夕螺の一言日記

毎日心に浮かんだことなどを書いてみたいと思います。。。(2014年3月13日開設)

2018年 1月 9日(火)2「日本が元気だった頃」

2018年01月09日 21時55分43秒 | 「思うこと」
林修さんが出ていた60年代70年代日本が元気だったことという番組を見ていた。
まぁ、犯罪も元気だったのですがこれについては今の日本の方が元気ですなぁ。お年寄りへの犯罪とか殺人の増加とか陰湿さが増しています。
こういった犯罪の元気さは別にして、なぜ60年代70年代は元気だったのでしょうか?
それは日本が高度経済成長時代だったからだという意見もあるでしょう。
しかしこれは逆立ちをした見方ではないかと思います。日本が元気だったから高度経済成長があったとみるほうが正しいと思う。
この時代というのは一口でいえば一人一人の人間が自由だったという事です。国家の縛りが弱かった。というのは当時の自民党も自由と民主主義を認めていたし更に野党社会党はその自由と民主主義を拡大させる役割を持っていた。今の与党と野党の違いが判らなくなるようなものはなかった。国民一人一人が自由に考え行動できることは大切なのです。
今の政治や社会の流れは力あるものに慮る社会になって、委縮してしまう社会が作られてしまいました。
この国民一人一人の自由の中に経営者も自由な発想でチャレンジできた。
現在のように慮り委縮した国民社会では経済もうまくいかないでしょう。生産性の向上は本来の生産設備の改善などを通じたものから労働者からどう搾り取るかになってしまった。この流れの変化が80年代の中曽根内閣当時ではないかと思う。日本生産性本部が本来の生産性向上から離れていく。すぐにバブル崩壊へとつながる。
日本はこのバブル崩壊でも、その後のリーマンショックからの立ち上がりが遅かった。結局生産性の向上が労働者からどう絞り取るかという呪縛から抜け出せなくなってしまったのです。
これに拍車をかけるのが安倍内閣でしょう。中曽根内閣からの夢であった改憲が行われようとしている。政治の委縮は日本の悲劇です。
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池に浮かぶ月8【1月9日】

2018年01月09日 18時54分48秒 | 「池に浮かぶ月」
去年は生産性の向上とは何かというものを考えたいたようだ。
生産性の向上は労働者の賃金を下げたり、正社員から契約社員にしたり、ブラック企業と言われるような労働条件や労働環境を悪くした働き方で企業利益を伸ばすことではない。
この日本的経営がバブル崩壊あるいはリーマンショックから経済を再生できないことにつながり、失われた10年、20年そして30年へと引きずっている。
今後も労働の規制緩和というものが進んでいくでしょう。
どこかで歯止めをかけないと少子化社会はさらにひどいものになるでしょう。

「1月 9日という日」

【2017年】日本の生産性の向上がどのように進められたかを思うに、高度成長期は確かに本来の生産性の向上が行われた時代だったでしょう。商品生産は機械やオートメーションの発達により少......

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2018年 1月 9日(火)「束の間の春」

2018年01月09日 10時20分59秒 | 「東京日記」
パット陽ざしが差し込んだ。
東京は日中17度まで気温があるらしい。
しかし夕方には冬将軍が襲来するという。
冬将軍のいないすきを狙って束の間の春に勇んで床屋に馳せ参じようかと思ったら休みだった。。。。
今は火曜日も月に2回休みだった。。。。
すっかり床屋に行く気も萎えてしまいまたしばらく足が向かないかもしれない。
でも、これから春の精が冬の隙間から顔を出してきますね。
僕の句集に
       芹乃栄清水香る
       水泉動春待つ
という句を載せましたが、七十二候の芹乃栄(せりすなわちさかう)、水泉動(しみずあたたかをふくむ)も冬の隙間から春が顔を出してその兆しを人が受け止めているような気がします。
(以上「暮らしの歳時記」を参考にさせていただいています)
厳しい冬には申し訳ないが日とはだれでも春を待ち焦がれるのかもしれませんね。生活の上では。
今咲いている花も春の花です。
本格的な春までじっと我慢をして一気にたくさんの花を咲かせます。
人も自然界の一員ですから春を待つ心は花たちと変わりないのでしょう。
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