※2012年度入学式「君が代」不起立被処分者人事委員会申立当該 辻谷博子からのメッセージです。
お読みいただければ幸いです。
「君が代」だけではないのです。学校ってなんだろう?
一緒に考えてみませんか?
学校生活(生徒+教員=通算54年)
私は大阪生まれの大阪育ち。小、中、高、大学とすべて大阪公立学校で学びました。そして大阪府立高校教員となって38年が経ちました。あわせて54年を大阪の学校で過ごしたことになります。今さらながらですが、「学校って何だろう」って考え込んでしまいます。
“学習権とは、読み書きの権利であり、問い続け、深く考える権利であり、想像し、創造する権利であり、
自分自身の世界を読みとり、歴史をつづる権利であり、あらゆる教育の手だてを得る権利であり、
個人的・集団的力量を発達させる権利である” (ユネスコ学習権宣言より)
すべての子どもたちが権利としての学習をする場である「学校」に、少しでも近づくためにはどうすればいいのだろうか、一緒に考えてみませんか。
入学式「君が代」不起立そして処分~君が代だけの問題ではありません
私は、2012年度入学式「君が代」斉唱時の1分足らずを立って歌わなかったと言うだけで、懲戒処分を受けました。自分の小・中学校の入学式や卒業式で「君が代」があったかどうかは記憶にありませんが、教員になってからは、「日の丸」と「君が代」については毎年のように議論を積み重ねて来ました。いろんな意見を交わしながら多くの教員は考え続けて来ました。ところが、今は議論すらままならぬ状況です。「日の丸・君が代」の学校への強制は、「ものを言わない・ものを言えない」つまり思考停止の状態を学校に作り出すものだと身をもって実感しています。
そして本年4月1日、教育に関する諸条例が施行されました。それは、一人ひとりの子どもの学習権に応えるものではなく、競争原理にしたがって、生徒と教員、親・保護者と教員を分断する内容でした。「君が代」不起立3回でクビ!それを許すなら、学校は「上」からおりて来る命令にしたがって「教育」を行う場所となります。
そうなれば、現在の酷い労働現場の状況において、「何も言わず・何も言えず」ひたすら我慢の人間を送り出す場と学校は化します。「君が代」不起立はそうしてはならないという私のささやかな抵抗の姿勢でした。
人事委員会への不服申立て―多くの方々にご支援をお願いします
現在、処分の不当性を人事委員会に申し立てています。審理の場で、大阪府の教育諸条例の不当性を問うつもりです。それには多くの方々の力が必要です。大阪の教育についてこのままではだめだと思っていらっしゃる多くの市民と教員の方々、支援と連帯をお願いします。
(2012入学式「君が代」不起立処分人事委員会不服申立人 辻谷博子)