夕螺の一言日記

毎日心に浮かんだことなどを書いてみたいと思います。。。(2014年3月13日開設)

2018年 7月 4日(火)「その洋服、ちょうだい・・・・・」

2018年07月04日 22時15分44秒 | 「思うこと」
衣料品は年間20億着捨てられている(ハフィントンポスト)
朝日新聞1面によれば「年10億点」となっていますが。。。。。。。
数字的な大きな開きがありますが、僕はあと年以10着や20着は新しい衣類を買え宇という事では重要な問題ですなぁ。この前ズボンに穴が開いてやっとそのズボンを捨てましたがその捨てる新品のズボンちょうだい。。。。。
(以下、ツイッターから)
貧困化や節約の中で衣料品を控えることが。衣料品はもっと消費されるはず。ただし流行りすたりがりますからね。考え方を変えていかないと。
多くの食料品も捨てられているようです。一方では貧困から子供がしっかりした食事をとれないとか、大人の中にも栄養失調が。美容や肥満対策もありますが、食料品の円安誘導による値上げも影響しているでしょう。
案外、多くの商品に見られる現象ではないでしょうか?
生産と消費のアンバランスは単純に需給関係からだと片付けられないでしょう。なぜ売れ残るのか?もう国民は十分すぎる衣料品を持っているからではない。供給はこの実態を見ないとだめです。しかし供給を抑えるのではなくて消費を拡大させること。
まぁ。ウエディングドレスは2回も3回も着るようになったらある意味困りますが、セレブの方々が1回来たドレスは着ないというのも困ります。それを聞いた庶民もまた、すごいなぁ・・・・金持ちはで済ましてもいけない。そして穴が置くほどズボンをはき続けることも当たり前と思うのもね。
もちろん資源の大切さから物を大切にすることは求められることです。しかしこの資源を大切にするとか環境保護のためとかと言うのと貧乏で衣類を買えない節約するというのはまた違いますね。清貧という言葉でお茶を濁してはいけない。「無駄」は格差の拡大から生まれるのです。ほんとは無駄ではないはず
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池に浮かぶ月180【7月4日】

2018年07月04日 18時15分38秒 | 「池に浮かぶ月」
禁煙運動について5回目を書いていました。
禁煙運動も過激化をしています。
「本当に家族を受動喫煙から守りたいのであれば、外で喫煙した後は、直ちに裸になって家に入り、洋服や髪の毛を洗うとともに、少なくとも30分間は息をしてはいけない。」
こういった論理は煙草を発売してはいけないに行きつくでしょう。煙草がある限り受動喫煙はなくならない。しかし禁煙運動はたばこの販売禁止を言うことはない。国も受動喫煙禁止そしてほんの微量でも体内に入った場合癌につながるとかであれば、アスベストと同じように即座に販売禁止をするでしょうがそうはならない。
相変わらず税収2兆円が問題なのです。
煙草が販売されていれば受動喫煙はなくならないというところから出発をしないで、息をするなと(笑)
販売禁止にすると違法薬物が増えるともいわれる中で発売禁止はしない。たしかにたばこ規制は大麻などが増えるでしょう。現実に大麻などを黙認したり合法化の動きも。

「池の上に月が昇る
その池に写る月は現実の月ではない
しかし現実の月を写したものであることでその池に浮かぶ月も現実である
人間の過去もすでに現実としては存在しない
しかし過去の時間の中で現実であった」

「7月 4日という日」

【2017年】ツイッターつぶやき「タバコ7つの神話という神話(4)」の続きです。太字はこちらのサイトからの引用です。 筆者はたばこの害についてどんどん純化していく。 「本当に......

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