廊下にて大立ち回りを演じた雪と亮、そして金髪男とその仲間達。
後ほど彼らは塾長室へと連れられ、塾長のデスクの前に座らされた。
まず塾長は、亮に対しての解雇処分を口にした。
「君クビね」 「はい。分かってマス」
それを聞いた金髪男は、腫れた頬をニヤリと歪めて笑った。
隣に座っている彼の友人は、まだ亮に対してビビり気味だ。
そんな男を指さして、亮は無言の重圧を加えた。
テメーもこいつに手ぇ出そうとしたじゃねーかテメーもクビだコラァ
亮のメッセージを受けた男は、カッと逆上して声を上げた。
「てめーは外で大人しく待ってろ!逃げれば即警察に通報するからな!」
みなまで聞く前に亮は部屋を出て行った。
そして塾長が口を開くやいなや、それにかぶせるように男は雪を指さしながら吠えた。
「こいつが先に手を出して来たんス!俺は悪くないっスからね?!
この女、マジでイカれちまってんスよ!!」
そう言われて、雪は口を結んで沈黙した。勿論心外な言われようだが、自分がこの事件の発端であることは間違いない。
すると雪と男の後ろにあるドアが少し開き、そこから講師達がひょっこりと顔を出した。
「ちょっと待って下さい。事情はよく分からんが‥
赤山君は私が名前を覚えるくらい真面目で良い学生ですよ‥」
「Yes,She is a very good student,very nice ,beautiful, gorgeous, good good good good and..」
講師達は僅かな隙間から顔を出し、各々の意見を口にした。縦に並んだ彼らの顔は、さしずめトーテムポールのようである。
その中の外国人講師の一人は、金髪男の顔を見てカタコトながら声を荒げた。
「あのガクセはワタシタチのコトバカにしてイマス!ジュクチョサン、あのヒトクビにしてくだサイ!」
塾長はとりあえず騒がしい講師達を宥め、扉を閉めるよう促した。
静かになった室内に、雪と男の溜息が浮かぶ。
とにかく何か弁明をしようと、雪が口を開きかけた時だった。
塾長は雪の前でへりくだるような笑みを浮かべ、彼女のご機嫌をとりはじめたのだ。
「あなた大丈夫ですか?驚いたでしょう。
うちの大事な女学生がこんな目に合ってどうすればいいのか‥。本当に申し訳ないですよ」
雪は予想外の塾長の反応に、ただ頷くしかなかった。
そして予想外という点では隣の男にとっても同じである。そして次の瞬間塾長は、もっと予想外の態度を男に取ることになる。
「そして‥君達がおかしな噂を流して最近塾の雰囲気を悪くしているという子達かね?
この頃私の耳にもチラホラ情報がね‥そうか君達か‥」
先ほどの雪へのそれとは180度違う塾長の態度に、男たちは思わずたじろいだ。
「残りの授業料は返金するから、申し訳ないが他の塾に移ってもらえるかな」
「何で俺が‥!」と男は反射的に声を上げたが、
続けて仲間の「いいよもう、行こうぜ。恥ずかしくてどうせもうここには通えないし」という言葉に何も言えなくなり沈黙した。
こんなとこ頼まれてもいてやるかと、男は捨て台詞を吐いて部屋から出て行った。
慌ててその友人が彼の後を追いかける‥。
雪はそのまま暫し呆然としていた。一体何が起こっているというのか‥。
すると口が開きっぱなしの雪の背後から、塾長がぬっと現れて彼女に声を掛けた。
「気分を害したでしょう‥。私が代わりに謝りますから、どうかご勘弁を‥」
尚もへりくだってくる塾長に、雪は「そんなに言って頂かなくても‥」とタジタジだ。
塾長は雪に、この塾で起こった問題はこれで全て解決したと伝えておいてくれと伝言を託した。
「青田会長の息子さんに、よろしくお伝え下さいね」
それきり雪は塾長室を出た。
後ろ手に戸を閉めながら、塾長から言われた言葉の意味を反芻する。
‥先輩が‥
会長の息子、という立場の彼の存在が、間接的に今回の事件をまとめたようなものだった。
塾長への情報提供‥。そこに彼の影を色濃く感じる。
これでよかったのだろうか‥?
