オヤジの弁当箱

日々の手作り弁当だけが生甲斐のしょぼくれオヤジ。弁当メニューと併せて日々の雑感を付記。

暑熱の中を・・・

2010-08-16 | Weblog

8/15(日) 早朝の散歩が、陽が中天にかかる時刻からのスタートとなった。暑さ対策としてアイスノンとスポーツタオル首に巻いての出で立ち。

今日は休日なので一寸長い時間を掛けたいところ。ルートは、自宅のある学芸大学から都立大学駅を経由し、緑が丘駅~奥沢駅~九品仏。更に元気があれば等々力渓谷まで足を伸ばすつもりでスタートした。

先ずは、環七へ出て都立大学駅を経由、緑が駅を目指すが通りには日陰がないので呑川緑道を経由して向かう。東急線の駅間距離は概ね1Km~2Kmであろう。

緑が丘駅(大井町線)と奥沢駅(目黒線)は乗降した事がないことから選定。後は、名所・名刹をチェックポイントとしたもの。出発から30分程で最初の目的地「緑が丘」駅に着いた。ここは東京工業大学のキャンパスを挟んで大岡山駅と対向にあるようだ。国立大学のキャンパスの広大さが伺える。

  
小さな駅の周りを観察すると「九品仏川緑道」という緑道があった。ここを辿って行きたいが、次の目的地に着かないようなので断念する。

ここからは目黒線の線路を探して線路沿いに「奥沢駅」に向かう。ここいらを歩くのは初めてなので間違いのない目印が線路なのだ。歩く速度変えてみたりと、まだまだ元気。1Km程で奥沢駅に到着。ここの駅前は見覚えがある。古いことになるが、誰かをここまでタク-シーで送った記憶がある。

                     

駅前の小さな広場は、噴水池と大きな欅の木が三本あり木陰を作っている。ベンチに暫し座って次に向かうルートを考える。踏み切りを越えて少し歩くと、佇まいの善い「奥沢神社」が左手に在った。右手の地番を見ると目黒区自由が丘となっている。

奥沢神社

暫く歩くと前方正面の先に亀屋万年堂の大きな看板が目に入った。自由が丘だ。緑が丘駅の側にあった「九品仏川緑道」が自由が丘を通って目指す九品仏まで続いている様子。駅に入る手前のこの緑道に沿って歩くこととした。          

昼の緑道には気だるい雰囲気が漂い、数多並べられたベンチに憩う人々が暑熱の中で萎れているように見えた。否、こっちの元気が無くなってきた所為かもしれぬ。

自由が丘駅を右手に、大井町線の線路越えて九品仏寺(浄真寺)の裏手へと続く緑道を辿る。残念ながら自由が丘を過ぎると緑道の木が小さくて木陰が無い・・・。
段々と暑さの所為か、歩き疲れか歩みが小さい。

漸く自由が丘から一駅目の九品仏に辿り着いたら、スタートから80分が経過した。
東門から境内に入る。立派な仁王門が構えている。境内には東京都天然記念の大公孫樹や高野槙の古木が聳えている。七堂伽藍を備えた古刹である。

                      

                   東門の扁額           仁王門

九品仏の名は、建立時に九体の阿弥陀如来が作られたことによるとか。大寺院である。だが、或る時期、寺の利権を巡り大騒動が起きて週刊誌を賑わしていたことが脳裡から離れない。

すっかり疲れ、二駅先の等々力渓谷に向かう元気を喪失。駅前で冷たい飲物を購って引き返すこととした。坂道をヨタヨタと登り目黒通りに出て帰り道に着く。都立大学で力尽き、一駅電車にのった。(何と軟弱なことか・・・)

家に戻ると、二時間半ほど経過していた。それでも実際に歩いていたのは一時間半程度か?でも疲れた。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

朝顔が咲いた

2010-08-13 | Weblog

8/13(金) お盆の休暇で電車も空いている。毎日こうであれば有りがたいのだが・・・。

今朝の歩きは殆ど無し。サンドエッジ一本を持ってゴルフ練習場まで速歩。500円玉一枚で40球の玉をだして15~20分で打ち終えて戻った。家を出て帰るまでの所用時間は30分。

偶にはこんな日があってもいいだろう。来週から本格的にストレッチと筋トレを始める予定だが・・・。

朝顔が漸く咲いた。薄紫の花が三輪。昨年会社のベランダで咲いた花の種である。これからは暫く愉しませてくれるだろう。

                    

