夕螺の一言日記

毎日心に浮かんだことなどを書いてみたいと思います。。。(2014年3月13日開設)

2024年12月29日(日)「復活・・・・」

2024年12月29日 08時07分58秒 | ご挨拶
パソコンの調子が悪くしばらくこれませんでした。
やっと復活です。
でも、しばらくは忙しいし・・・・
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「12月29日という日」

2024年12月29日 08時06分47秒 | 「何を思ってた?」(旧ブログまとめ)
【2023年】ツイッターつぶやき
正月用品の買い物に行きました。
鏡餅・・・・忘れた。ウウウ・・・・
ビニールに入った鏡餅を買うのですが、うまくないので毎年苦労しています。しかし、縁起もんですからなぁ。細かく切ってカキ餅にしたりしますがめんどくさい。
スーパーの駐車場は渋滞。
毎年不思議なのが、雑煮用の鶏肉の賞味期限が次の日になっている。たくさん切って売るので少し前から準備しているのでしょうね。帰ってから冷凍しなければならないのですからはじめから冷凍で売ればいいと思うけど、それでは見た目が悪いので売れないのでしょうか。
昆布巻き用の身欠きにしんを探したけどない。冷蔵品を売っている片隅にありました。いろいろと探すうちにスーパーの中をぐるぐると。
疲れますなぁ。。。。。
帰ってから昼寝をしようと思ったのですが、どうする家康の総集編が。
つい最後まで見てしまいました。

≪過去の記事≫

【2003年】
どよ~ん。。。
大掃除をしたのはいいのですが、ごみの回収は年内は終わっていました。
生ごみや分別ごみと一緒に年越しです。。。ハハハ
台所をやっていたとき、レンジがあまりにも汚く、妻と一緒にその汚さに見とれてしまいました。仕方なく新調してしまいました。
まあ、ともかくこれで新しい年を迎えられます。。。

【2004年】
東京も朝から雪です。積雪3センチほどかな?
今年は雪が多いのかもしれません。寒さも厳しいです。
腰の調子は最悪。。。。トホホ
医者も年末年始で休みになります。これから1週間、我慢するのみ!!
少しは歩き回ったほうがいいというので、息子の運転で正月の買出しに行きました。スーパーも商品の値段が高くなったような気がします。

【2005年】
どこもいよいよ御用納めですなぁ。。。
この一年を振り返って。。。なんてゆっくりした気分にもなれません。
なんだかどたばたと1年という時間は過ぎ去って行ってしまったような気がします。でも、この一年毎日必ずとはいえませんが楽しくこの日記も書けました。だいぶ愚痴も多いのですが、ハハハ。。。と笑いながら時々読み返しています。
読んでくださった方、ありがとうございました。年末年始も少しだけでも書けたらと思います。
よいお年を!!
読書ページに夏生さんの「庭ができました」を入れました。本とは内田先生の「先生はえらい」を先に読み終わり、途中まで感想を書いたのですが、難しくて先に進んでいないので先に「庭ができました」をいれました。時間があれば年内にはと思うのですが。。。。

「庭ができました」
                         角川文庫
               銀色 夏生  著
夏生さんは、夫との別居を決意した2000年頃(「つれづれノート10」)、沖縄県宮古島へ土地を買い「島移住」を考えますが、土地の造成に手間取りあきらめますが、その後島でなければならない理由はないと実家に引っ越すことを考えます。そして2002年7月25日、夫と離婚をして東京から故郷の宮崎県へお子さんたちとともに引っ越します。住まいは、狭くて古いご実家の離れに落ち着きます。(「つれづれノート12」)
すでにこのときに子供の頃に住んだことのある今は空き家になっている土地に家を建てる計画をしていました。家のデザインはすべて夏生さんが決めて家の工事が始まります。
この家は2003年7月に完成され、夏生さんは新居に引っ越します。(「つれづれノート13」)同時に庭造りの構想を進め、外塀の工事がはじまります。
この家については、2003年11月に「家ができました」(角川文庫)として出版をされます。
このように家作りと庭造りがされますが、夏生さんにとっては離婚をして宮崎に帰り、二人お子さんを育て、今までの結婚生活を振り返り、これからを考えますが、その意味では、夏生さんの心の中のひとつの区切りというものがあったものと思います。
2003年6月には、2002年頃から構想していた自選詩集「丘をばら色に染めながら」が出版されます。また、2001年11月発行の「バイバイまたね」以後約3年ぶりに2004年4月に詩集「雨は見ている川は知っている」を発行し、2005年2月には詩集「すみわたる夜空のような」が発行されます。そして庭造りが終わり「庭ができました」が発行されました。この詩人銀色夏生としての本来の作品にも夏生さんの心が現れているし、詩集という作品の発行自体にも新たな夏生さんを感じます。「つれづれノート」はもちろんですが、家や庭造りには平行してこのような作品も発表されているわけで、家や庭という形のあるものの作品ですが、その目に見え形のあるものと詩集などというほかの作品での心の部分を読者も平行して読んでみるとおもしろいと思います。
「今では、もう家も庭も私も、それぞれのんきにすごしています。作るときにやるだけやったので、心残りはありません。こうやって報告し終えたら、そこでやっと家と庭というこの作品作りは終わります。今はまた次のレポートにとりかかっているところです。」
                   (まえがき より)
「家ができました」もそうでしたが、この「庭ができました」もほとんどが写真ばかりの本です。
「家ができました」は、検索をすると建築関係の方にも読まれて評価されています。「庭ができました」も造園業の方や趣味で庭いじりをされている方の評価も出てくると思います。この意味では、本自体が夏生さんの作品であるとともに、家や庭というものが一つの作品となっているということだと思います。
しかし夏生さんファンにとっては、家や庭を楽しませていただくと同時に、日記エッセイ「つれづれノート」との関連で楽しめます。「つれづれノート」には、家や庭を作っていく過程が所々に出てきてそれがどのような形になって現れるのかが気にかかるところなのですが、それが本の写真によって紹介されるわけですかファンにとってはたまらない作品となります。
布団を干せるような大きな岩は、「つれづれノート」ではイラストとして書かれていましたが、本の写真ではパラソルの下の日陰で読書する夏生さんが出てきます。手作りの石垣、小石を埋め込む作業、庭の片隅にある生ゴミコンポスト(こては「つれづれノート」を読んでいても楽しく印象的なもの)、愛犬マロンの小屋、子供会だったかで作った「田の神さあ」、夏生さんの好きな木々や草花。。。。など、ファンにとってはたまらないものばかりです。
またたくさんの木々があるある中にもレモンの木がありますが、これは「檸檬の木の下で」といったかの詩にもあり、「やっぱり檸檬も植えられていたのかぁ。。」と考えたりもしました。あんがい思い出の木や草花もあるのではないかと思います。
写真ばかりの本ですからさっとめくって終わりかなと思ったらずっと見入ってしまいました。
「つれづれノート」ファンの方は必見の本です。

【2006年】
買い物に行き正月用の日本酒を買ってきました。
正月用なので少し高い酒を買ったのですが、少し味見をしてみようと封を切ってしまいました。これが間違いのもと。。。。
ハハハ・・・・味見のつもりがだいぶ飲んでしまいました。
夕食を食べ終わったら寝てしまった。。。
大掃除。。。。まだです。

【2007年】
昨夜、寝るときに雨の音がしました。
その雨も早朝にはやんだようです。一日中どんよりと曇りました。
でも雨の生か暖かい一日でした。
スーパーの食品売り場の棚はほとんど正月用品でした。
いつもウインナーとか置いてある棚に向かったのですが、ウインナーが無い?
パートのおばちゃんに「ウインナー、どこ行っちゃたんだろ?」と訊いたらだいぶ離れた棚にちんまりとありました。はじめはそのおばちゃんもどこにウインナーが消えたかわからなかったようで、店の奥に訊きに行っていました。
目に入るのは正月用品という中で、こういうこと一つとってもせわしなく感じます。
年々正月が嫌いになっていく。。。ううう

【2008年】
(記事なし)

【2009年】
(記事なし)

【2010年】ツイッターつぶやき
朝日新聞28日朝刊25面に文芸時評「わからない」の効用(わかると思うほうが間違い)というものが載っていた。
純文学は難しいというお話でしょうか?
この「わからない」の効用はとして、
「わからないの効用はわからなそうのものにある。私の頭がこんなに悪かったと思うと愕然とする。しかし文学が、いや世界が簡単にわかると思うほうが間違いなのだ。」
と。
この記事で「わからない」のどこに照準を当てているんだろ?
「わからない」ものを書くのは、偉そうに通ぶったものだと見ること自体がに間違いがあり、そういった人間は漫画などのわかりやすいものに走るという中原昌也の言葉を引用をして、この「わからない」ものを悪とする風潮が出てくると純文学は商売上がったりだとする。このような一部にある偏見があるのでしょうが、この記事ではこの「わからない」純文学の例として三つの作品を上げる。しかしよく見るとこの三つの作品の「わからない」は、どうも作品の構成や流れの中にある謎解き、手の込んだ文体や言い回しのような例ばかりのような気がする。
この構成の流れや複雑さあるいは謎解きのようなもの、そして手の込んだ文体や言い回しといったものは、たしかに純文学を「わからない」ものにするだろう。こういう「わからない」では、先の仲原が語る「わからないものは偉そうで通ぶったもの」といったようにとらえられて当たり前だろう。こういう意味での「わからない」純文学を純文学の正統派としたならどんどん読者は純文学から離れるだろう。どこか馬鹿にされたような感じがする純文学(といってもここの記事で紹介をされている三つの作品がこのような文学科は僕は読んでいないのでわからないが)という定義では。。。。。。だから水島さんの作品をわかりやすいと批判的になる。
漱石が文学は美文ではなくてその精神だと言ったように、美文に限らず凝った難しい文章が純文学ではなくて、著者の精神面がどのくらいうまく表現をされているかに文学的な価値が現れる。この精神面がどのように現れているかを読み解くのが本来の「わからない」の中身となる。
1+1=2は絶対正しいが、2=1+1と決め付けたらそれはある場合には間違いで、解が2になる数式は無限にあるのだから。文章に凝った作品の難しさは、1+1の式を数学の専門家が使うような高等数学の式に書きあらわして2という解を得るものに似ている。2を説明するのに何も高等数学は要らない。単純な愛を表現しているだけなのにその表現を小難しいように書く中に文学性を高める方法である。しかし2=1+1から2という数字は無限に表現できるよという中には、愛というもの形は無限に人間の心の中にあるとしてその一つを表現した意を表現したということになる。この場合の「わからない」は著者がどのような愛を書いているのか、読後に心に残る愛はどんな愛なのかというものをかみ締める中の「わからない」である。これこそ純文学の「わからない」ではないか?
そうすると、この「わからない」は、読者と著者のキャッチボールとなり、ただ理解するだけでは終わらない心の拘留が残る。そして読者は「考える」のである。「わからない」から考えるのである。読者がいろいろと考えることこの契機を作る「わからない」を表現した文学こそ本物となる。そして人間の心だから100%はわからないというものに行き着き、その中に純文学の例えば「愛」というテーマは永遠となるのである。

【2011年】ツイッターつぶやき
今のように政治も経済も混沌となりさまざまな矛盾が噴き出てきそれに対して有効な手段がない時にその批判から改革という言葉が出てくる。
改革という言葉には何か良い方向に向かうことを意味するように理解をしてしまうがその改革が本当に良い方向であるかは定かでないはずです。しかし改革という言葉を使い強い指導力を見せられるとどっとその改革という言葉に引き寄せられていく。
古い体質の中に何を再構築していくかが改革だが、改革を今までの制度を壊すということばかりに使われるならそれは改革ではないと思います。

【2012年】ツイッターつぶやき
安倍内閣はリフレ派の政策だとか言われ始めていますが、リフレーションってどんな政策なんでしょ?
金融緩和政策などを通じて、穏やかで安定したインフレ政策、遊休した設備投資や失業を克服、需要を創出。これによりデフレという不況から脱出する。(ウィキペディア参照)
なんとなく理想論的なインフレ政策なのではないでしょうか。
今日の『blogos』にも
『リフレは日本が抱えている最重要問題のうちの3つ、つまり1、景気低迷、デフレ、膨大な国の借金を一度に解決するのに役立つ可能性を秘めている。金融緩和を実施すれば、おそらく日本の失業率が少し下がり、また円が値下がりして輸出業者を助けることになるであろう。』
というリフレーションへの期待のような記事がありました。
このようにうまくいく政策なのでしょうか?
金融緩和政策はゼロ金利に加えて量的金融緩和に向かっていると思いますが、市場に流れる貨幣量を貯金を減らしてそして低金利で日銀が貸し出したりして貨幣量を増やそうとした景気回復には至らないという事は今までのゼロ金利でも証明されていますし、資金は国外に流れて国内の設備投資は進まなかった。結局は消費不況の中でのデフレも克服されなかった。ここでさらに量的緩和で貨幣量自体をじかに増やしても同じ結果になるのではないでしょうか。ですから景気の低迷やデフレ対策にはならない。
同時に国債の発行量は増えてさらに安倍政権では国債の発行量が増えるようです。リフレーションによりこの赤字が減るのかといえばそうではなくて、今現在も国債の金利が上がる傾向を示しているわけですから国際自体の危機にもつながるのではないでしょうか。
失業率が減ると言いますが、インフレ政策と失業率には何の必然的なつながりはないでしょう。同じく低賃金化は改善されないでしょう。
リフレーションといっても、結局はインフレ策でしかなく、その結果は多少のインフレが発生したとしてもそれはインフレと不況が同時に進むというスタグフレーションの拡大でしかないのではないでしょうか。そして酷な需要はインフレによってそして今後の消費増税によってさらに冷え込み、売れない商品はその価格を下げ続け、さらなる低賃金化が進み、更なる価格破壊が進むというデフレスパイラルに陥るのではないか。

【2013年】ツイッターつぶやき
経済的にも政治的にも矛盾が深まり発展の動きが停滞をしはじめる。今の社会(先進国あるいは資本主義といってもいい)がこの段階にきています。これまでの社会では今のような事態になれば恐慌が起きて戦争に突っ走るということになっていたかもしれませんが、先進国や途上国も含めて恐慌を抑えようとしていますし世界大戦を抑えようとしている面があります。これ自体が社会の発展でしょう。
しかし国民生活の低下と格差の拡大そしてそこからの相対的過剰生産が解決されたわけではありませんので停滞事態は深刻さにおいて同じでしょう。
この中でこの停滞からどう切り抜けるかが課題となっているわけです。
資本主義といってもそれぞれの国においては違いがあります。その国の歴史の流れの中に同じ資本主義でも形態と特徴があります。この中でその国それぞれに社会の発展の特徴も違ってくるでしょう。日本もまた模索をしているのですが、どうも今の矛盾解決を過去に戻ることにその解決策を見出すような動きとなっています。しかしその方向はひとつの矛盾として戦後かこのものとなったはずです。ですから社会の発展は今現在の矛盾をどのように発展性に変えていくかでなければなりません。歴史において日本が獲得したもの、それを土台にして社会は発展するでしょう。それは平和主義であり戦後民主主義であり、日本独特な共同体的な経済や政治です。それをどのように発展させるかですね。
これから逸脱をすれば日本への見方は当然古い社会への回帰となるでしょう。

【2014年】ツイッターつぶやき
「日銀は「デフレマインドの払拭(ふっしょく)」を目指して金融緩和を続けていると言うが、日本人が物を買わないのは本当にデフレマインドがあるからなのだろうか。本当に物の値段が先行き下がりそうだから買わないのだろうか。」(「日銀が導く未踏の境地「4年連続円安」の現実味」より引用)
以前も書いたが、やはりここでも日本経済の実態は単なるデフレではなくて「デフレ不況」なのです。
物の値段が下がるのは生産性が向上すればそれは経済法則です。その時企業利益が名目上減るわけですからそれをカバーするために禁じ手である労働賃金が引き下げた。それは非正規雇用の増加といった形でも引下げを行った。ここに消費マインドの低下が起こってしまったのです。何も先行き物価が下がるのを期待しての「買い惜しみ」ではなくて買いたくても買えない状況が作られたのです。
「アベノミクスが始まった日を2012年11月14日とすると、その日以来、円は対ドルで52%下落している。約25カ月半で円が対ドルで50%超下落したのは、1973年の変動相場制移行後初めてである。」(同上引用)
アベノミクスの失敗は消費増税といわれていますが、本質は円安誘導でしょう。

【2015年】ツイッターつぶやき
(記事なし)

【2016年】ツイッターつぶやき
(記事なし)

【2017年】ツイッターつぶやき
今年は国民が愚弄された年ではないかと思います。
何でも有りの社会が普通になり、何でも有りを無意識的にも意識的にも行使したものが得をする。
何でも有りを意識的に行使することが愚弄です。愚弄は犯罪にはならないからと行使されます。
勿論行き過ぎた愚弄は犯罪となりましたが。
政治経済を中心に社会の隅々にまで浸透してしまった。
愚弄する人々はもちろん何かしらの「力」がある。
その力の行使を何でも有りとして行使するから愚弄できる。
国民は国民一人としては無抵抗にならざるを得ません。国民が分断をされていると愚弄されやすくなる。
来年は愚弄していた人々が愚弄される社会になるかもしれない。というのは、より強い力を持つ者が弱い部分の愚弄していた人々を愚弄するという事です。
愚弄する社会は国民の嘲笑の対象となります。
現実に笑わざるを得ないことがまじめが必要な場で語られますね。ブラックユーモアかと思ってしまうことが。。。。
しかし、この愚弄することが当たり前の社会は政治や特に経済に深刻な悪影響をもたらすでしょう。
愚弄社会は自壊していきます。

【2018年】ツイッターつぶやき
東京も寒くなってきましたので今夜は湯豆腐です。
ということで夕螺家特性湯豆腐のタレ。。。。。
小鍋に水、酒、砂糖、みりんを入れて多めの醤油を入れます。
これを沸騰させて濃いめに煮詰めます。
そこに長ネギのみじん切りを入れてまた一煮立ち。
火を止めたら鰹節を入れたら出来上がり。
食べるときは長ネギや鰹節を除いたたれだけで湯豆腐を食います。
甘めのタレですが、これがうまい!!
スーパーに行ったら京都の豆腐がありました。
土鍋に入れようとして切ったらびっくり。。。。
なんか胡麻豆腐のような粘り気がある。
たぶん葛が入っているんではないかと思います。
京都の豆腐ってこういうものでしたっけ?
昔京都で湯豆腐を食いましたが覚えがない。。。。。

昨日、妻とファミレスに行ったら、メニューにおつまみで「キャベツのアンチョビ炒め」がありました。
うまそうなので夜の酒のつまみに作ろうと思ったのですが、先日買ってきた塩鰹があるのを思い出しました。
キャベツをオリーブオイルとコショウで炒めて塩鰹のみじんに切ったものを入れるだけの料理です。うまかったです。
そういえばアンチョビはオイル漬けですがしょっぱい魚という面では塩鰹も似たようなものですね。ですからペペロンチーノに入れたりガーリックトーストに乗せてもいいかも。
使い方は案外あるかも。
そういえば塩鰹を薄く切ってゆずの皮を入れて甘酢につけてみましたが塩分も抜けておいしかったです。

【2019年】ツイッターつぶやき
「黒い霧」
懐かしい言葉です。
まだ子供のころだったか、子供の中でも「黒い霧」という言葉が広がりました。
プロ野球での八百長問題が表面化した事件でした。
「八百長」
今の社会を見てもこの言葉が当てはまるように感じます。
黒い霧に包まれた八百長社会。
桜を見る会の疑惑はまだ続いています。
続いているというよりもさらに問題化は深まってきています。
毎日新聞によると、桜を見る会の名簿はシュレッダーにかけられてしまったといわれていますが、公文書を破棄するときには廃棄簿に記載することが義務付けられているそうですが、この廃棄簿に桜を見る会の廃棄が記録されていないそうです。
同じく毎日新聞によると、昭恵夫人の私的な交友関係者も招待をされており、以前から昭恵夫人は私人なのか、公人なのかと問われている中桜を見る会についても私人である婦人の意見が通されているようです。
桜を見る会に限らず、現在の政治はすっかり国民から離れて一部の政治家などによって陰でうごめいている。そしてそのうごめきは国民には見えないようにされている。
この状態が黒い霧となって矛盾が見え隠れしている。しかし今の政治は圧倒的な力を持つ党が独裁的な力を持つのですから、矛盾はあるときには八百長にもなる危険性をもって進んでいく。
その八百長試合を見て国民は興奮させられているのでしょう。
八百長とわかっていても興奮して応援する。
それが日本を愛することになっている。

【2020年】ツイッターつぶやき
正月自宅支度のため車で買い物。コロナで密を避けるために買い物はできるだけ一人でというのが常識化されている東京です。
ついでに車にワックスをと思いいつものガソリンスタンドに行ったのですが洗車機の前は車が行列を作っていました。あきらめてスーパーへ。
道路はすいていたのですが、運転が荒っぽいですなぁ。。。
なぜかみんな急いでいる。
そんな話を妻にしたら「師走だからね」と。。。。
今年の御節料理はどうするか迷ったのですが、頃感染が拡大していますから手作りの方が安心かなと思い毎年のように手作りします。
昆布巻きだけは大変ですから今年は買ってきました。
明日から2日間で作ります。
買い忘れたものがいくつかあるのでまた明日スーパーへ。
コロナ感染が怖いのでササっと行ってきます。

【2021年】ツイッターつぶやき
正月支度と言ってもおせち料理を作ることぐらいで日常とそうは変化はないです。
今日は買い物に行ってきました。
夕飯用に牛肉を買ったのですが、帰ってきて思い出した。。。。。
去年の正月用に買った牛肉を思い出し失敗したことを。硬くてまずいし高い・・・・・
去年、もう牛肉はやめようと思ったのを忘れて買ってしまった。
そういえば去年チャーシュー用に買った肉もなんだか筋が多かった。。。。。。
なんだか出だしが悪いですなぁ。。。。。。
どんよりしながらも明日から御節料理を作ります。
黒豆、昆布巻き、伊達巻、ナマス、松前漬け、田作り、煮しめ。。。。。

【2022年】ツイッターつぶやき
冬至も過ぎて正月がやってくれば春も近いですなぁ。
白木蓮が小さい固いつぼみが出てきました。
山茶花はたくさん咲いてツバキが一輪。



少しづつ陽が伸びていく楽しみ。
1カ月もすれば春♪
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「12月28日という日」

2024年12月28日 21時16分32秒 | 「何を思ってた?」(旧ブログまとめ)
【2024年】
(記事なし)

≪過去の記事≫

【2003年】
湯本香樹実さんの「ポプラの秋」を読んでいます。
雰囲気としては梨木香歩さんの「西の魔女が死んだ」です。
「夏の庭」しか読んでいませんが、湯本さんの文章も好きです。
おばあさんと少女。成長した少女が知ったことは?後を読むのが楽しみです。
スーパーは、すっかり正月用品一色でした。
今年の正月は、1泊ですが泊まりに行きます。なんか正月用品で正月を祝うというのもあまり好きではない。これも何の正月らしさもなくなった東京に住んでいるからでしょうか?それとも核家族だからでしょうか?

