日本の心・さいき

日本の文化を通じて、世界平和を実現させましょう。

裸の王様

2007-07-30 12:20:31 | Weblog
 選挙が終わった。やはり、自民党は負けた感じだが、40を切ると思っていた人は、少なかったと思う。
 投票率が6割も行かないのは、何故かなあ?しがらみの強い日本の選挙では、誰がなっても大差ないと思っているのだろうか?そうだとしたら、もっと一般の人の意見が反映される様な政治に変えないといけないなあ。
 自民党が、社会党とくっついたり、公明党が野党と思っていたら、今は、自民党とくっついている。何か、割り切れないなあ。民主党も、党首が体の調子が悪くて、表に出れない。政治家も、体力のある人でないと、困る。
 民主党が勝ったと浮かれている場合でもない。参議院で野党の数で、自民党案が否決されても、衆議院で自民・公明が3分の2占めていれば、いくら野党が参議院で頑張っても、否決される。
 公明党がカギを握っている気もする。又、自民党の中にも、舛添さんの様に、客観的に発言する人がいるのは、喜ばしいこと。
 美しい国作り案に、国民は付いて行けない。教育も、医療も、急ぎ過ぎだ。憲法まで、変えようとしている。根本的なことから変えることが出来ない今の政治の在り方、これが問題だ。
 しがらみのない政治家が沢山出て来て、その人達が政治を動かして欲しい。舛添さんなどを中心とする自民党の一部と民主党(内部は、自民党以上に複雑との意見もあり、大きくなれば、それなりに分裂しそうだが)と宮崎県知事の様に多くの人から支持される政治家などが一緒になって、新しい党が作れたらいいなあと私自身は、思っているのだが。
 今回は、国民は、いつもよりは、より上手に政治家を選択した様な気がしているが・・・。



安倍首相は、続行すると言う。これ程までに大敗してもだ。その点、虎之助さんは、潔いなあ。人間、生きる上で潔さも大切だなあ。その点、フィギャ一スケ一トの荒川さんや、歌手の山口百恵さんや、小泉さんも、それなりの評価が与えられるべきかな。
  しかし、今までの様に、自公民が強行採決ばかりをしていては、国民からそっぽを向かれてしまうだろう(公明党は、堅い組織票があるので、ちょっと違うかな)。いつも反対ばかりのイメ一ジを野党が与え続ければ、次回の衆議院は、やはり又自公民の勝利となるだろう。
  まともに審議をし、法案をよく練って通してもらいたい。いつも法案が参議院でブロックされて通らない感じになれば、今年中にでも解散総選挙と言うシナリオにならざるを得ないだろう。
  多くの人が付いて行っていないのに、自分の考えを傲慢に押し通そうとする、正に裸の王様みたいにな人、周りに時々いるかなあ。特に、長が付いている人に多い様な気がする。師が付いている人も、同じかなあ。
  自分も気を付けた方がいいのは、確かな様だ。

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為になるかも知れない本(その164)

2007-07-30 06:55:02 | Weblog
○昭和53年7月12日(水)晴。
 カゼを引いて頭が痛かった。心音図の検査をする時、頭がとても痛くてきつかった。熱があるだろうと思いながらも頑張った。15時から前から予約していた歯科に行って前歯2本が何と一度で終わった。
○昭和53年7月13日(木)晴。
 S'君と当直を変わってもらった、昨日が今日になった。熱が37.8度あった。きつくて病院で横になっていた。頭が痛いヨ一。○○先生のをもらったのだろう。○○先生も、きつそうだったなあ。アスピリンを服用した。学生の教育は全くしなかった。
○昭和53年7月14日(金)晴。
 カゼが何とか治った感じだ。専門2年生の人の教育をバッチリしてあげた。昨日は何にも教えなかったもんなあ。専門3年生の人達は外来にいなくて、口頭試問でポリクリも終わっていた。疲れたなあ。学生の教育って疲れるよ、全く。来学期からはどうしようかなあ。最後の1週間だけ徹底的に教えるようにしようかなあ。
○昭和53年7月16日(日)晴。
 当直明けであった。お腹の大きい恵ちゃんと一緒に二人で夜フラフラと出掛けて食事をして、喫茶店にも行って夜遅くなって帰った。お金が沢山いってもうちのお嫁さんは気にしないんだから、その癖10円でも安い物があると血眼になって買っている感じだ。まっ、それでも、今の僕達は、お金で困っていないからいいけど。それにしても、お腹が大きいなあ。この暑いのに、後2カ月も大きなお腹を抱えていないといけないのか。
○昭和53年7月18日(火)晴。
 ○○君(肺動静脈瘻)の気管支動脈撮影をした。ハロセンと酸素を使って、僕が麻酔をした。このくらいの麻酔なら僕でも出来る。ケタラ一ルの麻酔は怖いなあ。H教授の回診があって、いつも、「主治医の先生がちゃんとしていますから」を連発している。毎日うだるような暑さだが(宮崎は、暑いヨ一!)、病院の中は涼しくていい。県病の外来は、冷房が効いてなくて暑かったなあ。
○昭和53年7月19日(水)晴。
 聴診器で、お腹の子どもの心音を聴いた。右下にあるので、第2頭位だなあ(しばしば、この後も聴いていた)。
○昭和53年7月20日(木)晴。
 ○○さんのファロ一のオペを見た。何と、夕方に心停止を起こしたと言う。大学では、術後管理は、全て外科系がする(県病では、全て、脳外科以外は、小児科)。
○昭和53年7月21日(金)晴。
 今日も明日も、○○、○○の都合で、連続当直になった。今日は悲しいことが2つあった。僕が心カテをしたファ一四徴の子が、朝外科に行ったら亡くなっていた。肺動脈が小さかったのだ。下に行って合掌してきた。一人っ子だったので、とても悲しいだろうなあ。又、○○君(心室中隔欠損)がとうとう亡くなってしまった。○○君は、(自分は主治医でなかったが)僕にだけ「先生」と言っていた。


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