徒然なか話

誰も聞いてくれないおやじのしょうもない話

戦後初のスーパーアスリート逝く!

2009-08-03 00:07:38 | スポーツ一般
 古橋広之進さんが、世界水泳選手権が開かれているローマで亡くなった。享年80歳だそうだ。初めて間近でお会いしたのは、たしか43、4年前、渋谷の岸記念館で行なわれた日本水連の学生委員会の時だったと思う。ということは、あの時、古橋さんはまだ30代だったわけだ。もちろんお名前を知ったのは、それよりもずっと前、ヘルシンキ・オリンピックが行なわれた1952年頃だったと思う。僕が5、6歳の頃だ。当時、二十歳前後だった叔父たちの口の端にいつも上っていたからだ。海外では「フジヤマのトビウオ」と呼ばれていることも叔父たちから教えてもらった。あの頃の国民の古橋選手への期待感は、今日の北島康介らに対するそれとは比べものにならないほど大きかっただろう。それほど彼の存在感は大きく、敗戦国日本の期待を一身に集めていた。それだけに、戦後やっと参加を許されたヘルシンキでの400米自由形で8位に終った時の、叔父たちの落胆ぶりは今でも鮮明に憶えている。
 その12年後、僕は大学に進学して水球を続けていたが、いろんな大会で古橋さんをお見かけするようになった。最初に拝見した時は、この方があの古橋さんかと興奮したものだ。古橋さんが、オリンピックに参加できない悔しさを、日本選手権や全米選手権にぶつけて、世界新記録を連発してから既に60年が過ぎた。高速水着問題に揺れる水泳界を、古橋さんはどんな気持で見ておられたのだろう。合掌。