【2004年】
腰の調子はまだ悪いです。
明日の大掃除は、妻と息子がやるそうです。
どうも運動不足もあるようですし、医者の話では坐骨神経痛になりやすい体質とか。。。。気をつけよう。。。。。
ごろんと横になって草薙さんの秀吉を見ていました。
どうも良く描きすぎなような気がしますが、作者の考え方には賛成ですが、今回のアメリカのイラク攻撃のように、平和を作るには戦争が必要というものにはつなげたくない。

【2005年】
浄水器のフィルターの連絡ががまだ来ない。
仕方ないのでスーパーまで行ってまだ届かないか聞きに行った。そしたらだいぶ待たされてまだだと言う。同じ型のフィルターならすぐに届けてもらうと言うが、そのフィルターは浄水能力が落ちるもの。。。どんより
「メーカーは売るだけ売ってちゃんとフィルターの在庫はないのか?」と思い、メーカーに苦情を言うから電話番号を教えてといったら、注文のファックスがなかなかつながらなかったという。
メーカーが変なのか、スーパーが変なのか?
何しろ10日過ぎても我が家のフィルターは届かない。
昨夜のテレビで、日本の流通面のよさを世界に広げるというような番組があったが、我が家の浄水器のフィルターはまだ届かない。。。。
ニュースで聞いたが、とあるコンビニ。。。コンビニも24時間営業が困難になってきたらしい。
日本の素晴らしい流通機構も働く人が大変になってきているのか?高齢化?
若い人のアルバイトも徹夜じゃなぁ。。。。

【2006年】
(記事なし)

【2007年】
今年もあと3日ですね。
この一年、いろいろとあったのでしょうが過ぎてみれば短いものです。一日一日を大切にと思うのですが、やはり過ぎてみればどんよりとしてしまいます。
正月用のカブのナマスを作りました。
このナマスはお袋の味。カブの皮をむき縦横に深く切れ目を入れて塩でしんなりするぐらいおいておきます。塩を洗い落としてから甘酢、鷹の爪、ゆず、昆布、干し柿少々で冷蔵庫の中で漬け込みます。多分、正月には食べられると思うのですが、素がきついと嫌なので、1回砂糖を入れて煮立てて見ました。すっかりさめてから使ったのですが、カブがいたまないかな?ちょっと心配です。。。。
昨夜はラーメンサラダを久しぶりに作りました。
普通のサラダの中に冷やしたラーメンを短く切ったものを入れ、ごまのドレッシングで食べました。これが案外いけるんです!ラーメンの玉が余ったときにでもお試しください。

【2008年】
(記事なし)

【2009年】
(記事なし)

【2010年】ツイッターつぶやき
(6)で書いた一つの産業内のABCという企業をまたここで見ます。
A社は100人あたりの商品の生産性は年間5万個とする。
B社は100人あたり10万個。
C社は100人あたり15万個。
(6)でも触れましたが、この労働の生産性の違いから生じる商品の市場価格がその価値からはなれて平均の価格形成としての特別な剰余価値を与える中での各社の利潤率はC社が一番高くA社が一番低くなる事を見ました。そしてここに資本主義的競争の原動力がある事を見ました。
この中でA社はもちろんB者もその生産性を向上させようとします。そしてC社と並ぶ生産性を得たと仮定します(C社の生産性は現在のある限界内にあり停滞するとします)。するとこのある商品を生産する産業内には平均な利潤が確定します。各社はそれぞれ100人当たり15万個の商品を生産することができるのですから、この産業をX産業とすれば
X産業は100人あたりの生産性は45万個
となります。
仮に10年前のX産業の生産性は低くてA社並みだったとすれば、X産業はこの10年で同じ労働力量(100人あたり)での商品の生産数が15万個から45万個の増加したこととなります。10年前と現在でも不変資本量と可変し本領の投資される資本は同じとすれば、それを分母として商品の総(100人あたりの労働力に対してですが)売上を分子にした場合、ある利潤率が決まります(追記:分子分母反対だったかな?)。しかしこの生産性の違いにより何が異なるかといえば、生産された商品量にあります。ある一定の利潤を得るには、10年前は15万個生産をしていたが今では45万個を生産している。そうすると商品1個あたりを見るとその価格は3分の1になります。X産業では同じ利潤を得るのにより多くの商品を市場に出さねばならなくなったということです。
同時に特別な剰余価値を得られなくなっているわけですから市場価格は価値に一致してきます。
資本主義生産とその資本主義的競争がもたらす一つの帰結は、市場における商品量の増加と一つあたりの商品の価格は価値に一致をして低下するということです。
これは資本主義生産の無政府性として現れざるを得ません。
X産業では、より多くの利潤を求めようとすれば工場の新設や市場の独占化のために各社の潰しあいに頼らざるを得なくなります。これがまた資本主義競争として行われるようになります。そしてまたこの工場の新設の競争がさらに市場に送る商品量の増加とも結びつくことが起こります。しかしここでは先にも書いたように特別な剰余価値を得られなくなっていますから、企業の利潤率は上がりません。生産性の向上のない中に工場の新設だけでは利潤額は上がるが利潤率は高まらない。ここに企業あるいはX産業そのものにまず停滞感が現れます。
一方商品量は市場の中により多く出されるわけですしその商品量は無政府性の中にあり一度過剰感が出てくると各社の中では値下げ競争もはじまります。値下げといっても赤字になるわけではないが、利潤低下であると同時に剰余価値率の低下として現れ始めて企業の停滞感はさらに深まります。
その産業では株価が下落をして資金が他の産業に流れていくでしょう。今資本をより吸収する産業の育成とか言われていますが、それはこのことからはじまる一つの帰結菜わけです。
しかし以上のような現象が他の産業にも波及をしていくならば、一つの社会そのものが不況という形をとり始めます。
次にこのような資本主義的生産とその競争がもたらすものとしての労働力を見ることにします。

【2011年】ツイッターつぶやき
人の歴史上に科学技術というものが飛躍的に発達したのはつい最近のことである。その科学技術を利用して様々な人の生活を豊かにするものが生まれた。工業技術や交通のための技術、エネルギー技術、科学・科学技術。。。。このような技術の発展は様々な実験や不十分な技術ゆえの事故などにより人の命も犠牲にしてきた。しかしその犠牲を悼みつつ更なる安全性を求めて発展をさせた。飛行機が落ちれば数百人の人間が死ぬ。大変な犠牲である。しかし飛行機の発達をやめようとはならないでしょう。誰ももう飛行機を作るのはやめようとは言わない。安全性を高めようという。
もちろん人類は社会を作り生きているわけでその社会は技術の発展と同時に、いや技術の発展の基礎として資本主義を構築した。技術は利潤目的となり、常に安全性と利潤のはざまで事故は起きたということもある。
中世の社会とは比べ物にならない生産力の発達の基礎の科学技術、これは飛躍的な出来事だった。しかし今や人間はまた飛躍的な技術を取り入れようとしている。ロボットもそうだし農業での遺伝子組み換えも遺伝子治療という医療も。そして原発という核の利用もこれまでの技術の発達とは質の違う飛躍をしようとしている。
これらの飛躍した技術を今までと同じ社会システムで続けることができるのだろうか?安全は保てるのだろうか?原発の商業利用が何を招いたか。安全性と効率性や利潤のはざまでやはり事故を起こしてしまった。またはその利潤優先あるいは科学技術への過信から安全神話というものさえ生んでしまった。事故が起きれば飛行事故とは比べ物にならないやはり飛躍した犠牲が目の前に現れる。放射能の拡散により人が住めなくなったり食物が食えなくなる。地震や津波の被害の復旧も遅れる。経済は立ち直らない。多額の保障金や事故処理が国家の財政を大きく圧迫をして知れは国民負担の増税となる。このような様々な目の前に現れている出来事は原発という科学技術も人の社会もいざ事故となれば核を制御できないことを証明をしている。飛躍した技術による飛躍した犠牲。この中でまだ原発技術を将来の発達のために商業利用ということで続けるのだろうか?
飛行機事故での犠牲は次の安全性へというチャレンジ精神はいかされるとは思うが、原発の事故という飛躍的な犠牲の大きい事故を繰り返しながら安全性を高めるということはできないことだろう。技術の発達のために犠牲を生かし安全性をとなどという余地はないのである。人がこれからこれまでよりも飛躍した技術を発見していくことだろう。それを生かすには人自体の発達も必要で意識も変えていかないととんでもないことが起きることを忘れてしまうでしょう。そのたびに安全なはずだったとか想定外であったなどと言っていたら人類は滅びる。

【2012年】ツイッターつぶやき
マニフェストを掲げて民主党政権ができその失敗から今回の選挙ではマニフェスト(具体的数値など)は示さないところで行われた。この方向で動いたのが自民党でしょう。選挙には政策があるわけですが、目立ったものは改憲や自衛隊の軍隊化そして経済面では成長戦略でした。しかし実際政権をとってみれば具体的なものを示す必要があるわけです。
その点で政権に着いた自民党は具体的には何を国民に約束しているのでしょうか?
第一次安倍内閣の「美しい日本」が今回は「強い国日本」的な言葉に代わっただけではないでしょうか。
新聞の世論調査でも安倍内閣の政策実現(指導力)にはあまり期待感がないようですが、政権交代のため、選挙で勝ったのは民主党批判の棚ボタ的な勝利そして政策には指示はそうは高くない中での「美しい日本」と同じく言葉による国民を引き付けることに集中しているのではないでしょうか?
もちろん自民党には政策はきちんとあるのです。しかしその政策をきちんと国民に示さないところで進めているのではないか?
それが言葉の強さという形での抽象性になる。
一番端的な例が、ロイター通信の記事によれば
「2030年代に原発ゼロという決めつけはしない」と見直しの意向を表明。原発稼働ゼロは、1)40年運転制限を厳格適用する、2)原子力規制委員会の安全確認を得たもののみ再稼働する、3)原発の新増設は行わない、という3つの基本方針で構成していたが、同相は27日未明の就任会見で、新増設について「現時点でイエス、ノーを決めるのではなくて、専門的知見を十分に蓄積した上で今後の大きな政治判断になっていく」と、前政権からの方針転換に含みを残した。」
と、茂木経産相の言葉が報道されている。
自民党は一応は原発に依存しないエネルギー政策は捨ててはいないと思いますが、30年代の脱原発、40年を超えた原発の廃炉、新増設はしないというすべての民主党政権での日本方針をチャラにしようとしてる。その上に立っての10年ぐらいしてのエネルギー政策を語っているのではないでしょうか。そこに具体的な政策としての脱原発と自然エネルギーそして火力発電依存からの脱皮というものが見えるでしょうか?かといって自民党は脱原発をやらないのかといえばそこは不透明なものになっています。
ここに国民に対して将来のエネルギー政策を示しているでしょうか?この意味において政策がないわけです。しかし同時に脱原発の基本策は反故にして原発の容認と推進を政策として行っている。どういうことでしょうか?エネルギー政策を決めるとしながらも原発依存を進めるという国民を欺くようなものと見えるわけです。国民に期待を持たせる言葉が先行しながら具体的な政策は国民意識から離れる。
このようなものは、経済政策という面での成長戦略もその中身が見えにくい中に政策は進められる。国民に何を約束するのか?そもそもデフレ脱却と成長路線は国民生活にどのようなものを約束するのでしょうか?結局は古い自民党的な国民生活向上抜きの公共事業という成長路線ではないかという疑問はぬぐえないでしょう。
改憲についても表だったものは出ていませんが水面下では勧められているのではないでしょうか。
このような今の自民党が見え隠れする中に自民党への政策的な懐疑が生まれ裏を見えればそうは支持できないといったものの中での支持の低さでしょう。

【2013年】ツイッターつぶやき
アベノミクスでの賃上げ(これは国民生活の安定です)の約束。オリンピック総会での福島原発の汚染水問題。靖国参拝による中国・韓国への対話の窓の発言。沖縄県知事との約束。そして靖国参拝での波紋の広がりと領土問題・拉致問題の解決という公約。。。。。
安倍総理は国内・海外へとたくさんの約束事を作りました。
しかしこれらの約束事に対して具体的な政策などがあるのでしょうか?
これまでの国民目線の政策とアベノミクスの乖離。これまでの日本の平和主義と安倍総理の積極的平和主義。
これらが乖離していく一方ならどうなるのでしょうか?
日本の経済政策も含めた政策全般が国家主義というイメージが国際的にも広がり、国内的にも矛盾が広がります。
もちろん政府の言動は国民の言動にもなる場合があります。安倍政権支持が国民の請えとしても世界に広がるでしょう。もちろん国民の多くには批判的声があることは前提としてですが。
あっちこっちで重大な約束をして間逆な言動をしたりその実態があるとき、それはどのような事態を引き起こすか。。。。。

【2014年】ツイッターつぶやき
(記事なし)

【2015年】ツイッターつぶやき
(記事なし)

【2016年】ツイッターつぶやき
(記事なし)

【2017年】ツイッターつぶやき
gooお題「今年の正月休み、どう過ごす?」
正月もどてら一枚着て過ごす 夕螺
アハハハ・・・・テレビ見て昼寝して・・・・・
同じ一日です。
でも、何か楽しみを探さねばと思い定年後はおせちづくりに挑戦。
と言っても、食材はなるべく手のかからないものを使って合理化していますが。。。。
毎年8品ほど作ります。
これをつまみに元旦は朝からお酒を。
ですから正月の楽しみというのではなくて正月を迎えるたのしみかなと思います。年末のあわただしい時期に料理に集中してみるのもいいかもしれませんよ。
正月中は日帰りで実家に行ったり。静かで空気の澄んだ東京の町を楽しみます。晴れたら花の世話でもしようかと思います。
時々房総半島にドライブ。
今年は久しぶりに出かけて包丁の(料理人の)神様でもお参りしてきます。家庭料理の切れなくなった包丁を使う毎日ですが、それなりにお参りをして腕を上げようと思います。

【2018年】ツイッターつぶやき
今年もあと3日となりました。
今年も政治への疑念が深まり企業の不祥事も多くありました。
来年も社会という面ではあまり良くない年になりそうですなぁ。
以下ツイッターから
消費増税10%に向けた軽減税率財源を過去予算での社会保障費1000億円を充てるという(産経)。消費増税は社会保障の充実に回すといっていたはずですが、消費増税に耐えきれないアベノミクス擁護のために社会保障が犠牲に。逆立ちをしている。
たしかに社会保障費からの1000億円は国民の新たな負担にはならないといわれているが、2019年度予算では社会保障費が1200億円抑制されるといわれている(毎日)。
結局は国民に対しての社会保障の切り捨てにより軽減税率財源を作るということですね。会計帳簿の移し替え。
過去会計の1000億円を組み込めば社会保障費1200億円の抑制はしなくてもいいのでは?
軽減税率財源にはたった9カ月しか使用しないポイント還元のシステムのための開発費なども含まれるのか。結局企業へのバラマキも含まれることになる。ポイント還元もお年寄りや低所得層にはメリットはないでしょう。
社会保障一つ見ても何かごまかされるような気がします。
今年の株価のしめは、年明けに日経平均2万円を守りたいという気持ちと、株の下落は必然という気持ちの葛藤劇で終わりました。アベノミクス最後の砦である株価も怪しくなっています。
国民を苦しめる方向に向かうわけですが、これが今の政治経済の自壊に向かうことは皮肉です。

今日は御用納め。
皆さん、この一年後訪問いただきありがとうございました。
おかげさまで楽しくブログ生活を送ることができました。
来年もよろしくお願いいたします。
といっても、ブログは続きます。
またおせち料理づくりの記事かなぁ。。。。。

【2019年】ツイッターつぶやき
労働組合は労働者には必要な組織です。
しかし労働組合も名ばかりで第二労務課となってしまったら労働者の見方にはならなくなります。その上組織ですから労働者を縛ることができる。極端に言えば、労使馴合いの労働組合の中で会社に要求を出しても労働組合が抑えてしまうことにもつながる。
BLOGOSに東京駅の赤煉瓦の中に働く労働者の苦悩が書かれている。
管理職から組合をやめろと言われ続け、労働組合に言っても受け止めてもらえないので個人として提訴したが、組合から組織として告訴を取り下げろと。
労働者は組織の一員ですから、労働組合組織から指令が出ればそれに従うのは義務です。しかしそうならば労働組合はその組合員の立場で動く責任もあるわけです。
これがなくなると労働組合は第二労務課になり、行き着く先は産業報国会です。
このような労働組合の状態が増えてきているのですが、労働者の要求を押さえつけておくのには限界が出ます。むしろ非組織労働者の要求の高まりが出ているかもしれません。ひどい労働組合があるよりも非組織で自由に提訴できるとか。。。。。ユニオンショップでの縛りも労働組合を作らせない企業には存在しないでしょう。
労働力不足が言われていますから労働者の要求も出しやすくなっていくでしょう。
しかし団結がなければ個人的な要求だけではだめです。団結は労働組合組織にあるのですが、その労働組合がどこと団結してしまっているのか。。。。
日本の悲劇ですね。先進国とは言えない状態です。
注意深く世界の動きを見てみると、何かしら社会に対してのストライキの記事が出てきます。
労使の話し合いは必要です。しかしそれは一定の対立がなければ労働者を守れない。
社会全体でもそうですね。
左派勢力が伸びない原因も根っこは同じです。

【2020年】ツイッターつぶやき
政府はGo Toの経済効果を言う。
しかしこの経済効果というのはどこの熱くどこに薄いのかが問題でしょう。そしてこの経済効果というものが一般の労働者への恩恵があるのか。
時事通信の「高級宿、GoTo効果3倍=恩恵に偏り―民間調査」という記事がある。
普段は高くて泊まれないホテルに泊まる傾向があったのでしょう。
Go Toはこうした高級ホテル(旅館)と旅行会社などそしてGoToを取り仕切る企業にその恩恵が現れているということでしょう。
小さな旅館などはどうなんでしょ?
アベノミクス効果と言われたものが企業利益として恩恵がありましたが勤労国民にはその恩恵を言うのはありませんでした。Go Toもアベノミクスと同じ結果だったのではないか。
コロナ関係で失業者が8万人に達しようとしている。女性御中心に自殺者が増加をし貧困書いている。
この状態は経済に良い結果をもたらしていないということで、企業へのバラマキ以外のものではないということです。
歯科もしかも感染拡大という危険性を犯しながら。

【2021年】ツイッターつぶやき
最近給湯機が不足しているようです。
この厳冬中給湯器が故障すれば大変ですからなぁ。
一番の理由がコロナによる海外のロックダウンにあるようです。しかしコロナの影響と一口に言っても給湯器が海外で生産されているのか、部品が製造されているのかによって違いがありますね。どうも半導体不足のようです。
この半導体不足がいろいろな産業に影響を与えそうです。家庭内を見ても電化製品にはほとんど半導体が使われていますし、車に乗るにしてもその車にも使われている。
この半導体不足もコロナによる影響が大きいのでしょうが、昔の日本は半導体生産で利益を上げていたはずですが今は輸入に頼るようになっているのでしょうか。
日本の半導体競争に負けたのか、海外で生産されたものに頼ることで利益を上げようとしたのか。
モノづくり日本は昔の事と言われはじめていますが、半導体だけではなくていろいろな生活に必要なものが海外で生産される。日本経済の衰えは輸入に対しても競争に負けるでしょう。ある部品などを輸入する場合、その部品が不足常態なら価格は上昇する。すると経済が強い国の企業がその部品を手に入れるでしょう。日本はさらに経済状態だけではなくて通貨安を進めている。
今後いろいろな面で影響が強く現れるでしょうね。
すでにエネルギーや食品などの輸入価格上昇の影響が出ています。牛丼も高く気楽に食えませんなぁ。サラリーマンのお小遣いも減る中で牛丼値上げでは昼飯に食えなくなる。
こういった減少が家庭生活全般に現れてくるのでしょう。

【2022年】ツイッターつぶやき
岸田総理は就任直後「新しい資本主義」を公約とした。
当初は国民に期待を持たせるような中身であったが、すぐにトーンダウンを繰り返しながら今では軍備のためにたばこ増税含めて増税を行う。
敵基地先制攻撃も公然と内閣の主張となっている。
新しい資本主義は国民生活を犠牲にしながらの軍事国家となる。これはウクライナを心配している場合ではなくなる。
今日の徹子の部屋にタモリさんが出演していた。
来年はどんな年になるかという問いに対して、新しい戦前となるのではないでしょうかねと。
戦争ができる日本は、安倍内閣でのアメリカとの同盟国という安保の解釈に出ていた。それを実現化するのが岸田内閣である。

【2023年】ツイッターつぶやき
昨日から右目に違和感があったのですが、今朝目を覚ましたら傷みが出て目が赤い。
年末で医者もやっているかどうか。。。。。
車で朝から出かけたのでその後眼科に寄ってみました。
開いててよかった。。。。。
年末から正月中この傷みが続くことを考えるとゾウっとしました。
今は正月中も当番制で空いている医者があるそうですが、眼科が開いているかどうかはわからない。
今はスーパーも3日まで休みというところが増えましたが、だんだんと昔のような社会に戻りつつあるのでしょうか。
眼科の帰りに、やはり今日までだという床屋へよりさっぱりしました。
開いててよかった。。。
コメント
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「12月27日という日」

2024年12月27日 08時04分19秒 | 「何を思ってた?」(旧ブログまとめ)
【2024年】
(記事なし)

≪過去の記事≫

【2003年】
東京初雪。
早朝、外でバシャバシャと車が通る音がしたので雨かぁとお持ったら思ったら雪。。。
昨日は、千葉県での釣りのときも東京も暖かでしたので、びっくりしました。
我が家のボロ車にも雪が積もっていました。
日中は晴れていましたので雪もすぐに解けましたが寒い一日でした。

【2004年】
障子の張替えをしました。
しかし。。。。ううう・・・なさけない。
昨日ドライブにいって来、帰ったあと、腰に違和感があったのですが、障子の張替えをしていたらゴキっと。。。。
軽いぎっくり腰になってしまいました。
接骨院でマッサージをしてもらってきました。しばらくは車の運転もできません。
この後の大掃除や買出し。。。どうしよ。

【2005年】
(記事なし)

【2006年】
昨年買った正月用の梅の寄せ植えに一輪花が咲きました。
正月にはうまく咲きそろうと思います。
梅一輪一輪ほどの暖かさ
この句は初春の句かと思いますが、なんと今日は小春日和を通り越して春一番のような暖かさと風でした。昨夜はすごい風雨でしたが、被害は植木鉢が一つ倒れたぐらいでした。
今夜はスタミナ焼き。。。。
何をつくろうかな。。。と悩んだときは手ごろです。

【2007年】
(記事なし)

【2008年】
(記事なし)

【2009年】
(記事なし)

【2010年】
アンチという言葉をよく聞く。
大体が好きか嫌いかといった感情をむき出しにした「反」というものとなり、それが言動として現すことにより時には汚い言葉や誹謗中傷につながったり、時には「死ね」というような単純な言葉としてその幼児性にも似たものともなる。
この場合の「反」としてのアンチは単純なだけにだれでもがアンチの仲間に入れるわけです。
今の社会ではこのような意味でアンチという言葉が理解をされているように思う。
そうすると、言論の自由とかという自由にもかかわってくる。「アンチというものも言論の自由だ」となる。もちろん言論の自由は保障をされる。しかし「バカ」とか「死ね」とかといったアンチの言葉はもちろんですが、何の中身もない感情的な言葉を汚く表現をすることも表現の自由とされはじめる。しかしそこにある言葉は言論や表現といえるだろうか?値するものだろうか?
自由を間違った理解で受け取り、「反」というアンチそのものの乱用である。
わかりやすくするためによく聞く「アンチ巨人」という野球を例にとって見よう。
それぞれにひいきの球団は野球好きにはある。その中でも他の球団はともかく巨人だけは好きになれないし、対戦相手がどの球団でも巨人が負ければいいという「アンチ巨人」がいる。しかし野球場に行って巨人の応援席に行ってアンチ巨人だからとそして応援の自由だからといって他球団の旗を振って騒いでいるならこれをアンチといえるだろうか?野球には野球のマナーができていてこのような行為はマナー違反となり野球好きからすれば仁義に欠ける行為となる。
こういうアンチはアンチとはいえないだろう。ただ野球というスポーツとそれを応援するものとしてみれば、野球を冒涜する行為と見えるのではないか?
こう見るとアンチという言葉を変に曲解をして使われる場合が多いのではないか?
アンチという言葉がどこから出てきたのかはわからないが、どこから今のような曲解をされたアンチが定着してしまったのか?
しかし同時に注意しなければならないのは、アンチ「アンチ」といったものから批判という本来の言論や表現の自由を反「アンチ」の立場から国が規制をしていくというものもある意味アンチの規定を曲解するものとなる。
本来のアンチとは?あるいはどうあるべきを考える場合、このアンチという言葉は「アンチテーゼ」の略でなければならないだろう。
上の野球の例で言えば、「巨人は好きだ」という命題から「巨人は嫌いだ」という相反するものがぶつかる。これを互いに応援席に殴り込みをかけるようなアンチでは何の発展もない。しかし今サッカーなども盛り上がり野球ファン人口も減りある意味アンチ野球が増えている。その中で、巨人ファンもアンチ巨人ファンのも酒でも飲みながらこれからの野球をどう残していくべきかを話し合えばそれは発展である。矛盾からの発展であり止揚である。例としては変かも知れませんが、この相反する命題の建て方からより発展した矛盾の解決としてのアンチテーゼ。この視点でのアンチを考えなくてはいけないわけです。
巨人ファンもアンチ巨人も野球を語ればその発展を望んでいる。ヘーゲルやマルクスの近代弁証法といわないまでも、酒でも飲んで話し合いの中にその矛盾を明らかにしてその解決方法を見るという古代弁証法でもよいわけです。

【2011年】ツイッターつぶやき
朝日新聞朝刊に政府事故調中間報告の記事が載せられていた。
今までマスコミが報道してきたものや対応への疑問などが寄せ集められている中身でツイッターなどでも大きく取り上げられていた中身でもありそうは新鮮味がない。もちろんこれを政府事故調としてまとめられて正式な報告として出されたことは有意義である。
同8・9面では、「なぜ備えが十分でなかったのか」とこれまでの原発の安全性のための設備など原因をとらえ、「なぜ原子炉を冷やせなかったのか」として事故への対応と鎮静化への問題点をとらえている。事故調の中間報告をこの二つの側面から分析をしているのだろう。これは良い記事だと思う。
この二面性から事故調の報告がどのような意味を持つか?それは1面に乗せられている福島原発事故は「起こるべくして起きた」という言葉に集約をされるだろう。
こう見るとこれまでの安全神話というものがなんだったのかと改めて考えてみてしまう。
たしかに車でも電車でも飛行機でも、完璧な安全というものはなく事故は頻繁に起きている。しかしその利便性からこれらのものを失くそうとはならない。しかし原発となると大規模な事故は車や飛行機といった事故とは比較できない質的に違う事故となる。車や飛行機は完璧な安全はないという視点でその利便性を必要としているが、原発事故は今回のような大規模な事故はないとした安全神話を作り上げてしまった。安全神話が一度できると人はその神に額づいて神話が独り歩きをする。神官はもちろん専門家であったり政治家や経済人であったりした。神官の言うことを国民は信じていく。国民全体が車や飛行機は事故がつきものと考えているが原発は安全と信仰に近い信じ方をしてしまった。
今回の中間報告は、この安全神話がどんなに信仰に近いものだったかを明らかにしたものでその安全性への反省の糸口となるものにはなるだろう。
しかし中間報告は、まだ今回の事故を想定外の大地震や津波という自然災害に結び付けて終わっているのではないか?それへの備えが不十分だったとは言うが、なぜ備えがおろそかになったかの神官たちの人的なものの現象面しか浮き彫りにしておらず、これまでの政府の原発政策やそれを受けた関連省庁あるいは企業といったものの根底の行動が見えない。たとえばGoogleで「小泉政権 福島原発」を検索をしてみると当時の自民党内閣が何をしたかがいくつか出てくる。もちろんこれは様々な視点による「意見」的なものであるがある程度その当時の政府の原発政策が見える。このようなものをさかのぼって政府が何をしてきたかの中に今回の事故の基本的な人的原因があり、それこそが安全神話の神話的な実態であったわけです。
今回の報告書では、地震や津波への備えとかを行えばよいといった原発維持の方向が出るかもしれません。しかしそこにはまた新たな安全神話が生まれる可能性がある。原発の利便性を考えて政府や官僚そして企業がまた神官として国民の前に現れるかもしれない。そして経済優先を考えた政府による原発政策が行われる。

