ブログ仙岩

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ブラタモリ鉄道の町大宮へ

2017-07-05 08:25:46 | 旅行
7/1ブラタモリ「大宮はなぜ鉄道の町になったか」の録画を4日の昨夜見た。タモリさん埼玉県大宮は鉄道博物館のある町で他には何もないところと思っていた。

明治16年、高崎線が敷かれたとき、浦和、熊谷と大宮の駅はなかった。では、どうして今の日本有数の鉄道の町になったかを解き明かす旅であった。

初詣には200万以上の参拝客がやってくるという大宮の名の由来武蔵一ノ宮氷川神社総本山は、本殿から下り湧き水の神池がある南北40kmの大宮台地にあった。日本一長い神社の参道の左中山道の宿場町で、早や馬の出会い頭衝突を避けるために十字路はなく、9か所の多い脇本陣は明治になり不要、少ない25の旅籠や住民で駅が見送られた。

しかし、大宮アルデイージャのある大宮公園は今も残る石灯篭やアカマツ林、かっては森鴎外や夏目漱石が泊まった、大正から昭和のはじめにかけて、軽井沢や箱根に匹敵するリゾート地は、駅の土地を提供する住民の運動で、駅を誘致したからで、明治18年宇都宮線の分岐として、熊谷を避け大宮駅が3月に鉄道の町としてスタートした。

住宅街の一軒の民家をたずねたタモリさん。ベランダで見た7本のうちの3本の分岐線運行を見て鉄道マニアにはたまらない光景と。そして明治27年駅の隣にできた巨大な鉄道整備工場は2000の車両を整備し、工場の上は新幹線が通り、全国有数の鉄道の町となった。