※グル―プZAZAは、2012年9月16日おおさか社会フォーラムにて、ワークショップ「君が代」不起立~卒業式を考える~」を行いました。
この企画は、そもそも「卒業式」って、誰のためのどんな行事なのか、私たち当該も含めて改めて考えてみたかったことが出発点でした。参加していただいた方々、協力していただいた方、どうもありがとうございました。
事前にとった「卒業式アンケート」の集計結果と分析、また、卒業式をめぐって行政からはどのような通知(指示)がなされているか「教育委員会通知」を展示しましたが、見ていただける時間が十分に確保できず申し訳ありませんでした。
そして、「卒業式って?!トーク」では、参加者のみなさんと、今から8年後の「2020年の卒業式」を巡って話し合い、「卒業式なるもの」について考える交流する場を持ちました。20代から80代まで実に幅広い世代の方にご参加いただきました。下記にその一部を報告します。
「卒業式って?!トーク」報告
(1)参加者のみなさんに、次の2点をそれぞれカードにご記入いただきました。
○「こんな卒業式がいい! こうなればいいなぁ…!!」
●「でも、このまま黙っていれば、多分、こうなるのかぁ…!!」
(2)以下が、参加者が記入してくださった内容です。
Aさん(60代)
○生徒・保護者・教職員の実行委員会で形式・内容を決めていく。みんなが本当に祝い、決意していける卒業式を議論しながらつくりあげていく。
●単なる国家―学校による卒業認定の場であり、国家意識注入の場。
Bさん(60代)
○子ども(生徒)達が、先生方と一緒に、その学校で学んだことを元に一番大切だと思うこと、心に残ったことを明らかにして、保護者や在校生に伝える日にしたい。準備は子ども(生徒)と先生方が考え、手作りのものがいい。歌も、セレモニーも。
●今から8年後、このまま、橋下・維新の会、それを利用する勢力がその力を維持している限り、戦前型にどんどん退化し、(卒業式が)子どもも保護者も、全く心のこもらない儀礼になっていくのでは…と、恐れています。
Cさん(80代)
○パーティ形式で式らいし感じがない。ただ、最後には卒業生一同で歌を歌う。「地方の民謡」とか。
●儀式だから国旗が校舎前のポールに掲げられている。舞台の正面は子どももつくる。「君が代」は全員が儀礼として起立、歌うのは自由。
Dさん(50代)
○実行委員が準備する(中学校の)卒業式。3年間をふりかえる簡単なビデオ。ふり返っての感想とこれから。卒業生の代表何人か?公募。教員(校長)、保護者も参加。みんなで歌える歌(の学校でつくった歌)
●国歌斉唱。市長挨拶(代読)。校長式辞。卒業証書授与。学校協議会会長挨拶。在校生送辞。卒業生答辞。歌(国のために尽くそうという歌)
Eさん(30代)
○思い出を語り合う場。将来の希望をのべあう場。
●国旗に対する礼をさせられる。君が代の斉唱をさせられる。
Fさん(50代)
○フロア形式。「君が代」なし。生徒会中心で卒業式が行われる。
●「君が代」斉唱が行われ、フロアー形式はなくなっている。しかし、生徒の歌は現在と同じように感動的に歌われている。卒業式の感動的なあり方は簡単にはなくならない。
Gさん(80代)
○生徒のなかで発言したい人が、卒業に当たり、自分の思い、将来への決意など自由に述べるのがよい。卒業証書はHRで担任が渡すのがよい。
●教育勅語の卒業式版が述べられるのでは…??「一旦、緩急あれば義勇公に奉じ…」なんて言い出されては…ゾッとするね。
Hさん
○生徒たちの思いを最大限くみあげた=自主的な卒業式…歌は、送答辞も生徒自身で決める。
●天皇への最敬礼を強いるような感じ、かな。(ぞっとする)
Iさん(70代)
○結婚式方式のように子どもたちが企画立案実行し、保護者、来賓、教職員が招かれ参列する。
ますます大人たちが介入し、歌・旗に加え、ご真影が舞台中央に置かれ、戦前モデルになっている。