【2012年】ツイッターつぶやき
時間がないのでツイッターから。後日もう少しまとめます。

「デフレ脱却を拒む諸勢力」?政策インフレに反対するだけで、国民生活の安定からの不況脱出は願う。デフレ脱却=インフレは飛躍した論理です。
デフレからの脱却=インフレではない。
デフレからの脱却=消費不況からの脱却でしょう。賃金抑制からの商品価格の下落、消費者の懐にあるべき貨幣量の不足の解消。ここに、この経済法則から離れたインフレ論を持ち込むのはひどい認識不足です。
デフレからの脱却=インフレという大きな勘違いが流行る。。。。。
インフレとは、商品価値から離れた価格の引き上げで、商品価値に対する貨幣価値の低下でしかない。貨幣価値の低下からの価格の上昇は、新たな低下した貨幣価値におけるデフレの継続である。

【2013年】ツイッターつぶやき
26日に安倍総理が靖国を参拝した。
これに対して中国や韓国の非難が出ている。同時にヨーロッパやロシアからの関心(懸念)が示された。
アメリカは
「日本は大切な同盟国であり友好国だが、日本の指導者が近隣諸国との関係を悪化させるような行動を取ったことに、米国政府は失望している」
「日本と近隣諸国が過去からの微妙な問題に対応する建設的な方策を見出し、関係を改善させることを希望する」
「首相の過去への反省と日本の平和への決意を再確認する表現に注目する」
という声明を出した。(声明文引用部分は朝日新聞一面を参照しました)
中国と勧告からの非難そして日本側の見解についてはこれまでにも繰り返し行われてきたものですからここでは触れませんが、安倍総理の今回の靖国参拝はこれまでとは違った波紋を国際的に投げかけたことに間違いはないでしょう。それはアメリカの「失望している」という一歩進んだ批判やヨーロッパやロシアにも疑問の声が出ていることです。そして国際的にも安倍政権の右傾化が言われるようになっていることも含めて国際的な声が今後どう日本に影響を及ぼすか。
アメリカの声明に呼応するように(といってもこれまでの主張と違いはないのですが)安倍総理は談話の中で靖国参拝を慰霊に対して二度と戦争を行わないことへの誓いとも位置づけています。しかしなぜそれが千鳥ケ淵戦没者墓苑でないのか。戦争の犠牲者は二度の原爆投下と東京大空襲・沖縄戦を見ても多くの国民が戦争の犠牲となりました。兵士は確かに戦場でなくなりました。しかし一般国民そして子供たちも本土決戦として戦争に参加させられてなくなりました。だとするならば千鳥ケ淵戦没者墓苑がもっとも二度と戦争を行わないという誓いを立てる場所としては適切でしょう。靖国ではどうしても軍隊そして兵士への誓いとして見られるでしょう。アメリカのように本土で市民の死者がなかった(少なかった?)国とは違いがあります。戦没者=軍人と見ることが強くなります。しかし日本での先の戦争の悲惨さは、多くの市民が戦争によってなくなったという特徴があります。そうすると戦没者は多くの市民でもあったわけです。平和と不戦の誓いはこの国民に向けるべきでしょう。亡くなった兵士も残した家族の死という無念があるかもしれません。この意味においてもアメリカの声明にある「過去への反省」でもあるはずです。
今の安倍政権の政策を見ても軍人ではありませんが企業や富裕層への景気対策でそこに国民の生活の安定が見えません。この点から見ても安倍総理の基本的な国民と国家の関係が見えるわけです。それが靖国参拝ともダブって見えてしまうのです。
そして近隣諸国との関係改善では、26日は中国は毛沢東生誕120年という日でした。こういった配慮もないところに国際世論はどのように動くでしょうか?下手をすれば挑発とも言われかねません。そして平和と不戦は積極的平和主義というといった概念に変わりました。これを見ても国民や国際世論の言うこれまでの「日本の平和主義」と「積極的平和主義」の乖離から安倍総理の談話での平和と不戦の中身が検討されていくでしょう。
中国や韓国はこれまでとは違って経済発展もありました。国際的な発言力や影響力もついてきました。その中でアメリカのアジア思索にも変化が出てきて中国や韓国との関係は日本と同等のものになっています。もちろん安保はありますが。その中で今の日本が安倍路線でよいのでしょうか?それとも今回の靖国参拝はこれらのことも踏まえて日本の一人歩きの決意だったのでしょうか。どちらも国際関係においては危ういといわざるを得ないでしょう。
最後になりますが、国内世論へのメッセージとしては
安倍総理の靖国参拝は、国内への「国を愛する心」という精神論のためでしょう。アメリカも含めて批判が出れば出るほどこういう精神論は強く国民にアピールする力も出るしそれに共感する国民も増える。そこに積極的平和主義も。貧乏でも我慢して働く国民も。こういった非近代政治の手法でしょう。
それはもちろん内向きな政治の中からの経済の強化を言うわけですが、グローバル経済も相互の関係性からの発展という本来の意味合いから離れたものとなるのではないか。その意味でも非近代的政治といえる。
(今日のツイートからの転載)

【2014年】ツイッターつぶやき
(記事なし)

【2015年】ツイッターつぶやき
(記事なし)

【2016年】
(記事なし)

【2017年】ツイッターつぶやき
アベノミクスはその失敗を総括しないで積極財政を打ち出した。積極財政は社会保障などの国民生活に直結する支出ではなくて公共事業である。日銀の金融緩和も限界に達し、あるいはその副作用が懸念されはじめている。そして銀行の利潤率を低下させている。
この中でロイターに「科学技術立国は経済再生と安保強化への確かな道」という記事があった。
この記事では日銀緩和の更なる強化と積極財政を言い、サイバー攻撃に対処するとしながらも安全保障・安保の強化が言われている。
出口のはっきりした見通しもない金融緩和の更なる強化と積極財政は、財政ファイナンスの色合いを深める。この財政ファイナンスを回避するためあるいは積極財政を高めるには国民生活の低下を引き起こす。これは最近の増税と社会保障の低下に見える。これがアベノミクスと日銀緩和の失敗の証でしょう。上記リンクサイトでは「アベノミクスに効果がなかったという無効論は実証に基づいていないから論外である」と書かれているが、アベノミクスが物価目標を達成できずいつまでたっても道半ばを言い続けること、これは経済の好転がなされずに国民生活を圧迫させている事実からして失敗であることは明らかである。
積極財政が安保強化にも結び付けられるが、確かに防衛費は突出した伸びを示している。財政ファイナンスの危険とその財政の使い道が安保強化に結びつけられることは危険でもあるし経済の好転には結びつかないものであることをしっかり見なければならないでしょう。

【2018年】ツイッターつぶやき
年末といえども花たちはゆっくり~ゆっくりと花を咲かせています。
ゼラニウムも秋には次から次へと花を咲かせては散っていましたが、今はゆっくりと咲いてゆっくりと満開になります。ナデシコはもっとのんびりと花を咲かせていて、久しぶりにじっくり眺めると花が増えていることに驚きます。
花たちはこのままのんびりと新しい年を迎えるのでしょうね。
花を見ていると僕ものんびりした気持ちになります。
しかし・・・・・
人はそうものんびりとできないですなぁ。。。。。
クリスマスが終わり、先日冷蔵庫とキッチンの大掃除をして今日から正月の支度です。
大掃除も正月自宅も手抜きですがそれでも気が焦りますなぁ。
今年も手抜きおせち料理8品を予定しています。
スーパーは何でも高くなっていますし正月用品ばかりが並んでいます。
車でのスーパーの帰り、右折のウインカーを出して右折車線に止まっていた車がいきなり直進車線に入ってきて前の右折の車を追い越して右折していました。僕は急ブレーキ・・・・危なかったです。年末は皆さんなぜか急ぐ。。。。。
アベノミクスは株の乱高下。。。。投資家の皆さんの年末もあわただしいようです。
花たちとのんびりと・・・・・・
よい年末を過ごしたいですね。

【2019年】ツイッターつぶやき
毎日遊歩道を少し歩いています。
4000歩から5000歩歩きますが、体も軽くなる気がします。
買い物やら家でちょこちょこと歩いていれば1日7000歩ぐらいは歩くことができそうです。
なぜ歩きはじめたかというと、夏のはじめごろからよく足がツルようになり、ある国も足が重いような気がしてました。
血行が悪いのかと思い風呂に入ってマッサージなどもしていましたが治りませんでした。
一番つらいのが寝ているときに足がつって眼が覚めることでした。
運動不足はわかっていたのですが、足のつりもその運動不足からきているのかと思い歩きはじめました。
まだ10日ぐらいですが、足のつることもなくなりました。
やはり歩くことで結構もよくなりますし、筋肉も柔らかくなるんでしょうね。
よく1日1万歩と言われていますが、まぁ、そうは張り切らないでぼちぼちと歩くのがいいかなと思ってます。
冬でも速足で5000歩ぐらい歩くと体が温まってきますし、寒くて冷たくなった手もぽかぽかしてきます。本来は体が温まってからジョギングなのでしょうが、ウォーミングアップぐらいの散歩でもいいかなと思っています。
顔なじみもできて挨拶もするようになりました。これもまた楽しいのかもしれません。

【2020年】ツイッターつぶやき
東京の都営地下鉄大江戸線の運転士職場でクラスターが発生したようです。
社会は経済活動で動いていますから働く人たちが働けなくなれば経済を維持する歯車が狂ってきます。大江戸線は運行本数を減らして営業できるようですが、これから年末年始の休日ダイヤですからどうにか混乱は避けられるでしょうが、正月休みが明けて続くようなら平日ダイヤがどうなるか。本数が減ればラッシュ時間帯の社内の人の密はひどくなるでしょう。するとそこからの感染拡大の心配も出ます。
電車ばかりではなくてトラックの輸送が減れば流通に大きな混乱が起きます。
まだ一つの営業所ですからどうにか人員のやりくりもできるでしょうが、今後感染が爆発的拡大したらっ社会の維持が難しくなるでしょう。今すぐにそうなる危険性は少ないでしょうが、イギリスの変異種が日本にも入りはじめています。
今年の武漢からのウィルスをどう防ぐかでは水際作戦が行われましたが、経済をまわすという面から水際作戦は失敗をして感染が急拡大しました。変異種は感染力が大きいといいます。
陽性になって職場に出ていけないことがあるでしょうが、今心配されている一つに後遺症があります。ひどければ職場復帰が遅れます。
菅内閣の支持率が急降下しています。その理由はコロナ対策にあるとされています。
本気でコロナ対策を考えているのかという不安からですね。実際に第三の波の収束は見えません。
明日は御用納めで多くの企業は休みになります。しかし年末年始も働く人たちがいます。だからGo Toも成り立つわけですが、そこで感染が拡大する危険性があります。1週間でどこまで感染拡大を防げるかですね。しかし政府や都はのんきです。自己責任に任せています。

【2021年】ツイッターつぶやき
最近生乳が余ってしまい廃棄するようになるかもしれないというニュースが多くなっています。
しかし2019年ごろは生乳が足りずに輸入をしています。
日本という国は生乳が足りないのか余っているのか?
日本の畜産の現状から日本で生産される生乳が余っているのか、足りないのか?
現実は生乳も含めて加工乳製品は輸入に頼っていて国産だけでは足りないのではないか?
現在の生乳が余ってしまい廃棄せざるを得ないというのは、コロナ下においての特殊的な事情なのかもしれない。その中で、輸入生乳も含めて過剰になっているのか。
日本の生乳よりも輸入の生乳の方が価格競争に勝っているのか。あるいはPTTによる自由化により日本は輸入せざるを得ないのか。
単純に生乳が過剰で国内の畜産課が困っているという一面だけでこの問題を見ないほうがいいのかもしれない。
生乳が余っているならこの際マーガリンを禁止してバターに切り替えるとか加工品を国産にすることを考えないと。
でも価格競争に負けるのか?
しばらくすると過剰から不足に転じるかもしれない。

【2022年】ツイッターつぶやき
安倍政権時からどのくらいの大臣や要職に就く政治家が、政治とカネの問題や失言などで辞任(更迭)しただろ?
その度に総理大臣が説明責任やら任命責任という言葉でお茶を濁してきた。
国民が納得するような説明責任を果たした政治家がいただろうか。任命責任で責任をどのような形で総理大臣は責任を取っただろうか。
国民はそのうち忘れて選挙では勝つ。
こういう自民とでありながら国民には痛みのある政策を強行してきた。
これを許す社会的な力が働きはじめているのでしょう。総理大臣と会食をするマスコミ。。。。。。
野党も自民党政治を後追いしはじめている。
自民党政治は盤石である。
しかしそこが腐りはじめるのですから国も国民も疲弊していく。しかし腐りながらも企業や富裕層の社会的富を維持する。
日本はアリジゴクにはまる。

【2023年】ツイッターつぶやき
2011年の東北大津波の時のニュースで、山を登ったところに小さな神社があり、言い伝えでは津波が来た時にはこの神社まで登れば安全だと。
民間の間でも神社は重要な位置づけになあっており、今もたくさんの祭りが残っている。
諏訪大社がありますが、諏訪は縄文時代から石器の材料黒曜石を採掘していた土地で、その時代からずっと諏訪は特別なところであり、そこに諏訪大社が残る。
出雲は、朝鮮半島との交易の場であったそうですが、出雲大社は巨大で高い神殿があったそうです。弥生時代から重要な神社だったようです。
奈良にはたくさんの神社がありますが、それはその土地の豪族の都でもあった。
こうした日本の歴史に深くかかわる神社は、歴史学でも重要な位置づけになっているようです。
もちろん侵攻の場でですから、その侵攻により今も残っている。
しかし、神社も明治になって大きく変わってしまいましたね。国家新道に傾いていく。
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「12月26日という日」

2024年12月26日 07時58分23秒 | 「何を思ってた?」(旧ブログまとめ)
【2024年】
(記事なし)

≪過去の記事≫

【2003年】
娘と今年最後の釣りに行ってきました。
今年はつれない釣りばかりでした。というのか、今年もです。。。(笑)
最後の最後まで連れなかったのですが、僕にとっては、海も魚のいないただの水溜りなのか!!ムカっ!!・・・・ハハハ
でも、波の音を聞き、潮風に吹かれていると楽しいです。いくら「水溜り」に糸をたらす状態ですが、こんな釣りもまたいいのではと自己満足をしています。
千葉県も温かかったです。風もなく、日差しも強くて竿先を眺めているとぼけっとしてしまいました。
今夜は、娘が味噌ラーメンを食べたいというので作ります。ラーメンだけでは寂しいので、餃子もと思います。もちろん手作りですよぉ。。。

【2004年】
南房総に海を見に行きました。
新撰組の総集編を観ています。男の純粋さを感じますね。最後の武士らしい武士という生き様を見ます。しかし歴史はこのような純粋さだけでは動いていかない。やはり新しい世界の動きについていけた人々が生き残ったということでしょう。日本が諸外国の植民地にならなかったという事実これは、この新しい世界の動きについていったからでしょう。
新しい世界の動きといっても、よりすぐれた国になっていくということで、江戸時代よりも明治の世の中がよりよい国だったということだと思います。このよりよい国を作るという動きとともに男の純粋さが必要なのでしょう。

冬の南房総   2004年12月26日 
冬の寒い休日、なんとなく春が待ち遠しい休日。
日帰り温泉もいいですが、いつも暖かさを求めて南房総に海を見に行きます。晴れていたので外を歩くにもジャンパーは要りません。海の風も冷たいには冷たいですが気持ちのよい風です。
房総半島の先端館山の町から太平洋に沿って外房に向かうと、白浜や千倉・鴨川の町があります。この辺一体の海辺は黒潮の関係で南国といった感じです。
南紀、南伊豆そして南房総と、同じような環境にあるようです。たしか白浜という地名も共通するのでは?黒潮に乗った文化交流があったようですね。房総には義経が上陸したとされる海岸がありますが、これも黒潮文化の交流が言い伝えとなったのかもしれません。
東京から近い場所で早い春を見つけられるというのも楽しいです。
水仙が咲いていました。
1月に入ると菜の花が咲き、花摘みも始まります。
南房総は何度も行っているので観光地にはあまり寄りません。海を眺めたり釣りしたり。そして我が家の楽しみは、主だった町にあるたくさんの「道の駅」めぐりです。それぞれに特色があり、食事や海産物もおいしいところもあります。
大きなサザエとスルメイカの一夜干を買って帰りました。つぼ焼き、おいしかったです。一夜星もさっとあぶってマヨネーズをつけて食べました。今日、残りの一枚を焼いたら子供たちだけでぺろりと食べてしまいました。天日干だそうで、やはりそのせいでおいしかったのかな?値段も手ごろでした。
また正月後にでも花を見に行きたいと思います。

【2005年】
日本の歴史を扱った再放送をやっていた。
4時間のスペシャル。
学校での歴史授業は現代史を教えないということを以前から言われていたが、やはりこの番組も明治以降は駆け足だったようだ。
むかし、古代荘園制の崩壊と武士の台頭を東大寺の荘園制を元に解き明かした本を読んだことがある。武士といえば源頼朝や足利尊氏の時代を経て下克上がはじまり、徳川家康の時代に封建制が完成する。荘園制までは、一般庶民も奴隷状態な状態になっていただろうが、封建制では重い年貢があるにもかかわらず自分の土地を持つことができた。明治維新は中途半端ながら土地から自由になり、自由や平等の中に庶民もおかれた。しかしその自由や平等も絵に描いた餅のようなもので、ここに不満は集約されるようになる。同時に植民地制の中におかれた日本はその独立を守りながらみずからが海外への派遣を強める。不幸な二つの世界大戦。その中で軍国主義は否定をされ、同時に植民地性も否定をされる。ここに来て庶民もある程度の自由や平等を獲得する。そして平和という権利を得る。しかし、その自由や平等は金の力によって左右をされ、人に使われている間はこの金の力によって縛られざるを得なくなった。この金の力は経済力としてその支配力を高める。経済力の前には地球の環境破壊も犠牲にならざるを得なく、戦争というものがいまだに正当化される。石油エネルギーの争奪と有り余る製品の販路を求める。
歴史というのは、その時代時代に先進的な人物が出て変わっていったこともたしかだが、その世の中を変えた先進的な人々も庶民を見方にしなければその力は発揮できなかったのである。だから少しづつ数千年の歴史時代を経て庶民生活は発展してきた。この庶民生活は、犠牲にしようと思えば権力によってなしえるものであるが、長い目で見ればその社会を閉塞状態に置くことになる。今は世界的に庶民生活を犠牲にした経済競争が当たり前になり、低成長(安定成長というごまかしの言葉も使う)という閉塞状態になっている。すべての設備投資なども結局は庶民生活に欠かせない一般消費物として社会に還元されざるを得ないが、消費をする一般庶民が犠牲の中でそれを消費できなくなっている。先進国の庶民は豊かそうだが本当は貧しさが進んでいるのである。一般消費物が消費されない中に低成長はますます進んでいく。価格は下落する。下落はするが一般庶民の生活も比例をして低下する。デフレはますます高度化する。
行き詰まりを解消するにはまた競争である。この競争は、軍事力にも依存をする。環境をも犠牲にしなくてはならなくなる。悪循環は続く。
こういう社会を変kさせなくてはお先真っ暗であり、これまで数千年かかって発展してきた歴史を今後も発展させえなくなるだろう。
庶民生活。。。ここが歴史のキーワードである。

【2006年】
(記事なし)

【2007年】
ううう。。。。
年末になり妻の体調が崩れてしまった。
ハハハ。。。お父さんは頑張っています!

【2008年】
(記事なし)

【2009年】
(記事なし)

【2010年】ツイッターつぶやき
千葉市動物公園に行ってきました。
動物園は好きでよく行きますしこの動物園は入園料も安く(500円駐車場700円・・・駐車場のほうが高い!!(笑))動物の種類も多いので好きな動物園です。
しかし寒かったぁ。。。。北風も強くて歩くのがつらかったです。猿たちは日向のところにうずくまっていました。生まれ育ったところを見るとアフリカの赤道直下という猿もいました。この寒さはつらいでしょうね。もちろんこの猿たちはたぶん日本で生まれてたのかとも思いますが、それにしてもそうは寒さに強いとはいえないでしょう。その他の動物も暑い国が故郷というのが多いのでしょうが、、、、、
早く部屋に入りたいようで部屋の入り口でうろうろする猿もいました。
明日あたりから動物たちも年末年始休みでしょうか。。。。。暖かいところでゆっくり休んでほしいなぁ。

【2011年】ツイッターつぶやき
今日、科学雑誌を読んだ。光の速度についての特集でした。
光にも速度があることが発見され、その速度が観測の中から導かれアインシュタインの相対性理論が説明される。光よりもはやい速度は存在しないと。最後に最近の実験では光よりもはやい速度の素粒子というのか?があるみたいだと。アインシュタインの相対性理論もいつか変更されるのではと。
この科科学史の中にアインシュタインの理論をわかりやすくイラストで説明されているが、そこには現実には存在できないようなあるいは観測できないようなものをイメージとしての実験を行う。思考実験という言葉もどこかで書かれていたが、アインシュタインが色々な思考的の中で描いた矛盾をずっと追い求めて相対性理論を発見したと。そして光より速い速度は存在をしないと。
光の速度で航行している宇宙船からレーザー光を発射をしたらやはりその例ざーこうは光の速さで飛んでいく。常識的な日常ではそのレーザー光は光の速度の2倍の速度になってしまう。しかし光の速度以上の速度はないのだから。。。。こういったものを思考実験として(もちろん物理学ですから数式なども)ある結論にたどり着く。空間や時間が基本的なものではなくて光の速度が基本的なものであるならば。光は光の速度で飛ぶだけで光の速度の2倍というのは空間が縮んだり?することで理解できると。
この視点を少し替えて考え直してみるということ、そしてそれが正しいかどうかを(物理なら計算式で証明する)思考する。この思考実験というものの面白みを感じました。
思考実験という言葉自体は今日知ったのですが、よく考えればいろいろなところで行われているのではないでしょうか?哲学というものはもちろん、文学や詩などの世界ももしかしたらこの思考実験の中に表現が出るのではないかと思います。漱石の文学はこの思考実験の中に主人公が置かれているような気もします。
今読んでいる哲学の歴史を読んでいると紀元前から人はこの思考実験という哲学の中に体系を残してそれが現実世界にも適用されてきたのだと思います。そして哲学はこの思考実験の思考そのものの行い方を思考事件をしてる。
人の思考、すなわち考えることの素晴らしさをあらためて感じます。

【2012年】ツイッターつぶやき
以前にも何度か書きましたが、企業が労働力という商品を買って消費するときにも消費税を導入すべきです。特に今後消費増税が避けられないというならなおさらです。
消費税が8%になった時点で賃金にも5%の消費税を導入して年収300万円程度のサラリーマンの消費税15万円はサラリーマンの益税にする。300万円を超えた部分の消費税は国におさめられる。こうでもしないと景気回復や国の財政難の解消はないでしょう。国におさめられた消費税は苦しい零細企業などの賃金消費税の一定額を還付するとか。
サラリーマンの益税部分は減税という効果のあるものにしてもよい。その時この額を国債でとすればどうなるか?企業が賃金消費税分を日銀も含めて銀行などから買う。それをサラリーマンの所得税として国におさめる。サラリーマンは減税効果と同じように15万円を受け取り、国には国債が帰ってくる。もちろん15万円を超える部分も国債で。国に入る現金としての税収が減りますから国に帰った分の国債を国債費に回して国債費分を現金としての税収にする。このような国債の流通というのはできないものでしょうか?
国債の流通も下手をすればすごいインフレを起こしますから限定的な流通使用として。
このような賃金消費税というものは今の企業の状態からでは無理だと笑われるかもしれませんがそうでしょうか?
消費増税は景気の回復がなければできないと言います。増税されたときには景気回復があるわけですからその恩恵をサラリーマンにも回さなければならない。景気回復時にこそ賃金消費税を導入すべきでしょう。景気回復が企業の内部留保や海外への設備投資(中国がだめだからミャンマーにとか)に回るだけなら国内の消費は伸びずに景気回復は長期には続かないか国民生活には関連しないものになる。先のイザナギ景気を超える長期の景気といわれた時も国民生活には波及しなかったし。結局は景気の後退に入ってデフレは克服されなかった。

【2013年】ツイッターつぶやき
牛丼や洋服の値段が下がること自体がそれは福祉だという考え方があるそうです。(リンクページの引用部分。リンク記事はそれへは批判的です)
そうすると、内閣は政策上でも福祉の切り下げを行おうとしており、それと平行して物価を引き上げることを目的としているわけですからその意味においても福祉の切り下げを行おうとしているということになりますね。ここからの物価高騰への批判でしょうか?
でも、物価の下落は経済の法則で私企業が国民のために安く牛丼や洋服を提供しているというわけではないでしょう。もちろん言葉としては「お安く提供いたします」と企業も宣伝しますが、いくらなんでも好んで安くしているわけではないでしょう。
デフレにしてもそれは福祉ではない。
(。。。。書き込みがすごく重い。ここでやめます(涙))

【2014年】ツイッタつぶやき
「成長と財政再建へアベノミクス仕切り直しの好機」この好機とは何か?
「歯車を狂わせたのは、率直に言って、当初アベノミクスのメニューにはなかった消費増税(5%から8%への第一弾)を2014年4月に実施したことだ。安倍晋三首相も菅義偉官房長官もおそらく本音ではあのタイミングでの消費増税に反対だったと思うが、民主党前政権下で自公民の三党合意に基づき法制化されたものなので、やらざるを得なかった。」(上記引用ページより引用)
アベノミクス自体は成功していたが消費増税が間違いだったという論理は広くあるがその論理を示したものでしょう。しかしその責任を民主党との三党合意の責任にするような論法です。しかし8%最終的に判断したのは安倍総理であり、8%への消費増税は経済状況を見たうえでの判断が許容範囲としてあり、安倍総理は国会内のねじれもないことから法改正はできたはずです。
アベノミクスのメニューにはなかった?しかし公共事業の前倒しは消費増税に依拠していたのでは?「公共工事前倒しは、消費税10%決定に効果ある?」
消費増税はアベノミクスの成長戦略にも組み込まれ、最終判断は安倍総理が行ったという事から話をはじめねばならないでしょう。
そこで、「好機」とは何かです。
アベノミクス、経済政策の失敗がこの2年間の結果ですから、その結果から「アベノミクス仕切り直しの好機」という言葉自体がおかしい。結局は安倍内閣がアベノミクスを失敗させてはならないとして経済政策をさらに進めるといっていることへの政党かに他ならない。
「好機」と言っても2年後には10%が約束されているわけですから、2年後には同じことが起きます。
問題なのは、この2年で経済が好転して国民生活が豊かになったのか低下したのかなんです。
ですから安倍総理も賃上げを言わざるを得ない。しかしそれがどのくらいうまくいくかはわからないわけです。実際自失賃金はこの2年間でも下がり続けているのですから。
まだ連合加盟の労働者が働く大企業などには法人減税という美味しいものが与えられているのですから、それである程度の賃上げもできるでしょうが、その恩恵が連合以外の組織にどのくらい波及するのか?年金は?社会保障全体は?
社会保障は財政削減の聖域ではないとされている。
10%への2年間にこのような実態の中でどう大きく経済が好転するといえるのだろうか?