だけど‥
鷹の目のように鋭い視線で事の審議をはかる雪だが、結果的にあの金髪男はどうなったかというと‥。
今回の受講申請はミスれないと言っていた男が、最終的に亮の一撃で吹っ飛んで行った‥。
暴力は良くないと日頃から思っている雪だが、今回の事件では亮のお陰で胸をすくような思いがした。
今回ばかりは感謝だと亮に思いを馳せた時、ふと思いついた。
それより河村氏はどこ行ったんだろ‥。本当に警察に行くなら私も一緒に行って証言しなきゃ‥
雪は心の中で呟きながら、亮の姿を探して廊下を歩いた。
近頃は”警察”というワードがまるで親しい友人のように身近に感じる‥。雪は苦い顔をして一人歩いていた。
すると前から、見覚えのある彼女が歩いてくるのが目に入った。
近藤みゆきだった。
雪はみゆきに気がつくと、足を止めて彼女の前で立ち止まった。
そんな雪にみゆきも気がついて、二人は暫し沈黙した。
みゆきは雪の顔を見て、哀しいとも傷ついたとも言いがたい表情をした。
やがて目を逸らすと、
俯いたまま雪の横を通り過ぎ、そのまま小走りで行ってしまった。
雪もみゆきが通り過ぎるのと同時に、彼女と逆方向に歩き出した。
ぽっかりと空いた心の穴に、ひっそりとした内省が浮かぶ。
正直に言えば、みゆきちゃんのこと初めは苦手だった
雪の脳裏に、みゆきと過ごした時間の記憶が思い浮かんでくる。
けどどんな服を着ようと、誰と付き合おうと、人に迷惑掛けなければ全然いいと思ってた
瞼の裏に、気安そうに笑うみゆきの笑顔が浮かぶ。
深く知るほど素直でいい子だと思えたし、実際それで好きになった。
それは今でも変わらない。けど‥
他人から陰口を叩かれているみゆきの外面ではなく内面を、雪は好きだと思っていた。
けれど心の中に抜けない刺がある。そこに触れると、チクリと痛む鋭利な刺が。
けど‥こんなにも私が腹を立てている理由は‥
先日廊下でみゆきと言い争った時の場面がフラッシュバックする。
雪は目の前にいるのに、どこか遠くのものを真実と錯覚したみゆきの態度が蘇る。
一緒にいるメリットもないでしょ?もうあたしたちもう話すのやめよ
それこそが、雪がみゆきに対して絶望したことだった。
私の悪い噂が流れた時、すぐに関係を切ってしまったあの子の態度
もし聡美なら‥、もし萌奈なら‥、と雪は想像してみた。
きっと血相変えて男のところへ殴りこんで、ボコボコにしてくれるだろう。
そしてもし自分がみゆきの立場だったとしても、
男に食って掛かっただろう。
けれど、と雪は思う。
みゆきちゃんにもみゆきちゃんの考えがあるだろうし、私も私で面倒なことに巻き込まれるのが嫌で、
みゆきちゃんの噂から目を逸らしたまま過ごした‥
逆方向に歩いて行く雪とみゆきの間の距離が、だんだんと開いていく。
私もあの子も、互いのことを責められない。
過ちを追及することも出来ないし、自分の考えを押し付けることも出来ない
物理的にも精神的にも、二人の距離は明白に開いていく。
雪の心に、結論が浮かんだ。
寂しくて色彩の乏しい、けれど明白でどうしようもない真実が。
結局私達の関係は、この程度だったということ
今回の事件も近藤みゆきとの関係も、これにて一件落着した。
どこか腑に落ちない決着であろうとも、真実は残酷なほどに結論を定めてくる。
もう廊下には誰も居なかった。
元々何も無かったかのように、しんとした静寂がそこに広がっていた。
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<決着>でした。
なんかこのコマのみゆきちゃん‥
急激に太ってません?!こんな丸かったでしたっけ?!
↓前日はくびれてたのに‥。
さて、次回は<彼とのさよなら>です。
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