突然の出来事に、雪は咄嗟に事態が把握出来なかった。
この男が誰で、なぜ自分の部屋から出てきたのか。
その恐ろしい事実を認識するまで雪は、ただその場で立ち竦む。
「え‥?」

染められた髪とマスクがいつもと違っているものの、男はあの”大家の孫”だった。
「大家さんの‥孫の‥」そう呟きながら視線を下に移すと、
男が雪のノートPCと白い封筒を持っているのが目に入った。

だんだんと意識が覚醒してくる。その封筒が何なのか、雪はぼんやりと頭の中で反芻する。
私のノートPCと‥お父さんから貰った‥

宝物のように取ってあった、父から貰ったお小遣い。
白い封筒に入れて本に挟んだ。貰ったその夜は枕元に置いて共に眠った。

それが今男の手にあるということ。
どういうことなのか、どうしてこうなったのか。
ジワジワと事態を把握出来てくると、ガクガクと足が震え始めた。

そんな雪の前でも男はまるで動じず、間延びした声でこう言った。
「あー‥何でこんなに遅かったんですか?」

待っていた‥と男は言いかけたのだが、
雪はそのままバッと男に背を向けた。早くこの場から逃げなければと、雪の中の警鐘が鳴る。

しかしそれがいけなかった。
男は逃げようとする雪の背中を、そのまま掌でトンと押した。

雪はバランスを失い、そのままスローモーションのような感覚で落下していった。
ドサッと彼女が落ちた時外では、淳と蓮と亮が談話中だった。

淳と亮に、姉を含む三人は一体どういう知り合いなのかと聞いている中、
遠くで聞こえた物音に、淳が顔を上げる‥。

落下した雪は、階段に寝そべるような形で倒れていた。
段差部でみぞおちの辺りを強打し、上手く息が出来なかった。
「ゴホッ‥ゴホゴホッ」

腹部に走る鈍痛は勿論、顎は擦り剥き、足が痛くて動かない。
弱々しく震える雪の元に、男はゆっくりと近づいて来て口を開いた。
「考えてみれば‥汚らわしい災い全部、あんたから始まってたんだよね。
かつてのお隣さんもあんたの弟も、変態ばかり囲って。いつも男とチャラチャラして‥」

男は雪を見下ろし、侮蔑を孕んだ視線を彼女に送った。
「人を苛つかせる」

男はその細い目を見開きながら、高く足を振り上げた。
必死に起き上がろうと顔を上げかけた雪に向け、その足を振り下ろす。

「何してんだ」

不意に投げかけられた言葉に、男はその足を止めて顔を上げた。
階段の下、外へと繋がる入り口の所に彼が立っていた。

たじろぐ男に向かって、淳は厳しい視線を投げた。
瞳の中から光が消え、その激しい怒りが燃えていく。

淳はゆっくりと階段を上った。低い声で警告する。
「すぐに彼女から離れろ」

男はうつ伏せに倒れている雪を横目で見た後、足で軽く彼女を蹴った。彼の方に寄越すように。
「ほら。持ってけよ」

淳が彼女に駆け寄り、雪の名を呼ぶ。
男はその横をすり抜けるように、小走りで外へ出た。

雪を抱き止めた淳が男の方へと振り返ると、男は嗤っていた。
ククククと不気味な嗤い声が、その場に反響する。

淳の瞼の裏に、その顔と声が焼き付いた。
衝撃に近い、まだ名前の付けられない感情と共に、それは刻印のように彼の中に焼き付いたのだ。

うずくまった雪が、苦しそうに何度も咳をする。
息を吸う度に喘鳴も聞こえる。

淳の瞳に映る、弱々しく震える彼女。
信じられないものでも見るかのように、彼は瞳を見開いていた。
「しっかりして‥」

淳は咳を続ける彼女を、堪らずぎゅっと抱き締めた。
真っ白になった頭の中で、呟くように彼女の名を口にした。
「雪ちゃん」


外に出た男は、そのまま全速力で走り去ろうとした。
しかしその後ろ姿を見た蓮が、軽い調子で声を掛ける。
「あ、ちわっす!髪染められたんすね‥」

そう言いかけた所に、淳の大声が響いた。
「あいつ捕まえろ!」

蓮は淳が何を言っているのか理解出来ず、淳の居る方向と走り去る男の後ろ姿を交互に見ながら疑問符を飛ばした。
しかしただならぬ様子の淳の怒声を受けた亮は、第六感がピクリと反応する。