【2015年】ツイッターつぶやき
(記事なし)

【2016年】
(記事なし)

【2017年】ツイッターつぶやき
今年もテーブルヤシの花の枝が伸びて小さな花芽が膨らんできました。
花と言っても形は実のような丸い形をしています。黄色く膨らんで中心に茶色の穴が開いているような花です。それがだんだんと黒色に近い紫になって散っていきます。
花数は一つの花の枝に50ほどあるかな・・・・・
厄介なのが花が散るとそれがべとべとの粘液が出ます。蜜なのでしょうか?
今では1メートルを超える高さに生長しましたが、買ってきたときは5センチほどの苗でした。
あれから何年過ぎたか。。。。。立派に育っています。
先日病院の待合室で見たテーブルヤシは床から天井まで伸びていました。
我が家のテーブルヤシもそろそろ一回り大きな鉢に植え替えかな。
先日妻が銀行からサンスベリアの苗をもらってきました。
ちゃんとした鉢に植え替えてあげようと思います。出窓で日光浴をしていますが、あまり日に当てたらダメかな?
また大きく生長してくれると嬉しいです。
生長と言えば、500円玉ほどのサボテンが大きくなって、去年花を咲かせました。
名前は忘れたのですが、沖縄の方で生垣にも使われる黄色い花が咲く木の苗を秋に買ってきましたが、この木も10数メートルに伸びるという。。。。。鉢植えで盆栽のごとく育てたい。。。。。
こうして花たちと付き合っている間に僕は年齢を重ねるのですが、なるべく長く付き合いたいですなぁ。。。。
結婚をして子供が生まれたころにもらった金の生る木が子供と一緒に大きく育ちました。

クリスマスも終わりスーパーはお正月料理一色になりました。
いつも買う沢庵がいつもの場所にない。。。。。店の人に聞いたら隅の方へ移したとのこと。
毎日の食事の準備もしにくくなりました。何よりも値段がだいぶ上がっているような実感があります。
だんだんとあわただしくなってくると買い物も大変ですなぁ。。。。。
去年に真の昆布巻きに使うソフトタイプの身欠きにしんが売り切れて探すのに苦労しました。
という事で、今年は早めに買ってきました。あまり日持ちしないのでなるべく早く昆布巻きをつくりたいと思います。
ソフトタイプの身欠きにしんは硬い乾燥をしたものを米のとぎ汁で戻す手間がはぶっけて良いです。
でも、やはり味は落ちるかな?ニシンの風味が違うような気がします。
何でも一度乾燥させたものはうまいですからなぁ。。。。

【2018年】ツイッターつぶやき
国債の売買不成立は「2001~13年には1日もなく、昨年も2日だけだ。半年間で6回もあるのは、やはり異例である。値がつかないのは買い手がいないからで、国債市場はもはや死んだも同然だ。」(日刊ゲンダイ
安倍政権になってから売買不成立がはじまっている。今年は7回でしたっけ?
日銀が国債を買い取り、満期償還になればその金で新たな国債を買い取ればどこかうまくいくように感じるが、これはどう見ても財政ファイナンスということになります。
来年度の予算は100兆円を超える(財源には税収や預金保険機構が管理する剰余金などの税外収入を充て、不足分を補う新規国債の発行額を32.7兆円:イター)そうですが、国債発行も日銀が引き受けてくれる。
「日銀の株買いは非常事態への対抗策だったが、それでも導入時から株価をゆがめるとの批判は少なくなかった。
ところが13年春に黒田東彦総裁を担いだ日銀は、“異次元緩和”の名のもとに、国債やJリート(上場不動産投信)に加え、ETFも年1兆円ペースで買い入れを開始。物価目標達成までの2年程度の期限付きだったはずの措置は、14年10月の追加緩和で年3兆円、16年7月には年6兆円と、景気指標が改善する間に気前よく拡大されて5年半超にも及ぶ。」(現代ビジネス
アベノミクスは景気拡大もずっと「道半ば」とごまかしてきた。最後の砦は日銀に国債を買い取らせながらそして国民生活を犠牲にしながらの公共事業、強靭化対策と株価維持しかなくなっている。
日銀を財布として擬制の経済拡大を言い続けるのが今の政府ではないか?
この中で以前から日銀の金融緩和の副作用が言われ出口についての疑義が出ている。
国債や株の買い入れはのんきにできるが、しかし国際も動かず株も売れば今のアベノミクスの成果といわれるものが消えてしまう。これが出口のむずかしさなのでしょうが、日銀が出口に向かうことができるのは日本経済が飛躍的な発展をするしかないでしょう。でもそのような芽は見えない。
と京オリンピックまで、大阪万博までと引き延ばしていくのかもしれません。その中で憲法改正でしょう。

【2019年】ツイッターつぶやき
24日に日韓首脳会談という記事を書いたが、安倍総理は日韓基本条約という「国と国との約束。。。。」を強調して日本側の主張とした。この安倍総理の発言を多くのマスコミが報道したわけですが、聯合ニュースによると、文大統領が発現中発言中に日本側が記者団を退席させていたという。韓国側の抗議に対して日本側は、
「意図的ではなく、(経緯を)調べて追加で釈明する内容があれば知らせる」と説明したという。(引用)
これでは日本の報道の自由度はさらに下がっていくでしょう。
それは日本国民がどれだけ会談内容を知ることができているのかの問題でもあります。
そもそも「国と国との約束」にしても、2018年12月の朝日新聞の報道によると、中国強制連行被害者と和解で解決した鹿島、西松建設の令を取って、
「具体的な請求権について、債務者側の自発的な対応を妨げない」
として、解釈的には、「当事者同士が交渉で解決することは構わない」という解釈ができるそうです。ですから個人へ賠償請求はできるということになっています。もちろん今回は韓国の大法院が出てきていますが、日本企業と被害者である元徴用工は誠意をもって話し合いをすべきでしょう。しかしこの話し合いでらちが明かないから大法院まで裁判が進んだのかもしれませんが。
安倍総理も「国と国との約束。。。。」は国内感情としては受け入れられますが、今後の日韓関係を考えれば、韓国司法に介入ハゼ傷、韓国政府も司法には介入できないでしょう。
日韓両国が折り合いを示すべきです。

【2020年】ツイッターつぶやき
コキアもすっかり紅葉も終わって枯れました。
他の鉢のコキアからたくさんの実をとっておきましたのでそれを撒きました。
たぶんその実の中に種がると思われます。実のまま撒いても大丈夫だと思います。
一昨年も同じようにして芽が出ましたので。
3月か4月ごろだったか?ひょろっとした弱弱しい芽が出てくると思います。
新芽は弱弱しいですが生長するとほうき草というぐらいですから硬い茎となります。
楽しみです。

【2021年】ツイッターつぶやき
今日は床屋に行って帰りにコンビニに寄ろうと思ったのですが、髪を短く刈ったら寒くてコンビニに行く勇気がなくなり帰ってきました。
全国的に冷え込んでいるようですね。日本海側は大雪のよう。。。。。
新潟方面で雪が降ると関東は空っ風が吹きます。乾燥した冷たい北風が吹きつけます。寒さだけではなくこの空っ風が厄介でのどが痛くなります。
年末年始は東京も咲いて最低気温が1度ほどになるそうで元日は氷点下になるようです。
幸い天気は良さそうなので初日の出を見れそうです。
そういえば空っ風が吹き年末年始の連休になれば富士山がきれいです。
冬本番。。。。。
寒さは苦手ですが冬至も過ぎると「寒い」という言葉もどこか明るくなります。
2月の立春まで1カ月少し。
正月だ七草だ鏡開きだと言っている間に節分。
毎年1月は早く過ぎ去ります。
28日から買い物をして30,31日で御節づくりをします。何か楽しみがないとだめですね。
年末年始はあまり好きではないですが、御節づくりなど楽しんで過ごせば冬本番も気持ちを楽に過ごせそうです。

【2022年】ツイッターつぶやき
24日はもちろん25日もスーパーはクリスマス用の食品でいっぱいでした。
そして今日。。。。。
一夜にしてスーパーの中は正月の食品でいっぱいでした。
スーパーの方は昨夜忙しかったんじゃないかな。
漬物を置いてあった棚は少額のかまぼこやだて巻きなど冷蔵物になっていました。
1週間のうちにクリスマスと正月がやってくる忙しさ。

【2023年】ツイッターつぶやき
ニンニクの味噌漬けを作りました。
御節づくりもそろそろですが、さすがにニンニクの味噌漬けはお説料理ではありません。
先日知人からニンニクを大量にもらったのがり芽が出はじめてしまいました。
ニンニクもそうは料理で使いませんからなぁ。。。。。
昨夜は皮をむかない丸ごとをガスレンジでじっくり焼いて味噌をつけて食べました。
口は匂うし、部屋中ニンニク臭くなり、寒さの中、窓を全開にして風を通しました。
隣の家は臭かったかなぁ。。。。。
みそには鰹節を入れて、味つけは甘くしました。
どのくらい漬け込んだらよいのか?
冷蔵庫で1週間ほど漬け込みたいと思います。
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「12月25日という日」

2024年12月25日 08時03分34秒 | 「何を思ってた?」(旧ブログまとめ)
【2024年】
(記事なし)

≪過去の記事≫

【2003年】
東京晴れ一時曇り。
コーヒーショップに娘と一緒行ったら、おばあさんのグループばかり。
そういえばこの前コヒーショップにいったら、おじいさんとおばあさんばかりがいて 糖尿など 話しをしていました。どんより。。。ハッハッハッハ

【2004年】
寒いです。。。
クリスマスも終わればあとは年越し準備ですね。
何年前だったか、年末に銀行へ行き忘れてしまい金がなくて悲惨な正月を過ごしたことがあります。今年は忘れないようにしよう。
銀行といえば、何で年末年始に休むんだろ?交通機関やさまざまな生活に欠かせないところは営業しているのに。それに自分の金をおろすにも手数料をとられるときがあるし。銀行と同じようなものに役所がある。夜間や祝休日は休むし、税金を使って業務をしているのに手数料を取る。
役所や銀行は民間(個人)に強い発言力や力を持っているが、こういうところに限って殿様商売である。
こちらのHPは年末年始も営業する予定ですよぉ。。。(笑)

【2005年】
湿度計を見たら湿度10%
唇も乾き咳をしている人も多いです。一雨欲しいのですが、幸か不幸か年末年始は良い天気らしい。。。。
クリスマスも終わりいよいよ正月の準備ですなぁ。。。。
スーパーも正月用商品に変わっていくでしょう。なんとなくいろいろなものが高くなっているような気がするのですが気のせいかな?
スポーツジムも1ヶ月になりました。
体重は変わりないのですが、体脂肪率が減っています。このまま筋肉がついて体脂肪が減ればいいのですが。しかし体脂肪も、僕の場合内臓脂肪が多いので落とすのは大変らしいです。血液中の中性脂肪や内臓脂肪は、皮下脂肪による肥満よりダイエットは難しいとトレーナーの方も言っていました。
このままのペースで続ければ、基礎代謝が高くなり(筋肉質になり)脂肪がつきにくくなるそうです。それには長い時間がかかりそう。。。
夫婦そろってジム通いをはじめたので、体脂肪計を買ってきました。
この体脂肪計は優れものでいろいろなデーターが出てきます。「体年齢」というものもあり、さっそく見たらなんと42歳!!だいぶ自信がつきました。妻は?。。。夕螺家の門外不出の極秘機密です(笑)

【2006年】
昨夜はクリスマスのお祝い?もできなかったので、今夜、ささやかに執り行いました。クリスチャンではないのですが、一応縁起物ですから。。。でも、キリスト教の宗派もいろいろとあるようですが、平和を望む心は好きです。
毎年ご飯を用意して混ぜご飯やチラシ寿司にしたりしていました(ううう。。。日本的クリスマスパーティー)
こういうのも芸がないと思い今年は、フランスパンのガーリックトーストをカリカリに焼いてシチューと一緒に食べました。好評でした。あとは市販のオードブル。そしてケーキ。それにしてもクリスマスにケーキというのは誰が発明したんだろ?
大量に発売されているオーソドックスなクリスマスケーキというのはうまいと思ったことがない。高いし。。。。子供の頃は、硬いバタークリームを乗せたケーキを楽しみにしていたけど、これに比べれば格段においしいけど。
おいしいケーキ屋さんがあるのですが、そこのケーキはやはり高いです。。。。
スーパに買い物に行ったら、ほとんどのクリスマス関連の食品はなくなり、店員さんが忙しく何かを並べていました。なんだろと近づいたら正月用品でした。明日からは正月用品で賑やかになりますね。。。
それにしても、もう来週はお正月ですなァ。。。。
「成長型経済」とかいう政策方針には悪いけど、財布の紐を締めたいと思います。まぁ、子どもたちの楽しみは極力協力するけど。。。。
経済成長をいうが、GDPの伸び率はそうは小泉政権の6年間でもそうは高くないようだ。改革と言っても成長型の経済と言っても、庶民生活は切り詰められるだけではなかったか?
今のままでは、淋しいクリスマスや正月を続けなければならないでしょう。何も金の問題というだけではなくて、心が明るく暮らせるという意味で。。。

【2007年】
(記事なし)

【2008年】
(記事なし)

【2009年】
(記事なし)

【2010年】ツイッターつぶやき
もう来週の土曜日は正月ですなぁ。。。。。
くれになると10大ニュースなどとやっていますが、昔に比べるとこの「10大ニュース」という言葉や記事などもあまり聞かないような気がするのですが?
社会の中におきる事件も昔は殺人事件といえばものすごいニュースでしたが、今は日常茶飯事になってきて殺人事件がない日が少ないような。それだけ大きな事件が頻発をしていれば改めて「10大ニュース」などと発表するまでもなく、また10では収まりきれないのかもしれません。
政治も同じで1年を振り返れば記憶に残るのはスキャンダルばかり。もちろん生活が悪化をしていくそれなりの政治の動きはあったのですが、記憶に残る政治の動きはやはりスキャンダル。
10大ニュースというのは良いことも含まれるわけですが、この良いこともまた記憶に残る大きなものはなかった。
それなりに社会は動いているのですが、どこか記憶に残らないという平坦な1年。10大ニュースというのは、生活や社会にメリハリがあるから事10大ニュースとしていろいろと振り返り考えたりするのでしょう。もちろんこのメリハリのなさは平凡とは違う。非凡だけのメリハリのなさ。。。。後退していく中のメリハリのなさ。。。。。なのでしょう。
こういう中には夢を持つことができない。社会を見つめて怒りどうにかしなくてはいけないといきまくこともできない。後退期ですなぁ。
後退期にはあきらめも出るということです。あきらめの心理の中には10大ニュースなどはどうでも良くなる。
でもまぁ・・・・・社会の中に棲息していかねばならないのですからそうは言ってもいられない。
個人として楽しむ工夫をしながらそしてその心を大切にしながら、その個人と社会の接点を見つめる中から何かを発見をして働きかけていきましょう。個人の力は弱いですが集まれば強くもなる。この集めるのもまた個人と社会の接点がいやおう無しに投げかけるものです。その中での個人と個人との小さな接点を!!その意味でのネットの役割は大きいと思います。良くも悪くもネットの力は無視できなくなっていますからね。こうしてどこのオヤジかわからない僕が文章を書いている。昔なら考えられないことでした。僕が書いたものをたくさんの人に読んでもらうなんて。その逆としてたくさんの肩の書いたものを読むことができる。
うれしいことですね。
あと1週間。。。。。日が沈んでまた日は昇る。今年が終わって来年がやってくる。けじめとしては切り替えをしながらも12月31日から元旦へ続く毎日をこうして見つめたいと思います。

【2011年】ツイッターつぶやき
東電の一般社員は、特に現業社員は被災地や原発事故の影響のあるところでも日夜労働をしている。原発が止まることでの電力不足を止まっていた火力発電所の復旧を急ぐ中やはり一生懸命に労働をしていた。この前ドライブに行ったら山間の谷の高い場所にある送電線にゴンドラでぶら下がって寒さの中保守点検をしていたしどこかで日夜電力を守るために労働をしている。
この労働をしている一般社員の賃金を下げろとかマスコミはもちろんネット上でも大きく叫ぶ人たちがいる。
一般社員は上に書いたような労働の対価(厳密に言えば労働力を売った対価)を賃金として受け取っているのである。それを賃下げは当たり前だというならばそれは人の労働に対する軽視だろう。東電の原発事故の賠償については重要な問題だが、それに対して労働の対価まで引き下げろというのは労働というものへの冒涜である。賃金はとことん引き下げろ、それでも今までのように働けという言動は見苦しい。
東電の社員のボーナスは減額された。しかしその金は目に見えた賠償という形で被害者にどのように届いただろうか?一方では東電は料金値上げを企業としての責任と権利だとして料金引き上げをする。国にはもっと金を出せという。結局は社員のボーナスの減額の鐘も東電という企業を守るために使われているのではないか?
昨日テレビの再放送で湾岸署の青島刑事が「事件は会議室で起きているのではない!現場で起きているんだ!!」と叫んでいましたが、まさに事故の対処や復旧そして日常的な電力の確保と送電は現場で起きているのであり、そこには一般社員が労働をしているのです。企業は被害者への賠償とともにこの現場で働いている社員を守らねばならないのです。国も。そして国民も。社会に価値を生み出している労働というものをあまりにも軽視した社会になり不労所得や会議室の人間が潤う社会になっています。ここに根本的な矛盾を感じますし実際この矛盾が経済をおかしくしています。
東電一般社員特に現業社員への感情的な敵視や賃金を下げろといった暴言は排除すべきでしょう。
東電社員の賃金が高すぎる?そう言う方はあなたの賃金が低すぎるのです。東電社員の賃金を下げたからといってあなたの賃金が上がるわけではなくて、そして被害者に回るという保証もないのです。今の社会の格差は人為的に作られているものです。契約社員という階層を増やしたのは自民党政権ですがこの政策によって派遣社員という階層がふやされて正社員と相対的な児湯不安と低賃金が作られたのです。ここに東電社員の賃金は高すぎるという意識が出ているのです。

【2012年】ツイッターつぶやき
(記事なし)

【2013年】ツイッターつぶやき
今朝の朝日新聞に「今こそ政治を話そう 宗教国家日本」というエッセイがありました。
このエッセイを読んで感じたのは、今の総保守の政治の中で日本人はこれまで発展させてきたものの未来性を見失ってきているいるのではないかと思います。総保守の時代ですからその保守が何を未来に求めているのかははっきりとしてきています。しかしそれが国民意識を代表するかといえばそうではない。今の自民党内閣が政策面において支持されて誕生をしたかといえばそうではなくて保守二大政党制の矛盾として民主党がだめだったから自民党といったものでしかなかった。国民意識をある程度理解したと思われた民主党への政権交代もふたを開ければやはり自民党と同じだった。ここに国民意識を代表するひとつの柱がなくなってしまったのである。もちろん原発事故からの脱原発の意識は広がりましたし、秘密保護法でも多くの反対意識が広がりました。社会のさまざまな動きでの矛盾も意識され始められています。しかしそれらの国民意識はそれどれの課題の中でばらばらにおかれ、そのばらばらに見える課題の根底にあるものを探しあぐねている状況でしょう。
社民党や共産党もこのばらばらに置かれている国民意識を統一するための政治勢力も弱く同時にやはりこの政党もここばらばらの課題に動かされている状況は否めないでしょう。
その中に保守からの宗教的とも言える観念的な精神論的とも言えるような国民統治のための国民意識が作られていく。それはわかりやすいですし感情的でもありますから多くの国民は動かされる。政策自体には反対でも動かされる。政治の話も中国や北朝鮮そして今では韓国も含めてその批判の中に日本の主張の正当性を置く。しかし日本がすばらしい国であるかは政策を見れば口をふさぐ。それが国を愛することだと。
昔もよく考えれば自民党の圧倒的多数の長期政権だったはずです。保守政治だったわけです。その中で社会党と共産党の革新が対峙した。社会党と共産党の対立もありましたが、共通項もありその共通項が独自に反自民という形を作り出した。その中心となった柱が理念的には社会主義でしたが、現実の運動は「改良」でした。自民党の暴走を阻止して国民生活を豊かにする方向性を示し、労働組合や市民運動そして幅広い知識層や有識者の運動などに結びついた。改良を通して始めて国民の運動は広がりを見せて社会制度などを具体的に改良した。もちろん保守勢力もその改良を受け止める福祉国家論・平和と民主主義に進まざるを得ない状況があった。
そのような全体の改良運動に国民意識も統一された。
こう見ると今求められているものは、社民・共産の連携ですしその柱となる理念は社会民主主義しかないでしょう。もちろん共産党は党名変更など社会党の失敗を教訓にする必要がありますし、共産主義を言い続けてもいい。しかし現実の社会を動かすには改良としての社会民主主義を言えばいいわけです。この理念の下にさまざまなばらばらになっている国民意識を統一しながら改良をしていく。この改良の成果をを国民に示しながら理念である社会民主主義の姿を明らかにしていく。
国民生活の実態は悲惨さを増していく一方です。その中で苦しんでいる。改良の課題はたくさんあります。やはりもう一度国民生活が第一、平和が第一、民主主義と自由が第一と訴え続けるしかない筈です。そこには労働組合や市民団体そして知識人・文化人などの力が必要です。「力」といっても国民を助けるためという意識ではなくて思想や文化の発展に協力が必要だとしなければ成らないでしょう。主婦や中小企業の方も同じです。
これがある程度形として見えてくれば今のような国民意識も変化していくでしょう。その変化が今の政治を変えるでしょう。

【2014年】ツイッターつぶやき
(記事なし)

【2015年】ツイッターつぶやき
(記事なし)

【2016年】
(記事なし)

【2017年】ツイッターつぶやき
消費増税分はすべて社会保障の充実に使うという当初の目的は果たせているでしょうか?
民主党政権末期から消費増税分を社会保障だけでなくという動きも出ていたし、2014年の消費増税が行われても現実は社会保障の後退となっている。そもそも年金制度改革も小泉政権時には100年は大丈夫と言われていたが現実は危機が叫ばれている。
もう言った実態も出ている中で、消費税の逆進性が言われている。
年金生活や社会保障給付の充実が仮にされたとしても、消費増税による生活の低下は免れない。
ワーキングプアーという言葉が数年前によく言われていたが、その改善がなされずにいまだに低所得層は増え続けている。相対的貧困率の改善が言われているが、手取り賃金となると減少している。この中での消費増税である。
低賃金化は進む中でその定収入に合わせる形で生活保護支給額が削減されようとしている。
格差の拡大は低賃金層が増えるにしたがって、社会の富をより多く得る階層や企業などにばらまかれる。同時に更に中間層への増税や残業代不払いが行われようとしている。
現在の政治の根本理念は、自己責任と公助から自助へである。年金支給の減額や年金受給年齢の引き上げは公助の切り捨てです。これを補うのが自助で、人生100歳が言われて70歳半ばまで働けとなる。働けないなら家族同士で助け合えと憲法も改悪される。
高齢化社会に備えた年金積立金は株式投資にまわされて損失が出れば年金額にも響くともいわれ、逆に利益が出てもその活用はできない。年金積立金を市場から引き揚げれば株価が下がり損をする不労所得者や企業が出てしまうから。
まぁ。この現状で企業が元気になって大幅賃上げがなされ、税収も増えて社会保障も充実される結果があればまだよいほうだが、巨大企業の不祥事が続いたり企業にため込まれるカネは莫大になっている。それが国民生活には還元されないで、アメリカへの投資などになっていくでしょう。国の税収も援助という名目で湯水のごとくまき散らされている。これが元凶になりさらに社会保障は切り捨てられるという負のスパイラルになっている。
円安誘導は輸入品目の値段を引き上げて悪い物価高を引き起こしている。祖の大元である日銀も手詰まりで、軟着陸の出口は望めなくなっている。にっちもさっちもいかなくて日銀が出口に向かわざるを得ない状態になれば、金利上昇による国民負担がされるでしょう。
とりあえずは2019年の消費増税は、10%なら計算しやすいでしょうなんて馬鹿げたものに笑っているのではなくてどうにか食い止めなければなりません。どうにかアベノミクスと日銀緩和から抜け出さねばなりません。税は中間層の1000万円から増税なんていうのではなくて、富裕層や企業から吸い上げねばならないでしょう。アベノミクスの陰の部分にある政治とカネにも踏み込む必要がある。選挙が終わればミソギは済んだとして、民間企業なら解雇にもなるようなことが平然となされるような事ではお先真っ暗である。

