猫猿日記    + ちゃあこの隣人 +

美味しいもの、きれいなもの、面白いものが大好きなバカ夫婦と、
猿みたいな猫・ちゃあこの日常を綴った日記です

眩しい季節   -美味しいは美しいー

2007年07月26日 22時45分58秒 | 
梅雨空が段々と遠ざかって。
畑にも眩しい色彩の季節がやってきた。

燦燦とふりそそぐ太陽の光を、喜びに満ちてその身に受ける作物たちの.....
競演だ。

美しく瑞々しい緑に、深く強い命を感じさせる濃緑。

その眩しさで虫たちを引き寄せ、自らの生き残りを賭ける花たちの黄色に.....

実りの赤。


     
                  にんじんに蕾がつきました。
                 にんじんの花って...どんなだろ?

     
                   すいかはぐんぐん成長中!
               やっぱりこの品種は縞模様がないのかも

     
                  何があってもゴーヤはめげない。
               この生命力をいただいて、人も強くなるんだな

     
               傷がついても、虫がたかっても、頑張るトマト。
                 甘くてずっしり♪青さと土の香りがする


野菜の美しさは人の心に元気をくれる。

美味しいから美しいのか、美しいから美味しいのか。

また、人は美味しいものを美しいと感じるように出来ているのか.....。

自然がもたらす実りは皆眩しい。


     
         ゴンザがなぜか魚市場で見つけてきた(笑)マツタケ(韓国産)
                   お値段なんと!400円!!!
      (少し傷んでいる部分もあったし、香りは国産の足元にも及ばないけど)

     
                  ブラックベリーの熟し方は劇的!
        こんな色だと思ったら、驚くほどの早さでいきなり真っ黒になる。
      まだそのスピード感覚についていけず、タイミングがつかめません(笑)


ひっそり咲く色も。
「私を食べて」と誘う色も。

私たちにはただ眩しい。

圧倒されて、心和んで。

ただ季節の恵みに感謝する。

緑も黄色も赤も.....

太陽と水と、土を映す色だ。


     
               薄いピンクが奥ゆかしいインゲンの花

     
             もちろん、大地の恵みは美味しくいただきます(笑)
                 『ゴーヤと干しエビのかき揚げ』

          
         この食卓の上で...買ったものはほぼ、米と味噌だけ(笑)
        野菜が高騰してるという噂の今、自給できて助かってます

案山子になった女。

2007年07月24日 23時56分35秒 | 
つい先日。
すくすくと育った実の姿を、皆様にお見せした我が家の畑のすいかであるが.....。

実は台風後。
酷い悲劇に見舞われていた。


          
              現在美しい芽を伸ばしているショウガ。
              それを、元に植えた根っこは残したまま
              土の中から掻き取って食べると...
              爽やかな辛味と香りがたまらな~い♪
                   う~ん、旬の味。


私が、伸びに伸びきった蔓を整理しようと、まだ水滴がたくさん残ったままのそれを持ち上げて、ハサミを入れると.....

あれ?
切り取ったはずの蔓が妙に重い.....。

で、『まさか!?』と思って自分が手に持った蔓を見てみると、そこにはなんと!

『ただ今急成長!』といった感じで大きくなりつつある実が二個もぶら下がっている!?

.....そう。
私は決して切ってはいけない、実のついた蔓を切っていたのである(泣)


          
          あの台風のあとはサイクリングロードも水没したっけねぇ。
        でもあのオジサン。ためらうゴンザを尻目に、その水没した道も
               ものともせず突っ込んでるの(笑)



思えば。

小さな小さな赤ちゃんすいかが確認されたときから。
あんなに大事に見守ってきたのに。

この蔓だけは踏んではいけない、切ってはいけないと、慎重に慎重に、ことを運んできていたのに。

何をどう間違ったのか、貴重な実が二個もついた蔓を切ってしまうなんて.....

あまりのショックに数分、その場で呆然と立ち尽くす私。

右手にはハサミ。
左手にはずっしりと水分を含んだすいかの実二個がぶら下がった蔓をダランと持って.....
しばしの間、案山子になる。


     
                 最近鳥たちの動きがとみに活発
            少し前から多く見かけるようになったアオサギに.....

     
         一瞬カラスかと見紛うほど、たくさん電線にとまったカワウ


そういえば
『お前の馬鹿さ加減には父ちゃん情けなくって涙が出てくらあ!』
と言ったのは「あばれはっちゃく」の父だったが、まさにそのときの私は自分の馬鹿さ加減に涙が出るよう。

ああ.....


     
            ううっ...将来あるキミをこんな姿にしてしまって...
                      ごめんよぅ~!


しかし、いくらそこで立ち尽くしたとて、一度切り落とされたすいかが元に戻るわけでもない。

しばらくすると私は、案山子となったままそこで不毛な生涯を終えるよりも、何か建設的な方向へ物事を運ぶことは出来ないものかと考え始めた。

.....そうだ!
こいつを漬物にしよう。
そういえばいつだったか、すいかやメロンの摘果のお漬物を食べたけれど、アレってとっても美味しかったもの。
それに、成った実を全部成長させていては、美味しいすいかは出来ないとも聞くし。


     
            おそるおそる包丁を入れてみれば断面はこんな感じ。
                   まさしく瓜科の植物だなぁ。


そう.....
そうよ!
これは間違って切り取ったんじゃない。
私は美味しいひとつのすいかを作るための摘果をあえて施したんだわ。
この子は尊い犠牲なのよ!