Jさん(20代)
○みんなの思いがつまった卒業式。
●形式的な卒業式
Kさん(70代)
○①子どもが自分たちの学校生活を構成詩で発表したり、自分の将来の希望を語る場でありたい。②卒業証書は学校長でなく、担任から渡してもらう。③「日の丸君が代」はない卒業式。
●①改正教育基本法の12の徳目…親孝行をします、社会のルールを守ります、など暗唱させられるだろう。 ②卒業証書の真ん中に菊花紋(天皇と国のしるし)が入っているようなものが出てくるだろう。
Lさん(50代)
○子どもたちが自分の夢を語り、3年間自分たちが学んだことを発表・展示する形の卒業式。そして、子どもたちが授業で学んだ合唱曲を中心に歌う。
●君が代斉唱、生伴奏で生徒も教師も保護者も歌う形を、表面上でも整えられてくる。
Mさん(60代)
○卒業生を囲んで家族・友だち・近所のおばちゃん、おじちゃんも自由に参加して、お茶会をやる。
Nさん(50代)
○2020年、日本の教育・学校にも多様性が認められるようになる中で、卒業式も、形式的ではなく多様な国籍・宗教・信条が尊重されるような生徒の思いが表明できる。
●(現実って…あきらめているわけではないのですが)、教員も子どもたちも卒業式には何も期待せず、無難に早く終わることだけを考えている。その中で心ある保護者や子どもが異議を申し立てている…。
Oさん(60代)
○「式」らしくなく、これからの社会に飛び発つことを素朴に祝い合う…子どもたちが中心で教員と共に創る。なんや、少し前までしていたことやんか!!
●学校が「会社」的になり、資格(?)認定証を渡す。但し、歌・旗や形式は今まで以上に厳しくなり、軍隊のよう…こうさせない!!
Pさん(50代)
○「卒業おめでとう!」って心から祝うことのできる場。そのためには学校そのもの、もっと言えば教育そのものが変わらなくては、と思う。
●国民化教育の最たるものとして「式」が用意されていると思う。卒業生は、黙って卒業証書を受け取る儀式。背景には摺り込みのための小道具(日の丸・君が代他)が用意されている。
(3)交流のなかでいろいろと意見が出てきました。(記録者責任)
・君が代強制を「不起立」で闘っている教員は8年後も「いる」のだろうか?!
・それは、運動しだいでは?運動が広がれば、現場でそういう先生がいれば、8年後であっても「不起立」の先生が「いなくなる」ということはないのでは。
・私は教員ですが、来年の卒業式は、担任として(君が代斉唱)不起立しかないと思っている。
・私は中学音楽科の教員だが、君が代の伴奏を強いられ断ると、卒業の歌の伴奏もさせてもらえない。
・現役の先生だけの抵抗運動ではなく、教員を定年退職で辞めた人が毎日でも抗議の声をあげる運動をしてはどうか。
・日の丸・君が代の問題ばかりでなく、原発の問題を通しておかしなことがいっぱい起こっており、またそれに対して声をあげる人も出てきている。声をあげつながることが重要だ。
・私はいま君が代不起立を裁判で闘っているが、最近、イギリスの新聞から取材が来た。闘うことは大事だと思う。
・市民の立場だが、闘っている先生はイデオロギーや思想からやっているのではないのか?
・イデオロギーや思想からではなく、私は、教員として在日の生徒とのかかわりのなかで、学校で日の丸や君が代を強制してはいけないと思った。
・小学校の教員だが、今年の卒業式で障がいのある子どもの親から卒業式は休ませるつもりというようなことを言われた。迷惑をかけてはと思われているようであったので、そうではないと説得しわかってもらった。そんなことが起こっている。
・これまで、卒業式では君が代以外の生徒が決めた卒業の歌をみんなで歌うことができたが、今年はそれもなくなってしまった。
(4)報告を読んでくださったみなさんへ、
ありがとうございました。
ぜひ、みなさんの卒業式に対する思いもお聞かせください。