露されたことに対して。
「この塾であなたの他に誰がそんなことを言っているんですか?詳しく教えて下さいます?」

周りの人達、特に女子学生達は彼の方を見ながらヒソヒソと何やら噂を始める。
その中には近藤みゆきの姿もあった。二人の対決を前にして目を見開いている。

雪は尚も言葉を続けた。射るような視線で彼を見据える。
「A大がB大がって大学の名前を出して人を判断する前に、まずは自分の言動を慎重に省みたらいかがです?」

「証拠もないのにあることないこと言ってると、結局自分に返ってきますよ」
「そんなことも分からない年齢じゃないでしょ?」

彼女は先ほど彼から発せられた台詞をそのまま彼に切り返した。
因果応報にも似た彼女の追及は、どこか淳に似ている。

しかし淳と違うのは、男に反論の余地と逆上の環境を与えているところだった。案の定男は雪に向かってキレ始めた。
「お前一体何様なんだよ!俺に説教しようってのか?!そもそも証拠ならあるっつーの!!」

そして男は雪を嘲り始めた。
雪のことを、A大生のくせにみゆきと一緒になって男に尻尾を振るビッチだと。口元がニヤリと歪む。
「あ、違ったか。A大生だからレベル高い外国人講師しか相手にしないんだよな?
あのだらしねー女とつるんで毎日教員室までセコセコ通って、外国人講師達に尻尾振ってんだろ?」

「それが何よりの証拠だよ。分かりきってることだろ?」
男は雪に対して抱いているイメージ、”外国人贔屓”というところを特に罵倒した。
自国の男には見向きもせず外国人講師に色目を使い、特にトーマスには積極的だと嘲笑する。

男は普段目にする、亮と雪の真似をした。ダメージヘアーと呼ぶ亮と、それを嫌がる雪のやり取りだ。
周りの仲間達は男のモノマネに爆笑した。耳障りな声が廊下に響く。

尚も続く男の寸劇を前にして、雪はただその場に立ち尽くしていた。
しかしショックで何も言えないのではない。
雪は、男と自分の間に何か一枚透明なフィルターが挟んであるかのような隔たりを感じていた。
この人は一体何が不満なんだろう

それは雪にとってこの男が、理解の範疇を超える存在だからだ。
頭の中で、この男の持つ特性に近い言葉を探しあぐねる。
自分の大学に対するプライドとコンプレックス? 近藤みゆきに対する嫌悪感?
私に相手にされなかった不快感? 外国人に対する根拠の無い自己恥辱感?

様々な憶測が浮かんでは消える。
しかし雪はもう分かっていた。そういう明確な理由があるわけではないということに。
‥違う。この人は、ただ楽しんでいるだけだ。

雪は自分でも驚く程冷静にこの男の分析をした。尚も”トーマスと雪”をからかってくる男の言葉など微塵も耳に入らなかった。
目的も無く、適当にターゲットを決めて根拠の無い噂話を作り出しているだけだ。
ただ嫌いだから。それが面白いから。

雪の脳裏に、今まで生きてきた中で同じようなケースを目にしたことがあったとその記憶を辿る。
ヒソヒソと噂を流される対象者、下を向いて涙する姿‥。

今まで傍観していた雪だが今回初めてその対象になって、あの時涙を拭いていた彼女の気持ちが分かったような気がした。
鼓膜の内側に、聞こえて来る声があった。昨夜雪の隣で語られた、彼の言葉だ。
打ち勝つには、誰より毅然と賢明にね

雪は心の中で、彼に話しかけるように自分の気持ちを述べた。
‥分かってます。
どうすれば賢明になれるのかは分からないけれど‥

俯いた雪の瞳の中に、固い決意が滲んで燃えた。
私もこのまま黙ってやられるばかりじゃないです

握った拳に力が入った。
雪の更なる追及が始まった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<追及>でした。
雪ちゃんの反撃が始まりましたねー。正面切って行くところに彼女の真っ直ぐさを感じます。
けど同じ台詞でやりこめるところなんかは先輩を彷彿とさせますね~。
次回も続きます<追撃>です。
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