【2018年】ツイッターつぶやき
株価が800円以上下落しています。
アメリカも650ドル以上株価が下がっています。
どうも、日米株安?という印象を受けます。
株を売られるわけですからドルも売られる?
ドルインデックスは下がっています。
円高が進むわけですから自動車などの輸出産業は株価を下げますから日本の株価の下落にもうなづけます。
アメリカは中国との貿易戦争を強めていますし、国家財政の危機から連邦政府の一部機関が閉鎖をされているとか。。。。。
アメリカの衰退(これは中国などの発展という相対的なものも)が言われ続けていますが、これはドルの信頼を減少させるでしょう。
日本の円は強いといわれていますが、どうも円が強いという部分よりもドル安による相対的な円高なのかもしれません。
円高の進み具合よりも株価の下落が先行するかも?
19000円割れは?
日本経済に盆も正月もそしてクリスマスもないようですなぁ。。。。。
もちろん庶民生活は来年はひどくなることが目に見えていますから期待は薄くなっているのですが、株価が最後の砦である安倍政権化の経済も怪しくなるのかもしれません。
こういった中、日銀は緩和を続けるのでしょうか?
天気も年末年始は大寒波だそうです。
寒いですなぁ。。。。。

【2019年】ツイッターつぶやき
安倍内閣が成長戦略の柱としてきたIRの事業をめぐり前内閣府副大臣のIR担当であった自民党衆議員秋元容疑者が収賄の疑いで逮捕された。そして今日になり、やはり自民党の白須賀衆議員の事務所に家宅捜査が入った。
秋元容疑者は二会派のようですが、二階幹事長は「党として大変残念」と述べるにとどまり、自民党内ではIR全体に悪い印象を与えているとみている。
IR事態ギャンブル依存症との関連が言われ、ある意味賭博ですからもともと良い印象はない者でした。しかし成長戦略として法案が通ってしまった。
国民の目からは政治と賭博の関連性という視点で見てしまうことになるでしょう。
安倍内閣は現内閣で2人の閣僚が辞任している。そして前内閣とはいえ副大臣が逮捕された。
安倍内閣では総理大臣のモリカケ問題や桜を見る会にしても疑惑が噴き出ている。そして多くの閣僚の疑惑や辞任が多くあった。そして公文書問題などが噴き出ていた。
安倍内閣においての政治の腐敗が目に見えてきているといえるでしょう。
経済政策や社会保障政策でのほころびが出て、外交でも多くの国に訪問はしているがその成果というものは見えない。対韓国を見ても悪化していくように見える。
もう。すでに安倍内閣への期待はできない状態で、期待が失望に変わり、あきれられるような状態でしょう。
しかし、数の力は依然とありますから安倍内閣の政治は続いていく。そこが国民の悲劇です。

【2020年】ツイッターつぶやき
東京 12月25日
新規感染者   884人
感染者累計 54902人
入院      2,139 人
軽症・中等症  2,058 人
重症        81 人
宿泊療養     985 人
自宅療養    2,143 人
入院・療養等調整中1,287 人
死亡       597 人
退院等(療養期間経過を含む) 47,751 人
陽性率     7.9%
≪以上東京都ホームページ≫
重症者数の増加が止まりません。それに伴い死亡者数も急増しています。
入院者は中東省と重症者で2139人ですが、宿泊療養、自宅待機、入院等調整中の入院できない方が4415人。
この状態がピークなのかと言えば、陽性率が7.9%と高いですから。まだ検査を受けていない市中感染者が相当数いることになりますから、この陽性率が下がらないことには高止まりあるいはさらに新規感染者数は増加していくと思います。
そこにイギリスにおける変種のコロナが上陸しそうで、その感染力は現在よりも高いといわれています。羽田でどのくらい水際作戦が成功するか?やっと政府はイギリスへの短期渡航者が帰国した場合2週間の大気免除を中止しましたが遅すぎかもしれません。第一波の中国からの水際作戦の失敗と同じになる可能性が心配です。
Go Toも28日から中止ですが、すでに多数の方の移動がはじまっているでしょう。

【2021年】ツイッターつぶやき
クリスマスも終わりましたなぁ。。。。
クリスマスといっても別段代わりにない1日を送っているのですが、でも社会の流れに流されてケーキぐらいはと思い作りました。たまにはケーキ作りも楽しいのでクリスマスを機会に楽しみました。
ケーキの材料を買いに駅前のスーパーに行ったついでに宝くじを買ってきました。
年末ジャンボ10億円はいらないので東京都の初夢宝くじを買ってきました。スクラッチも10枚だけ買ったのですが200円が1枚。。。。
ハハハ・・・・結局散財になるのですね・・・・・
明日はのんびりして27日は幼児用事がるので28日から正月の支度です。
今年もおせち料理ぐらいは作ろうと思います。
1年が早いですなぁ。。。。。

【2022年】ツイッターつぶやき
クリスマスも終わり明日から少しづつ正月の支度です。
とは言っても金もないので質素に。
質素というのは数万もする御節料理なんて買わないで手作り。
手作りといっても松前漬けなんてかき混ぜて冷蔵庫で保管するようなものがありますからそういうものを使います。
1週間はあっという間ですなぁ。

【2023年】ツイッターつぶやき
日銀総裁は、2%目標の達成に近づいているとしたようですが、賃上げのスピードは遅いですし、2%目標に含まれない悪性の物価高は賃上げを吸い上げ、それに輪をかけて国家が税等で吸い上げる。個人消費は伸びずに、企業は賃金も含めたコスト増に対して値上げを抑えざるを得なくなっているようです。
2%目標は、経済の好循環により達成されるのですが、経済が落ち込んでいる中で、賃上げと本来のインフレとしての物価上昇が出てこない。経済の好循環を作る材料がない中で、悪性の物価高による2%を求めること自体が矛盾でしょう。
コメント
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「12月24日という日」

2024年12月24日 07時55分22秒 | 「何を思ってた?」(旧ブログまとめ)
【2024年】
(記事なし)

≪過去の記事≫

【2003年】
  《Merry X'mas》
イブ、どうお過ごしでしょうか?
さっき買い物にスーパーへ行ってきました。駐車場もいっぱいでした。
いろいろと買ったのですが、財布の中身程度には収まるだろうとレジに行ったら冷や汗が出ました。財布の中には100円玉しか残らないようなぴったりの買い物。。。。
タバコを2個買ったら財布が空っぽでした。
こんなに高いわけはないと思ったのですが、やはりイブともなると商品も高めなのかな?
今夜は、息子も妻も遅くなるというし、娘と二人寂しくイブをやります。

【2004年】
(記事なし)

【2005年】
メリー・クリスマス!

                       楽しいイブを!!

東京は晴れた空のイブです。
ココのところまとまった雨がありません。空気も乾燥をし土もからからです。強い空っ風に土が舞い上がります。

【2006年】
家族でアン肝を食べに行ってきました。
去年は日帰りでしたが、今年は1泊してゆっくりと。。。。
宿を予約をして別注文でアン肝をたのみましたが、幹事役の僕としては(笑)アン肝を忘れられては家族から大ヒンシュクをかいますので何度も確認。。。ううう
4人で6人前を頼み堪能して来ました。
でも、今年のアン肝は、どこか味というのかコクが薄い。あのアン肝特有の味が薄いのです。アン肝ツウの妻が、今年はいまいちね。。。と。予約したときに1人前の値段が安いとは思ったのですが。。。去年に食べた料理屋さんのは、1人前2500円ぐらいしたのですが、今回は半分強の値段でした。アン肝といっても違いがあるのかもしれません。
まぁ、うまいにはうまかったのでよかったです。
温泉にも浸かったし、ゆっくりとした家族の忘年会にもなりました。
でも、朝、息子と行った露天風呂は悲惨でした。寒くて長い渡り廊下を渡り、洗い場は外にあったので凍えてしまった。息子が震えながらひげを剃っていた(笑)
でも、源泉かけ流しの湯!!
気持ちよかったです。
クリスマスイブ。。。。
どうお過ごしでしたか?
我が家は息子がバイトだというので明日ささやかにケーキでも買って食います。

【2007年】
(記事なし)

【2008年】
(記事なし)

【2009年】
(記事なし)

【2010年】ツイッターつぶやき
夜空を見上げてごらん
そこにはサンタではなくて
君のことを好きな人が見つめてくれている

すやすやと夢を見てごらん
そこにはサンタではなくて
君のことを好きな人が現れるから

そして明日を見てごらん
そこにはサンタのプレゼントではなくて
君のことを好きな人が笑顔で立っているから

見上げてごらん
      見てごらん
そこにはサンタでなくて・・・・

【2011年】ツイッターつぶやき
(記事なし)

【2012年】ツイッターつぶやき
ぼうっと眺めた日常に心がふと動いたときのその心の切り取り。。。。コメントに一言いかがですか?
コメントいただいたものは本文中に入れさせていただきます。


同じ一日(26)「日中は気温も上がり暖かでした。公園のベンチで爺様二人が日向ぼっこしながら缶酎ハイを呑んでいた。。。。明日は立春」(2月3日)

同じ一日(25)「日差しの暖かさ。風は春の色。。。。。春近し」(1月30日)

同じ一日(24)「今を一緒に生きていることの大切さ。。。。どこかでつながっている」(1月27日)

同じ一日(23)「今朝、ベランダの鉢植えの水を上げようとしたら鳥が一羽逃げて行った。あの羽の色は。。。。。鶯だよなぁ。。。。もうすぐ梅も咲く」(1月26日)

同じ一日(22)「夜の晩酌に黒松剣菱を飲んでいる。そういえば。。。。むかし、先輩に連れられて飲みに行くとその先輩が『剣菱あるかぁ?』と店員さんに訊いていつも剣菱を飲んでいたっけ。。。。。酒の味」(1月24日)

同じ一日(21)「暖かい日差し。ぼうっと、ベランダで鉢植えの花たちの芽生えを想像する。。。。春も近い」(1月21日)

同じ一日(20)「南房総にドライブに行った。晴れて風もなく、海も静かで暖かでした。。。。菜の花のつぼみ」(1月19日)

同じ一日(19)「凍った雪を避けながらとぼとぼと下を向いて歩いてた。すると100メートルほど先の路地からおばちゃん達の声がして冬空に鳴り響いた。おばちゃんの大群が出てくるのか。。。。。ドキッとしながら歩いて行くと出てきたのはたった三人だった。。。。。冬青空」(1月17日)

同じ一日(18)「静まりかえる街。時よりザクザクと雪を踏みしめる音がする。しばらくするとシャリンシャリンとチェーンを巻いた車が通っていく。静けさがひとしお。。。。雪の残る東京」(1月15日)

同じ一日(17)「日が少しだけのびたなぁ~と感じた。これからは春が少しづつ顔を出してくる。。。。植木鉢の春の兆し」(1月13日)

同じ一日(16)「公道から少し狭い道に入った。そこに1台の駐車してある車がありハンドルのあたりにヘルメットらしきものが置いてある。どうも変な色のヘルメットだと思いながら近づくと転寝する爺様の禿げ頭だった。。。。朝日がまぶしい」(1月10日)

同じ一日(15)「公園の片隅に誰が植えたのか水仙の花の株がある。先日やっと花の芽が咲きそうになっていたが誰かがちぎって持って行ってしまった。。。。散歩道なのに」(1月 8日)

同じ一日(14)「爺様が乗る自転車が僕の車の前をふらふらしてる。そのうちにスーッと車の前を横切っていった。危ないし頭に来たからクラクションをプッ!!そのあとお年寄りは大切にしないとと反省。しかしよく考えたら僕もそろそろお年寄りなのである。。。。対等な年寄り」(1月 7日)

同じ一日(13)「正月休みも今日で終わり。スーパーは家族連れでいっぱいでした。小さな女の子が今日はパパが一緒なのでずっとパパと呼びかけていた。しかしこのパパは高い酒が置いてある棚を眺めて買ってはもらえぬ酒を眺めている。。。。。終わる正月休み」(1月 6日)

同じ一日(12)「風邪でうなされながら初夢を見た。何のことか忘れたが、これをやるにはこっちをやらねば、こっちをやるにはまずはこれからと三つ巴の堂々巡りだった。。。。今年も悩みそう」(1月 3日)

同じ一日(11)「目が覚めるとまぶしい日差しがさしていた。町会の氏神様に初詣に行く。氏神様、暇そうでした。。。。。。。のどかさや」(元旦)

同じ一日(10)「紅白も終わり、ゆく年くる年を見て静まり返った寝床に入ると、どこの寺かわからないがかすかに除夜の鐘の音が聞こえてくる。。。。寝床の除夜の鐘」(12月31日)

同じ一日(9)「夕食後コーヒーを淹れる。コーヒー飲む人~と訊いたら子供たちも飲む!と。幼い子供時代が過ぎ去ったんだと実感。コーヒーのうまさを知るようになった子供たち。。。。僕は白髪」(12月30日)

同じ一日(8)「朝、起きたら朝日がまぶしかった。今日は大掃除。明日は雨だから中止だなと思いつつ寝たのだが。。。。天気予報はずれ」(12月29日)

同じ一日(7)「スーパーに味付けの稲荷寿司の皮を買いに行く。いつもの棚にない。店員さんに訊いたけどないという。あきらめきれずにうろうろ探したら、あるじゃん!。。。。正月用品に並べ替え」(12月28日)

同じ一日(6)「夕方のスーパーが混雑していました。レジに並ぼうとして見渡すと1列だけ並ぶ人の数が少ない。レジはあのおばちゃんだった。。。。。年末ののんびり」(12月26日)

同じ一日(5)「クリスマスのイルミネーションの美しさって悲しみや切なさではないかな。。。。。。刹那」(12月25日)

同じ一日(4)「空を見上げる。クリスマスも正月も宗教行事ではなくて年中行事。いつも空を見つめている。。。。イヴ」(2012年12月24日)

同じ一日(3)「洗濯が終わった。しかしどうやって干したらいいんだろ。昨日の洗濯物が乾いていない。。。。どんよりした寒波の空」(12月23日)

同じ一日(2)「小さな公園横のミモザに花のつぼみが出はじめました。名も知らぬ木に猫柳のようなフワフワのつぼみが出てきました。春の支度」(12月22日)

同じ一日(1)
「スーパー横の公園のベンチで爺様が二人、のんきにタバコを吸っていたので仲間に入れてもらった。。。。冬至の薄日」(12月21日)

民主党代表選がある。
海江田さんと馬淵さんとの選挙になるようですが、新聞などを読めば各グループへの働き掛けによる票集めに終始しているような印象。
この三年、特に野田政権の総括らしさが伝わってこない。一般党員や支持者は何を望んでいるのか。。。
総括のないところに新しい国民を引き付けるような新執行部は出てこないでしょう。
参議院選に向けて風を待つ。。。。
この風に喜んだのが政策的な支持の薄い自民党だったわけで、自民党政治の批判、自民党政治に戻してはいけないは消え去った。そこでまた民主党の風待ち。。。。これが二大政党制ですね。
社民党も党首を取り換えろという議論が出ているようですが、結局は総括のない頭の取り換えでは。。。。。なぜ社民との政策的なものは支持されるのに、政策的に支持されない自民党が選挙に勝つのか。。。。ここのジレンマがあるわけですが、うまい手はないですね。離党議員も出ているし。その離党議員が何を思ったのでしょうか?やはりうまい手だったのでしょうか?
しかし、そうは目に見えた成果が出るわけではありませんが、一つの政治政策としての党は捨ててはならない。
民主党の政策等への復帰と社民党の政策の広がりと指示。。。。

【2013年】ツイッターつぶやき
ロイターの記事の見出しに「消費増税に向けて政策総動員か」という言葉があった。
「政策総動員」の政策はじかに国民生活に影響するものです(もちろん今の政府の行うものは生活の低下です)から要否増税へ向けて、というよりも消費増税も成長戦略の中のひとつですから成長路線の中に国民が総動員させられるということにもつながるでしょう。
そしてそのための国民の精神面に求めるのが国を愛することでしょう。
そしてそれらを推し進める原動力が数の力という国民的議論の余地を残さない国会運営です。それはもちろん民主主義の縮小に結びつきます。
日銀も巻き込んだ経済的総動員体制。
国民への経済状況の発言は景気は回復をしている。賃金を上げる。必ず来年はアベノミクスの成果がはっきり出るだろうというものです。しかし実態は更なる日銀の緩和策ですし、それを基盤にするかのように赤字国債発行量は増え、緩和策の「成果」としての通貨安は貿易収支と経常収支の赤字化に。個人消費はあがっているといわれるが高級品が飛ぶように売れるだけであり、一般国民の消費は消費増税前の駆け込み需要や今はクリスマス・年末年始の需要増でしかなく、その消費の現状から企業の設備投資は思わしくなく、海外への投資が主となる。ここに経済の明るさが国民生活にあるとはいえないだろう。追い討ちをかけるように労働の規制緩和(たとえば多少の賃上げがあってもホワイトカラーエグゼプションのように中間層も賃上げ分を取られる)は進む。
こう見ると経済での国民総動員は国民に生活の低下を我慢しろというものでしかないといわざるを得ない。
経済的な我慢だけではなくて企業救済とそこからの成長戦略のために原発も再稼動をさせようとしている。国民の安全もまた安全神話というものに動員される。
結局はこのような国民総動員は経済矛盾を広げる危険性をはらんでいる。もし失敗をしたら次は経済的国民総玉砕でしょうか?日本のためにも危険なリスク政策は変更しなければならないでしょう。

【2014年】ツイッターつぶやき
安倍政権発足からこの2年間での日経平均と日経平均ドル建ての比較がある。
日本株を買っているのは半分以上が海外投資家といわれる。
その海外投資家はドル建てで日本の株式市場を分析する。
円高ならば日本株はより高く、円安ならばより安く見るでしょう。もちろん円高化円安化でこの日経平均と日経平均ドル建てでは乖離しますが、これが10年ほどの関係を見るとある程度並行していることが現実の株価を反映するでしょう。どうにか2014年初頭までは海外投資家のアベノミクスへの期待が反映されますが、ここにきて日経平均の急激な上げとドル建てでの株価がそうは上がっていない現象が出ています。この円建ての日経平均が円安により急上昇を続けるとしてもドル建てでそれに並行して上がっていかなければ海外の投資家の日本株への魅力(日本経済)が薄れていくこととなります。
日本経済へのすなわちアベノミクスへの期待から失望につながる可能性が出てきているという事でしょうか?

【2015年】
(記事なし)

【2016年】ツイッターつぶやき
12月の初めごろ、天井に黒いシミのようなものがあったのでよく見ると小さな蜘蛛だった。
殺すのもかわいそうなのでそのままにしておいて。
すると時々糸を垂らしてするすると天井から降りてくるようになった。床までは降りずに1メートルぐらいの高さでぶらぶらしている。丸くなって虫が来るのを待っているのでしょうか。
あれから10日ぐらいたつが相変わらず時々蜘蛛の糸を垂らしてくれる。
今日はパソコン横に降りてきて椅子に座る僕の横でぶらぶらしいる。
蜘蛛の糸。。。。
たしかにすがりたいことはたくさんあるが、どうもあまりにも細すぎて頼りなさそうだ。
気持ちだけ受け取っておくことにする。
そういえば、子供ころ、お袋が夜の蜘蛛はいいと言いながら降りてきた小さな蜘蛛をがま口の中に入れた。不思議に思ってお袋に何でと聞いたら、こうして降りてきた蜘蛛をがま口の中に入れると金がたまるんだよと言っていた。
しかしがま口を開けてはいないのに翌朝には消えているのである。
お袋は今もって金持ちにはなっていない。

【2017年】ツイッターつぶやき
メリークリスマス♬
という事で我が町で一番おいしいケーキ屋さんにってきました。
駅ビルに入っているケーキ屋さんは有名な店で美味しいのですが、今日行って行ったケーキ屋さんは町中から外れた他に店などない不便なところにあります。ですから車でたくさんの方が買いに来ていました。
このケーキ屋さんは平日の昼間でも案外お客が多くてたくさん売れています。たくさん売れるというのはやはりおいしいのです。まぁ、変わった物を売っていると行列ができるというものは案外ありますが、味でたくさん売れるというのはすごいですね。
今日はイブですから予約のケーキの引き取りやら我が家のように小さなケーキを買う人で大変な賑わいでした。駐車場に入りきれない車の行列。。。。駐車場管理のお爺ちゃんでは間に合わない。店の前の一般道は幹線道路の方にまで車が渋滞。そこに路線バスまでが入ってきたが停留所に止めるのも一苦労。
ところで、皆さんはケーキを食膳に食べますか?食後ですか?妻は食後じゃ腹いっぱいになるから先に食べようよ派です。他の家族は「えええ・・・・」と引いてしまいます。やはり食後ですよねぇ?

