北野進の活動日記

志賀原発の廃炉に向けた取り組みや珠洲の情報、ときにはうちの庭の様子も紹介。

「大地の芸術祭の里」視察報告4 ~地元は依然賛否両論~

2018-06-09 | 奥能登国際芸術祭
「大地の芸術祭の里」十日町市の視察報告4は、芸術祭に対する地元の理解について触れたい。
2000年に第1回を開催し、準備期間から数えれば、十日町市民が芸術祭とかかわりすでに約20年が経過してる。
十日町市の印象も、これまでの暗い雪国(失礼!能登も大して変わりませんが)に代わり「大地の芸術祭」が真っ先に浮かんでくる(全くの個人的な印象です!)。
そんな中、市民の芸術祭に対する理解は進んでいますかと市の担当者に聞くと、「徐々に深まってきていると受け止めています」とのこと。
理解が深まってると捉える根拠について担当者に聞くと、作品設置集落が回を追うごとに増えている事実が挙げられた。
そこで過去の開催概要から作品設置集落数を取り上げると、
第1回・・・28集落
第2回・・・38集落
第3回・・・67集落
第4回・・・92集落
第5回・・・102集落
第6回・・・110集落
と、このようになっている。
十日町市と津南町の行政区数は合計581なので、約5分の1の集落に作品が設置されていることになる。
ちなみに第1回の奥能登国際芸術祭は、珠洲市内の集落数の約4分の1で作品が展開されてる(地元の理解の有無とは必ずしもイコールではないが)ので、十日町市については特段驚く数字とはいえないかもしれない。
単純に作品設置集落数を住民理解のバロメーターとすると、理解は進んでいるが全体としてはまだまだということになる。

さて、今回の十日町市の視察では芸術祭の実行委員会事務局を担う市の観光交流課の方にお世話になると同時に、旧知の樋口利明十日町市議にも大変お世話になった。
実は樋口市議の地元では、今回(第7回)芸術祭で初めて作品が展開されることになったとのことで、さっそく予定地を案内してもらった。



一か所はJR飯山線魚沼中条駅の駐車場(下写真)。



もう一か所は、地元の神社とのこと。もちろん宮司さんの了解を得ている。



今回受け入れた経緯より、これまで作品を受け入れてこなかった理由の方が、地域の実情を知るうえでわかりやすいかもしれない。
この中条地区には、国宝にも指定されている縄文時代の火焔型土器が出土した笹山遺跡がある。
樋口議員宅からは徒歩でわずか5分である。



地元では、この貴重な遺跡を有効に活用し、あるいはまだ未発掘の土地も多くあるので少しずつでも発掘を進め、文化的魅力の発信で地域の振興を図っていくべきとの声が多いとのこと。現代アートより、地域資源の活用にこそ力を注ぐべきとの考えだ。



今回の作品展開の受入れ判断は、こうした地域の声が変わったからではない。
区長さんのリーダーシップに負うところが大きかったようだ。



芸術際に批判的、あるいは慎重な意見の背景には、どこでもこのような問題が横たわっているように思う。
地域には歴史的、文化的あるいは自然環境的に魅力ある資源がある。それをもっと生かすべきとの声。
その一方で、現代アートの力によって、忘れ去られがちな地域資源に光をあて、地域の魅力向上につなげていこうとするのが芸術祭支持者の声かと思う。
樋口議員も、この間の行政取り組みは芸術祭に力点が置かれ過ぎて笹山遺跡に対する取り組みは決して十分ではないという。
もう一つ、重要な問題は「雪国」十日町市の魅力が十分発揮されてないことだと指摘する。
十日町市は日本有数の豪雪地帯であり、場所によっては1年の半分近くの期間、大地が雪で覆われる。
十日町市で大地の芸術祭として「大地」を語るのならば、一つは里山という大地、そしてもう一つは雪で覆われた大地だという。

実は樋口議員は公益財団法人「雪だるま財団」の設立に関わり、克雪、利雪、親雪にかかる仕事をライフワークとしている雪のエキスパートだ。
たまたま私が訪れた前日、高床式の自宅(このあたりには多い)の車庫スペースを改装し、カフェをオープンさせてる。
近所の方の憩いの場であり、芸術祭でこの地区を訪れた人との交流の場にしたいという思いがあったとのこと。
そしてこのカフェの名前にもなっている雪室がカフェに隣接して設置され、野菜などの低温貯蔵に活用されている。
雪室から取り出したニンジンをいただいたが、しっかり糖度が上がっている。
芸術祭が回数を重ねても、十日町市の雪の魅力をほとんど伝えられてないとの思いも強いよう。



さて、今回の視察報告の最後に、樋口議員の言葉を紹介したい。
「芸術祭を始めて20年が経過するが、依然として市民の間では賛否両論分かれている」とのこと。
積極的賛成が1割、絶対反対が1割、依然無関心の市民も多いという。
反対の市民の主な理由は、多額の予算が費やされ、しかも使途に不透明感があること。
無関心の理由の一つは、やはり現代アートに対する拒否感やなじみの薄さにあると思われるとのこと。
アートの力で過疎地を元気にする、過疎地域再生のモデルケースともいわれてきた十日町市だが、外からの印象と市民の感覚とは大きなズレがあるのかもしれない。
松代地区など当初から多くの作品が展開されてる地区はもう少し比率が違うのかもしれないが、20年を経てのこの現実。
珠洲市が同じ歴史を歩むとは限らないが、教訓はしっかり汲み取っていかなければならない。

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