私は自分の過ちをなんとか忘れようと理由をこじつけ、その切り落としてしまった未熟果を持って家路を辿った。

んでもって、作ってみたのがこれ。


     
薄くスライスしたすいかちゃんをめんつゆ・お酢・唐辛子等で漬けてモミモミしてみました♪

     
                 でもって半分はぬか漬けに~♪


果物としてのすいかが大嫌いなゴンザも大喜びで食べるほどに美味しい『すいかのお漬物』

普通の瓜ほどの青臭さもなく、歯ざわりはあくまでコリコリと爽やか。
とってもクセになりそうなお味♪

しかし.....
いかにこのすいかのお漬物が美味しかろうと。

私は二度と過ちを繰り返してはいけないんだわ。

そう。
また、同じような過ちを犯したときには.....
そのときには。

今度こそ、畑で一生を案山子として終える覚悟の私である。


     
              最近はファミレスのスウィーツも侮れない
                デニーズは今、桃フェア真っ最中

大人の事情、子供の現実。

2007年07月23日 23時50分46秒 | ぶ~すか言ってやる!
     


昼間、報道番組を見ていたら。

『長男が次男を無断で、自分の別れた妻(この兄弟の母親)に会わせたことに腹をたてた父親が、この長男を刺す』という、なんともやるせないニュースが流れていた。

特に、父親と母親の離婚により、彼らの身勝手な言い分で散々八つ当たりをされた経験を持つ私としては、どうにも腹が立って仕方のない事件だ。

この事件を引き起こした父親がそこまでの憎しみを.....
我が子へぶつけなければならなかった理由とはなんだろう?

この男と、別れた妻(兄弟の母親)の間に、離婚に至るまでどんな経緯があったかは知らないが、たとえどんな事情があるにせよ、その妻は兄弟にとっては母親であることに間違いないのだし、自分がその妻を憎んでいるからと言って、兄弟が母親に会う機会を奪う権利など、この父親にはない。

かくいう私も、子供の頃、離婚した両親の様々な事情と(当時はどんな事情か詳しく知らされてなかったが)憎みあいによって、母親に会うことを父に禁じられていたが、やはり妹と共にこっそり母に会ったことがばれたときには、私は父親に嫌というほど散々に殴られ(妹は殴られずに済んだが)、そのことを人から伝え聞いた母は、そんなことになるなら二度と我が子には会うまいと一度は決心したと、後に本人から聞かされたものだ。

そして、だからこそ、この手のニュースを耳にすると、私の心は激しく痛み.....
『大人たち』の勝手な事情に巻き込まれる子供たちの不幸を思い、過敏に反応せずにはいられない。

この刺された長男は命は落とさずに済んだようだけれど、彼が今後背負って行く悲しみは.....
いったいどれほどのものだろう?

また、自分が母親に会わせてもらったことで、兄が実の父親に刺される羽目になってしまった次男の悲しみは.....?

我が子が、自分に会ったせいで刺されてしまった、母親の悲しみも。

この父親は、自分の勝手な感情だけで、実の子を傷つけ、家族みんなの心までずたずたにしたのだ。

そりゃあ夫婦はもともと他人だから、感情が行き違い、共に暮らせなくなれば、離婚をするのも勝手だろう。

しかし、自分達の感情を子供にぶつけるのも、別れた伴侶への憎しみをそこに投影するのも大きな間違いだ。

例えば私の両親なら、

「お前の母親がこういうことをしたから俺はこうなってしまった」

「お前らの父親のせいで私はこうなった」

こんな風によく言っていたが、今になって思えば、
『お前の母親が』『お前らの父親が』という前に、それは自分達が互いに選んで、子供まで生した、かつては好きだった相手ではなかったのかと言いたい。

そして、もしその相手を責めたいのなら、それは本人に向かって言うべきで、子供に対してぶつけるべきものでは決してないだろう。

本人に向かっては堂々と言えないことを、『子供だから言いやすい』
(これは本人達は否定するだろうが、絶対に確かだ)
『子供だからよくわかるまい』と、そこにぶつけるのは大きな間違いであるだけでなく、立派な暴力だ。

『お前の母親が』『お前の父親が』という言い方をされた私が、どんな気持ちでいたか。
子供にとって、親を責められるというのは、自分を責められるのと一緒だから、そのたびに『お前が悪いのだ』と言われている気持ちになって、とっても悲しかったのをよく覚えている。

そして確かに彼らは、私が悲しそうにしているのを知っていながら、自分の溜飲をさげるためにそう言っていたフシがあるのだ。

まあ、今さらそのことを責める気も私にはないが、彼らのその内面に渦巻いた黒い感情と同じものが、二度と世の中の同じような子供たちを責めたてないでくれるように望む。

私は以前、子供は逃げ方を知らないと言った
小さな子供なら、たとえ自分の親が鬼畜でも、その親に対して『お父さん』『お母さん』という呼び方しか知らない、とも。

だから、せめて.....
子供たちが逃げられる年齢になるまで。
親がどんな人間かときちんと自分で判断し、捨てられる年齢になるまで。

親となった人間には最低限のルールを守って欲しいし、周囲の大人にも、それが守られるような環境を作っていって欲しい。

夫婦が別れるのも憎みあうのも、大いに勝手だが。

子供はどんな時にも親を求め、彼らにとっては父親は永遠に父親、母親は永遠に母親なのである。

この、刺された長男の心に.....
いつか平安が取り戻される日がやってきますように。