【2018年】ツイッターつぶやき
夜空を見上げてごらん
そこにはサンタではなくて
君のことを好きな人が見つめてくれている

すやすやと夢を見てごらん
そこにはサンタではなくて
君のことを好きな人が現れるから

そして明日を見てごらん
そこにはサンタのプレゼントではなくて
君のことを好きな人が笑顔で立っているから

見上げてごらん
      見てごらん
そこにはサンタでなくて・・・・
           (2010年12月24日)


gooお題「クリスマスの思い出は?」
生まれてお宮参りとか七五三では神社にお世話になり、初もうでも神社にお世話になる。
結婚式は教会のお世話になり、あの世への旅立ちではお寺にお世話になる。
派手目の年中行事といえば、キリスト教でしょうか?
というわけでわが家も毎年クリスマスをするわけです。
子供のころのクリスマスの思い出というと。。。。。。
硬いバタークリームと果物らしきものの砂糖漬けが乗ったケーキですかねぇ~
スポンジにはいちごジャムぐらいしか挟んでなかったような記憶があります。
それでも1年に1度のケーキですから楽しみでした。
プレゼントは毎年大きな長靴に入ったお菓子🎵
今もあるのかなとスーパーで探しても見当たりません。
中には駄菓子のような小さいお菓子がたくさん詰まっていて楽しかったです。
おやじが機嫌がいいときはブリキの電車のおもちゃも時々。
そういえばおいしいケーキは叔母が時々買ってきてくれました。硬いバタークリームではないフワフワのイチゴショート。クリスマスで大量生産するケーキはバタークリームだったのか?昔は保存の仕方も遅れていたのでしょう。
今も、おいしいケーキ屋さんでもクリスマスのケーキとなるとうまくない。。。。。

【2019年】ツイッターつぶやき
1年数か月ぶりに首脳会談らしい日韓首脳会談が開かれました。
夕方のニュースをいくつか見ましたが、安倍総理の「国と国との約束」の発言だけが強調されていました。印象としては安倍総理が強く韓国に主張をして文大統領が今後検討するように思えます。しかし聯合ニュースを見れば、文大統領は輸出規制について解除を強く安倍総理の決断を求めたといいます。日韓の話し合いとしてはアメリカの意向が強く働いた経過はありますが、GSOMIAでは韓国は譲歩をしました。しかし日本側は輸出規制の理由を安全保障上の問題として譲りませんでした。韓国が譲歩したGSOMIAこそ日本の安全保障に欠かせない者であり底を勧告が譲ったわけです。ですから文大統領にしてみれば中国において対北朝鮮問題を中国も含めて討議している席ですから日本側の譲歩を安全保障上の問題として日本に強く求めたことには理由があるでしょう。日本は経済制裁的な輸出規制で韓国が困っているからGSOMIAで韓国が譲歩したとみるならば国際政治上大きな過ちです。
もともとは徴用工問題があったからという面はありますが、その解決のために経済制裁的な輸出規制を行ったことについては日本側に非があるでしょう。力による解決を日本は行ってしまいました。慰安婦問題も含めて韓国が求めているのは日本側の政治姿勢です。

【2020年】ツイッターつぶやき
     メリーXmas 🎄



   ≪手作り感すごすぎ・・・・≫
写真は恥ずかしいのでやめようと思ったのですが、まぁ、縁起物ですから・・・・・
スポンジの間にはチョコレートクリームにクルミ・マカデミア・アーモンド・カシュナッツを砕いて入れます。
周りは甘さ控えめの生クリームで、上の方はパイナップルのみじjん切りを混ぜたクリームです。
見た目より味で勝負

【2021年】ツイッターつぶやき
11月の物価前月比が0.5%上昇したようです。
原油高や円安が原因だそうで、経済が好転したことからのインフレとは違います。
こういう物価上昇は悪性のものです。
12月クリスマスやら正月でさらに物価上昇が起きるでしょう。
しかし国民一人当たりのGDPは減少しているようです。
これは個人消費の伸びがないことにもよるかもしれません。
経済は混迷する。

【2022年】ツイッターつぶやき
クリスマスイブ。
冬至が過ぎてクリスマスそしてあと1週間で正月ですなぁ。
なんとなく平和なのどかな2週間がやってくるような気持にさせられますが、それが過ぎて現実の生活を思えば、増税の中の生活が待ち受ける。
日本経済は、ここにきて円高に進んでいますが、ロイターによるとこれまでの円安は貿易赤字の膨張にあるとしています。
アベノミクスと日銀緩和は円安誘導となり、この円安は輸出産業に有利だとしました。そこから経済の立て直しが言われていましたが、それは国内産業にとっては円安での輸入を考えれば企業は苦しくなる。
輸出産業がどのくらい有利に輸出を増加させているのかはわかりませんが、貿易赤字が膨張するような状態になっているのでしょう。
為替による経済の利益は株価などにも現れますが、実体経済が落ち込んでいれば円の力も落ちて円安傾向になるでしょう。来年は貿易赤字がさらに進むとされています。
防衛費増で敵基地攻撃の武器を買いますから、その分煙を売ってドルを買わねばならない。

【2023年】ツイッターつぶやき
クリスマスイブ。。。。。
駅前の肉屋さんに🍗を買いに行きました。
もう80を過ぎたと思われるご主人がのんびりと店を開いている最中。
チキンは午後何時に出来上がるかわからない様子。
ひな鳥の小さいローストチキンで美味しいのでが諦めました。
そういえば去年も同じだったなぁ。。。。
仕方ないのでスーパーへ。
チキンが1500円。。。。ウウウ
色々なオードブルのようなものを買ったりしたらびっくりするほどの値段でした。
帰宅後昼飯を食べて昼寝をして。。。
むくッと起きてケーキを作りました。
夕螺家特製コーヒー味のクリームに、刻んだナッツやドライフルーツを入れます。
トッピングは柿とキーウィを小さく切ったものとその上にベリー類を。
そして毎年のようにフランスパンでガーリックトースト。
コメント
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「12月23日という日」

2024年12月23日 08時08分28秒 | 「何を思ってた?」(旧ブログまとめ)
【2024年】
(記事なし)

≪過去の記事≫

【2003年】
冬至
仕事で遅くなり夜は外食。なんとなく暖かくなってきました。暖かくなると雨?でも、夜空は星がきれいでした。
冬の楽しみは、星を見ること。富士山が遠くに見えること。
これから年末年始は東京の空も澄み渡ってきれいでしょうね。
今日からこの「夕螺のつれづれノート」も冬です。
冬至って、冬に至るという意味かな?
ということは今日から冬ということですよね?
季節もそうですし、すべていろいろな物や事象の境目は難しいものです。秋と冬のようにどこからどこが秋で冬なのか?でも必ず秋という季節はありますし、冬という季節もある。その境目が難しいだけです。
秋から冬へは、秋らしさが少なくなっていくと同時に冬らしさが顔を出す。そしてだんだん冬らしさが強くなっていき、秋らしさは限りなく少なくなる。量的な変化です。しかしこの量的変化は質的な変化となり冬という季節が来る。
それが冬至という最も日照時間が少ないときなのでしょう。
そしれしばらくは冬が続き、そのうちに春らしさが顔をのぞく。。。。。
季節。。。。冬は嫌いですが楽しいですね。

暗 鬼文春文庫乃南 アサ  著主人公法子は、あまり気がすすまなかったが一枚の見合い写真を見せられる。写真を見ると紀子のタイプ。
見合い相手は大きな屋敷を構える家で親子4代で住んでいる。このような旧家そして大家族の中に入るという不安はあったものの、法子は見合い相手の和人の優しさにひかれ、家族にも会う中でその不安を解消して結婚をする。
しかしこんなどこにも不安のない家族にもだんだんと不思議さや疑念が出てくる。この小説のサスペンスとしてのこわさは、この非の打ち所のない家族の恐ろしい実態が表れてくるということだけではなく、その恐ろしい家族関係の中に引きづり込まれていき、その恐ろしさの中で法子自身が幸せな気分になり、恐ろしさを恐ろしさと思えなくなって家族の一員となっていくところにある。
家族というのは、社会という外界とつながりはあるにしても家というひとつの塀に囲まれた人間集団でできている。その意味ではその中に外の人間から見たらおもしろい人間関係を見ることができるかもしれない。嫁が苦しむというのも、単なる人間関係というものだけではなく、家そのものからくるものに苦しめられるのではないかと思う。
和人の家族は異常である。その家族の一員となろうとする嫁紀子は、その異常さの中に引き込まれていくが、ある意味では、嫁がその嫁ぎ先の人間、家族になっていく過程を見れば普通の結婚だったのかもしれない。多少の以上には慣れていく。。。。
こんな家族という人間関係を思い知らされるような感想がありました。
しかし、この小説は、和人の家族の異常さを単なる異常と描くのではなく、そこには特殊なキノコやサボテンによるドラッグがある。異常な中にも幸せで暮らす家族、しかしこの幸せはドラッグから成り立っている。自分たちの家族を正当化することができるのもこのドラッグである。
この意味ではこの小説は正面から家族を考えさせることを目的としない。やはりサスペンスという域を出ない。読む者そして家族を持つ者にしてみれば、この家族が正常な生活者でありながら異常な家族関係を築いているのではなく、ドラッグというものの力を借りてその異常さがあるという点で救われる。
そうとはいえ、ドラッグに侵された和人の家族をサスペンスの世界と安心はしていられない。
今は家族が家族を殺すという事件が後を絶たないし、家族の人間関係がおかしくなっていることは事実である。このように書くと、昔ながらのよき日本の家族制度がなくなったからだと短絡的に考える人間もいるがそうではない。家族という人間集団も外的なものに支配をされる。社会の中にある経済的な過度の競争、貧困などによるものは大きい。また、エログロナンセンスも氾濫をさせている。この中で家族の人間集団も壊されているのだと思う。
昔ながらの日本的な家族制度。。。これも家父長制的な社会の悪い影響を受けてその考え方に犯された家族制度である。異常な家族である。民主主義が発達すれば家族制度も変わる。

【2004年】
明日は我が家のクリスマスでもと思っています。
イチゴも出てきていますし手作りケーキもいいかな。スポンジケーキはスーパーのものにしようか。だいぶ昔にスポンジケーキも手作りにしたことがありました。焼き具合はうまくいったのでわくわくしたのですが、その後がよくなかった。。。。だいぶ冷めたと思って作りはじめたら生クリームが溶け出してしまいました。やはり粗熱が残っていたものと思います。悲惨なケーキになってしまった。
それ以来手作りケーキは作っていません。
普段食べる食事は適当に作ってもそれなりにおいしいのですが、ケーキというものはやはり基本ができていないとだめですね。。。
所々の家にイルミネーションがともっています。はじめは1件ほどでしたが、数年の間に増えました。夜の帰宅のとき見えると楽しいです。
そういう我が家も出窓に小さなツリーを出したことがありましたが、なんか恥ずかしくなってやめてしまいました。派手なデコレーションもいいですが窓に小さな飾りが見えるというのもきれいなものです。雪国に雪が降り積もり、その出窓から暖かい光が。。。というのはきれいだろうなぁ。こんな空想をするのも雪のない東京だからこそできるのかな?雪国は大変ですからね。
そういえば新潟地震で被害にあわれた地方も雪が降り始めたようですね。。。。

【2005年】
冬至
今日からこの日記も冬です。
本屋さんへ駆け込んだら、ありましたありました。。。。銀色夏生さんの「庭ができました」が!!今日発売です。
檸檬の木も植えられていましたね。初期の詩集に檸檬の木の下で。。。というよおうな甘酸っぱい詩が幾編かあったのを覚えています。好きな木や葉がたくさん植えられ、クローバーを摘んできて植えたり野の草花も大切にしているようです。家をたてる前の取りは荒れ放題だったという写真もありましたが、整地をしても片隅に昔の木を残して木の下の草や南天をそのまま残す区画を作ってありましたが、それがまた味があり好きです。昔のものを少し残すところなどはえらいです!(笑)
それにしてもすごい集中力ですなぁ。。。。感性も。。。
きっと庭やガーデニングの好きな方はもちろん庭造りのプロの方が見ても興味深い庭ではないかと思います。
庭というのは時間がたたないとしっとりと落ち着いた雰囲気が出ないものですが、木だけではなくて育つのが早い草花をうまく使うことでこの嫉妬りさが出ています。

【2006年】
「ハヅキさんのこと」
            講談社
            川上 弘美  著
表題作「ハヅキさんのこと」を含めた1999年から2005年までに書かれた短編集です。
先に読んだ短編集「ざらざら」とほぼ同時期の作品です。「ざらざら」は雑誌クーネルに連載されたものを出版されましたが、「ハヅキさんのこと」は、他の様々な雑誌に載せた作品です。同じように「エッセイという体裁をとった小説」(あとがき)という面では共通しています。
「ざらざら」の感想でも書きましたが、この2冊は両方をお読みになることをお薦めします。
とはいえ、同じような「エッセイという体裁をとった小説」としても、「ざらざら」は、どちらかというと結婚前の恋愛の中の別れや男女関係を描いていますが、「ハヅキさんのこと」は、「後半の『階段』から『だめなものは』までの11篇」(あとがきより)は除き、どちらかといえば、結婚後の別れや夫婦関係を描くものが多いと思います。これは、同時期の長編「真鶴」につながっていきます。
『ネオンサイン』は、「今朝私は48歳になった。」という言葉からはじまります。川上さんご自身も1958年生まれですから48歳です。48歳になった「私」は、娘と暮らし、鈴木くんという恋人がいる。そんな「私」の平凡な1日は過ぎていく。恋人の鈴木くんという名前からして平凡である。48歳になった日の川上さんの心の中を小説として描いたものなのでしょう。
川上さんの様々な作品を読むと、夫婦間としての男女をいろいろな形で書いていますが、その中でも2つの特徴があります。
夫婦間の関係は破綻をして恋人がいる女性。何らかの理由で逃げていってしまった夫に取り残されたような女性。
どちらも高校生ぐらいの息子や娘がいる。
もちろんこの小説の設定そのものが実際の川上さんご自身の生活かといえば違いもあるのでしょうが、一人の女性として初老を感じる年齢に近づき、過ぎた時間の中で一つの家族、夫婦関係が残っており、50歳も近い女性の目で特に夫婦間の男女としての関係や一人の女としての自分を見つめる心は描かれているのだと思います。
先に読んだ「ざらざら」の『トリスを飲んで』という短編には、娘から見た両親という夫婦関係を見ることができます。「トリスを飲んでハワイに行こう」。。。むかし、ハワイというのははるかな夢のような島。。。そんな古いテレビコマーシャルを僕も覚えがあるが、この両親は50を過ぎているだろう。子から見た両親の夫婦関係は霧の中。「ハヅキさんのこと」には『ネオンサイン』『かすみ草』『森』など、この50歳前後の夫婦関係を書いている。『誤解』の初枝もそうだろう。
子には見えない両親という夫婦関係。
子というのは、両親の30歳前後の姿から覚えがある。それ以前は霧の中であり、夫婦関係も含めて一人の男、一人の女というものも霧の中で、やはりお父さん、お母さんなのである。「トリスを飲んで」にはこの娘の目を描いている。しかし「ハヅキさんのこと」という短編集には、この年老いてゆく男や女という一人の人間が見える。
これは対をなすのではないでしょうか?
川上さんのお年としてから見つめた自分という一人の女の内面を実際の生活を記すのではなくてもその題材を借りて心の中を描いているという意味においてエッセイなのかもしれません。それがあとがきにある「虚と実のあいわいにあるなんだかわからないものが知らず知らずにに現れているのが、(中略)文章を書くとはなるほどそのようなものなのだったと、いまさらながら合点しているところなのである。」という言葉になるのではないかと思います。
今の60歳代は元気である。心も体も若い。40代後半という年齢では、こういう母を持っているかもしれない。「蛇を踏む」という作品では、主人公はもう少し若いが母との葛藤を描いていると思いますが、「誤解」も同じようなものを感じます。どちらも激しい心の動きを描きます。違いは、この母親も「誤解」では語っているということです。40代後半になると自分自身の子が成長し母という面が強くなります。「蛇を踏む」では、娘から見た母への葛藤ですが、今は自分自身がその母になっているわけですから、「誤解」その他の作品において母にも語らせられるというものもでてくるのではないでしょうか。そしてその中にはその時の夫婦関係もあり一人の女もいるわけです。今の川上さんの心がその年齢において描かれるわけです。
こう見ると、短編集という形をとったエッセイなのです。
40歳代後半。。。
母もいて娘や息子もいる。母でもあり娘でもある。その意味で中途半端である。それは、母でもあり一人の女でもあるということで、その二面性に戸惑う。それよりももっと深い一人の人間というものもある。
「でも、どのひとも、ほんとうに生きているひととして認識していなかった。生きて、自分と同じように雑多な時間を過ごしているのだとは、考えていなかった。」(「センセイの鞄」より)
子から見た両親は、お父さん、お母さんという切り取られた人間を見ているのであり、○男○子という生きている人間を見ているのだろうか?40歳後半はそれが見えてくる。自分というものを通してなんとなく分かってくる。その自分を見つめたとき、死はそうは近くもないがそうは遠くもないという中途半端さを感じる。人生を振り返ったりこれから先を思う。そうは短くはないがそうも長くはないこれからを。
結局雑多な時間を過ごしていくのでしょうが。。。
40歳後半の女性の心の激しさは、「真鶴」という長編となっていったのだと思います。

冬至
東京のイチョウの木も葉を落とし、木々も裸になりました。
この日記も今日から冬です。
空っ風が吹く冬の乾燥した空気というのは好きではありませんが、こうも天気がはっきりしないのも困ります。
風邪はひと段落ですが。。。

【2007年】
冬至
冬に至るということで。。。
この日記も今日から冬です。

ううう。。。忘年会・・・・

【2008年】
この前、ラーメン屋さんの厨房の中が見えて思った。
寸胴の大きな鍋と火力。。。油通しの大きな油鍋。
プロの技は道具という面があるなぁと。
家庭料理は家庭料理。

【2009年】
(記事なし)

【2010年】ツイッターつぶやき
今日は冬至です

冬至になると心がぱっと明るくなります

11月から12月の寒さが苦手です

今年は暖かくて楽でしたが

日が短くなる中の寒さは苦手です

8月も下旬になるとはっきりと日が短くなるのを感じ

そのうちに5時ともなると暗くなる

部屋の電気をつけても明るくならない部屋

そんな夕暮れになっていく

そして寒さを感じるようになり。。。。。

冬至になるとトンネルを抜けたよう

クリスマスや正月は嫌いだけど

これから日が伸びるんだという喜びの行事

その点では心が浮き立ちます

寒さはこれからが本番で

真冬ですからね

でも日が伸びていくのを感じると

寒さもまたよいものです

春という言葉が近づいてきます

カボチャを食って柚子湯に入りました

でも今日は暖かかった。。。

【2011年】ツイッターつぶやき
社会保障のための消費税の増税や復興財源のための所得税の増税が行われようとしているが、今朝の朝日新聞9面を読むと株の配当や売却益というのは相当な額でその税金も大きい。しかし小泉政権時に証券優遇税制というものが始まってその税額の下がっているという。株式も大口の個人株主もいるだろうが企業や銀行など株の持ち合いもしているわけですからその投資額から見ても証券優遇税制によりだいぶ設けているのではないかと思う。
復興財源では法人税の税率アップも言われていたが、結局は以前から約属されていた減税を一時ストップさせるぐらいに終わりそうである。
また所得税にしてもこれまで高額所得者への減税(税率の下げ)が行われてきて金持ち優遇の税制度となっている。この中で税の所得再配分というものは機能しなくなっているという。
アメリカでは格差に対する反対デモが行われていたが、日本は不労所得の減税や所得税の優遇やら格差の現実を思い知らされる現実がある。
その中で、社会保障のためとか復興だとか庶民への大きな負担を求めてくる。

【2012年】ツイッターつぶやき
◎鶏モモ焼き
ボールに赤ワイン・醤油・蜂蜜・レモンの絞り汁・ニンニク一かけら(スライス)・タイム5本ほどを入れてかき回して鶏モモを漬け込みます。
2時間ほど漬け込んだら耐熱皿に乗せて漬けこんでいたタレのニンニクとタイムを肉の上に乗せます。『スピードオーブン』(レンジのメーカーによって名称が違うと思うのですが、オーブンと電子レンジが一緒に機能するもの)で250度で20分ほど焼きます。
その間にフライパンにバターを入れて溶かし、小麦粉を適量入れて焦げないように少し炒めます。そこに先ほどの漬け汁を少しづつ入れて、ワインのアルコールを飛ばして少しとろみがついたら火を消します。
ここに焼きあがった鶏を入れてたれを絡ませます。
◎手作りケーキ
市販のスポンジを使いました。
生クリームに砂糖(我が家はオリゴ糖)を入れて硬めにホイップします。
ミックスのドライフルーツをみじんに切り、やはりミックスの無塩ナッツをミキサーで粒粒感がだいぶ残るほどに細かくします。
ホイップした生クリームをスポンジの間に入れる分だけ別のボールにとり、上のドライフルーツとナッツを入れてかき回します。
スポンジの下に上の生クリームを乗せ、薄くスライスしたイチゴを敷き詰めます。
上のスポンジを乗せて後は普通のケーキのように生クリームを塗ります。
少しだけ生クリームを残しておいてインスタントのコーヒーを溶かしたものを入れて絞り用のビニールに入れます。我が家はインスタントがないので普通のアイスコーヒー。
あとはイチゴを飾り、コーヒー味の生クリームで飾り付けをします。
鶏モモもケーキもおいしかったです。
鶏モモは柔らかくて赤ワインのソースがしつこくなくて美味かったです。
ケーキは、ドライフルーツやナッツの粒粒感が味のアクセントになり、ほんのりしたコーヒー味が奄美の飽きを防ぎます。
イブは仕事が入り家族皆がそろうのも今夜だけなので早めのメリクリ。。。。。

朝日新聞に「衆院選ツイッター460万件分析」という記事があった。
その調査方法は、約60語を選定して「前向き」「後ろ向き」な言葉を分けて自民・民主そして第三極へのツイートを分析したという。
選挙結果は自民圧勝でしたが、自民党の政策を支持するという意見は少なく、民主党が悪いといった中身となっている。
この点については、民主党への「後ろ向き」なツイートが多く、自民党への「前向き」なツイートは少ないものの「後ろ向き」のツイートも少なかった。しかし自民党に関してのツイート自体はダントツに多かった。そしてこれは自民党の発言はツイッター上の話題としてのものだった。「前向き」か「後ろ向き」かの判別ができないツイートが多かった。
なんとなくこのツイッタのツイートの現状と選挙結果は一致するような気がする。
維新の会も橋下市長の発言をめぐってのツイートが多かったと思うが、やはりツイッター上の話題として多かったのだと思う。
こう見ると案外ツイッター上での議論とマスコミの世論調査とは一致するのかもしれない。
ただツイッターは自分がフォローする人とその人がリツイートした人を中心とした意見を多く読むわけですから、なかなか全体は見渡せないですね。
ただ、マスコミの世論調査とは違い、例えば民主党の支持率が下がっているというだけではなくて、民主党はだめだという中身の生の声がある程度伝わってくるわけです。その意味での中身の問題が案外複雑なのかもしれません。その点で調査でも「前向き」か「後ろ向き」かの判別ができないツイートが多かったという事になるのかもしれません。

【2013年】ツイッターつぶやき
安倍総理が「努力した者が報われる社会」を言いますが、この土台には日本社会に平等さによる自由が必要ですし報いるための民主主義が必要です。何も理想を国に求めるのではありませんが、そのための国家の理念はもち続けなければならないはずです。
同じ能力があってもそこでの競争には生れ落ちる家庭による格差(ハンデー)があってはならないでしょう。もちろん昔から貧乏をしても立身出世をした努力家はいるしそれをたたえもします。しかし国家が補償する努力したものは報われるというのはこのような人を言うのではないのです。平均的な生活を受けられることなのです。平等に。
学歴や仮定状況に左右される社会、親の因果が子に祟る社会ではではだめですね。
そして努力したという中身は0か1かではないはずですし、敗者復活戦が補償されねばならない。
それが平均的な努力での報われる社会です。
日本社会はこの国家が責任を負うべき国民が努力すれば報われる条件という土台を縮小をしてそれも公助から自助へと向かいます。この土台を縮小する中での「努力をするものが報われる」どういうことでしょうか?
逆に捕らえれば今報われない人々は努力が足りないからだといって片付けられてしまう社会です。そこに国の責任はなくなります。そうすると努力しなかった人々という定義づけから助ける必要はないといった論理に進みます。

【2014年】ツイッターつぶやき
(記事なし)

【2015年】ツイッターつぶやき
今日は冬至。。。。ということでカボチャを買ってきました。
家族が煮つけはあまり食いたくないというのでポタージュにしてみました。
カボチャは皮をむいてラップをかけて8分ほど電子レンジでチン。
玉ねぎ半分を細かくみじん切り。
鍋にバターを入れて解けたら玉ねぎのみじん切りを入れてよく炒め、塩コショウで下味。
玉ねぎがしんなりとしてきたら少量の水とコンソメスープの素を入れて少し煮詰めます。
そこにゆでたカボチャを入れてつぶしながら炒めます。つぶしすぎないようにコロッとところどころにカボチャが残るほどに。
つぶし終わったら少しづつ生クリームを入れながらペースト状にしていきます。とろみ具合を見ながら牛乳を入れて塩コショウで味を調えて少し煮てから火を止めます。
少し冷ましてから食べるときにまた牛乳を入れて温めます。

【2016年】ツイッターつぶやき
(記事なし)

【2017年】ツイッターつぶやき
やっと冬至になりました。
立冬から12月中旬までは苦手な季節です。日も短くなりだんだんと寒くなり心細くなります。
12月下旬の当時過ぎはクリスマスやら正月がやってきて忙しくてカネもかかりますが、冬至が過ぎたという気持ちも楽になり忙しさも楽しめるようになります。
今夜は冬至という事でかぼちゃの煮つけと柚子湯。
ラジオでお寺の冬至の行事をやっていましたが、もしかしたら宗教や暮らしの中での行事というものがたくさんあるかもしれませんね。食い物もカボチャだけではないかも。。。。。
こういったものを調べるのも楽しいかもしれません。
行事などがあれば、クリスマスより冬至の方がワクワクしますね。

ロイターに「中国も出る2.0の衝撃」という記事があった。
これは経済の発展における経済の自由な活動をどう見るべきかを教えてくれる。
「見えざる手」と「見える手」という言葉で表現をされているが、「見えざる手」はもちろん新自由主義での経済の自由を言っている。しかし「見えざる手」によって経済は好転し発展するという論理はすでに破たんをしている。結論を一言で表現すれば、富はますます少数の人々の手に移っていき格差が拡大をしてそれが経済の発展に対する足かせ【桎梏】となるという事である。経済は自由に行動する人により営まれるが、結果は経済の自由な活動の桎梏となる。この矛盾が「見えざる手」の結末である。
外需によりどうにか息をついているアベノミクスの現実はどうだろうか。結局は積極財政として国家の公共事業によるカンフル剤に頼り、国内消費の低迷は軍事費として穴埋めされようとしている。勿論外国人観光客の消費にも。日銀の金融緩和は失敗だったというのがおおよその声になってきて、現実として出口が見えない状況である。
一方における「見える手」とは何か?
今の中国は昔のような教条的な社会主義(共産主義)ではないが、一定の計画経済を導入している。経済矛盾が大きくなりそうになればそこを改善できることが計画経済の一部である。もちろん5か年計画というものは最大の計画経済である。
この間中国のバブル崩壊や成長の鈍化を経済学者など入っていたが、この間の成長維持を見ればある程度成功していると言えるでしょうし、日本を抜いて経済対国家している。アメリカの混迷は相対的に中国の経済力を発展させるでしょう。この中で日本政府も一帯一路路線に協力を申し出なければならない状態となった。
政治的自由は中国の状態というのはまだ発展途上でしょう。しかし日本やアメリカが政治的自由を発揮しているかと言えば現実は後退をしている状況でさらに加速しそうである。
中国も統制社会でしょうが、日本も国民を統制する社会となっている。経済を統制するばかりではなくて政治的な国民統制という形をとる。
経済の自由が国民の自由を発展させるでしょう。国民生活を犠牲にした格差拡大が経済の自由を高めることにはならない。国民の経済の自由、これは生活の自由ですが、これを押さえつけるには必ず政治的自由の後退を必要とする。結果は社会の発展の桎梏となる。

【2018年】ツイッターつぶやき
木枯らしの吹く公園のベンチに座っていた
いつもなら子供を連れたお母さんたちや
日向を楽しむおばあちゃんが
のんびりとした時間を楽しんでいる時間なのに
なぜか僕一人だけがベンチに座っていた
足元には木枯らしが吹き付けていた
一枚の枯葉が小さなつむじ風に乗っていた
クルクル。。。クルクル。。。。
いつもなら一瞬にして消えてしまうつむじ風なのに
いつまでも僕の足元を回っていた
気が付くと、少し大きいつむじ風
大きくてどこか優しいつむじ風
大きくて力強いつむじ風が。。。
僕の周りを回っていた
僕は楽しくなって立ち上がり
真似をして少しくるくると回ってみた
クルクル。。。クルクル。。。。
僕は右足のつま先だけで回れるようになっていた
僕は楽しくて楽しくて。。。。
「こんにちは」、「こんにちは」。。。
「こんにちは」、「こんにちは」。。。
いつの間にか4人の家族と一緒に
クルクルクルクル回っていた
「こんにちは。。。!」
僕も弾む声で答えた
「ハハハ・・・・こんにちは」
「こんにちは。。。。」
僕はその家族と楽しく回りながら挨拶をし続けた
どのくらい時間がたったのだろう
4人の家族はいきなり高く舞い上がった
僕も必死で舞い上がった
空を1週したとき
「あなたは来てはいけないよ」と言われた
そう言い残してつむじ風たちは
高い空の上に舞い上がっていく
気がつくと僕はまた。。。。
公園のベンチに座っていた
すごく寂しかった。。。
空を見上げて涙が出た
そのとき。。。。。
高い空の上からかわいい声が
「おじさん、もうすぐだよ」
「もうすぐ春の家族がやってくるよぉ。。。」
           (旧ホームページより)