亮は男の後ろ姿、その紫のパーカー姿に、いつかの変態の姿が重なった。

彼の中のシグナルが、激しく警鐘を鳴らし始める。
「待ちやがれぇぇ!!コラァ!!」

肩を怒らせて男を追いかける亮の後ろを、蓮も追って走った。
しかし男が曲がった角に差し掛かった時、二人共男を見失った。

確かにここを曲がったはずなのに、男は忽然と姿を消したのだ‥。
「‥‥‥‥」 「あれぇ?」

この辺りは細い路地が入り組んでいて複雑な地形をしている。
亮も以前何度も迷子になったのだ。

亮はそれを利用して隠れているはずだと言って、蓮にあの男を見つけろと言って駆け出した。
といっても蓮もこの辺りに詳しいわけではないので、二人は近辺の建物の構造に注意して男を探した。

晩夏に浮かぶ満月が、薄い雲に覆われる。
男はその影に隠れるように、暗い抜け道を歩いていた‥。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<警鐘>でした。
雪ちゃんが‥(T T)
階段から突き落とされるという最悪の事態‥。背を向けたのがいけなかったんですかね‥。
でも男と鉢合わせした時叫んでいたら殴られていたかもしれないし‥。
しかし男が雪を見て言った「何でこんなに遅かったんですか?待っていたのに」という台詞が怖すぎます。。
ものを盗るだけでなく雪を待っていたというのが‥鳥肌立ちます。。
さて次回も変態事件つづきます。
<追跡>です。
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この男が誰で、なぜ自分の部屋から出てきたのか。
その恐ろしい事実を認識するまで雪は、ただその場で立ち竦む。
「え‥?」

染められた髪とマスクがいつもと違っているものの、男はあの”大家の孫”だった。
「大家さんの‥孫の‥」そう呟きながら視線を下に移すと、
男が雪のノートPCと白い封筒を持っているのが目に入った。

だんだんと意識が覚醒してくる。その封筒が何なのか、雪はぼんやりと頭の中で反芻する。
私のノートPCと‥お父さんから貰った‥

宝物のように取ってあった、父から貰ったお小遣い。
白い封筒に入れて本に挟んだ。貰ったその夜は枕元に置いて共に眠った。

それが今男の手にあるということ。
どういうことなのか、どうしてこうなったのか。
ジワジワと事態を把握出来てくると、ガクガクと足が震え始めた。

そんな雪の前でも男はまるで動じず、間延びした声でこう言った。
「あー‥何でこんなに遅かったんですか?」

待っていた‥と男は言いかけたのだが、
雪はそのままバッと男に背を向けた。早くこの場から逃げなければと、雪の中の警鐘が鳴る。

しかしそれがいけなかった。
男は逃げようとする雪の背中を、そのまま掌でトンと押した。

雪はバランスを失い、そのままスローモーションのような感覚で落下していった。
ドサッと彼女が落ちた時外では、淳と蓮と亮が談話中だった。

淳と亮に、姉を含む三人は一体どういう知り合いなのかと聞いている中、
遠くで聞こえた物音に、淳が顔を上げる‥。

落下した雪は、階段に寝そべるような形で倒れていた。
段差部でみぞおちの辺りを強打し、上手く息が出来なかった。
「ゴホッ‥ゴホゴホッ」

腹部に走る鈍痛は勿論、顎は擦り剥き、足が痛くて動かない。
弱々しく震える雪の元に、男はゆっくりと近づいて来て口を開いた。
「考えてみれば‥汚らわしい災い全部、あんたから始まってたんだよね。
かつてのお隣さんもあんたの弟も、変態ばかり囲って。いつも男とチャラチャラして‥」