昨日、OBサークルの紹介企画のため、かつての上司が主宰する俳句の会を訪問した。十名程の少人数の集まりだが楽しかった。俳諧の難しさや奥深さを垣間見たような気がする。森羅万象に通じ博覧強記でないと、などと思ってしまう・・・。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

林試の森公園

2010-08-12 | Weblog

8/12(木)今朝は先日行きそびれた「林試の森公園」に向かうこととした。臨月の長女も一緒に散歩すると云う。

今日に予定時間は一時間。歩き始めて30分が経過すれば引き返す。ゆっくりと歩くので、公園までは最短ルートで行くこととする。目黒通りの目黒郵便局前を曲り、武蔵小山方面に向かう。途中で左折すれば目指す公園に行き当たるはず・・・。

目的地の前で「小山台公園」を発見。品川区立公園とある。広さ・設備共に申し分なし。早、親子ずれが遊んでいる。

ここから直ぐに「林試の森公園」西口に到着。入り口には、都立公園とあり、林業試験場が筑波に移転した跡を公園にした旨が記されている。大きな樹木が沢山残されて、広場も沢山ある。一周するだけでも20~30分は要すだろう。ジョキングや、散歩人の姿が多い。秋には沢山どんぐりの実が採れる。

             

引き返しの予定時間になった、直ぐに北口から出て違うルートで帰ることとした。小さな公園「月光原公園」をすぎて、武蔵小山へと向かう道路を横断して歩いていると「月光原小学校」があった。ここらは、目黒区である。

                  

自宅方向に向かっていると「清水池公園」にでた。既に太公望達が二十人ばかり水面に竿を出している。ここはヘラブナ釣りができる公園である。池の傍らにある「池之上開運弁財天」に参拝した。

家に着くと一時間を少しオーバ。先日購った「ハイビスカス」が花を開いた。朝顔は未だ先のようだ。金魚とメダカに餌さをやる。メダカがまだ卵から孵っているようだ・・・。

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

西澄寺&世田谷観音

2010-08-11 | Weblog

8/11(水)六時過ぎに家を出る。環七通りから駒沢陸橋を過ぎて野沢交差点、野沢通りに至る。野沢通りの先にある公園を目指す。
途中の公園で青年が一人ブランコ遊びに興じていた。若者が早朝の公園で一人遊び・・・。

                    

                     駒沢陸橋        陸橋傍の公園

目指す公園前に「野沢神社」がありて参拝。公園には「東京市立鶴ヶ久保公園」昭和13年開園のプレートがあった。当然文字は右から左へ書かれている。

                    

                    野沢神社         鶴ヶ久保公園

この公園も何度か来たことがあるが、そんなに古い公園とはつゆ知らず。この公園はすり鉢状になっており、下には小さな池がある。名前の久保は窪の転じたものか。

ここから、野沢通り沿いにある西澄寺」(さいちょうじ)を目指して東上する。時間にして十数分か、目指す「日輪山 西澄寺」(真言宗か?)に着いた。この寺の前は何度となく往復し、承知はしていたが入るのは初。

見事な山門が構えられていた。それもそのはず、この山門は阿波・蜂須賀家の中屋敷の門を移築したとある。大名家の門、それも25万石の大身である。江戸後期の作らしいが見事な造りにも頷ける。

                

                        門の両脇にある番所

境内に入り、参拝。(そう云えば、神社仏閣に一度も賽銭を上げてない)
本堂の前に立派な「高野槙」の大樹がある。世田谷区の名木100選とある。

                   

門構えと云い、高野槙の大樹といい一見の価値あり。

ここから、駒留中学前に出て「世田谷観音」に向かう。途中、中学のグランド脇に公園ありて撮る。

世田谷観音の山門は、学大付属高校側で中学側は裏になる。裏門から入り、先ずは参拝。散歩の人、参拝人の姿もチラホラ。
この観音様は昭和26年創建と比較的新しい。先の大戦で散った特攻隊の御霊を祀るとある

世田谷観音本堂

山門脇に小田原代官所の建物が移築されている。山門前の吉野桜の大木、境内の枝垂れ桜も見事である。最近では、土曜に朝市が開かれているとか。

小田原代官所

学芸大学付属高校の脇をとおり、駅に向かう。駅に至る途中からの道は、十数年前に通っていた馴染みの通り。マンションが立ち、住宅が建て変わりと変化はあるが落ち着いた通りである。