【2019年】ツイッターつぶやき
年末の土日は買い物はよしたほうがいいと毎年思うのですが、夕飯の買い物ぐらいはしなくてはいけないので今日もつい買い物に行ってしまいました。
道路も混みあっていてスーパーの駐車場に駐車するのも一苦労です。みんな殺気立って空きの駐車場を探す。イライラするので運転も荒っぽい。
店内は、大根1本棚から取るにも人を避けながらで苦労する。
いつもの棚にいつものものが並んでいない。正月用品が鎮座していていつもの物を探すのに苦労する。
レジは混んでいて長い行列。エレベーターも2回待ち。カートまでエレベーターに乗ってくるんで後ろに並んでいると入る隙間がない。
毎年毎年同じ風景が繰り返される。
帰り道、やけに渋滞しているなぁと思ったら百円ショップの駐車場待ち。
クラクションの音が鳴り響く。

【2020年】ツイッターつぶやき
新規国債発行43兆6千億円。
財政再建は捨てられました。
消費増税は社会保障のためというものもチャラに。
これ以上の消費増税を考えているのでしょう。近い将来に。。。。
赤字国債は借金といわれるが、その借金の金を使う人間と返済する人間が分離をしています。コロナ下で企業の救済が進められますが、この間ずっと法人税は減税をされています。借金を返すために行われるのが消費増税です。

【2021年】ツイッターつぶやき
大阪で家族3人のオミクロン株の感染が出た。
海外への渡航歴もなく濃厚接触者でもなかったことから市中感染と判断されました。
海外からの帰国者への水際対策もやはり手薄だったようですね。これまでの大きな波を見ればやはりかと感じました。市中感染は時間の問題だったのかもしれません。今回は大阪でしたが大都市圏をはじめどこで市中感染が広がるかわかりません。
ここで大切なのはこれまでもこのブログで何回も書いてきたように検査を多くやるしかないのです。
親の方は教師だそうですが学校での感染が心配されます。
この3人以外にも4人の感染があったようですが、この4人は先の3人との接触はなかったそうですから別の市中感染と考えられます。
ワクチンについても両親は2回接種済みだったようです。
ワクチンの接種証明アプリもよれよれの状態で始まったようですが、ワクチン自体の信頼性も低下しています。
沖縄でもアメリカ軍基地からの広がりが心配されはじめています。
群馬でクラスターがありました。
年明けにどうなるんでしょ。
年末年始の連休ですからこれをどう生かすかですね。ワクチン証明で出かける人が多くなればオミクロンも全国に広がる危険性があります。

【2022年】ツイッターつぶやき
数の力による国会の形骸化と民主主義の後退は、政治が力による国民統合に移っていく。
マイナンバーカードは任意であったが、現実は健康保険証を無くすというものとなり、来年からは紙の保険証では初診料などで6円ほど負担増を行うようです。これは健康保険の負担の平等を蔑ろにするものです。金額がわずかだという問題ではなく健康保険証をマイナンバーに紐づけする強制です。
力による恫喝は、何も強制はしていないと言いつつ、現実は強制につながる。
メリットは2万円のポイントだけです。
金で釣るというのもえげつない強制です。
岸田内閣は数の力を力の政治に具体化する危険な内閣です。

【2023年】ツイッターつぶやき
久しぶりに用事があり都心の方に出かけてきました。
電車に乗ると今の若い人は背が伸びたなと思います。女性でも僕より背が高い。
でも、少し前までは、女性よりも少しは背が高かったのですが。
どうも僕が縮んだんだとわかりました。
先日妻の付き合いで病院に行ったのですが、暇なのでぶらぶらしながら歩いていると体重計と慎重をはかる機会がありましたので、背をはかってみました。何と2センチも低くなっている。
背が縮む原因は、背骨の間の軟骨のようなものが薄くなるためだと言われている。
たしかにこれでは背が縮んだことになる。
しかし背が低くなるのは背骨の曲がり具合なのかとも思う。
ウウウ。。。。。
老化が進んでいる。
小さくなった婆ちゃんや爺ちゃんを見るが、そういう自分が間もなく来るのかもしれない。
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「12月22日という日」

2024年12月22日 22時05分21秒 | 「何を思ってた?」(旧ブログまとめ)
【2024年】
(記事なし)

≪過去の記事≫

【2003年】
東京晴天。暖かくて気持ちがいいです。
午前中冬物を買いにユニクロに行ってきました。もうフリースも流行らなくて着ていると少し恥ずかしかったのでダウンのコートなどかって来ました。コート2枚にセーター2枚、その他いろいろかって1万円少しでした。。。。
妻は少し高いものでも買ったらと言うのですが、安いものを2着買ったほうが着まわしができますからね。。。。
それに、フリースじゃないけど2年もすれば流行りも終わりますから。
ハムスターが病気みたいです。
医者にと思うのですが、、、、

【2004年】
床屋に行ってきました。
何だかおやじさんの気分がもうひとつのらないようでした。女将さんが先に他の客の頭を刈っていたのですが、僕のほうが早く終わった。。。。
仕事が早いのか雑だったのか。。。。
クリスマスケーキを作りました。ううう。。。。ん、今ひとつきれいにできない。まぁ、素人らしさもまたいいだろう。花屋さんにきれいなツリーの植木がありましたので買いました。もう売れ残りのようで木が傾いていた。1200円。。。。
買い物帰りに和菓子屋さんの前を通ったら店の人の暇そうなあくびを見てしまった。洋菓子屋と和菓子屋の落差はこの時期大きいですね。

【2005年】
朝起きてハムスターのスズの小屋を見たら、回し車の前で死んでいました。2年少し生きました。2年少しでもハムスターにとってはもうおばあちゃん。。。最近動きが鈍くてウンチやおしっこも上手にできず御尻が汚くなっていました。そんな中、東京の寒さもきつかったですからね。。。。
寝る前に「スズ。。。」と声をかけたときはねぐらから出てきたのですが。
ハムスターは元気そうにしていてもあっという間に死んでしまいます。
布団に入いる前に何気なく「スズはもう何年生きたかな?」と家族で話していたのですが、虫の知らせというのでしょうか、多分そのときにスズは死んでさよならを言いに来てくれたのかと思ってます。
かわいい女の子のハムスターでした。。。。。
明日の午前中、これまで飼っていたハチ君、レオ君のお墓の横に埋めようかと思います。
悲しいです。。。もうハムスターは飼わないことにした。。。。
せめてクリスマスまで生きればよかったのに。。。。

【2006年】
冬至
東京のイチョウの木も葉を落とし、木々も裸になりました。
この日記も今日から冬です。
空っ風が吹く冬の乾燥した空気というのは好きではありませんが、こうも天気がはっきりしないのも困ります。
風邪はひと段落ですが。。。

【2007年】
今夜も忘年会でした。。。。
今年もあと1週間ですなぁ。
そろそろ今年をふり帰るという事もとは思うのですが、今年も平凡に始まり平凡に終わりそうです。そのうち少し思い出しながらと思います。

【2008年】
(記事なし)

【2009年】
(記事なし)

【2010年】
林檎を箱で買いました。
おいしい蜜入り林檎!!箱を開けて食べ始めたらたしかに蜜の入ったまずまずおいしい林檎が。しかし・・・・下段に入っていた林檎は蜜も入っていない普通の林檎でした。今はあまり聞かなくなった「上げ底」というのが昔ありましたが、今も同じようなことがはじまったのかなと思いました。
デフレによる値下げ競争は従業員の賃金をはじめとした経費削減などで行われてきましたが、やはりデフレが進んでくると「安かろう悪かろう(まずかろう)」として品質などが落とされてくるのかもしれません。今までよく行ったファ〇レスにもあまり行かなくなりました。
一方では値段は高いがおいしいものやよいものがあります。
消費者物価(指数)はほんの少し上がったそうで、デフレの脱却傾向かとも見えれますが、それはECOポイントやECO減税効果も大きかったようですが、少しづつ物価は上がる傾向にきているのかもしれません。クリスマス・正月商戦ははじまりものの値段は上がっているように感じますし、普段は節約をしている生活ですがクリスマスなどには金を使うといった消費者心理もありますからね。
このような生活上のものに上乗せするかのように子供手当ての財源で税の控除などによる増税が出てきましたし、一方では法人税減税が約束されこれから財源を考えるといいます。たぶん何かしらの増税があるのではないでしょうか?タバコ税は禁煙運動に便乗して上がりましたし、今後は同じような論理で環境税のようなものも。そして最終的には消費税です。
高齢化社会を一つの理由にしたり、民主党は事業仕分けもやったとか言う理由で増税は仕方ないものというものがマスコミの中にもありますし、そのようない意識は今後広げ「られる」事でしょう。先行きがわからないままの雇用増や個人所得の上昇、福祉や年金の今後などは見えないままに増税だけが一人歩きすることでしょう。
消費者物価が少しづつ上がっていくその上増税。。。。。本格的な生活の後退局面に入っていくのかもしれません。

【2011年】ツイッターつぶやき
知人から大きな白菜をもらった。
四分の一に切ってもまだでかい。
昨夜はベーコンを痛めてからお湯を入れてさっとひと煮立ち白菜を茹でて市販のクリームシチューのルーを入れて白菜シチューにしました。
今夜はさっと茹でて冷まし、からし、醤油そして砂糖のたれで和えてみました。少し鰹節をかけるとおいしいかもしれません。
料理の話と言えるような料理ではないのですが、旬のもののおいしさはどのような料理にしてもおいしいですなぁ。。。。。
白菜は九州産のものです。。。。。

点というのは面積も持たずに目にも見えない、点と点を結べば線ができるがその線も面積を持たずに目にも見えない。点も線もそれ自体は無なのである。しかし複雑な形やいろいろな材質でできたオブジェには重心という点は必ず存在をする。点それ自体は無なのだが形あるものに内在することにより存在する。内在するが重心といったような特異な条件が与えられることにより点は存在をする。人が「ある点」として指定するという特異な条件で点は存在する。
神というのも神そのものが存在するのではなくて神は無なのである。しかし人の心にある特異な条件で神を意識するとその意識したところに神は存在をする。人が時な条件で意識しなければ神は存在をしないということは人の心が神を作りだしているからである。人の心とは脳細胞の働きやそこに入ってくる様々な情報というある形として存在をする。だから人それぞれが神を意識する場合、ある宗派という基本はあるだろうがそれぞれの人の心によって違う神が現れるのである。人それぞれによってオブジェは違うから。
重心という特異な点はどのような形ある物にも存在をするから重点そのものというものがありそうだし、同じように神そのものがありそうだが、やはり重点も神も形あるものがなければ無なのである。よって重心そのものや神そのものは存在をしない。存在をするのは形あるものだけである。

なんだかこんがらがってきました。。。。おやすみなさい(笑)

【2012年】ツイッターつぶやき
朝日新聞7面に「波聞風聞」という記事がある。今回のテーマは「財政拡大路線」。
1000兆円という借金は取り返しがつかない水準になっており、「もはや日本経済にソフトランディング(軟着陸)はない。リセットして若者世代に渡すしかない」と。
外国の投資家の日本売りが。。。。
自民との次期政権は「財政拡大路線」で日銀に2%のインフレ目標を強引に飲ませ、日銀の国債買取をさらに増やそうとしている。少し前まではこの日銀の国債買取は禁じ手だといったものがあったように思うが、これを強引に行わせようとしている。
これは資金を金融市場に流して新たな国債発行で国の借金を増やせるという事でもあり、借金の歯止めを外しての財政拡大策という事です。外国への国債は少ないとはいえ金融市場の反乱、日本売りがあれば金利は上がるようですから国内の国債を引き受けているところにも金利は上がる。そして財政破綻に。
しかし一方ではこの危機を乗り越えるために国民へのしわ寄せが行われるわけで、経済全体が破たんすることでもあります。
財政規律が問われているそうです。
しかし財政の規律目は必ず社会保障などへのしわ寄せがくる。
「社会の設計を工夫すること。。。」で克服といいますが、これが国民へのしわ寄せでは。
国民の貯金は銀行などへ。銀行はその金で国債を買う。銀行からの利息はほぼゼロ。銀行の国債での利益は相対的に大きくなる。国債は国民の借金だから貯金している国民が負担する。金を貸している人が借金を払うというこのような構造をどうにかしなければならないでしょう。まさに社会の設計図を見直さないと。

【2013年】ツイッターつぶやき
どうも円安傾向が今後も続くのではないかという意見が多くなっている。110円ぐらいから120円弱までの意見。
これはもちろんアベノミクスと日銀の金融政策の持続によるものですし、アメリカの緩和縮小(出口)が進むという中でのアメリカ経済の回復をそこに見る期待感からドル高になりそれはもちろん円安となる。
同時にもうひとつ重要な円安要因がこの間のアベノミクスで作られ始めているのではないかと思われる。日本は経済の落ち込みと国際競争に勝つため、労働者の賃金をコストととらえてその賃金コストを抑えて利益拡大をしてきた。これがいくら経済法則から逸脱したものとしても一時的には企業の利益を保証するものだったでしょう。企業の活動の活発化からの通貨高ではなくて日本の通貨高はこの低賃金から生まれ企業の利益として通貨高になっていたのではないか。しかしここに来て安倍政権すら賃上げの必要性を言うようになっているわけで、これまでと同じように賃下げで企業利益を守ることへの限界が見えてきたのではないか?それだけ矛盾が拡大してしまった。しかしいまさら早急には賃上げも進まずその効果も出ないほどの矛盾に陥っているのかもしれない。そこに円安での輸入産品の価格が上がるわけですからそれは悪性の物価高を生む。国家全体がこの悪性の物価高にあえぐようになり、貿易収支や経常収支も赤字化の傾向が出てきて双子の赤字どころか三つ子の赤字傾向という矛盾を引き起こす。経済は停滞をするでしょう。この停滞は国力の低下につながります。そうならばもちろんこのような国が行う量的緩和は激しい通貨安を引き起こすかもしれません。
金融政策としての円安誘導が国力低下による本来の経済法則による円安に転化する危険性。これがアベノミクスではないでしょうか?
国民は精神的にもアベノミクスの政治的側面により自粛せざるを得ずそれは萎縮へと進む危険性がある。その精神的な落ち込みは経済に反作用を起こすでしょう。安倍政権はこれに対して国を愛することという精神面での国民統治を行おうとしていますし、オリンピックを始め国民の精神的盛り上がりをそこに求めようとします。そして最近では日本という国はすばらしいといった富士山の世界遺産や日本食の文化遺産を強調します。しかしこれらの観念論が経済矛盾という唯物論を消し去ることができるでしょうか?経済はもちろん人の営みの中にありますから精神面からの反作用がありますが、基本はは経済という下部構造(土台)が精神面の上部構造を規定するでしょう。社会の片隅そして一人ひとりの国民の弱いところから精神的な矛盾を引き起こしていくでしょう。

【2014年】ツイッターつぶやき
(記事なし)

【2015年】ツイッターつぶやき
(記事なし)

【2016年】ツイッターつぶやき
(記事なし)

【2017年】ツイッターつぶやき
用事があり大宮の方へ行ってきました。
ちょうど昼時に用事も終わりますので、近くに美味しいラーメン屋さんはない者かと検索をしてから行ってみました。
丸源さんという店の「肉そば」という変わったラーメンです。
このラーメン屋さんは全国展開をしているみたいですので知っている方も多いと思いますが僕は初めてでした。
柔らかな豚のバラ肉を上に乗せた面というのは以前から好きでした。家でも豚バラ肉を濃い口しょうゆで煮つけておいてしろ出汁のスープのうどんに乗せるものをよく作ります。蕎麦でもうまいです。
ばら豚肉が乗ったラーメンというものは食ったことがなかったので興味津々でした。
美味しかったです。。。。。
醤油の風味も良くてバラ肉とよく合います。上に乗せた紅葉おろしが良いアクセントでした。玉ねぎのスライスも乗っていたような。甘味が出ます。
今日はこの肉そばと半チャーハン・餃子3個のセットを頼みましたが、餃子もジューシーでした。チャーハンは熱した鉄の皿に醤油のようなタレ(もしかしてチャーシューのたれ?)で炒めたご飯を乗せて、叉焼らしき肉のそぼろ状のものを乗せ、長ネギのみじん切りも。店員さんが運んでくると溶き卵をジュッと鉄板の中へ流し込み自分で仕上げます。楽しさもありますね。
たくさんのチェーン店がラーメン屋さんにはありますが、店員さんも感じが良く(変にマニュアル化が見えない)お気に入りの店になりました。

昨日書いた「経済の自由」の関連です。
ニューズウイークの記事に決断が早い中国、でもプチ躍進が悲劇を生んでいるという記事の中に
「民主主義の日本はとかく決定が遅い。その間に中国は先へ先へと進んで行ってしまう。日本の遅さにはうんざりするが、その一方で軽やかに前進する中国はどうしようもない失敗を犯してしまうという問題があるのも事実だ。」 (上記リンクページより引用)
これに対する僕のツイート
「民主主義があるから決定が遅いというのは間違いです。民主主義があるから正しい結論が出るのです。日本でも決められない政治批判があり、この民主主義の理解を間違えた。民主主義がなくてスキャンダル暴露合戦や失言騒動で国会は機能しなくなった。そして今の自民党政治が。決められる政治が民主的か?」
民主主義についての考え方がねじ曲がると社会は変な方向に向かいます。
このことについてまた考えたいと思いますので覚書として。

【2018年】ツイッターつぶやき
来年のことを言うと鬼が笑うそうですが、どうも今のような政治経済においては鬼すら鳴くような悲惨な社会になってしまうのかもしれません。
そういえば、昔は年末になれば政治経済面での「今年の10大ニュース」とか、「来年を占う」的な番組が多くありましたが最近はなくなっていますね。
そんな中、ブルムバーグに黒田日銀は来年試練の1年に、消費増税や海外リスクへの対応迫られるという記事がありました。
「消費税率の引き上げ、海外リスクの増大、物価の低迷、長引く緩和の副作用の累積など多くの課題への対応を迫られるからだ。」 (引用)
日銀の金融政策で経済の好転があるわけはないです。そのうえ日銀緩和は貨幣量が足りないという誤った視点での政策でしたし。金融政策の成果がもしあったとしても上記に引用したような日銀のリスクのすべてが今の安倍内閣の政策によって引き起こされているわけです。政府の政策の過ちにより日銀が尻拭いをするというシナリオにも無理があるでしょう。
消費増税は100%政府の責任です。
海外リスクも外交に無関係ではないでしょう。
物価の低迷は、言い換えればアベノミクスという政策上の失敗により経済の好転が起きないから物価も上がらないということです。
緩和の副作用は経済の好転がないところに原因があるでしょう。
来年も日銀はこの手あの手を右往左往するでしょう。しかしカンフル剤だけで経済が元気になるわけがないです。
引き締めに向かわざるを得ない情勢になるかもしれないですね。
引き締めになれば国民生活にも悪影響が出るでしょう。しかしこのまま水膨れの経済が続いても、国民に民を押し付ける安倍政治が続いても国民は四苦八苦をする。ならば引き締めによるアベノミクスの方向転換を考えることも一つの方向性でしょう。

【2019年】ツイッターつぶやき
日銀の金融政策は限界にきていると以前から言われていた。
アベノミクスの車の両輪である片方がパンクしそうである。
残るのは財政出動しかなくなっている。それは景気の下支えのために官民合わせて26兆円の経済対策となり、国は年度中としては3年ぶりの赤字国債を発行せざるを得なくなっている。
来年度予算の税収は大きく見積もっているが、結局は歳入不足となり赤字国債の発行は避けられないでしょう。
財政赤字解消のためともいわれていた消費増税も、景気の下支え、個人消費の維持のために思うように税収増にはつながらない。法人税は企業の経営不振からさらに減額するでしょう。
アベノミクスは財政出動による経済の下支え経費がかさんでいくばかりです。
アベノミクスは途中から国民の知らないところで変質した。財政再建は赤字国債を発行していないと変質をし、今年はついに赤字国債を。そして積極財政は企業の利益に誘導される。

【2020年】ツイッターつぶやき
以下ツイッターから
日本の医療体制。。。。。
アメリカやヨーロッパでは日本の10倍以上の感染者が出ていてそれに医療体制が対応をしている。もちろん逼迫をしているのかもしれないが。しかし日本の入院者数ですでに医療のひっ迫が言われているのはなぜでしょうか?
入院患者数は少ないにしても、自宅療養や待機そして入院の調整中の方が多数いる。それを受け入れられない日本の医療体制に現在の医療危機が現れているのかもしれない。
もちろん現在コロナと闘っている医療従事者や保健所職員は自身の感染危機と向かい合いながら限界に近い中で命を守るために努力をしているでしょう
コロナの感染拡大以前から総合病院などでは医師や看護師の激務が言われていた。そこにコロナ感染拡大が現れたのですから素人目から見ても過酷さがわかる
ですから、現在の医療機器は医療従事者の責任ではなくて日本の医療体制の脆弱性が現れていると見たほうがいいと思います。
病院なども一つの企業ですから最大の利益を求めます。しかし日本の企業経営は最小の人員で最大の利益を考える。そこに病院経営も例外ではないでしょう。
ベッド数に対する看護師の人数の割合(一人の看護師が何人の入院患者を担当しているか)では日本は低いと思います。そこにコロナ感染者が入ってきますからね
そして感染症対策としては専門病院はどうなっているのでしょうか?個々の病院が個々に対応せざるを得ないように見えます。それは保健所にも?
もちろん今現在に至ってからこれまでの医療体制がどうであったかなど問題にしても仕方ないと思いますが、過去の医療体制を引きずりながら現在の医療体制の危機が出ていて、それが医療従事者の実態になっていることは確かです。その医療従事者に対して国は何ができるかですね。
今朝、テレビを観ていたら、看護師不足を補うために応援に行く看護師には特別な手当てがつくが、そこの病院の看護師はボーナスがカットされている中で何の支援もないと。都知事は子供を動員して医療従事者に感謝の年賀状運動という精神論。
Go Toの延長ではたしか1兆円以上の予算が。
総理大臣をはじめ与党の政治家は、自ら決定したコロナ感染拡大防止の呼びかけも守らず、大企業救済のGo Toで税金をばらまく。経済効果は一般労働者には届かずに失業やときには自殺へと。Go Toは感染拡大の要因であるという意見を無視。
この中で今後も重症者は増加する傾向。
医療従事者はさらに過酷に
国民は総理大臣の言動を見るし、金には弱いですから政府の政策に飛びつくでしょう。只飯を食えるのですから
しかし医療崩壊は医療従事者の心を消耗させるでしょう。悲しいと思います
しかしそれは国民にとっては命を守ってもらえなくなるということでもあります
二極化する日本。国民と政府の乖離です
医療従事者をはじめ勤労国民の多くは、政府と一部国民のために尻拭いという自助努力をさせられる。
一億総玉砕という敗戦。

【2021年】ツイッターつぶやき
昨日作ったかぼちゃのいとこ煮が半分ほど残っていました。そろそろ食べないとやばいと思いリメイクを。
かぼちゃの皮を取って潰したら砂糖と牛乳とマヨネーズを入れてかき混ぜ小豆は粒を残して混ぜ合わせました。
案外おいしかったです。
混ぜ合わせた時に少し緩くなりますがしばらく冷蔵庫で冷やしたら固まりました。
料理のリメークというのはあまりやったことがないのですが、楽しいですね。
先日は里芋の煮付けを作り残りを天婦羅にしましたがこれもおいしかったです。

【2022年】ツイッターつぶやき
中国でコロナウィルスの感染が拡大しているようです。
若い人たちがサッカーワールドカップの映像を見てマスクもしていないで人がたくさん観戦してるのを見て自分たちも同じように自由になりたいと思ったらしいというニュースがありました。またわずかな感染者でも都市を閉鎖することにうんざりしていたのかもしれません。また外国企業が中国の感染防止策により利益が減少することの不満があったようです。
この中で感染防止策が緩くなったようですが、その後すぐに感染が爆発的に広がった。
感染拡大に実態はわかりませんが、感染を防止する方向に向かっているようです。
新華社のニュースを読みましたが、吸引式のワクチンや免疫力を高める漢方のような薬が出ているようです。
日本のワクチン接種は5回目まで進んでいます。接種期間もだんだんと短くなりワクチン漬けになっています。感染防止策は社会的規制はほとんどなくなりました。その中でまた新たな波が。ワクチンは感染予防ではなくて重症化死亡しないためだと変化しました。
こう見ると日本でのワクチンも中国の漢方もそうは変わらないような気がします。
やはりいろいろな病気をしないように免疫力をつけることがコロナ感染も防ぎ軽症化するでしょう。日本でのワクチンはコロナに対する直接的なワクチンです。中国の漢方は免疫力をつけるもの。
日本には漢方も発達していますが、発酵食品などもあります。いろいろな食材をバランスよく食べることが必要ですね。
日本ではワクチンの有料化が進むようです。そしてインフルエンザと違って季節性のものではありませんから年に数回接種が必要でしょう。
ワクチンにも限界が来ているように見えます。

