2012年版自民党憲法改正案批判の続きです。今回は三つの基本原理のうちの平和主義に関してです。
9条は自民党2005年版の案よりも更にパワーアップされています。文言を見比べてみましょう。
現行憲法
第二章 戦争の放棄
第九条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
② 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
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2005年版
第2章 安全保障
第9条 (平和主義)
日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
第9条の2(自衛軍)
① 我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全を確保するため、内閣総理大臣を最高指揮権者とする自衛軍を保持する。
② 自衛軍は、前項の規定による任務を遂行するための活動を行うにつき、法律の定めるところにより、国会の承認その他の統制に服する。
③ 自衛軍は、第1項の規定による任務を遂行するための活動のほか、法律の定めるところにより、国際社会の平和と安全を確保するために国際的に協調して行われる活動及び緊急事態における公の秩序を維持し、又は国民の生命若しくは自由を守るための活動を行うことができる。
④ 前2項に定めるもののほか、自衛軍の組織及び統制に関する事項は、法律で定める。
↓
2012年版
第二章 安全保障
(平和主義)
第九条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動としての戦争を放棄し、武力による威嚇及び武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては用いない。
② 前項の規定は、自衛権の発動を妨げるものではない。
(国防軍)
第九条の二 我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全を確保するため、内閣総理大臣を最高指揮官とする国防軍を保持する。
② 国防軍は、前項の規定による任務を遂行する際は、法律の定めるところにより、国会の承認その他の統制に服する。
③ 国防軍は、第一項に規定する任務を遂行するための活動のほか、法律の定めるところにより、国際社会の平和と安全を確保するために国際的に協調して行われる活動及び公の秩序を維持し、又は国民の生命若しくは自由を守るための活動を行うことができる。
④ 前二項に定めるもののほか、国防軍の組織、統制及び機密の保持に関する事項は、法律で定める。
⑤ 国防軍に属する軍人その他の公務員がその職務の実施に伴う罪又は国防軍の機密に関する罪を犯した場合の裁判を行うため、法律の定めるところにより、国防軍に審判所を置く。この場合においては、被告人が裁判所へ上訴する権利は、保障されなければならない。
(領土等の保全等)
第九条の三 国は、主権と独立を守るため、国民と協力して、領土、領海及び領空を保全し、その資源を確保しなければならない。
2012年版では2005年版の「自衛軍」が「国防軍」に変えられています。「自衛」の色合いを薄め軍隊色をより濃くしています。
2005年版は現行憲法の9条2項(これが戦争放棄を特徴付けていた条項でした)を削除しましたが、2012年版はそのうえで新たな9条2項「前項の規定は、自衛権の発動を妨げるものではない。」と加えています。
更に2005年版に設けられた9条の2の4項で秘密保持を謳い、5項で新たに軍事裁判所を設置する規定を設け、領土紛争を想定した9条の3を新設しています。
では自由法曹団の意見書を読んでみましょう
<自民党憲法改正草案に反対する意見書(自由法曹団)>
http://www.jlaf.jp/menu/pdf/2012/120823_01.pdf
第3 戦争をする国への転換
1 侵略戦争に対する反省を投げ捨てる
現行憲法は、「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起ることのないやうに
することを決意し」ている(前文1段)。先の侵略戦争が、政府の行為によっ
て引き起こされたものであること、それによって国内外に多くの犠牲を強いた
ことを深く反省している。
これに対し、自民党草案は、「先の大戦による荒廃や幾多の大災害を乗り越
え」(草案前文2段)としている。侵略戦争を引き起こした責任の所在を覆い
隠し、「惨禍」を「荒廃」に置き換えて自然災害と同列に置くことによって、
日本軍が行ってきたアジアでの加害行為や大空襲・原爆などによる犠牲そのも
のから目を背けるものとなっている。侵略戦争に対する反省を投げ捨てている
のである。
2 平和的生存権の否定
現行憲法は、「日本国民は、恒久の平和を念願し…平和を愛する諸国民の公
正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。」とし、
さらに「全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存