ノンビリと散歩し、新しい発見をして帰宅すると、80分の時を要していた。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

娘と散歩

2010-08-10 | Weblog

8/10(火)昨日は雨のため碑文谷ゴルフ練習場との往復で御終い。運動代わりに練習場で40球だけ試し打ち。サンドエッジだけを持参し、三年ぶりの練習場と云う処。

今朝は、臨月で戻っている長女が一緒に散歩に行くと云う。6時過ぎ、軽く体操を済ませて粉糠雨の中を出発。今日の予定は目黒通りを下り環八を目指し、できれば等々力渓谷か等々力不動までだが・・・。

何しろ腹のでかい娘が一緒なので無理はできない。何時もより遅めのスピードで目黒通りを歩く。気になる程の雨ではなし、却って暑くなくていい。途中で長女が水を買った。(その時に腹の出具合を撮る)

運動量という点では物足りないが、二人なのであれこれと下らない事をしゃべりながら歩くのは、気が紛れていい。
これまで、こんなに話すことはなかったし、殆ど家庭不在・会話なしの関係だったのでいいことかもしれない・・・。

スピードが遅いので、目黒区を過ぎ世田谷区に入った辺りで、出発後30分を過ぎる。そろそろ引き返そうと等々力に曲がる道辺りから右折する。そして「呑川緑道」へと入り戻ることとした。途中の一区画農園や軒先の花・植木を眺めながら歩く。

              

東深沢小学校から緑道を都立大学方面に向かった。途中で「宮前公園」を発見して撮影。この公園に併設されて、隣がテニスコート。途中で立ち止まると蚊に襲撃されるので長居は禁物。

                  

                   緑 道        宮前公園

八雲学園の脇を抜け、八雲商店街に入る。お寺が目に付いた、二つ目の寺に参拝する。日蓮宗の小杉山「常国寺」とある。境内には保存樹に指定されているイチョウの古木がある。場所としては、丁度旧都立大学の真下あたりになるか。

ここから、環七を目指して登り坂。東横線の線路を跨ぐ歩道橋「いなり橋」の上から電車を撮る。

環七、柿の木坂陸橋を渡ると家までは近い。「目玉焼き作っといて貰をう」と云うと「卵ないよ」とのこと。
長女の旦那も来てる、次女も昨夜帰ってきた。今朝は七人の大家族になっているので、途中のコンビニで卵を買って帰宅。これに、赤ん坊まで増えるとどうなるんだ~。

結局、今朝も一時間半以上の散歩となった。

今朝は、目玉焼き二つ・トースト・ヨーグルト&蜂蜜・自家製ゼリー・桃の食事となった。まだ、カロリー過多か!

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

西小山~洗足池

2010-08-09 | Weblog

8/8(日)、今日は立会川緑道から「林試の森公園」を目指そうと六時過ぎに家を出た。この公園は、かっての林業試験場跡を公園にしたもの。目黒不動尊の裏手から本町に至る大きな公園である。

先ずは、目黒通りを越え、サレジオ教会を横目に緑道の入り口へ。ここから緑道をひたすら南へと歩く。途中、原町・向原小学校を経て、どこかで左方向に向かわなくてはならない。途中の公園に季節はずれの「藤の花」を発見。何で今頃咲いているんだ?

  

歩いていると、緑道を何処までも進みたくなった。何処かで曲がれば、林試の森には着くだろ、と緑道を進むこととした。家を出て30~40分で西小山駅(東急目黒線)に到着。ここから更に、真っ直ぐに行くと「第二延山小学校」(通称:二延)の前に出た。

 

ニ延小は、十年も前に来たが、学校が立て変わったようだ。すっかり奇麗で立派な建物になっている。ここの小学生を中心にした女子ジュニアバレーボールチーム「二延マリーンズ」がある。末娘がバレーボールをやっていた頃に試合を見に来た。

そんなことを思い出しながら進んで行くと、道路標示は「立会道路」となった。
途中の公園では地元の夏祭りイベントで盆踊りが催されているのか、櫓が立ち、屋台が在る。朝のお祭り会場は、祭りの後の侘しさのようなものを感じてしまう。公園の名は判らず。

                    

更に進むと「昭和医大」の大きな建物が見えてきた。なんと、中原街道に着いてしまった。林試の森へ行くのはここで断念する。こうなれば、中原街道を下り、洗足池を廻り大岡山を経由しようと腹を括る。(一寸、オーバーか)