【2023年】ツイッターつぶやき
冬至。
かぼちゃを食べて柚子湯に入って。。。。。
苦手な11月も過ぎて12月もあっという間に過ぎようとしています。
毎年11月から12月初めは心が沈むのですが、今年は忙しい日々が続いているので、その苦手という意識も消えてていました。
毎年苦手な季節が過ぎて冬至になるとパッと心も晴れます。しかし忙しくて苦手な季節を忘れていたので、今年の当時はパッと心が晴れません。このまま6月までは忙しさが続く。
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「12月21日という日」

2024年12月21日 08時06分25秒 | 「何を思ってた?」(旧ブログまとめ)
【2024年】
(記事なし)

≪過去の記事≫

【2003年】
明日は冬至ですね。。。
かぼちゃを食べないと。。。ハハハ
こちらのサイトは、明日から冬の日記となります。もう冬の真っ盛りですが、冬至を季節の変わり目としました。
僕のように冬が嫌いな人間にしてみると、冬至をすぎてこれから日が少しづつ伸びていくと思うと救われます。
こちらの掲示板に日記を書いてきましたが、明日の22日からは日記ページに書くことにしました。
これからもよろしくです。。。

【2004年】
冬至
今日からこの日記も冬。。。。寒くなりました。そろそろマフラーでも出そう。
この寒い夜。帰宅途中のコンビニの前に高校生ぐらいの女の子3人が座り込んでたむろしてました。それでまた歩いてシャッターの降りたドラッグストアーに着たらやはり3人が座り込んでいました。こんな風景は夏にはよく見たのですが、この寒いのに若い人はすごいです。

【2005年】
この数日に比べると暖かでした。とはいえもう冬本番です。
明日は冬至。この日記も冬になります。もう木々も丸裸で、落葉が一番遅いと思われる銀杏も裸になりました。
冬至と言えば「ゆず湯」
商品名です。柚子を細かくして果肉から皮、種までも乾燥させたもので、紙のバックに入っています。これをお風呂の中に入れるのですが、香りもよいしほんのりとお湯も黄色くなります。温まります。お湯が黄色くなるので発色剤でも入っているのかと思い包装の袋を見たら、そういった添加物は一切入っていないようです。
冬になるとスーパーの店頭に並びます。
しかし果物売り場の棚にあるので、勘違いをしてゆず湯として飲んでしまわないかなぁと思ったりもします。
発売元もこだま食品という食品会社ですからぁ。。。。ハハハ
飲んではだめとは書いていないようなのですが、一応飲まないです。
スポーツジムも冬になってからはじめたので行くまでが億劫です。帰りも寒いので風邪ひかないように気をつけたいです。でも、体を動かした後は体もぽかぽかで気持ちがよいです。冬に汗をかくというのはめったにないことですから冬にも体を動かして汗をかくというのはよいのかもしれません。体が軽くなったし、だるさもなく、時々立ち暗みもあったものがなくなりました。

【2006年】
個人の独裁者の政権が倒れたとき、一般庶民の生活に対してのその独裁者の贅沢な生活が浮き彫りになるというのは珍しくない。
一般庶民の困窮と権力・富を手に入れたものとのギャップは、その時代の末期の現れである。
これは、何も個人の独裁政権の話だけではない。今の格差拡大や企業優先の中での一般庶民の困窮化というシステム事態も同じである。富と権力を手に入れると、必ずオゴリがでる。そのオゴリは目に余るものとなる。一方には一般庶民の犯罪が目に余るものとなる。社会は停滞をする。この停滞を「安定生長」などというごまかしの言葉を使ったとしても、停滞は停滞である。
この時代をどうするのか。。。それは、長い歴史の中で、民主主義や個人を大切にする一般国民が多いヨーロッパからまた提起をされるのではないか?
そのとき、日本はヘラヘラしているのだろうか?

【2007年】
昨日買ったシャツを着てみたのですが。。。。
最近はMサイズなのですが、だいぶ前まではLサイズでした。
サイズの寸法変更があってからMサイズになったのですが、これがまた中途半端でして、帯に短したすきに流し。
でも、どういうわけか袖の長さはちょうどよいのですが、丈が短い?ということは足や腕は短いが胴は長いという事?丈がちょうどよいものを買うと多分袖が長すぎてめくるようになると思います。
今の若い人は手足が長くなりましたからなぁ。。。
昔の日本人体型の僕としては今のサイズは合わなくなってきてしまった。

明日は冬至。
イチョウの葉も落ちて公園の風景もすっかり冬です。
明日からこの日記は冬にはいります。
日中は暖かで気持ちが良かったのですが、朝晩はやはり寒い。

【2008年】
冬至です。古式にのっとりかぼちゃを食べて柚子湯に入りました。それにしても暖かな日でした。南よりの春一番のような風でした。

【2009年】
(記事なし)

【2010年】ツイッターつぶやき
台所のシステムキッチンの工事をしています。
システムキッチンの床をはいで配管やガス管も付け替えるのですが、見ていると建てた当時の様子が見えます。床下などというのは工事のコンクリートや木屑の破片がたくさんあり、配管などはその屑のような物でちょいと支えてある程度。まぁ、それでこの20数年なんともなく使っていたわけですからそのぐらいの工事で十分なのでしょう。
壁の工事やらも素人目から見ると大丈夫かなと思うような材料と付け方なのですが、仕上がってみるときれいになるものなのですからそれで十分なのでしょう。強度を保たせるところはきちんと、そうでもないところは経費を削りながら仕上げていく。これが職人技なのでしょう。
工事は遅々として進まないようですが、配管やガス管は漏れがないようにしっかりと仕上げていき時間を使う。そして出来上がっている製品はパパッと備え付けて約束の期日には出来上がる。これが職人技なのでしょう。
配管やガス管がきちんと寸法どおりに曲げたり伸ばしたり。電機の敗戦もひょいとブレーカーから伸ばしてくる。見た目がきれいです。雑なようでそこは雑ではない。仕上がってみるとなるほどと素人をうなずかせる。どんな道具を使うか部品を使うかを瞬時に決めていく。大雑把なようで出来上がればその部品や工具の力がきちんとした形になる。これが職人技なのでしょう。
なんだか笑いながら作業をするし、時々「いけねぇ~」「それ忘れてた」なんて言い合いながらも最後は出来上がっていく。それが職人技なのでしょう。
素人目から見て判断するというのは、いろいろなところでやってしまうものです。職人さんや技術者あるいは専門家といった人々に限らずも、物を買いに行った店の店員さんや食堂の親父さんなどなどお客として素人目で接するわけですが、そのときに文句の一つ言いたくなるような事もあるのですが、そこが素人目なのでしょう。待ってればきちんとやってくれる。ま、もちろん当たり外れはあるのですから外れにあたってしまうときもあります。これは仕方ないとあきらめるしかないのですが、あたりの場合はその技に見とれていればいいわけです。「大丈夫かなぁ。。。。」と思いながらも。

【2011年】ツイッターつぶやき
アメリカを中心とした先進資本主義国での冷戦後の新自由主義は、政治的にアメリカが言う「正義」や「自由」がどのようなものであったかが浮き彫りになり中東やアラブが正義の戦争というもので疲弊をし、それはアメリカ経済の疲弊にもつながり国民に厭戦気分を醸し出している。経済は国家財政の破たんが言われ始め金融不安が増大をして国民生活は格差を拡大している。
これは今の先進資本主義国が世界の中心から落ち始めていることを意味している。その一方ではまだその力は弱いが中国や韓国の力が増してきて市場の場としての発展途上国の力が付き始めている。先進国はこの途上国の市場に依拠せざるを得なくなり国内経済の空洞化と雇用不安を伴いながら経済進出を行わざるを得なくなっている。
今朝の朝日新聞によれば、旧ソビエトの独立国家共同体CISがユーラシア連合をめざし経済・安保で再結集し、メコン川流域6カ国のメコン地域サミットが大メコン川流域開発計画首脳会議が貧困削減など共同宣言を発表してその中に中国も参加をしている。アジアにはアメリカのTPPに警戒感を示す動きがASEANの中からも出てきておりそこにも中国の影響力が大きくなりつつある。東アジアという地域でも極東ロシアは無視できなくなり、北朝鮮の経済動向も今後どう展開するかわからない。世界規模でも途上国会議は力を今後は強めるだろう。
経済のブロック化や共同体は戦争の危険性をはらみながらも先進国に経済的にはまだ依拠しながらも対抗するものとして作用をすることは自然な流れだろう。
先進国に対抗する経済圏や共同体の動きはアメリカの政治的経済的世界戦略を否定することによりアメリカ中心の新自由主義の破たんを強めるのではないか。もちろん中国やロシアがアメリカ的な支配戦略を露骨に表せばまた違った状況が生まれて戦争の危機は大きくなるが。
中国やロシアは社会主義の経験をしている。その経験から市場経済を受け入れて新自由主義に代わる新たな指針を示せるかどうかに世界の安定はかかっているのではないか。その指針は途上国としての連帯から貧困をどのようにとらえるかでもみえる中から生まれる社会民主主義でなければならないはずです。国内的にも国際的にも格差を広げざるを得ない新自由主義に歯止めをかけるためには貧困問題の解決が大きな戦略となり、それ自体が新自由主義に野対抗するものとなる中に多くの途上国を結集をさせる力を生むだろう。貧困問題解決こそが観念論的な自由や正義を真の自由や正義に発展させる土台となるだろう。
一方ではアメリカでは格差に対する怒りが爆発をして大規模なデモになり、ヨーロッパではその自由主義的金融共同体という経済的な意味での共同体が崩れ始めている。日本は原発事故を通して国家というものを考えざるを得ない状況を生み出し、それは国家がすすめる増税などを通して国家批判は強まり企業の在り方も考え直さざるを得ないようになっている。もちろん失業や雇用形態そして格差の拡大による貧困問題が大きく表れてきている。
この国内問題から新自由主義は内政という形においても先進国内部から違った社会を求める勢力が拡大せざるを得ないだろう。それはもちろん社会民主主義を意識したものにならざるを得ないだろう。
先進国でも世界においても何かしらの違った社会を求める中での社会民主主義は、今の資本主義を否定をしながらも社会の中における企業の役割の位置づけを変えて市場などをコントロールする形での資本主義の最高段階となるだろう。資本主義らしくない資本主義社会。それは資本主義の量的発展から質的な発展として現れざるを得ないだろう。

【2012年】ツイッターつぶやき
野田内閣の時もそうでしたが選挙後の安倍総裁に言葉にもあるように、デフレ脱却=インフレという言い方が強くなっている。しかしデフレの脱却がインフレなのだろうか?
デフレから一気にインフレなんてことはあり得るのだろうか?
たとえばデフレ状態の中で消費が増えるなどして少し物価上昇の気配が出てくるとき、これをインフレと呼ぶ経済学者はいるだろうか?少しだけ物価が上がってきた状態はインフレではなくて消費拡大による景気の回復という一面を持っているというだけではないか?
物価が下がり続けている原因は、生産性の向上からの商品価値自体の下落です。同じ労働力量を使っても生産性が向上してより多くの商品が市場に出れば商品価値自体が下がっているわけですから値段は下がっていきます。この値段を下げる作用は競争にあるわけですが、いくら競争とは言え価値以下への値下げは行えないはずです。しかし競争は激化するわけですから外国の安い労働力を目当てに生産工場をその外国に持って行ったり国内の労働者の賃金を引き下げていく。このギリギリのところで商品の値段は価値以下になっていく。
今のデフレの現状はこういうことでしょう。
同時に生産性の向上は市場により多くの商品を流すことですから需要供給面からしても値段は下がっていく。ここに競争の激化があるわけで、さらに商品価格値下げ競争で価格は下げざるを得なくなり、更なる生産性の向上を労働賃金の引き下げに頼る。
ある工業製品の生産には原材料や設備エネルギーが必要です。そしてそこに結び付く労働力が必要です。生産性の向上は、これら不変資本や可変資本の値下げを社会的に行う。原材料も安く、設備も安く、エネルギーも安くそして労働力も安く。。。。。そうすると商品価格の値段の下落は連鎖的になり、労働力の消費での総体としての賃金が下がれば市場での消費は冷える。
このような経済的な矛盾の中に市場においての自然な法則的な景気回復などは起こる要素がないわけです。そこでデフレの脱却イコールインフレ論が出る。もちろん景気回復も怪しいわけですから市場においてその法則からはインフレはなおさら起こらないので政策インフレを起こそうとする。日銀の緩和政策に是悪露金利を導入して資金を市場にばらまこうとし、それも限界が出れば今回のように日銀の量的緩和が行われる。これは本来の自由主義ではないのです。本来の自由主義経済ではないから必ず失敗をします。インフレ傾向は金融市場に現れて商品市場はさらに冷え込むでしょう。ここに更なる市場でのデフレと金融市場でのインフレ傾向が同時に現れるでしょう。ある意味のスタグフレーションです。
ここに更なる経済危機が訪れる。
インフレ傾向の金融市場内部のバブル崩壊。商品市場(商業)の恐慌寸前に金融恐慌の危険がはらんでいます。経済の完全なマヒ状態です。

【2013年】ツイッターつぶやき
10万円か、100万円か、1000万円か。。。。。個人差があるにしてもその貯金を一気に使い果たす快楽は相当な喜びでしょう。それは当てもない給料が上がるという前提でそれを信じきっているならその快楽と喜びは本物でしょう。
安倍総理と自民党と公明党のはしゃぎすぎとも言える快楽と喜びもまた国家の、国民の貯金を経済が回復して企業の業績が上がって利益が出て労働者の賃金も上がってそしてそれは国家の借金も減らすという当てもない前提によるはしゃぎすぎにまでいたる貯金を一気に使い果たす快楽と喜びではないでしょうか?ですから安倍総理が国民に対してそして海外に対して自信に満ちて今の日本の経済を誇るのも本物かもしれません。
しかし財界はそんな甘いせつな的な快楽と喜びは信用していないでしょう。ですから財布の紐は締めて子を産まない金は使わない。賃上げや当てもない設備投資などには使わないのです。そこでいきなり国が日銀に国際を引き取らせて日銀が途方もない貨幣をばら撒いてくれるのですから財界も破顔を持って向かいいれるでしょう。しかしどうやってその金を活用すればよいのか。。。。手っ取り早いのが株や金融商品そして海外の国際も含めた投資なのです。株価が上がれば含み益が増えて経営の好調さを演出できるわけですから。ここでの破顔での快楽と喜びも本物でしょう。
でも、国民はそうは行きませんね。。。。。
もちろん賃金も上がるかもしれないという期待感を持ちながらも、最近ではこの期待感に疑念を持ちつつあります。現実には賃上げも一部での企業で、どうも労働の規制緩和はますます正社員数を減らしていき、いつ不安定雇用に落ちるかわからない。体を壊したりして働けなくなってもどうも社会保障は公助から自助になっているわけですから生活の不安定性は増大するし最悪生活保護でと思っても蒼白には許してくれなくなっている。女房でも働いてくれれば!しかし日本の女性の低賃金は最悪の状態である。親の自立も年金制度や公的健康保険や介護保険も負担が増えそうで公助から共助となり子である自分の個人的負担は増えそうで、まさか親に早く死ねともいえない。でも、親の年金は魅力的だなぁ。。。。と。
結局は安倍総理や自民党・公明党がはしゃいで国民の貯金を使い果たそうとしているわけです。その金は企業や富裕層に回ってギャンブル資本主義(ねずみ講的金集め)はいつか破綻する。そうすれば国民は企業や富裕層を助けるためにまた金を使う。
こういう状態に日本があるとするなら、国が国民の貯金を使い果たす快楽や喜び、そして財界が破笑で日銀資金を活用する実態をどう見るべきでしょうか?勤労国民として。。。。。マジで行われる「貯金を一気に使い果たす快楽」社会。
この「貯金を一気に使い果たす快楽」は、何も金だけではないのです。平和主義や民主主義や福祉国家といった国民の権利も戦後作り上げたものを一気に使い果たしていく快楽や喜びになっている。
ここらで日本の勤労国民あるいはマスコミそして有識者が自分のためにも孫子のためにもマジで日本を見つめなおさねばならないでしょう。。。。。

【2014年】ツイッターつぶやき
ハフィントンポストに「「安定した雇用」という幻想。~雇用のリスクは誰が負うべきか?~」という記事がある。
安定した雇用は安定した賃金を生む。安定した雇用は年功序列型賃金とセットとなって。
この日本型ともいえる雇用形態と賃金形態が企業にとってリスクなのでしょうか?しかし日本の高度成長を支えたのがこの安定した雇用(過去規制)と年功序列型賃金であったという事です。もちろんこの安定した雇用と年功序列型賃金は労働者側の要求により総評が中心となって守られてきたともいえる。
しかし派遣労働関連の方によりその派遣社員の職種範囲の拡大が続く中で、この雇用の安定は損なわれはじめそれは同時に賃金の低下傾向をも引き起こした。それが日本型の失われた20年ともつながりいまだにその影響は続いている。アベノミクスにおいて慌てふためいて賃上げの必要性が言われはじめましたが、雇用の不安定さをさらに増大させるような動き(雇用統計で100万人の雇用が増えたとはいえ不安定雇用が増えて正規雇用が増えない現状)が起きているわけですからさらに日本の景気の立ち直りを遅くしていくでしょう。
安定した雇用と年功序列型賃金が日本型ともいえるとするならば、不安定雇用の増大と低賃金化もまた日本型不況を生み出しています。

【2015年】ツイッターつぶやき
(記事なし)

【2016年】ツイッターつぶやき
(記事なし)

【2017年】ツイッターつぶやき
男の手料理というほどのものではありませんが、久しぶりにピーマンの味噌炒めをつくりました。
細切りピーマンを味噌で炒めるだけなのですが美味しいです。
味噌は、味噌・砂糖・みりん・酒・七味唐辛子でよく練っておきます。
さっと炒めたピーマンに合わせみそを入れて少し水分がなくなれば出来上がりです。
このピーマンの味噌炒めを炊き立てのご飯に乗せながら食べるのですが、これがおいしいのです。
再考最高のご飯の友。。。。。ご飯が進みます。
勿論日本酒のおつまみにも。

【2018年】ツイッターつぶやき
昨日は早起きをして西伊豆にドライブに出かけました。
ドライブといっても観光地は何度か言って行っていますのでどこもよらずにおいしいものを目当てに。
とは言っても晴れて暖かでしたので駿河湾を挟んだ富士山や海岸の景観などを楽しむことができました。海を挟んだ富士山というのもまた美しいですね。
美味しいもの目当てのドライブの目玉は「塩(潮)鰹」。
正月の縁起ものですから今週から正月休みに入るまでに売られるようです。1本買ってこようと思ったのですが、ものすごく塩辛いものですから食いきれないと困るのでビニールパックされた半身にしてしまいました。1本買ったものとビニールパックされたもの。。。。ううう・・・・ん、味は同じなのか?すごく後悔をしています。
夕飯の時に焼いてみましたが油ものっていてうまかったです。でも、塩分がキツイッ~。。。。。小さな一切れでごはんなら何杯も食えます。日本酒の肴にチビチビかじりました。よく噛むと鰹の風味が出てきて日本酒に合います。
塩分を抜くにはすし酢を作って一晩ぐらい漬けておくといいというのでやってみました。鰹の生臭さを消すためにゆずの皮を少し入れました。今朝つまみ食いをしたら案外うまいです。今夜の酒の肴。。。。。。
塩鰹のふりかけのようなものもありましたので買ってきました。お茶漬けに最高です。
塩鰹以外のドライブの目的の一つが「塩鰹うどん」と「桜葉もち」。
塩鰹うどんはたぶん釜揚げをしたうどんをどんぶりに入れて焼いた塩鰹をほぐした乗せ、海苔、ワカメだったか?、鰹節、カイワレ大根、かまぼこなどを乗せただけのもののようです。おばあちゃんが「豪快にかき回して食べな」というのでさっそく豪快にかき混ぜたら上に乗っていたものがわからなくなりました。熱い釜揚げのうどんと塩鰹の塩分がいいですなぁ。。。。。
「桜葉もち」は塩鰹の田子町から少し車を走らせた松崎も美術館近くにある桜味堂。店内で一つ食べましたがおいしいです。粒が残った餅で餡子を包み、桜の葉の塩漬けを2枚でサンドしたような和菓子です。桜の葉の香りと塩辛さがいい。。。。。
8個入って1080円です。
あとは西伊豆に向かう県道に合った牛乳屋さんで濃くておいしい牛乳を飲んだり(かーねびに登録しようと思っていたのに忘れた)、戸田に立ち寄りタカアシガニの爪や肩の部分だけを買って帰り巻いた。まるまる1匹あるいは太い足というのは持ち帰りはできないようで、食堂で食うしかないようです。幻のカニ。。。。。一度は1匹食ってみたいですなぁ。
平日のドライブはいいですね。観光地もすいているし帰りの高速道の渋滞もひどくないし。

【2019年】ツイッターつぶやき
もうすぐ正月ですなぁ。。。。。
またお節料理づくりに。
2月のガス料金を見るとびっくりしますが、ガスの使用量も上がります。
コンビニも元日ぐらいは休みになるところも出るそうですし、いつも行くスーパーも正月の休みが多くなるそうです。正月といってもいくつかあるスーパーの内一つぐらいは開いていましたが、今年は少し多めに買い出しをしておく必要がありそうです。
政府は働き方改革といっていますが、現実は消費の減少だと思います。客が少なければ店を開けていてもねぁ。。。。
今日は実家のほうへ出かけますが、近くの生鮮食品をそろえたスーパーがありますので少し買い出しをしてきます。といってもまだ黒豆とか昆布とか田づくりとか乾物中心ですが。
今年も8品作る予定です。29日から3日間でささっと。。。。。
明日は冬至ですからカボチャとか柚子も買ってこよう。

【2020年】ツイッターつぶやき
さっき、風呂に入ろうと衣類を脱いでいたら、なんと5枚も着こんでいました。
寒いと1枚づつ着るものを増やして。。。。。
東京も冷え込んでいます。わが家は毎年暖房はほぼ炬燵一つですから。とは言っても脱衣場に電気ストーブぐらいはありますが。
今日は冬至。
カボチャを煮て柚子湯の入りました。
毎年冬至になるとほっとします。あとは年越しで1カ月もすれば春ですからなぁ。。。。。
冬至前の寒さには眉を寄せて耐えていますが、寒さはこれから本番ですが「寒い」という声もどこか明るくなります。
コロナ騒ぎでこの1年は早かったですねぇ。

【2021年】ツイッターつぶやき
明日は冬至なのでカボチャを買ってきたのですが、今年は小豆と一緒に似てみようと思い小豆も買ってきました。一晩水に漬けておくものと思っていたのですが、大納言小豆は水に漬けてはいけないそうです。
コトコトと煮るしかない。。。。。
カボチャなどの野菜と小豆と一緒に煮たものを「いとこ煮」というらしいですが、いとこ=従兄(従妹)?なぜ?
「甥 甥」で従妹らしいですが。。。。。
かぼちゃは夏野菜といわれていますが、なぜ冬至に?
神様にお供えしたものを調理するそうですが、カボチャは日持ちがしますね。でも夏野菜ですからなぁ。現代は保存方法が発達していますが昔はどうしたんでしょ?
まぁ、とりあえず明日はいとこ煮を作ります。
冬至が過ぎるとクリスマスでケーキ作りの予定。そしてすぐにおせち料理づくり。。。。。ウウウ

【2022年】ツイッターつぶやき
命あるもの
六道輪廻を繰り返す
地獄に行って
針の山を歩くのは苦しい
餓鬼となって
人糞を食らうのは苦しい
修羅となって
血で血を洗うのは真っ平だ
畜生世界で野良犬もつらいだろう
人の世に生まれ
思い憂うのもつらいものがある
天に生まれれても
死を憂うだろう
六道輪廻にさまようのは
命あるものの定め

しかし解脱して
仏の世界は無でしかない
思いを起こせば憂いが生じる
思いのない世界は無である
無の世界は退屈だろう
天に生まれれば
思い煩うこともないかもしれないが
唯一の憂いが死とは苦しい

と、なれば
人の世が一番よいのかもしれない
思い憂うから苦もあるが
思い憂うからこそ楽があり
思い煩うから執着もあるが
思い煩うからこそ楽しみもある
だから人は六道輪廻の中に
少しづつ発展をする
この発展は人の世にしかない
発展は永遠に終着駅はないが
終着駅に向かい続けるのが
人の世の定めだろう

六道輪廻は
人の心に。。。。

現実と心
現実世界から降り注ぐ粒子
心が焼きついてしまうようだね

(昔書いたものです)

【2023年】ツイッターつぶやき
東京の粗大ごみ処理場が火事になり粗大ごみが山になっているそうです。原因は処理過程でリチウムイオン電池が発火したためだそうです。破損する時に発火する素材が燃えてしまうようですね。
リチウムイオン電池はスマホなどやおもちゃなどいろいろなものに使われていて謝って粗大ゴミに出してしまうと危ない。回収も進んでいるそうですが、粗大ごみに紛れ込んでしまうことは避けられないのでしょう。
リチウムイオン電池は電気自動車やハイブリッド車にも使われているそうですが、事故などで破損した場合は危ないのでしょうか?事故で燃えたというニュースは聞いたことがありませんが。しかし電気自動車のリチウム電池の処分は社会問題化しそうですね。
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