飄(つむじ風)

純粋な理知をブログに注ぐ。

年末は忙しい・・・その上に、告訴状作成に忙しい!

2013-12-17 19:32:15 | 日本

被告訴人は、手ぐすねを引いて待って居られるようで・・・
期待に応えなくては、
と、粉骨砕身頑張っているのである!
まあ、お手並みを楽しみにして頂こう!

 

 詳しいことはココでは書かない。書くと、楽しみがなくなるであろう。

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 言論は結構である。何とでも批判されるが良かろうと思っている。しかし、公然告知の誹謗中傷・侮辱・名誉毀損・信用毀損は犯罪である。

 

 事実無根話は、当然であるが、事実であれ、誹謗中傷・侮辱・名誉毀損・信用毀損は許されない。事実ならば、立証を前提に告発・告訴すればよい話である。

 

 それが出来ないので、公然告知するのであろうが、これは今が旬のサイバー犯罪であることぐらいは、身に沁みて感じて頂く必要がある。それが最小限度の法治国家に住まう国民としての義務である。そして、被害者は、それを告訴する権利を有している。

 

 最終的には、司直に委ねられることで、結果について覚束できる話ではないが、兎も角、権利は実行する所存である。そして、当然の事ながら、民事による法的処置も視野にある。いろいろある。全て、実行する所存である。

 

 それが、言っても分からぬ者に対する正当な手段である。他にジャッジを委ねるしかないのである。人間は考え方が、様々であるあるから、それは当然の社会的規範であることは、誰が考えても分かることであろう。

 

 そんなことは出来ないと、高を食っているかも知れないが、それであれば心安良かで居られるが良かろう。又、これからもさらに、誹謗中傷・侮辱・名誉毀損・信用毀損をするが良かろう。それは自由である。

 

 そして、晴れてそれが許されるなら、おめでとうと言いたい。正月には少し早いが、オメデトウだ。そして、好き勝手に書きまくれば良いのである。

 

 そうは行かないだろう。

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 既に、気勢が削がれたのを感じているが、それは理由のないことではない。

 

 しかし、それだけでは許されないのである。戦いはこれからである。この度は、他人の誹謗中傷・侮辱・名誉毀損・信用毀損について、ブログ上で諫めた結果であるが、幸か不幸か、その矛先が私にも及んだと言うことである。

 そうなるとは思いもしなかったが、覚悟の上である。正々堂々、司直に委ねる所存である。

 

 誰と誰になるかは、お楽しみである。調べは付いている。証拠も出そろっている。そして、アベノミクスではないが、一の矢、二の矢、三の矢が飛んでくると楽しみにしてい賜え。

 

 望むところであろうが、それが望みとあらば、ご期待に応えるしかないではないか?

 

 正義には、決断が必要だ。そして、実行が必要である。こちらから言えば、正義であるが、相手からすれば、そうではないと言うであろう。それは当然の事だから、司直に委ねるのである。

 

 これ程、社会規範に沿った正当な方法はないであろう。

 

 だから、

 

 野暮な論議はやめにしたのである。論議にならない相手とは、論議をしない。鉄則である。泳がせて、証拠を固める、一網打尽を決意したのである。であるから、この戦いは、見物だ。

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 先ずは、司直に委ねた上で、民事では相対することになるかも知れないが、それは順当の方策である。又、正当な手続きで、ポータルにも削除要請、あるいは停止要請もあるであろう。

 当然、対抗手段も許されているから、自由にしたら良かろう。誣告罪でも何でも対抗すればよいのである。ちっとも構わない。但し、立証出来るかどうかは、私は関知しない。

 又、私信の暴露は、信書開封罪(刑法第133条)に当たると言うことも、留意されたい。まあ、性懲りもなくやりたい放題するものである。こういう輩は、司直に委ねるしかないと、普通人は考えるであろう。

 それが大手を振って、サイバー空間に存在することは許されないのである。

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 誰とは書かないが、思い当たる人士は、腹を据えて、待っていることである。これは『恐喝』ではないよ。犯罪を告知するのは、『恐喝』ではない。警告である。

 『恐喝』と取るのは、犯罪者心裡であって、身に覚えのない者にとっては、教訓である。

 残念ながら、犯罪者は存在する証左である。犯罪者を一掃する。その決意である。

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