昭和医大の建物をみて、就職して間もない頃にここにお見舞いに来た事を思い出す。ここが古い建物であった時代、お世話になった寺尾先生(元参議院議員・郵政大臣)が暫く入院されていた。

中原街道を下り、環七を越すと長原町となる。そして洗足池に至る。寺尾先生のご自宅は長原に在った。何度かお伺いをし、親交を頂いた。いま先生は、郷里の高知県安芸市の安芸ドーム球場に程近い墓地に眠っておられる。

散歩をしながら、遠い昔のことを思い出していた。土地・場所・時の中に其々の思い出が、人々の中に眠り・埋まっていることだろう。

洗足池は、日蓮上人が足を洗ったことからその名が付いたそうな。中原街道沿いの大きな池である。子供が小さい頃にここでボートに乗り、花見に訪れたことが思い出される。

太鼓橋


池のほとりのベンチで体操をして帰路に付く。帰りは、東京工大沿いに大岡山駅前から環七に出て、目黒区南~碑文谷のルートとする。大岡山駅前までで、2時間を要したこととなった。

大岡山商店街から一本入ったところに公園を発見。先ずは立ち寄る。公園を抜けて行くと、右手に大きな樹木のある場所がる。さては公園かと行ってみると「清水窪湧水」とあり、小さな池の端に弁財天が祀られている。先ずは、この弁財天や池に纏わる故事来歴を読み、参拝。東京の名湧水57選との標識あり。

すっかり草臥れ果てて帰宅すると、時間は2時間30分経っていた。またまた、シャワー&ビールと相成った。

 

午後より閑に任せて、天草を煮出して小夏とヤマモモ酒のゼリーを作る。ヤマモモは漬けたウイスキーの香りが強すぎた。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

中目黒駅~西郷山

2010-08-09 | Weblog

8月7日(土)、西郷山を目指して歩くも当初予定のルートを間違え、蛇崩緑道から中目黒駅へと出た。

線路沿いに、目黒川を渡ると日の出橋の袂に居酒屋「大樽」がある。地球市民の会が或る賞を受賞したおり、ここの二階座敷で宴会を催した事がある。会長の古賀武夫さんが未だ健在であった頃のことである。

  

「大樽」の角から東横線のガードを潜り目黒川を少し遡る。桜の頃の人出は半端ではないが、この時期、ましてや土曜日の朝は静かだった。川面を桜木の葉が黒く覆い、都会にありて深淵なる趣あり。


川の山手側は既に青葉台と住所が変わり、旧山手通りが走る坂上まで続く。上村坂から登って行くと、鉢山小学校の向かいに出た。ここから、246通りに向かって歩くと西郷山公園の入り口が左手にある。

余談だが、この「上村坂」の名称、この坂上に屋敷を構えた明治期の海軍大将の名に由来するそうな。
西郷山公園も然り、隆盛の弟「西郷従道」が兄の為にこの地(6万平米)を取得し、後に別邸を構えたのが始まりと記されている。それにしても、戦に勝つ、革命に勝利するとこれだけのことができたと云う証か・・・。ここまでで、一時間と十分を要した。

                  

公園を散策する老人や、子供連れを観察してひと回り。早々に帰路につく。西郷山公園の下は「菅刈公園」とあるが続いている様子だった。坂を下り、目黒川・山手通り越えて東山方面へ坂道を登る。この道「野沢通り」とあるが、前からそうだったのかと不思議に思う。
以前、深夜この道から帰宅するルートとして「アートコーヒを右折して、蛇崩れ経由、野沢通りへ」とタクシーに指示していた。野沢通りは、蛇崩れから環七までと思い込んでいた次第。

 それはさて置き、この坂道の頂上辺りに「目黒ゴルフ練習場」がる。何度か来たことのある練習場。覗くとクラブハウスの位置が変わっていた。何処かしこも、少しづつではあるが変わっている。この練習場の斜向かいぐらいにお寺を発見。参拝する。
寺は「壽福寺」とあり、天台宗の末寺。佇まいの善いお寺だった。

              

ここから、スピードを上げて帰路につく。蛇崩れから下馬通りを経由して「下馬公園」を覗く。この公園は小さいが、桜の古木が7・8本あって毎年見事な花を咲す。私の花見ポイントの一つでもある。
途中の家の「のうぜんかずら」が見事だったので写真を撮る。裏通りにルーテル福音教会があった。今朝の散歩では三件目の教会発見である。

                       