男は雪を見下ろし、侮蔑を孕んだ視線を彼女に送った。
「人を苛つかせる」

男はその細い目を見開きながら、高く足を振り上げた。
必死に起き上がろうと顔を上げかけた雪に向け、その足を振り下ろす。

「何してんだ」

不意に投げかけられた言葉に、男はその足を止めて顔を上げた。
階段の下、外へと繋がる入り口の所に彼が立っていた。

たじろぐ男に向かって、淳は厳しい視線を投げた。
瞳の中から光が消え、その激しい怒りが燃えていく。

淳はゆっくりと階段を上った。低い声で警告する。
「すぐに彼女から離れろ」

男はうつ伏せに倒れている雪を横目で見た後、足で軽く彼女を蹴った。彼の方に寄越すように。
「ほら。持ってけよ」

淳が彼女に駆け寄り、雪の名を呼ぶ。
男はその横をすり抜けるように、小走りで外へ出た。

雪を抱き止めた淳が男の方へと振り返ると、男は嗤っていた。
ククククと不気味な嗤い声が、その場に反響する。

淳の瞼の裏に、その顔と声が焼き付いた。
衝撃に近い、まだ名前の付けられない感情と共に、それは刻印のように彼の中に焼き付いたのだ。

うずくまった雪が、苦しそうに何度も咳をする。
息を吸う度に喘鳴も聞こえる。

淳の瞳に映る、弱々しく震える彼女。
信じられないものでも見るかのように、彼は瞳を見開いていた。
「しっかりして‥」

淳は咳を続ける彼女を、堪らずぎゅっと抱き締めた。
真っ白になった頭の中で、呟くように彼女の名を口にした。
「雪ちゃん」


外に出た男は、そのまま全速力で走り去ろうとした。
しかしその後ろ姿を見た蓮が、軽い調子で声を掛ける。
「あ、ちわっす!髪染められたんすね‥」

そう言いかけた所に、淳の大声が響いた。
「あいつ捕まえろ!」

蓮は淳が何を言っているのか理解出来ず、淳の居る方向と走り去る男の後ろ姿を交互に見ながら疑問符を飛ばした。
しかしただならぬ様子の淳の怒声を受けた亮は、第六感がピクリと反応する。

亮は男の後ろ姿、その紫のパーカー姿に、いつかの変態の姿が重なった。


彼の中のシグナルが、激しく警鐘を鳴らし始める。
「待ちやがれぇぇ!!コラァ!!」

肩を怒らせて男を追いかける亮の後ろを、蓮も追って走った。
しかし男が曲がった角に差し掛かった時、二人共男を見失った。

確かにここを曲がったはずなのに、男は忽然と姿を消したのだ‥。
「‥‥‥‥」 「あれぇ?」

この辺りは細い路地が入り組んでいて複雑な地形をしている。
亮も以前何度も迷子になったのだ。

亮はそれを利用して隠れているはずだと言って、蓮にあの男を見つけろと言って駆け出した。
といっても蓮もこの辺りに詳しいわけではないので、二人は近辺の建物の構造に注意して男を探した。

晩夏に浮かぶ満月が、薄い雲に覆われる。
男はその影に隠れるように、暗い抜け道を歩いていた‥。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<警鐘>でした。
雪ちゃんが‥(T T)
階段から突き落とされるという最悪の事態‥。背を向けたのがいけなかったんですかね‥。
でも男と鉢合わせした時叫んでいたら殴られていたかもしれないし‥。
しかし男が雪を見て言った「何でこんなに遅かったんですか?待っていたのに」という台詞が怖すぎます。。
ものを盗るだけでなく雪を待っていたというのが‥鳥肌立ちます。。
さて次回も変態事件つづきます。
<追跡>です。
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