する権利を有することを確認する。」(前文2段)として、平和的生存権を明
記する。そして、かかる規定は裁判規範性をも獲得するに至っている(長沼ナ
イキ訴訟札幌地裁判決、イラク派兵違憲訴訟名古屋高裁判決など)。
これに対し、自民党草案には、この規定は全部削除されており、平和的生存
権を否定するものと言わざるを得ない。
3 「戦争の放棄」の放棄
現行憲法第2章が「戦争の放棄」としているものが、自民党草案では「安全
保障」に変えられている。ここでいう「安全」とは、「国…の安全」(草案9
条の2第1項)及び「国際社会の…安全」であり、集団的自衛権の行使や国際
協力名下の海外派兵を念頭に置いているものである。現行憲法が、戦争放棄に
よって全世界の国民の平和的生存権を実現しようとするものとは、その制度も
目的も根本的に変えてしまうものである。
4 国防軍の創設
自民党草案は、現行憲法の戦力不保持規定(9条2項)を削除し、国防軍を
創設する(草案9条の2第1項)。国防軍は、自衛権の枠を超えて「国の平和
と独立並びに国及び国民の安全を確保するため」に保持されるものとしており、
集団的自衛権の行使を容認するものである。
国防軍は、第1項に規定する任務を遂行するための活動のほか、「国際社会
の平和と安全を確保するために国際的に協調して行われる活動」すなわち多国
籍軍などへの海外派兵、「公の秩序を維持し、国民の生命若しくは自由を守る
ための活動」すなわち治安出動や国民監視も任務とされる(同条3項)。「国
民の生命若しくは自由を守るための活動」には、在外国民の保護(草案25条
の3)を理由とする単独での海外派兵をも含むものと解される。
そして、国防軍の機密に関する事項を法律で定めるとして(同条4項)、秘
密保護法制の制定を憲法上の前提として、国民の知る権利、表現の自由に対す
る広範な制限を容認する。
また、国防軍の機密に関する罪などの裁判を行うため、軍法会議に類似する
国防軍の審判所を置くとされている(同条5項前段)。通常裁判所への上訴権
を保障する(同項後段)としているものの、通常裁判所の審理の対象が法令適
用に限定されることも考えられ、そうなれば、実質的な権利保障は無いに等し
い。国防軍の機密に関する罪は、国民の知る権利と対立するものであるから、
軍人・軍属個人の問題に留まらず、国民の知る権利をも侵害するものとなる。
5 他党派の改憲案
立ち上がれ日本「大綱案」は、自衛軍の保持を明確に定めるとし、さらに集
団的自衛の固有の権利を定めるとしている。みんなの党「考え方」も、「国際
平和に貢献し、我が国を防衛するため、自衛権のあり方を明確化」するとして
おり、軍隊保持を目指していることは明らかである。維新の会も、「日米同盟
を機軸」「憲法9条についての国民投票」を掲げ、橋下徹大阪市長が9条を敵
視する発言を繰り返していることからすれば、やはり軍隊保持を目指している
ことは明らかである。
6 恒久平和主義の否定
各党の改憲案では、平和主義の内実は全く語られない。かえって、侵略戦争
の反省を投げ捨て、平和的生存権を否定し、国防軍の全面展開によって、恒久
平和主義を否定して戦争をする国家へ転換するものである。
(引用ここまで・強調は私)
アメリカからは解釈改憲でも明文改憲でも、とにかく集団的自衛権を認めるようずっと圧力をかけられていました。
また、安倍氏のように大日本帝国万歳的な政治家は軍隊が大好きですし、そこまで行かなくても勇ましい軍隊を持ちたい欲求に駆られる政治家は大勢います。
けれど現行憲法はどう解釈しようが集団的自衛権は100%不可能なのです(それをなかなか理解できない政治家が多くて困るのですが・・)
ですから平和主義を放棄し9条を改正して「交戦できる軍隊」を持てる新憲法は彼らには悲願なのです。
たとえ自衛隊が軍になったって日本が戦前みたいに戦争をふっかけるわけがないではないか、ただ単に国を守る体制をしっかり整えるだけだ、などと思っているなら、そんな考えはお花畑だったことをじきに思い知らされるでしょう。
さすがに昔のような侵略戦争を日本が仕掛けるとは私だって思いません。もうそんなのは時代遅れですから。
この改正の主目的は武力行使できる軍隊を持ち、集団的自衛権認めて「アメリカ様に付き従ってアメリカの戦争に参加できるようにすること」です。
つまり、イラク・アフガニスタン戦争のようなアメリカが仕掛けた戦争に日本も共に参戦して、否応なく人殺しをさせられる、あるいは殺される、ということです。
「国防軍」は目的も性質もこれまでの「自衛隊」とは明らかに異なっています。
<新・9条2項について>
どうしてこれを新設したのでしょうか
これまでも政府は新9条2項のようなことを言ってきました。
「たとえ9条があっても国に固有の自衛権まで否定するものではない(但しこの自衛権は9条下では正当防衛の要件を満たす「個別的自衛権」のみというのが論理的帰結)。そのための最低限度の武力の保持、行使は許される」
というのが自衛隊は合憲とする政府見解です。
即ち必要最低限の武力保持は合憲だと言うために、政府は新9条2項みたいに「固有の自衛権はある」と言ってきたわけです。