帰宅すると、出発から二時間以上が経過。ぶらり散歩でも疲れた~、先ずはビールか。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

休日・西郷山公園を目指す(Vol 1)

2010-08-06 | Weblog

8/7(土) 散歩を開始して丁度一週間となる。土曜日なので少し遠出したい気分。それにしても、ゆっくりの散歩ながらわずか一週間で疲れが出ているようだ。 こんな調子では先が思いやられる・・・。が、気をとりなして今日は代官山の青葉台・西郷山あたりまで足を伸ばしたい気分である。

先ずは、駒沢通りにでて真っ直ぐ中目黒にでるか、或は線路沿いから五本木交差点から蛇崩れにでて東山の坂を越えて行くか。歩き出して足の向くままに・・・。

 西郷山の謂れは彼の西郷隆盛の弟の西郷従道の別邸があったことに所以する。旧山手通り沿いにあり台地からの眺望がいい。青葉台には海老屋のA氏の住まいもあるが、氏は仕事であろう。 帰りは疲れ果てて、代官山から東横線を使うこととなりそうだ・・・。

と云うことで、6時前に家を出た。東横線沿いに学芸大駅をすぎて五本木に向かうが、ウ~ン何だ、このネーミングは?に行き当る。「学大横丁」とある。駅沿いのガード下がお店になっているが、この入り口上に出ている看板である。

電車架橋の耐震工事が進められており、このガード下も漸く工事が終り店も変わった。すっかり奇麗になったが、こんな看板が出ていたとは知らなかった。しかし、幾らなんでも「横丁」はないだろう。甘酒横丁・飲兵衛横丁、恋文横丁・なべや横丁etcが怒るぜ!横丁の定義がどうなっているかは知らなぇが、昨日今日出来たガード下が、横丁は無ぇだろう。横丁流行に安易に乗って付ける根性が気にいらねぇ。と、朝から一人立腹した。(俺も単純な男だが・・・)

そんなことを一瞬だが感じながら、五本木交差点から蛇崩れに向かう。行きは蛇崩れ交差点から東山を抜けて西郷山を目指すつもりだ。

蛇崩れの手前に、道路の真中に大きな木があり其処だけ一方通行に道路が膨らんでいる処がる。なんと云うか、蛇が子豚でも丸呑みした感じに道路がなっている訳。

前から不思議だったが、漸く判明した。この木の下に塚があった。「葦毛塚」(あしげつか)とある、何でも葦毛の馬がここで死んだとか、或は馬の放牧所だったことに謂われするとか記されている。後から出来た道路が、塚を憚ったのが真相か。この直ぐ傍に「芦毛塚街かど公園」なる、ベンチをニ脚置いた細長い広場があった。

ウロウロとしているうちに道を間違えてしまった。東山に至るつもりが、一本手前の道を曲がったようだ。行けども坂道に至らず、民家の路地に入ってしまった。ブラリ散歩・散策故困る事はないが・・・。ここまで、家をでてから40分程。

結局、蛇崩川緑道へ出てそこから中目黒駅を経由し青葉台・西郷山公園を目指すことにした。目黒区というべきか、東京はなのか「緑道」が多い。この「蛇崩川緑道」の距離は1km強である。昔小川でそれからドブ川、今は緑の散歩道に変身と云う次第か。

                      

                  蛇崩川緑道            緑道沿いの協会

ここから、中目黒駅までは大した距離ではない。この続きは日を改めて。それにしても2時間強の散歩は疲れました。まだまだ修行足らずだが、一月も経てば・・・。

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

祐天寺を経由して

2010-08-06 | Weblog

8/6(金) 今朝は駒沢通りを上り祐天寺を目指す。東横線の駅名にもなっている祐天寺は、浄土宗の寺で創建は1700年代の初期(江戸時代)とある。駒沢通りを挟んで向かいは都立目黒高校。

境内ではラジオ体操が始まっていた。年配者を中心に大勢の男女が体操に励んでいる。私も入り口で少しだけ参加。一つ隣の駅になる自宅を出てから20分位は経過したか。

祐天寺を回りこんで裏手に出る。交差点の辺り近隣の地図があったのでチェックする。これまでに公園には行き当たってないので公園を探すと「中町せせらぎ緑地公園」と「油面公園」の表示があった。

先ずは近場の「中町せせらぎ緑地公園」を訪ねる。小さな公園だが、水路が作られて水が流れている。駒沢通りからの谷地になるので、昔湧き水でもあった名残か。

                           