改正案で武力の保持を禁じた現行憲法の9条2項を削除し正面から軍隊を持つことを定めた以上、武力の保持は当然肯定されるわけですから、これまでのように、個別的自衛権のための最低限の武力保持は合憲だと言いたくて「前項の規定は、自衛権の発動を妨げるものではない。」などど言う必要は全くありません。
ですから、改正9条2項は、集団的自衛権を認める目的で設けられたのだと言えます。
<9条の2、3項について>
国防軍の目的は自衛隊とはちがって「自衛」に限定されません。自衛とは関係のない国際貢献という名の海外派兵(そこでの武力行使も可)や、公の秩序の維持も国防軍の目的です。
現在、自衛隊の情報保全隊が行っている平和運動に参加する市民、共産党や社民党の議員、労働組合員、自治体幹部、新聞記者等々の違法な情報収集の差し止めを求める裁判が行われています。
http://blog.canpan.info/kanshi/しかし自民党改正案では公の秩序の維持という目的を遂行するため、軍によるこのような情報収集、国民監視も合憲とされる可能性は非常に大きいでしょう。
なぜなら、国民のプライバシーという人権は「公益及び公の秩序」(改正案12条、13条)の名の下に、大日本国憲法下のような制限が可能となるからです(私はこの改正案12条、13条はこの壊憲案の重要事項だと思います)
憲兵政治の復活も夢じゃないかも。
<9条の2、4項について>
9条の2、4項は「国防軍の組織、統制及び機密の保持に関する事項は、法律で定める」と規定しており、何を秘密と指定できるかを完全に法律に丸投げしています。国のフリーハンドで「公益及び公の秩序」という名目をつけて、知る権利をいくらでも制限できてしまいます。
しかし国民が国家の政治過程に参加する(=民主主義)ためには情報公開は必須であり、「知る権利」は民主主義を実現するのに欠かせない権利です。
それが国によって好き放題制限できるこの規定は、民主主義を確実に破壊すると言わざるを得ません。
現憲法下では秘密保全法は憲法が保障する国民の「知る権利」を侵害する憲法違反の法律だと言えるでしょう。
しかし改正案では秘密保全法は違憲どころか、その存在を憲法が想定してしまっているのです(つまり当然合憲
)。
秘密保全法、コンピューター監視法、私的違法ダウンロード刑罰化、軍事利用を可能に改変された原子力基本法、宇宙機構法、共謀罪(これはまだですが)、これまでじわじわと周到に準備されてきたこれらの治安立法が一気にその本性を現すときがくるでしょう。
<9条の2、5項について>
現行憲法は特別裁判所の設置を禁じています。これにより戦前のような軍法会議や皇室裁判所は禁じられます。
改正案も特別裁判所の設置は禁止しています。
しかし通常の裁判所の系列に属する下級裁判所ならば特別裁判所に当たらないので、通常裁判所への上訴権を保障している以上、5項の軍事裁判所は特別裁判所に当たらない、と言いたいのでしょう。
しかし現行の刑事訴訟法とは別の特別な訴訟法が設けられてしまえば、意見書にもあるとおり、被告人の実質的な権利保障は無いに等しくなってしまい、特別裁判所設置を禁じた意味がなくなります。
それに秘密保全に関する裁判であればそもそも何が秘密に当たるかを示されることすらないので、罪刑法定主義に反し適正手続保障もおよそ不可能になることも付け加えておきます。
<9条の3について>
本条が定めている領空、領海侵犯は、これまでも海上保安庁や自衛隊が対処してきたことであって、ことさら条文を設ける必要は無いはずです。なのに何故わざわざ新設するのでしょう。尖閣諸島や竹島を意識したナショナリズムを煽るような規定ですね。
そして何故わざわざ「国民と協力して」という文言を入れたのでしょうか。
尖閣諸島や竹島に関してどのような意見を持つかは個人の自由のはずですが、それに関わらず、国民は「尖閣、竹島死守」に協力させられそうな文言です。戦前の治安維持法と並ぶ悪法「国家総動員法」が目の前にちらつきます。
そして、この文言は徴兵制の根拠になりそうな予感です。
自民党が徴兵制を敷きたがってるのは、現憲法18条「第十八条 何人も、いかなる奴隷的拘束も受けない。」という文言を削除したことからも伺えます。
80年代にも徴兵制が検討されたことがあったそうですが、その際問題になったのは9条ではなく、18条の「奴隷的拘束」に当たるのではないか、だったそうです。
しかしさすがに身体の拘束からの自由そのものを削除するのはまずいと考えたのでしょう、仕方なく「何人も、その意に反すると否とにかかわらず、社会的又は経済的関係において身体を拘束されない。 」という全く意味不明な条文を設けるはめになったのだと推測されます(「社会的又は経済的関係において身体を拘束されない」って、どういうこと?さっぱりわかりません)
言い換えれば、自民党は、「徴兵制は奴隷的拘束に当たる」と認識しているということです。
自衛隊は違憲だと言われながらもずっと存在し続けてきたのだから、その存在を合憲なものとして憲法上認知してもいいじゃないか、という意見を以前よく聞きました。もしかしたら「国防軍」に賛成するという30何%の人もその程度のつもりしかない人が多いのかもしれません。
しかし以上で見てきたとおり、自民党の「国防軍」は、もうこれまでの自衛隊とは全く性質が違うこと、そして私たちの様々な権利を脅かし、民主主義の根本を脅かすことを認識しなくていけません。