この公園から帰路となる「油面公園」を目指す。10分も歩かないところにあった。中々趣のある公園で何人かの人が明るい陽射し、と云うよりは暑さが増してきた中を散歩中。 

この公園から、目黒区中央町を目指す。旧目黒区役所跡のマンションを横目に歩いていると「中央緑地公園」の表示を発見。

こんな処に公園があったのかな?区役所が中央町にあった頃に何度か通っているが、気が付かなかった。公園の中に入って横断することとした。
少年少女が駈けているブロンズ像がある。犬を連れた人が何人か散歩している。この公園は樹木が大きいので圧迫感・暗さを感じる・・・気の所為か。

                     

公園を抜けて道路に出ると、見覚えのある景色。友人のY氏の家の前に出ていた。こんな公園があったとは、見ていない、見えてないことを実感・・・。そういえば、Yさんとも暫くお会いしていない。

ここから駅前の通りに出て帰路につく。出るときは上天気だったのが、家に着く頃には曇り空に変わっていた。昨日とは、正反対な朝の天気。帰宅して、メダカと金魚の水・餌さやりをする。


今朝は、碑文谷6丁目~五本木~中目黒5丁目~中央町~鷹番に至る、一時間強のブラリ散歩となった。

朝食は、何時ものヨーグルト&バナナの蜂蜜掛け。ノンオイル目玉焼き二個、ミルク&アイスコーヒーとライ麦パン(乾し葡萄・無花果入り)一枚。 食べすぎかな?

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

無理をしないよう・・・

2010-08-05 | Weblog

8/5(木) 今日は無理をしないで近場を歩く予定。昨日はちょっと時間を掛けすぎた。それに、慣れぬことを始めたので疲れてきたようだ。

昨夜、次女が帰ってきた。それに出産を控えている長女も来ている。扶養(不要)家族が増えて、今朝はオニギリを作ることとなった。が、その前に散歩である。

今日は、目黒通りを越した「田向公園」と「清水池公園」まで歩くこととした。5:40頃に家を出る。碑文谷6丁目から、2丁目・3丁目、目黒本町~鷹番と廻って一時間以内で帰ることとした。

目黒通りを越えて、ダイエーの裏にある小さな練習場「碑文谷ゴルフ」を覗く。ここは二年半前まで通っていたこともあり、未だに予備のゴルフバックを置き放しである。
6時から早朝のセルフ営業が始まる。着いた時は6時前だが、既に何人か打席に入っている。顔を見ると毎朝来る常連客、当然閑な老人が主。私も体調が整った暁には、週1回は朝練を再開したいが・・・。

碑文谷ゴルフ入り口

ゴルフ練習場から「サルジオ協会」へと歩く。この協会で結婚する有名人がいるので名前は知られている。協会の前の通りに「サルジオ協会通り」の表示あり。前からあったかな?「Dr中松通り」よりはいいか・・・。

ここから「田向公園」へ向かうが親子連れ・子供達が胸にラジオ体操の出席表をぶら下げて歩いている。田向公園がこの近辺の体操場所になっていた。集まってきた子供や老人を横目に、清水池公園へと向かう。方向としては、東に向かうこととなる。

環七から目黒郵便局の通りに至るこの通りは桜並木である。桜も大きくなっているので中々の見所。目黒通りから一本、西側の通りとなる。

清水池公園は、名のとおりに池がメインの公園。早朝から太公望達が竿を出してヘラブナ釣りに勤しんでいる。目黒区で釣りができる公園はここだけしか知らない。元々ここは、湧水池だったと公園の起源に記されている。目黒駅発大岡山小学校行きの循環バスがあり、この辺りを通って行く。

目黒郵便局は直ぐ傍、目黒通りの向うに「唐ヶ崎統無中」の鉄塔とパラボナが聳えていた。目黒通りをダイエーの方に戻って信号を越え、自宅のある碑文谷公園方面に向かう。空を見ると、何時の間やら真っ青。私の前に雲一つない碧空があった。

                

        無線中継所             碧  空            東横線ガード

メダカの水替えと餌やりの後は、「オニギリ」作りとなった。その前に朝食、ヨーグルト&バナナの蜂蜜掛け・アイスコーヒー、最後の一杯『晩柑ジュース』とウインナーパン。

都合十二個のオニギリを用意する。具は、鮭と梅・青ジソ・胡麻まぶし、蜆漬けとなった。K君にも当然持っていく。

                   

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする